第550話、海の王子と世間話をする錬金術師

『キャー』


ある日の昼前、弟子達を迎える頃合いの時間に、山精霊が何かを差し出して来た。

丁度庭に出ていたので、突撃して来る勢いにちょっと驚いた。


「うん、手紙? 何か印がついて・・・あ、これ海の王子の所か」


海の王子からの手紙だ。久しぶりに見たから思い出すのに時間がかかっちゃった。

どうやら領主館に来ているらしく、今日ここに訪問して良いかという旨の内容だ。


「んむ・・・」


王子には何だかんだとお世話になっている。私も弟子達も。

時々あちらの国まで行って、海に出て素材を取りに行く事も有る。

そんな彼が訊ねて来る訳だし、お礼もの意味も込めて歓迎しよう。


「お菓子、用意しておこうか」

『『『『『キャー♪』』』』』


家精霊に声をかけたつもりだったけど、お菓子と言う言葉に山精霊が騒ぎ出した。

駄目だよ、王子が来てからだからね。出来てもまだ食べられないよ。


『キャー?』

「あ、そっか、許可求めてるんだから返事が要るね。ちょっと待ってね、すぐ書くから」


手紙を届けてくれた山精霊に裾を引かれ、謝りつつ返事の手紙を書いて手渡す。

と言っても内容なんて殆ど無い、何時でもどうぞという返事だ。


「じゃ、お願いね。これ御褒美」


手紙を届けてくれる山精霊に、運搬のご褒美に飴を一つあげた。

これなら舐めながら動けるし良いかなと思って。

本当は薬の飴だけど、強い薬じゃないしこの子達なら大丈夫だろう。


『キャー♪』


山精霊は飴が貰えた事を喜んで、天に掲げて跳ねて喜び出した。

周囲の精霊達は流石に奪いに行く様子は無く、良いなぁという感じに鳴いている。


『キャー!』


そうしてひとしきり喜んだ精霊は飴を咥えた後、全力で走って消えて行った。

・・・飴を掲げた際に落とした手紙を地面に置いたまま。


「山精霊らしいと言えばらしいけど・・・」


どうしようこれ。他の子達に頼んだ方が良いのかな。

とりあえず拾ったものの、どうしたら良いのか悩む。


『キャー!?』


と思ったらさっきの精霊が慌てて戻って来た。途中で気が付いたらしい。

わたわたと慌てた様子のまま、私から手紙を受け取ろうと手を伸ばしている。


「はい、今度は忘れないようにね?」

『キャー!』


返事だけは元気が良いけど、山精霊の事だからもう一回ぐらい何かやりそうだなぁ。

なんて思いつつ手紙を持って走って行く山精霊を見送り、それと入れ替わりに人の気配が。

とはいえ誰が来たのかは分かっている。その為に庭に出てたんだし。


「メイラ、パック、おかえり」

「ただいまです、セレスさん!」

「ただいま帰りました、先生」


何時も通りの時間に帰って来た二人を迎え、走って来るメイラをパスっと抱きしめる。

暫くそのままギューッと堪能して、パックに目を向けると家精霊が荷物を受け取っていた。

受け取った荷物は一旦倉庫へと運ばれる。仕分けは後でする予定だ。


「二人共、今日はお客さんが来るから、お昼の授業はお休みになっても良いかな」

「勿論です。先生の都合を優先して下さって構いません」

「えっと、私達は出かけていた方が良いですか?」

「ううん、二人共知ってる人だし、気にしなくて良いよ」


二人は来客が有ると言うと、割と高頻度で出かけていく。

特にリュナドさんが来る日は、引き留めても出て行く事が多い。


『その、先生が気にしない事はもう承知しているのですが、僕達はどうしても気になってしまうというか、お二人が仲良くしているのは良い事だと思うのですが、いたたまれないというか』

『リュナドさんが気まずそうにしてるから、その、私達も気まずいというか、セレスさんとリュナドさんの邪魔もしたくないですし、私達は居ない方が良いかなー、って』


そんな感じの事を言われ、リュナドさんが訊ねて来た日は家に居てくれない。

この事をリュナドさんに伝えたら『そうだろうな。俺もそう思う』と言っていた。

当然その日慌ててライナに相談したら、私には対処出来ないから諦める様にと言われている。


不快にさせてる訳じゃないって教えて貰えたのは良かったけど、対処法が無いのが辛い。

私はみんな一緒が良いんだけどなぁ。ライナの言う通り諦めるしかないのかなぁ。


「先生?」

「セレスさん? どうしたんですか?」


その時の事を思い出していると、弟子達が少し心配そうな表情で私を見ていた。

いけないいけない。余計な心配をかけてしまった。


「あ、ごめん、えっととりあえずお昼にしよう。来るのは海の王子だから、メイラは仮面の用意だけしておいた方が良いかも。お昼食べたら家精霊と一緒にお菓子作るつもりだよ」

「お手伝いします!」

「僕も微力ながら」

『『『『『キャー!』』』』』


弟子達は手伝いの方に返事したけど、山精霊はお昼の方に声を上げた気がする。

まあ多分、手伝いもしてくれるとは思うけど。

でも時々窯の中に直接入って様子見ようとするから怖いんだよねぇ。


ー------------------------------------------


「やあ、久しぶりだね、精霊公殿」

「お久しぶりです、殿下。ですが呼ばれるなら、出来れば名の方でお願いします」

「ははっ、もうそこそこ経つというのに、未だに慣れないのかい?」

「私は生まれながらの貴族ではないですから・・」


魔法使い一族の騒動から、暫く手紙のやり取り以外で顔を合わせていなかった精霊公。

久々に顔を合わせた彼は依然変わらず、自身が貴族である事に慣れていない様だ。


「君なら王族となって国を興す事も出来るだろうに」

「勘弁して下さい・・・今の地位だって本当は要らないのに・・・」


半ば本気で言ったつもりだったが、彼は心底嫌そうにそう返して来た。

野心を持つ連中が聞いたら憤慨しそうな答えだな。


「・・・力を持つが故に、力を欲さない・・・いや、必要としないか」


欲する者達は、自身に何かが足りないから求め欲する。

だが彼はきっと『足りない物』が無い人物なのだろうと思う。

今ある物を抱えて居られれば、それを守り切れさえすればいい。


「さて、早速本題なのだが、本当に我が国の戦力は必要無いんだね?」

「ええ、手紙に書いた通りです」


ついこの間まで『何時もの事』だった。

この辺りは平和だが、戦争なんて本当に何時もの事だ。

我が国と彼らの国も、一歩間違えればそうなっていたのだから。


だがそんな何時もの話は、大体すぐに小さな話になる。

特に遠くの国が起こした戦争など、自分達にはさして関係も無い。

だが、その関係なかったはずの戦争が、もうこの近くまで迫っている。


「資材と戦後の助力を頂ければ助かります」

「解った。君達が抜かれる様な国なら、勝ち目がないしね」


件の国は内陸から海に、こちらに向かって進軍している。

つまりこの国との戦争になる訳で、となれば戦力は必要ないだろう。

この街に居る竜と精霊達を抜けるのであれば、我が国に勝ち目など存在しない。


ならば彼らが十全に戦えるように、資材や食料の支援に徹する方が良いだろう。

その方がお互いに損害が少なく、後々も動きやすいのが目に見えている。


『キャー♪』

「おや、ありがとう。返事を持って来てくれたんだね」


ここに来るとほぼ同時に、精霊に錬金術師殿への伝言をお願いしていた。

その返事なのであろう紙を受けとり、何時でも来て良いと返答を貰う。

なので昼食を食べてから向かう事に決め、精霊公を伴って彼女の家へ向かった。


「ここに来るのも久しぶりだね」

『『『『『キャー!』』』』』

「おや、出迎えありがとう。これは土産だよ」

『『『『『キャー♪』』』』』


土産を渡した精霊達に先導され庭に向かう。

すると庭には出迎えがすでに立っていた。


「――――――セレス殿、久しぶりだね」

「うん、久しぶり。どうぞ、上がって」


一瞬、プリス殿を幻視してしまった。まったく、いかんな。

幸い彼女は気が付かないふりをしてくれたので、素直に頷いて家に招かれる。


「リュナドさんも、いらっしゃい」

「お、おう・・・セレスさん、殿下の前では、その、止めませんか」

「?」


ただその際、私の前で堂々と抱き合うのは、ちょっと困るので勘弁して欲しい。

まあ精霊公は止めていたので、彼女に何らかの意図が有っての事かもしれないが。

うん、なんだろうな。こう、何とも言えない気持ちになる。


そんな出来事もありはしたが、家に入ってからは特に問題は無かった。

居間では彼女の弟子達が茶の用意をしてくれていた。

と言っても一人はこの国の王子な訳だが、特に気にせず席に着いた。


本人も『錬金術師の弟子』として振舞っている以上、口を出すのは野暮だ。


「急な訪問にもかかわらず、歓迎をして頂き痛み入る」

「ん、手紙くれたし、そんなに慌ててないよ。気にしないで」


突然であってもどうせ予想済みだから気にするな、と言われているな。


「ここ暫く周辺が騒がしいが、君は相変わらずの様だね」

「ん、そうかな・・・そうかも。少し新しいもの作る事に集中してたけど、確かに最近はまた前と同じ感じになってるね。まあ、作りたい物作れたからのんびりしてる所もあるけど」


作りたい物。何をと問わなくても当然解っている。

彼女がパック殿下の報告を聞き、急遽作り上げた『山筒』の事だ。

そして彼女は『山筒の危険性を』見せつけ、それ以上やる事は無いという事か。


「そうか、君が元気そうならよかった。安心だよ」

「うん、元気だよ。最近は大きな仕事も無いし、のんびり過ごしてるから」


のんびり過ごすか・・・精霊公の言った通り、彼女は今回の件で動く気は無しと。

武器の提供と危険度を教え、対策の時間を与えてくれただけでも温情と言った所か。

いや、違うな。彼の存在が在るからだろう。精霊公が居れば問題無いと判断しているんだ。


「いいね。私も少しのんびりしたいね」

「あれ、今回はすぐ帰るの?」

「そのつもりだけど、何か問題でもあったかな」

「ううん、問題は無いよ。ただいつもは暫く居るから、今回もそうかと思ってただけ」


ふむ、これは帰るなと言う事か。私はここに居た方が良いと。

つまりそれは、父上達に危険が迫る可能性が在るな。

彼女がこう言う以上、それも織り込み済みだとは思うが。


私をこの場に置くと言う事は、それでも万が一が有ると言う事か。

確かに山筒の力を考えれば、有り得ないとは言い切れないな。


「そうだね、最近働き詰めだったし、それもいいかな。予定変更の手紙を国に送るか」


領主館に帰ったら手紙を出しておこう。

忠告を無視して滅ぶ事にでもなれば笑えもしないしな。

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