第549話、今のままで居たい錬金術師

「・・・うーん、ちょっと前まで温かい気がしてたけど、もう寒くなって来た様な」

『『『『『キャー♪』』』』』


庭の結界から外に出て、街道へと向かう細道の空気の冷たさにそんな呟きが漏れる。

山筒の試作品を作ってから暫くバタバタした日々が続き、けど最近は落ち着いて来た。

だからなのか、余計に季節の移り変わりを感じてしまったのかもしれない。


因みにご機嫌に鳴き返した山精霊達だけど、何て言っているのかはさっぱり解らない。


「・・・パックも大きくなってるし・・・時間止まらないかなぁ」


そして季節が廻るという事は、順調にパックが大きくなっているという事。

何だかもう、本当に、気が付いたら、大きくなってる。

ちょと前までメイラと殆ど変わらなかったのに。


このままだと膝に乗せてお茶は無理になって来るなぁ。とても辛い。

逆にメイラは全然伸びる様子が無いけど。ちゃんと膝に納まる。

一応伸びてはいるんだけどね。パックと比べると些細すぎて。


『まだ、まだ伸びますもん・・・!』


と、悔しそうに言っていた。私としては伸びて欲しいけど伸びて欲しくない。

どうか弟子達の成長が止まってくれますように、と思ってしまう駄目師匠だ。


因みに黒塊が『伸びずとも可愛らしいぞ』と言って物凄く怒られていた。

私は同じ事を言いかけていたので危なかった。あの勢いで怒られたら泣いちゃう。

黒塊は本当に私と同じだよね。相手の望む答えが全く分かってない。


『『『『『キャー♪』』』』』

『『キャー♪』』


そんな事を考えている内に、細道の警備をしてくれている精霊兵隊さんの下へ到着。

一緒に居た山精霊はご機嫌そうに挨拶をして、運んでいた荷物を降ろす。

精霊兵隊と一緒の精霊達は嬉しそうに跳ねながら、やって来た精霊達とハイタッチをしていた。


置かれた荷物は精霊兵隊さん達が拾い、手慣れた様子で組み立ててテーブルと椅子が出来る。

組み立てられたテーブルは運ばれ、街道からは見えない様に作った壁の内側に置かれた。

簡易な人の目避けだけど、見えないのは私が座る位置だけだ。警備の二人は見える位置に居る。


これが有れば仮面無しでも落ち着けるからね。とはいえ首飾りや腕輪はしてるけど。

流石に何も無しはまだ怖い。ここまで来るのすら緊張してしまう。


「えと、差し入れを、どうぞ」

「「ありがとうございます」」


結構顔を合わせる二人だったので、そこまで緊張せずに差し入れを前に出す。

すると二人は軽く頭を下げた後、私が座り易い様に椅子を引いてくれた。

もう何度も差し入れをしているからか、組み立てと同じで慣れた様子だ。


二人に礼を言ってから席に着き、それから山精霊がわーっとテーブルに集まる。


「ちゃんと分けなよ?」

『『『『『『『『『『キャー♪』』』』』』』』』』


明らかに座る前より数が増えていたので、念の為注意しておいた。

お菓子は分ける物だと思ってるから、多分大丈夫だとは思うけど。

今も席に着いた精霊兵隊さんに差し出しているし、相変らず仲が良さそうだ。


まあ、珍しい物食べてる時は奪い合いになってるっぽいけど。菓子だけは多分大丈夫。


「錬金術師様、お茶をどうぞ」

「あ、ありがとう」


差し入れに来たはずなのに良いのかなと思いつつ、何時もお茶を入れて貰っている。

とはいえポットに入っているお茶は、家で家精霊が淹れてくれたものだけど。

お菓子は私の手作りだから、メインはお茶の方かなって気もする。


「はふぅ・・・美味しい」


家精霊のお茶を一口飲み、吐いた息と共に力が抜ける。


「ええ、いつもながら美味しいお茶です」

「本当に。ホッとする味とでも言えば良いのでしょうか」


精霊兵隊の二人は私と同じ気持ちだったのか、穏やかな笑顔でそれぞれ感想を述べる。

恐らく家精霊のお茶の力なんじゃないかなと思うんだけど、実際の所は不明のままだ。

だって二人は家まで招いていないから、家精霊が認識してない相手だし。


先輩さんには効果ありそうな気もするけど。山精霊達とも凄く仲が良いし。


「家精霊に伝えておくね。多分喜ぶと思う」


ただそれを抜きにしても、あの子のお茶が美味しいのは間違いない。

褒められた事が自分の事のように嬉しく想いながら、後でちゃんと伝えておこうと決める。


「勿論錬金術師殿の焼き菓子も絶品です」

「ええ、とても」

『『『『『『『『『『キャー♪』』』』』』』』』』


私の作った菓子も笑顔で褒めてくれて、山精霊も同意する様に声を上げる。

その様子にホッとしながら、良かったと小さく呟いた。

味見はしてるから不味くない自信はあるけど、ちゃんと美味しいと言って貰えると安心だ。


そのままのんびりとお茶の時間を過ごし、ふと綺麗な青空を見上げる。


「・・・このままだと、良いんだけどなぁ・・・無理だろうなぁ」


道中に考えていた事が再度頭に浮かび、思わずそんな言葉が漏れた。


ー------------------------------------------


精霊兵隊とはこの領地にとって、象徴とも言える精鋭部隊だ。

勿論それは兵士本人の能力と言うよりも、共に居る精霊の力が大きい。

そう考えれば、象徴と言えるのは精霊であり、精霊を従える精霊公だけが本物なのだろう。


借り物の力。そう言われてもおかしくない部隊だと、副隊長は言っていた事がある。

それに関しては同意しかない。当然だ。我々は精霊の力が無ければ他と変わらない。

勿論精霊兵隊としての訓練は中々に過酷で、兵士の水準としては高い方だろう。


だがそれだけだ。特に自分に限っては、むしろ落ちこぼれに近いまである。

恐らく精霊に声をかけられて、精霊公直々に声をかけられていなければこの場に居ない。

俺と同じ様な者は数人居る。けれどこの部隊を去った者は未だ居ない。


『いい加減にみえるけど、こいつらの目は確かって事なんだろうな』

『『『『『キャー♪』』』』』


適当とも取れる精霊達の判断は、間違いなく正解なのだと結果が示していた。

その事が話題になった時、隊長は何とも言えない表情でそんな事を言っていた。


きっと皆、胸に抱いているんだと思う。自分達は精霊に選ばれたのだという誇りを。

たとえ本当の力が低くとも、それでも街の守護者に認められたという想いを。

そして憧れているのだ。本物の『精霊に認められた兵士』という存在に。


精霊公の、精霊使いの、隊長の存在に。精霊の力が無くとも強い本物の兵士に。


ただその想いとは裏腹に、精霊兵隊に課せられた仕事は基本的に街を守る為の警邏。

普通の兵士となんら変わりはしない。けれどその事に不満はない。

自分達の存在が街に有る事で平和が保たれるなら、それで良いと思っている。


あえて特別な仕事が有るとすれば、この錬金術師様宅へ続く通路の警備か。

きっといずれ精霊公夫人になられるのだろうお方。

それだけでも重要人物だが、目の前で起きている光景を見れば当然な人物だろう。


「ちゃんと分けなよ?」

『『『『『『『『『『キャー♪』』』』』』』』』』


偶に差し入れと、美味しい菓子と茶を持って現れる美人。

威圧感の有る時と余りに違う緩い様子で、可愛らしく精霊達に指示を出す女性。

そんな彼女の言う事を素直に聞く精霊達を見れば、その時点で特別なのだと誰もが解る。


勿論彼女に敵うとは思っていない。彼女を守れるとも思っていない。

この錬金術師様を助けるなどと驕れる強さなど自分には無い。

自分がするべきは、この方が不快になられない様にこの場を守る事だ。


『今度の戦い、恐らく連中はこの街を襲う。街中をな。それも複数個所で来るだろうよ。精霊達が居るから問題はねえと思うが、万が一が有る。その時はお前らの仕事だ』


彼女が作った『山筒』を敵が持っているとすれば、確実にそうなると隊長は言われていた。

となればそれは、ここも可能性が在る。むしろ精霊兵隊を狙って来る可能性が在ると。

あの武器の力を考えれば有り得ない事では無い。何せ単独で戦えてしまう武器なのだから。


むしろ武器の性質上、近くに味方が居ない方が好都合まであるだろう。

もしそんな事になれば街中は血の海だ。

正面切っての戦争であれば負けはしない。この街に負けは絶対にない。


だが正面から戦いに来ない可能性が在る以上、我々は役目を果たす時が来たという事だ。

精霊公の為にある組織ではない。お飾りではない。本当に精鋭部隊であるのだと。

正直吐きそうなほど緊張した事も有ったが、ここに居ると不思議と心がやすらぐ。


彼女のお茶が美味しいせいだろうか。それともこの穏やかな笑顔が理由だろうか。


「・・・このままだと、良いんだけどなぁ・・・無理だろうなぁ」


だがそんな穏やかな彼女の表情が曇り、悲しげにつぶやく姿に気が引き締まった。

戦争はもうすぐだと、そう嘆く方の笑顔を守りたいと。恩を返したいという想いで。

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