第548話、真剣に弟子との距離を測る錬金術師

ここ暫く山筒を作る作業を続けていたけど、別にそれしかしていない訳じゃない。

と言うか、それだけしてると後で困る事になるかもしれないし。

折角実用段階にした転移魔法石も、現状だと数が足りてなくて数回しか飛べないもん。


勿論本来の難易度の高さを考えれば、数回飛べれば良い方なのは解ってはいる。

とはいえ数回という制限があると言うのは、実際に行動する時に足かせになりかねない。

手数の制限はなるべく無い様にしておく方が色々安心だ。と言う訳で今日も頑張っている。


「ふぅ」


出来た魔法石を一つ樽に入れた後、思わずそんな溜め息が漏れる。

だって正直に言ってしまうと、この時間が一番どうにか出来ないかと思っちゃうし。

でも転移魔法石は私にしか出来ないんだよねぇ。山精霊達も無理だし。


というか、山精霊の作る魔法石の性質を考えると、危険なので作らせたくない。

体の一部だけ転移とか、障害物が有ろうと関係なく転移とかしそうだし。


「次お願い」

『キャー!』


山精霊が差し出す新しい水晶に手を伸ばし、両手で包み込んで魔力を込める。

この作業は他の事が出来なくなるし、思考も正直微妙にやり難い。

勿論一番得意な、作り慣れている魔法石なら全然平気なんだけど。


けど転移魔法石は無理。これは集中して作らないと何が有るか解らない。

下手をすれば転移先でバラバラ死体が・・・なんてことも有り得ない話ではないし。

流石にそれは滅多に無いけど。良くあって行き場を失った魔力が爆発する程度だ。


基本的に魔法の発動失敗って、魔力が霧散するだけで終わるだけだ。

けど転移魔法クラスの魔力だと、それなりの衝撃が周囲に発生するんだよね。

ただし私の対策は完璧だ。何せ家精霊の管理倉庫だからね。壊れる心配がない。


『『『『『キャー♪』』』』』


まあ他の結界石とかは、何時も通り作って貰ってるけど。

今日も今日とて同じ様に作られた結界石が溜まっていく。


「改めて先生の作業を見ると、解っていたつもりになっていただけで、僕はまだ分かっていなかった様ですね。先生の訓練で技術が上がる度に、更に現実を見るはめになります」

「そ、そう、ですか?」


因みに今日の作業は、弟子達がじっと見て居る中でやっている。

本来のこの子達の目的は魔法石作りだからね。偶には見せておかないと。

パックは何かに気が付いた様子で語り、でもメイラは良く解ってないみたいだ。


返事してあげたいけど、そっちに思考を割くのはちょっと無理かな。

話を頭に入れる事は出来ても、会話の為に頭を使う余裕はない。


「ええ、ここ最近技量が上がった自覚があったのですが・・・それは単純に僕の技量が上がって当然の領域にあっただけの事だと、先生の作業を見て居ると思います」

「そ、そう、ですか・・・すみません、私、解りません・・・難しい事しか・・・」


パックの言う通り、最近のこの子は魔力操作の技量が急激に上がりつつある。

マスターの依頼で魔獣退治に行った後辺りかな。やけに上手くなった事に気が付いた。

本人の言葉では、魔力切れの訓練の後ぐらいから何かコツを掴んだそうな。


まあ、だからと言うか、作業見学も私の発案ではなく、パックの要望で始めたのだけど。

だって最近は、魔法石作りは弟子達が居ない時にやる作業だったからね。

ともあれどうせやらなきゃいけない事なので、二人はその作業を見学している訳だ。


「うう・・・ちゃんと見てるつもりなんだけどなぁ・・・違いが判らない・・・」

「何時か解りますよ。メイラ様ならきっと」

「だと良いんですけど・・・」


ただメイラは本人の言う通り、まだいまいち解らないみたいだけど。

でも難しい事が解るだけ成長じゃないかな。前はそれさえも解らなかったし。


「ふぅ・・・これで終わりにしておこうかな」


また出来た魔法石を樽に入れた所で、魔力が足りなくなって来た。

やろうと思えばまだ続けられるけど、使用魔力に回復力が追いつかないかな。

時間をかければ出来るけど、そこまでするなら回復の間他の作業した方が効率が良い。


「お疲れ様です、先生」

「お疲れ様です、セレスさん」

「ん、ありがとう」


作業を終わらせた私を労う二人に抱き着くと、パックはスッと下がって躱した。

むぅ、疲れた作業の後なんだから、少しぐらい抱きしめさせてくれてもいいのに。

と言うか最近大きくなり始めてるから、二人共抱えられるのって今の内だと思うんだよ。


そう思いちょっと不満な顔をパックに向けると、困ったような顔で口を開いた。


「先生、ありがとうございます。余分に作業をお願いして申し訳ありません」

「謝る必要は無いよ。別に余分な作業でも無いし、パックには大事な事でしょ」

「―――――はい、ありがとうございます」


嬉しそうに笑うパックは可愛いかった。でもやっぱり抱きしめさせてくれなかった。

むぅ、悔しいので次はもうちょっと早く抱きついてみよう。

この後は居間に向かって休憩のつもりだし、捕まえればそのまま抱き抱えてお茶に出来る。


「・・・間に合うかな」


居間に向かうパックとの距離を、逃げられる前に抱き着けるか慎重に計算を始める。

それまでに捕まえられないと、テーブル挟んで座られちゃうからね。


ー------------------------------------------


「パックには大事な事でしょ」


今日の見学は僕が望んだ事で、先生は問い返す事も無く頷いてくれた。

それはきっとこの言葉の通り、僕にとって大事な事だからなのだろう。

近い将来にも、遠い未来の話でも、僕にとっては必要な事だと。


余分な作業ではないという時点で、僕に先を促しているのだなと思った。


「・・・間に合うかな」


何よりもこの言葉だ。ポソリと呟いたが、僕の耳には届いていた。

何に間に合うのか、等と言うボケた事を口にするつもりはない。

間違いなく『山筒』の件だろう。アレは非常に危険な武器だ。


だがそれでもあの武器が、先生の結界を一撃では抜けない事は解っている。

勿論先生が作った山筒が有れば、何度か撃つうちに結界が壊れる事は解っているが。

そのどちらもが事実だからこそ、先生は僕の魔法石使用の技量をあげようとしているんだろう。


安定して結界石を展開し続け、更に今まで以上に強固な物が張れるように。

恐らく山筒を優先させたのは、危機感を現実的にさせる為だったんじゃないだろうか。

ただ問題は、今先生が言った様に『間に合うか』と言う事だが。


「・・・ふむ」


背後の気配が少しピりついている。何かを探る様に僕を見ている。

もしかすると先生の計算では、もう少し伸びているはずだったのかもしれない。

今思えば僕やメイラ様の行動を放置していたのは、その為もあったのだろう。


勿論一番はここから遠退けておく事だったのは、最早疑うまでも無いが。

そう思うとやはり心が焦る。焦っても仕方ないというのに。

僕が駄目だった所で、先生はきっと第2、第3の案を用意しているのだから。


それでも、僕は先生に一つ言いたくなり、居間への扉の前で振り返る。


「せん―――――」

「んっ、捕まえたぁ。えへへ」


・・・そして先生の胸の中に納まり、何も言えなくなってしまった僕が居た。

その後は抵抗するもむなしく先生の膝に乗り、お茶の時間を過ごす羽目に。

メイラ様がやんわりと助けてくれようとしたが、先生は無慈悲だった。


「パックは、私に抱きしめられるの、嫌?」

「――――――嫌なはずが、ありません」


反射的にそう答えてしまい、なら良いよねと言われてしまえば何も出来ない。

絶対僕の答えを解ってやっている。間違いない。

確実性も無く『間に合わせて見せます』等と言おうとした罰だろうか、これは。


それでも、間に合わせよう。先生がそのつもりならば。

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