第547話、絶対に叱られたい錬金術師

「ごめんなさい・・・」

「それは私にじゃなくて、フルヴァドさんにでしょ」


ライナの食堂の奥にて、ショボーンとしながらライナに謝る私。

ただ彼女の言う通り、本当はフルヴァドさんに謝るべきらしいのだけど。

私にはなぜそうなったのか全く分からないけど、彼女に迷惑をかけてしまったそうだ。


彼女と私の間で望ましくない噂が流れてるとかなんとか。

街の路地裏で彼女の体を測っていた事で変な噂が流れたらしい。

何故そんな事で変な噂がと思ったけど、ライナが言うには当然との事だ。


どうして当然なのかも、私には当然解らないけど。


「彼女はもうこの街の有名な人なんだから、人の居る所で何かするとすぐ変な噂がたっちゃうの。次からは何かやる時は家に呼ぶか、出向くなら領主館の個室でやりなさい。良いわね?」

「あい・・・わかりました・・・」


そっか・・・すぐに変な噂が立っちゃうのか・・・。

その事実を知った後だと、とても申し訳ない気持ちになって来た。


ライナに言われないと気が付けなかった。このままだと嫌われていたかも。

それは嫌だ。折角出来た友達に嫌われるのは絶対嫌だ。

中でもフルヴァドさんは凄く優しい人だし、彼女に嫌われたら物凄く落ち込む。


悪気があった訳じゃない。むしろ彼女の為にと思って行動した。

けどその結果迷惑をかけたなら・・・やっぱりそれは悪い事をしてしまったんだよね。

・・・うん、そうだ、悪いって気が付いた以上、その事は謝らないと。


「わ、わたし、謝ってくるね」

「待ちなさい」

「んぇっ!?」


椅子から立ち上がろうとしたら、フードを掴まれてガクンとなった。

ライナって結構力強いから、あんまり力強く引かれると首が・・・!


「もうテオ君も帰っちゃってるし、フルヴァドさんも休んでるかもしれないでしょ。あの人は夜でも街の巡回してる時もあるみたいだけど・・・それでも、謝りに行くのは明日になってからにしなさい。あと、今度はちゃんと、室内でやるのよ。これ以上変な噂が立たない様に」

「あい・・・」


再び席に着いた私は、顔を俯かせながらライナの注意事項に頷く。

今度は絶対失敗しない様に、ちゃんとフルヴァドさんを個室へ連れて行こう。

そうして一通りの注意事項を言い終わると、彼女はハァと大きな溜め息を吐いた。


「・・・これがリュナドさん相手なら、私もとやかく言わないけどねぇ」

「へ、そうなの?」

「そうね。彼なら特に気にする事も無い話だわ。少なくとも私はね」


フルヴァドさんは駄目で、リュナドさんは良い。

そんな事を言い出すライナに少し不安を覚える。

だってそれは、彼に悪い噂がたっても教えてくれないって事では。


今回の事は、私が悪いんだって、一応は解っている。

何であれが悪い噂になるのかは解らないけど、それは私が解らないだけだって。

ライナが叱ってきた以上、原因は私で、それなら私は教えて貰えないと困る。


「だ、だめ、だよ。お、教えて欲しいよ。リュナドさんには、彼には、絶対迷惑かけたくない。あの人の事は、大好きだから、嫌われたら、立ち直れるか、わかん、ない・・・」


ライナが言う事は正しいのだと思っている。少なくとも私なんかよりもずっと。

それでも彼の事は、彼の事だけは、私が原因なら教えて欲しい。

彼の事が好きだから。大好きだから。手放したくないから。絶対に。


けど喋ってて気が付いたけど、その願いはライナに文句を言うのと同じなんじゃ。

だってライナはそれが正しいと思っている訳で、でも私は嫌だと口にした。

ならこれはむしろ、彼女に嫌われかねない発言に思えて来る。


「あ、ちが、えっと、好き、ライナは、リュナドさん、だから、ちがくて・・・!」


言いたい事があるのに、言葉が全く纏まらなくなって来た。

その内に喉がきゅっと詰まって来る。段々声が出なくなってくる。

目頭が熱い。ボロボロ涙がこぼれて、もう声を出す事すら上手く出来ない。


うう、これだから私は駄目だ。言いたい事もまともに言えない・・・!


「セ、セレス?」

『『『『『キャー!?』』』』』


突然泣き出した私に、ライナだけじゃなくて精霊達も慌ててる。

それに謝ろうと思うも、漏れ出るのは掠れる様な声だけだ。


『キャー!』

「うぃ・・・」


精霊が差し出した布を受け取り、鼻をチーンとかむ。ちょっとの布が厚い。


「あ、それ雑巾・・・布巾取ってくるわね・・・」


雑巾だった。どおりで何だか埃っぽいと思った。でも鼻をかんですっきりはした。

それでもすんすんと息を吸いながら、ライナが暖かい布巾を用意するのを素直に待った。


ー------------------------------------------


「はい、顔ふくわよー」

「ふびゅ」


変な声で返事をするセレスを気にせず、セレスの顔を温めた布巾でふいて行く。

あーあーもう、使った雑巾で鼻かんだから、酷い事になってるじゃないの。

幸いお湯で濡らした布巾で優しく拭けば、何とか取れる程度で済んでるけど。


あと化粧をしてないから、その辺り気にしなくて良い事かしら。

肌の手入れはしてるらしいけど、それ以外してないのよねぇ。

それでこの顔はちょっと狡いわよね。今更な話だけど。


可愛いとも、美人とも言える顔立ち。顔を出せないのがもったいない。

まあ顔を出して歩いたら、それはそれでまた面倒が増えそうな気もするけど。

特に今のセレスの立場だと、どこぞの貴族が美形の親族とか送ってきそう。


「・・・絶対潰すけどね」

「ふべっ?」

「・・・ごめんなさい、何でもないわよ。ほらじっとしてて」

「うぶっ」


思わず口から感情が漏れてしまった。いけないいけない。

それにしても、リュナドさんに嫌われたくないかぁ。

勿論さっきの態度は、私に反論したってのも理由だと思う。


けどそれは、つまりは選べなかったって事よね。

私と彼。どちらも選べなくて、だからセレスは感情を処理できなかった。

もうセレスの中の私は、一番に優先する存在ではなくなった。そういう事だわ。


「・・・ふふっ」

「?」


思わず口の端が上がり、そんな私を見て首を傾げるセレス。

寂しいという感情は勿論ある。あのセレスが私から離れ始めている事に。

でも同時に、私だけに依存していないのは望ましいと強く思う。


多分もう、私が消えたとしても、セレスは生きて行けるんでしょうね。

彼が居ればきっと。


「はい、これで良し」

「あ、ありが、とう」

「どういたしまして」


綺麗になった顔を触って確認し、赤い目で礼を言うセレス。

まだ少し落ち着ききれてないのか、声がちょっと怪しい。


「あのねセレス、今回の件はリュナドさんなら何の問題も無かったってだけよ。もし彼に迷惑が掛かってたなら、その時は何時も通り𠮟るわよ? だって叱らないと気が付かないでしょ。その時は覚悟しておきなさい。しっかりと叱るからね」

「う、うん・・・」

「自分で頼んだ事なのに、想像で怯えないの。まだ叱ってないでしょ。まったく。ほら、お茶新しいの入れて来るから、精霊達にでも撫でられながらゆっくり待ってなさい」

『『『『『キャー♪』』』』』


今から叱られる事を想像したのか、また泣きそうな顔を見せるセレス。

そんな彼女の頭をポンポン叩き席を立つと、私の言葉通り大人しくなった。

精霊達も彼女に群がりはじめ、各々思う所でポンポンと優しく叩いている。


まったく、あれだけ彼の事が大好きなのに・・・その感情を理解出来てないんだから。

セレスだけを責めるのはお門違いだけどね。あの人も大概ヘタレだし。


「・・・ま、だからと言って手助けもしないけど」


この状況は彼が望んで作り上げて拗れた結果だ。助ける気ないわよ。

そもそも現状でもセレスは幸せそうだしね。

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