第546話、ふと追加の用事を思いついた錬金術師

何だかリュナドさんの様子が変だったりもしたけど、無事山筒を渡す事が出来た。

途中色々不安はあったけど、結果として喜んで貰えたからそれで良いかな。

ただ試作品を回収しようとしたら、もう少し試作品と同じものが欲しいと頼まれた。


「・・・失敗作なんだけどなぁ」


絨毯で空を飛び、家路につきながらポソリと呟く。


私としては気乗りしない。気乗りしないけど、頼まれちゃったからなぁ。

幸い作るだけなら簡単だ。何せ山精霊が作ってくれた部品があるし。

殆どただ組み立てるだけで出来上がるから、そこまで手間になる事も無い。


ただそれで出来上がった物は未完成品の失敗作で、その失敗作を渡す事になる。

とはいえまだ完成品を作れていないから、どうしても失敗作を渡すしかないんだけど。


「うーん、リュナドさん専用の物を作る事に集中してしまったけど、元々パックとメイラの護身の為を考えていたんだし、もっと取り回しが楽な物になる様にした方が良いよね・・・」


リュナドさんに渡した山筒は確かに完成品だ。そこに間違いはない。

ただ私があの書類から感じた、誰にでも使える武器としての側面は果たせていない。

あの山筒は完全にリュナドさん専用だ。そして戦う者が扱う武器になっている。


命中精度と威力の為に、火薬の量を増やして弾も大きくなってしまった。

その結果使用の際にかなりの反動があり、あれじゃ二人には使い難い。

勿論頑張れば使えるとは思うけど、かなり扱いに困るだろう。


特にメイラには、あの子には運動能力が無いから、一回打つだけでこけそうだもん。

むしろ撃った反動で怪我しそうだし、となれば使わせる訳にはいかないよね。

つまり山筒は完成はしたけれど、まだ未完成品のままなんだ。


「出来れば弟子達に渡せるものを作ってから渡したいけど・・・」


正直な所を言えば、完成品を作り上げる目途は立っている。

あの山筒が完成したからこそ、ふと頭の中に他の案が思い浮かんだんだ。

ただ思い浮かんだだけで、すぐ出来るかどうかはまた別の話になる。


そもそもリュナドさん専用の物だって、案が浮かんでから数日を要しているし。

となればそれを作っている間待たせてしまう事になっちゃうんだよね。


「試作品と同じ物ならすぐ出来るって、言っちゃったからなぁ・・・」


今回作り上げた道具は、完全にリュナドさん専用だ。

だから他の人の分を作るとなると、少し時間がかかる事になる。

と言う事を告げたら、未完成品なら早く出来るのかと訊ね返された。


当然それならすぐ出来ると答え、ならそれで良いから数を頼むと言われてしまった。

せめて精霊兵隊達の分だけでも頼みたいと言われ、断る事が出来なかったから仕方ない。


「リュナドさんに頼まれちゃったもんなぁ・・・」


リュナドさんの頼みだからこそ断れず、彼の頼みだからこそ気乗りがしない。

だって彼に頼まれたって言うのに、未完成品をいっぱい作って渡す事になるんだもん。

それが嫌だからあの山筒を作ったのに、また失敗作を作って渡すのは何だかなぁ・・・。


「でも仕方ないか・・・とりあえず精霊兵隊の人数分って言ってたし、それだけ作ったら今度は弟子達用の山筒作りに入ろうっと。ああそうだ、フルヴァドさんとライナにも渡したいな。特にフルヴァドさんは精霊殺しと別行動してる事も有るし、役に立つよね」


ただライナは兎も角、フルヴァドさんはリュナドさんと同じタイプの方が良いかな。

彼女も一応戦闘職だし、威力の有る物の方が良いよね。

なら先にフルヴァドさんの分を作って、それから小型化の方が良いかな?


「今度色々測らせて貰おう」


一応彼女のサイズは解っている。そうじゃなきゃ彼女用の鎧なんて作れないし。

ただ彼女の体形が変わってる可能性もあるし、鎧とは違って確かめたい所もある。

リュナドさんとは良くくっついてるから解るけど、彼女にはそこまで抱き着く事ないし。


「そうだ、出たついでに会えないかな・・・フルヴァドさん、街に居るかな?」

『キャー♪』

「あ、解る? ありがとう」


どうやらフルヴァドさんと一緒に居る山精霊が居るらしく、どの辺りに居るか解るらしい。

ならお願いと頭の上の子に頼んで、絨毯を帰路から外して街へと戻した。


ー------------------------------------------


子供達が街を駆け回り、それを見る大人たちの目が優しく、何事も無い街の風景がそこにある。

先日大きな事件もありはしたが、そこは流石この街と言うか、もう人々の記憶からは薄い。

非番故に私服でぼーっと平和な様子を眺め、穏やか過ぎる光景に口の端が上がる。


普段なら非番でも剣を佩いているが、今日は何となくのんびりと過ごしたかった。

故に剣どころか鎧も着ておらず、聖女ですらない私服で街の中を歩んでいる。


「今日も平和だな。君達が居るからだろうが」

『『『キャー♪』』』


周囲をピョンピョンと飛ぶ精霊達。街の人々が変わらず穏やかなのは、精霊達の存在故だろう。

この街の住民は良くも悪くも事件に慣れており、かつ守られている自覚がある。

故に大きな事件があったとしても、それは最早日常に近い所がるのだろう。


「・・・まあ、あの竜が居る街だものな」


山の様にと言うよりも、街の様に大きな竜の存在。

アレを倒し従える精霊公という存在がこの街には居る。

そんな精霊公が従える精霊達は、この街を守る為に存在している。


本来ならば畏怖されてもおかしくない存在達が、けれどその性質故に皆が気安い。

街を歩けばお菓子を渡され、喜んでもぐもぐと頬張る精霊がそこかしこに居る。

まるで守護者とは思えない様子だが、一度事が起これば・・・それを皆が解っている。


要は信頼されているんだ。精霊達が。精霊公が。そして・・・錬金術師の事を。


「私も君達の様になりたいものだ」

『『『キャー?』』』

「ふふっ」


首を傾げて見上げる精霊達に、思わず笑みが漏れる。

精霊達の存在はこの街に安心感を与えている。街全体にだ。

それは当然皆に頼りにされているからに相違ない。


でなければ事件の続くこの街で、こんな穏やかな空気が保てるはずが無い。

いや、彼らの存在そのもが、どこか空気を和らげている気もする。


『『『キャー♪』』』

「ふふっ、ありがとう」


ただそんな私に対し、精霊達は『私も頼りにされている』と返して来た。

勿論今の私はこの街の守護者として、それなりに知られている自覚はある。

だがそれは、あの白の鎧を身に纏い、そしてテオを握った私に対してだ。


もうそれを卑下するつもりは無いし、否定を口にするつもりもない。

だが素の私が頼りなく、友人達に比べれば非力だと言う事実も忘れてはいけない。

私は弱い。その事実だけは見つめて、それでも私は虚勢と胸を張る。


「解っているさ。私はもう『聖女』だからな。卑屈に等なりやしないよ」


正直な気持ちを言ってしまえば、未だに自分がこの地位に居る事に不思議はある。

けれどこの地位は私が望んだものだ。私が手に入れた力を、私の意志で振るう為に。

ならば下手に卑屈になるのはテオの事を、そして友人達の事も卑下する事になる。


今の私ならそう思える。弱い私を否定せずに、弱い私でも出来る事があると。


「ただ私服でぼーっとしていると、私を聖女とは気が付かない者が多い様だが」


鎧で街中を歩いていれば、当然だが周囲の注目を集める事になる。

もしくは聖女らしい服装で街中を歩いても、それはまた別の形で注目を集める。

だが私服で街中を散策していれば、これが面白い事に私に注目する者は少ない。


それだけ『聖女』という存在が、私ではなく別のモノに持っていかれている証拠だ。

人間は以外と記号で物を見て居るからな。鎧も服も無ければ私と気が付き難いんだろう。


「ま、それはそれで気楽だけどね」


空き家の壁に身を預けながら、ただ平和な街の空気を堪能する。

私が守るべきが何かを再認識出来るこの光景を、ただ守る事が出来れば良い。

その為に剣を取った。テオを振るった。我が儘に私が守る為に。


だから気が付かれずとも構いはしない。衆目を浴びるのは『聖女』の仕事だ。

私は、フルヴァドと言う女は、基本とるに足らない存在で構わない。

まあそれでも多少人の視線を感じるのは、当然と言えば当然なのだろうが。


顔を隠してる訳ではないからな。気が付く者は当然居るだろう。


「さて、そろそろ移動するかな・・・」


特に何か用事がある訳でもないので、また街をぶらつこうと壁から身を離す。


『『『キャー♪』』』

「ん?」


すると精霊達が空を見上げて鳴き出し、私も視線を上に向けると見覚えのある物が見えた。

アレはセレス殿の絨毯だ。こっちに向かって来る・・・という事は私に用だろうか。

彼女は私の傍に近づくと、ゆっくり速度を落として地上に降りた。


当然そんな彼女は注目され、同時に傍に居る私も先程以上に注目されている。

どうも私が『聖女』だと、殆どの人が気が付いた様だ。

だが私は周囲の反応よりも、突然やって来た彼女の用事の方が気になった。


「セレス殿、何かあったか?」

「・・・フルヴァドさん・・・その、路地が良い、かな・・・来て、くれる?」

「え? あ、ああ」


彼女は私の名を呼んだ後、少し周囲を見回してから暗い路地に誘う。

何故そんな所にと思わないでもなかったが、何か意味があるのだろうと頷き返した。

何せ声音が錬金術師の様相だったからな。


そして昼間ながら日を遮る路地に入り、一気に視線が減ったのを感じる。

勿論全く無くなった訳じゃない辺り、野次馬的な者達が居るのだろう。


「ん、これぐらいなら、良いかな」


ただ今ある視線程度は問題無いと、連れ込んだ本人が言うので良いのだろう。

その証拠に先程の警戒を含んだ声音ではなく、家で話す時の彼女の声音に近い。

ならばと私も視線を気にしない事にして、仮面を被る彼女に視線を合わせる。


「それで、何か私に用が?」

「うん、えっと、フルヴァドさん用に武器を作ろうとおもって・・・」

「武器を? 普段用の剣か?」

「ううん、剣じゃないんだ。だからフルヴァドさんの体の動きを、ちょっと確かめさせて欲しくて・・・良いかな?」

「ふむ、別にそれぐらい構わないが・・・」


彼女の頼みである以上、無下に断る気は無い。ましてや大した事の無い頼みだ。

だた剣ではないと言われた事で、私に扱えるのかという不安がある。

なのでそう続けようと思ったのだが、言葉が少し途切れた所で彼女がズイっと近づいた。


「良かった。じゃあ、少しそのまま立っててね。少しくすぐったい所も触ると思うけど、なるべく早く済ませるから」

「へ? んぅっ!」


すると彼女は突然私に抱き着き、かと思えばわさわさと色んな所を触りだした。

肩回りや、首回り、腕を上げさせてわきの下や、肘周りを軽く捻るような事も。

彼女の言う通りくすぐったくて身もだえするも、彼女は気にせず私の体をまさぐる。


更には袖から手を中に突っ込み、その事に驚きの声を出しそうになったのを我慢した。

ここは路地裏とはいえ街中だ。大きな声を出せば人が寄って来る。

人を避けた彼女の行動を考えればそれは望まぬ事だろう。


「っ・・・!」


だがこんな薄暗い路地裏で、漏れる声を我慢して、一体何をしているのだろうとも思う。

半端に冷静な思考は在るが、突然の事態に混乱してしまい、されるがままになっている様な。

そうして気が付けば、彼女は私の手を優しく、優しく、何かを確かめる様に握っていた。


「うん、大体、解った、かな。ありがとう」

「ふぇ・・・?」


気が付くと仮面越しに見える目が、とても近い距離にある事に気が付く。

仮面が無ければ唇が触れるのではないか、と思わせるほどの距離だ。


「待っててね、フルヴァドさん」


ただ私が呆けている間に彼女は離れ、そして来た時と同じように唐突に消えて行った。

私はそんな彼女の背中を呆然と見送る事しか出来ず、結局何が起きたのか全く解らない。


「・・・な、なんだったの?」


嵐の様な出来事にその言葉しか出て来ず、そして翌日街で流れる噂に頭を抱える事になる。

錬金術師は精霊公だけでなく、聖女とも良い仲だという、本当に頭を抱える噂に。

アスバ殿には爆笑され、リュナド殿には優しい同情の目を向けられた。


尚後日、セレス殿からはきちんと謝罪は受けたが。

どうも事情を聞いたライナ殿に叱られたらしい。

この街で一番の強者は彼女だな・・・セレス殿を叱れる人は彼女以外居るまい。

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