第545話、彼の為だと力説する錬金術師

「ふふん♪ ふふーん♪」

『キャー♪ キャ~♪』


嬉しい気持ちが溢れてしまい、抑えようとすると変な笑いになってしまう。

なら抑えずに出してしまえば良いと、鼻歌を歌いながら街の上を絨毯で飛ぶ。

特に知っている歌ではなく、唯々気分の赴くままにリズムをとりながら。


すると暫くして頭の上の子も、私の鼻歌に合わせてご機嫌に歌い始めた。

この鳴き声を聞いていると、ただでさえ嬉しい気持ちが膨れる様な気がする。

そうして暫く絨毯を飛ばしている内に、領主館の傍まで辿り着いた。


「リュナドさんは、どっこかなー♪ お外には、居るよねー♪」

『キャー♪ キャ~♪』


リュナドさんが外に居るであろう事は予想がついている。

だってさっきから何回か、パーンっていう聞き覚えのある音が聞こえて居るから。

恐らくリュナドさんがあの筒を、山筒の試作品を使っているんだろう。


確か訓練で使いたいって言ってたから、弾薬をちょっと多めに作ったんだよね。

山精霊達も手伝ってくれたから、数を作るのはそこまで大変じゃなかった。


「あ、居た!」

『キャー!』


一般兵の訓練場とは別の所で、精霊兵隊が集まっているのを見つけた。

精霊達は私に気が付いたらしく、楽し気に鳴き声を上げて手を振っている。

そして当然その中に彼の姿を、リュナドさんの姿を見つけて絨毯を急降下させた。


一気に近づく地面。けれどしっかりと速度を落とし、地面に降りる前にぴょんと飛ぶ。

そして今の気分のまま、リュナドさんに飛びつき抱き着いた。


「リュナドさん!!」


あ、しまった。リュナドさんの顔見たせいで、思わず抱きついてしまった。

違う違う。今日は山筒が完成した事を、彼に持って来た事を伝えないと。


「私、出来たよ!」


途中で正気に戻った私は、彼から離れてそう言った。

ちゃんと完成品が作れたと、外套の内側に引っかけている山筒を抑えながら。

ただ彼は困惑した顔を見せ、それに気が付いた事で嬉しい気持ちが少し萎み始める。


あ、あれ、何でそんな顔するんだろう。完成品楽しみにしてるって言ってたのに。

すると彼は突然私の両肩に手を乗せ、しっかりを目を合わせて来た。

私は思わずビクッとなり、何も言えずに固まってしまう。


「セレス、いや、えっとな・・・」

「う、うん?」


ただ彼は私の名を呼ぶと、また少し困った様な表情で目を瞑った。

彼の行動の意味が解らず、頷いたものの首を傾げ返す私。

だって喜んでくれると思ったんだもん。きっと喜んでくれるって。


でも実際は何故か彼が困ってて・・・あ、も、もしかして、訓練中に来たからかな。

いや、訓練の中止の指示を出す前に邪魔したからかも。め、迷惑かけちゃった、かな。

さっきまであんなに楽しかったのに、嬉しかったのに・・・違う。


それで浮かれすぎたんだ。本当に私はその時の事しか考えられない駄目な人間だ。


「・・・セレス」

「は、はい」


落ち込み始めた所で彼の声が聞こえ、慌てて応えて彼と目線を合わせる。

すると彼は凄まじく真剣な表情で、ああこれから叱られるんだなと思った。

思わずきゅっと眉間に皺が寄り、覚悟を決めてじっと彼の言葉を待つ。


うう、これ後でライナにも叱られそう。辛い。


「誰の・・・いや、俺の、なのか?」

「へ? う、うん、そうだよ。だって、リュナドさんの為に、頑張ったん、だし」


ただリュナドさんの口から出た言葉は、山筒は誰の為なのかと言う確認だった。

てっきり叱られると思っていた私は、思わず呆けた感じで返してしまう。

だって、そんな確認されると思ってなかったもん・・・あ、そうか!


良く考えたらリュナドさんには、未完成品を渡した時に色々話していたんだ。

この山筒を作っていた目的は、当然作りたいからと言うのが大きかった。

けど最大の目的は、弟子達の良い護身になると思ったからだと。


その話を聞いていたリュナドさんは、てっきり弟子達を優先すると思ってたんだろう。

なのに一番最初に自分の分が出来たと聞かされて、それで困惑した顔してたんだ。

彼の困惑の理由が解った事でほっと息を吐き、そして笑顔で彼に続ける。


「リュナドさんに色々話してたから、勘違いさせたかもしれないけど、リュナドさんを一番優先したいと思ったんだ。勿論弟子達の事だって考えてたけど・・・それでも、やっぱり、リュナドさんが喜んでくれると嬉しいと思ったから・・・これは間違いなくリュナドさんのだよ」

「・・・えぇ」


だからちゃんとその事を伝えると、それでも彼は困惑の様子を見せた。

流石にここまで言えば喜んで貰えると思っていたから、気分と共に視線を落とす。


「リュナドさん、喜んでくれると、思ったんだけど・・・嬉しく、なかった、かな」


山筒を軽く押さえながらそう呟くと、私の肩を掴む手が少し強くなった気がした。

それがまた私を責めている様で、段々悲しくまでなって来てしまった。

さっきまであんなに楽しかったのに。嬉しかったのに。本当に私は駄目だな。


ー------------------------------------------


隊員達の視線が俺に突き刺さる。ただしそれは厳しい目ではない。

物凄く生ぬるい、優しい目が俺に突き刺さっている。

先輩だけはにやにやとした目だが。やっぱやる事やってんじゃねえかと言う目だ。


いやでも待って欲しい。さっきは突然で慌てたが、そんな訳無いんだって。

だって俺手を出してないし! 身に覚えが本当に無いし!


「・・・セレス」

「は、はい」

「誰の・・・いや、俺の、なのか?」


だから思わず、そんな問いを投げた俺は悪くないと思う。

おい、そんな冷たい目で見るなお前ら。責任逃れじゃないんだって。

本当に身に覚えが無いんだから仕方ないだろう!!


生ぬるい空気から一変、氷土の様な空気の中セレスの返答を待つ。

すると彼女はさも当然と言う様に、俺の為に頑張ったと言い始めた。

俺を優先し、俺を喜ばせるためにと。


その言葉が紡がれる度に、隊員たちの視線は更に冷たくなっていく。

これでも逃げるつもりかと言う無言の圧力が凄い。


「リュナド、お前・・・」


先輩の呆れた様な呟きが俺に刺さる。いや、待って下さいよ。

俺だって本当に身に覚えが有るなら良いんですよ。問題無いんですよ。

それならもう、手を出した時点で覚悟決まってる訳ですから。


でも本当に、本当に全く、これっぽっちも身に覚えが無いんですって。

だって俺はむしろこの状況とは逆に、セレスに手を出さないようにしてたんだし。


・・・あれ、待て、そうだよ、その話もしてたのに、何で突然こんな事。


子供の話は、以前セレスとちゃんと話し合ったはずだ。お前が嫌なら無理するなと。

たとえ実際の所はただの友人でも、世間的には俺達はそういう仲だと思わせれば良いと。

なのにセレスは態々この場でこんな事を告げた。それは、まさか―――――。


「・・・セレス、本当に、間違いなく、俺のなんだな?」


前後関係なんて、世間の連中は解らない。当人達だけにしか解る訳が無い。

だから世間的には既に公認の俺達の関係を、本当にしても良いと言い出したんじゃないのか。

そんな考えに至った俺は、その真意を確かめる為に、隊員達の冷たい目の中で訊ねた。


俺で良いのかと。本当に俺で構わないのかと。

するとセレスは顔を上げ、仮面の奥の目の鋭さがはっきりと解った。

その真剣な目を俺に一瞬向けると、小さくコクリと頷く。


「そうか・・・ありがとう。嬉しいよ、セレス」


彼女が必要としてくれたなら、それならもう良いだろうと自分に納得させながら告げる。

すると彼女の目が少し見開かれ、いっきに笑顔になって行くのが解った。

近いと仮面越しでも本当に表情変化が解り易いな。


そんな俺の答えを聞いた隊員達は、ぱちぱちと拍手をし始めた。

さっきまでの冷たい目もきついが、生ぬるい目に戻った今はちょっと恥ずかしい。


「良かったぁ・・・じゃあ、えっと、これ完全にリュナドさんの様に作ってあるから、多分使いやすくなってると思うけど、それでも使ってみるまでは解らないし、気になる所が有ったらすぐ言ってね。調整はそんなに時間かからないと思うから。弾薬はこれになるからね」


そしてそんな空気の中、セレスは抑えていた外套に手を突っ込み、長い筒を取り出した。


「そうだ。これ『山筒』って名を付けたんだ。これからはそう呼ぶけど・・・あ、これはリュナドさん専用の山筒だからね。リュナドさんの為に頑張ったよ! あ、え、リュ、リュナドさん、どうしたの突然蹲って」


揶揄われた事に気が付いた俺は、先輩の爆笑を聞きながら蹲る事しか出来なかった。

あとどっかから人魚の笑い声も聞こえた気がする。畜生。

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