第541話、楽しくてしょうがない錬金術師
パックに書類を渡されてから深夜、まだ書類は私の手の中に在る。
というのも内容を少し纏める為に一晩借りたからだ。
この書類は見た感じ、複数人で書いてるっぽいんだよね。
だからなのか意見が食い違ってる所もあって、その辺りを精査した。
出来る限り書いた人間の意見を排除し、ただ見た限りの内容だけを抽出して。
「うん、こんな感じかな・・・」
そうして内容を纏めた後で、自分の想定する内容を書き記していく。
既に頭である程度固めていた内容だけど、改めて書類にすると現実味を帯びて来る。
夢想空想の類ではなく、本当にこういう道具が存在するのだと。
「こうかな・・・いや、こうか?」
知識を全力稼働させて設計図を描き、諸々の計算も書き記していく。
とはいえこれはまだ机上の空論。実際この通りに動くかどうかは解らない。
「・・・ふふっ」
にんまりと口の端が上がるのが解る。これは楽しい。とても楽しい。
時計は作り方を完全に理解しているから、精巧な仕組みだろうと作る事が出来る。
けれどこれは何も知らない。完全に一から自力での創造だ。
いや、既に現存する物が有って、その形を知っている時点で一からじゃないか。
でも現物が無い以上、中身の機構は自分で考えるしかない。それが今とても楽しい。
「大型は威力が違う。という事は小型と中身の構造が違う・・・いや、基本的な構造は同じで、威力を変える為の機構が違うかな。筒の大きさと火力と弾のどちらか・・・違う、弾の方の威力を変える為に、筒の大きさを変えてると思った方が良いか。そうなると・・・」
そうして道具を想像し、設計し、考えれば考える程見えて来る物がある。
この道具の設計思想というか、道具に向ける思いの様な物が感じられるんだ。
取り回しが楽で、身体能力が要らず、そして威力もある。
勿論戦いの場に出る人間は、それなりの身体能力はしているだろう。
けどたった一人の『強者』や『能力』に頼らない武器を作り出そうと。
何の力も持たない子供でもその気になれば強者を屠る。これはそんな武器だ。
「メイラとパックの護身用に良いかもしれない。特にメイラの」
本人は認めたがらないけど、あの子は余りに近接戦闘能力の才能が無い。
勿論弓と同じで狙う技術が要るとは思うけど、近接で戦うよりは余程良い。
全力で逃げつつ適当にこの武器を使う方が現実的だ。
「まあ、作った物がちゃんと狙った通りに飛ぶ物になればだけど・・・ただ打ち出すだけだと絶対真っ直ぐ飛ばないと思うし、補助道具の筒にも細工が有るよね・・・連続しての使用には相当の金属が要ると思うし、軽量小型を考えると耐えうる金属の問題で更に作るのが・・・」
弟子達の護衛の武器になると思うと、設計には更に熱が入る。
あの小さい手に合わせた物を、取り回しの良い大きさと威力を。
ただでさえまだ作り出していないのに、自ら製作の難易度を上げてしまっている。
そんな自覚はあるけれど、それでも手も思考も止まらない。
ただひたすらに書き記していく。翌朝に早速実行できるように。
勿論最初は弟子達に合わせた物じゃなく、簡易な試作をするつもりだけど。
先ず部品が無い。部品から作る時点で完成品はまだ遠い。
そもそもその部品の強度も計算通りに行くかどうかも解らないし。
火薬も複数種類ためして、一番使いやすいのを探さないといけないし。
「メイラの方は、弾も特別な物にしないとだね・・・そう考えると本当に暫く先の話だね」
あの子が人を傷つけるのを嫌っている節がある事は、私も何となく気が付いている。
人というか、人の形をした物だろうか。そういうのを殺すのが嫌っぽい。
なら殺さないで済む様な武器が良い。物凄く痛くて重傷で済む程度なのが。
「んふふ・・・ん?」
楽しくて楽しくて笑いを漏らしながら作業を進めていると、とんとんと肩を叩かれた。
見ると家精霊がちょっと困った表情を私に向けている。
どうしたのかと首を傾げて見つめ返すと、すっと窓の外を指さした。
閉じられている窓から光が差し込んでいる。光?
「・・・あれ、朝?」
私の呟きに、少し溜め息を吐くような様子を見せつつ頷く家精霊。
やってしまった。楽しかったせいで徹夜してしまった。
いやでもこの書類を朝には返すつもりだったし、仕方ない、よね?
あ、そうだ。返さなきゃね。もう纏め終わったし。
「よし、パックに書類返すついでに起こしにいこっと」
書類を纏めて抱えて作業部屋を出て、二階へ上った所で気が付いた。
両方持って来てる。私が纏めた方要らないのに。あ、これちょっと眠いね私。
徹夜してる時は気が付かなかったけど、気が付いたら急に眠たくなってきてるねこれ。
せめて書類を返すまでは寝ちゃダメだ。元気に、元気に行こう。
そうして今日は何故か別室で寝ているパックのベッドへ突撃し、抱きしめながら声をかけた。
「パック、おはよー!」
「ふへぇっ!? せ、先生? え、ちょ、なんで、え!?」
メイラと一緒に寝れば良いのに。何で今日に限って別なんだろうね。
うーん、パックの頬すべすべだ。可愛いなぁ。もう暫く抱きしめてよう。
しまった、書類散らばっちゃった。いやまあいいか。後で拾おう。
あ、まずい、ねむい。パックの抱き心地が良すぎる・・・はっ、ダメダメ寝ちゃダメ。
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「おはようございます、リュナド殿・・・」
「お、おはようございます、殿下」
早朝から疲れ切った様子で領主館にやって来たパック殿下。
一体何があったのか知らないが、何となく触れない方が良い予感もする。
だって彼がそんな顔するのって絶対セレス関連だろ。見えてる面倒は避けるぞ。
「それで、昨日の今日で、何かあったんですか?」
なので話を先に進めようと、余計な事は言わずに用を促した。
すると彼は少し溜め息を吐いた後に背を伸ばし、俺に書類を差し出す。
「・・・また新しい報告書ですか?」
そう言いつつ受け取ると、何となく見慣れた字で書かれている様に見えた。
いやうん、見慣れた字だこれ。多分だけどセレスの字だ。
まさか今更手持ちの情報を俺達に渡しに来たのか。と、最初は思った
「・・・殿下、これ、セレスが?」
「ええ、先生の書かれている事が真実であれば、敵の武装は相当危険です」
書かれている内容は、殿下の放った草の報告書を、更に纏めた内容の物。
ただしその内容には具体的な武装の想定と、その威力や脅威についても書かれている。
勿論それは元の報告書でも解ってはいたが、それでもこの書類の方がより具体的だ。
「セレスが殿下に持たせ、俺に見せるようにと?」
「いえ、僕の意思で借りてきました・・・とはいえ、恐らく最初から僕が言い出す様に、その書類を見せたのだとは思いますが・・・多分、その為、だと・・・いや、あれはどうかな」
「殿下?」
「・・・いえ、何でもありません」
何かあったらしい。書類を貸す際に交換条件でも付けられたんだろうか。
気にはなるが気にしない様にしておこう。何でもないって本人が言ってんだしな。
「ともあれ、纏めた書類を見せて頂く機会があり、それを見た以上は早急に情報共有が必要かと思い、失礼とは知りつつ早朝からお邪魔させて頂きました」
「いやまあ、それは全然構いませんが・・・むしろ助かります」
「ええ、そうでしょうね。ここまで具体的に記されていると、そう動けと言われている様にしか思えませんしね」
「確かに」
記されている内容を読む限り、もしこいつらがここまで攻めて来たら特別な対策が要る。
少なくとも普通の戦争をするつもりで挑めば、成すすべなく蹂躙されるだろう。
「僕はこれを見て、改めて恐ろしくなりましたよ」
「そうですね。こんな武器を大量に抱えている何て、想像するだけで恐ろし――――」
「違います」
食い気味に被せて来た殿下の声で、書類から目を外して彼へ向ける。
するとそこにあったのは、恐ろしいと言いながら笑う王子殿下の姿。
「先生がですよ。楽しいと、面白いと、その書類を見ながら語る先生がです。まるで何の問題も無いと笑う先生が改めて恐ろしく感じました。本当に、凄まじい」
想像するのは獰猛な笑い。あの鋭い目で口元を上げる笑顔。
うん、怖いな。出来ればそんな顔向けられたくないな。
つーかそれ、もしかして切れてない?
俺時間作って会う約束してるんだけど、行って大丈夫?
「・・・それは、怖いですね」
冗談じゃなく不安なんだが。本当に怖い。
多分切れてるとしたら、あの襲撃に関係あるんだろうなぁ。
・・・まあ、泣かれるよりは良いか。良くないけど。
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