第540話、思わず感心する錬金術師

聞きたい事が有ると言われ、最初は授業に関してだと思った。

なので書類の束を渡された時に少し驚き、けど素直に受け取って中身を読む。

どうやらどこかの国の軍隊の戦闘の記録っぽい。


ただ戦闘に巻き込まれないように、遠くからの観察になっている様だ。

なので書かれている内容は、全部遠目から見た事しか書かれていない。

何でこんな事を聞きたいのか不思議だけど、とりあえず先に質問に答えようかな。


「予想できるのは、二通り、かな」


曖昧な記述も多いけど、記録内容の多さからある程度の予想は付く。

勿論現物を見て居ない以上はあくまで予想でしかないけど。


「あ、でも、間違ってるかもしれないからね」

「はい、勿論承知しております」


なので一応その事も伝えておくと、パックは素直に頷いてくれた。

その事にホッとしつつ、もう一度書類の束に目を落とす。


「えっとね、作るのが簡単な方から説明するとね・・・魔法石と似た様な物を使ってるかもしれないかな」

「魔法石、ですか」

「うん」


少し驚いたように目を見開くパックに頷き返し、予想内容の続きを語る。


「筒を向けて大きな音が出て、次の瞬間人が吹き飛ぶ。大小の効果はあれど、どの内容も大体そう書いてある。けど多分、筒は指向性を持たせる為の補助道具か何かだと思うかな」


この武装は大まかに二つの道具によって成り立っている。

兵士が持つ『筒』のついた物と、その筒に入れる『何か』の二つ。


遠目な事によりその正確な仕組みは解らずとも、それだけは確実に解っている事っポイ。

ならまず最初に予想するのは、その『何か』が力を込められた物の可能性だ。


「指向性・・・つまりその筒だけでは何の役にも立たない、という事ですね」

「うん。多分、だけどね」


勿論筒だけで使える能力で、入れている『何か』が力の増幅装置の可能性もある。

あと筒の形によって結果が変わっている事も有る様だし、確実にそうだとは言えない。

けど多分、力の核となるのは筒の方じゃないと思う。


「その道具に力を込めた、魔法石の様な物を詰め込んで固定して、補助道具で指向性を持たせて放つ。作りとして簡単なのはこっちかな。そうすれば魔法石を仕込む手間も少し省けるし」

「成程、魔法石と聞いて少し驚きましたが・・・魔法石を作れるのは先生だけ、という訳ではないですからね」

「うん、そうだね。精霊達も作れるし、他に作れる人が居てもおかしくないと思う」


魔法石はお母さんが確立した物だけど、別にお母さん専用の技術じゃない。

山精霊は一回見ただけで真似したし、メイラとパックだってそのうち出来る様になると思う。

ならお母さん以外にも同じような技術を習得している人が居ておかしくない。


「ただ、魔法石の可能性は低いかもしれないけど」

「そうなのですか?」

「うん、作りとして簡単なのは間違いないけど、魔法石から火薬の匂いがする事は無いし・・・勿論私の知る魔法石じゃない可能性もあるし、焼けた匂いを勘違いしたのかもしれないけど」


戦闘の後で火薬の匂いが漂って来たとあり、それを考えると魔法石の可能性は低い。

けど低いというだけで無い訳じゃないし・・・もう一つの方法なら普通に起こり得る。


「もう一つは、中に詰めている物に特定の条件で爆発する火薬を詰め、それにより何かを吹き飛ばしてぶつけているかな。この爆発に魔法石の類が使われている可能性もあるけど」


恐らく詰めている物の後ろ側に火薬を詰め、前側に何か固いものを詰めている。

行動としては大砲などと一緒だ。火薬を詰めて弾を入れてバーンと飛ばす。

これなら火薬の匂いはして当然だし、魔法石でも焼ける匂いを勘違いした可能性もある。


どちらにせよ、こちらの仕組みの可能性の方が可能性としては高い。


火薬の存在も魔法石と同じく、別に私専用の道具という訳じゃない。

私は基本的に火薬を詰め込んだ爆弾を投げる事しかしない。

けどその爆発力を、何かを飛ばす為に使う事も可能なのは普通思いつくだろう。


ただそれを『小型化』したんじゃないだろうか。人が手で持てるように。


「ですが先生、それだと不可解な事があります。この内容ですと、筒を使っている者達は筒の先を下に向けている事も多く、何よりも火の類を使っておりません」

「そうだね」


確かにパックの言う通り、火薬を爆発させるには基本的に火が必要だ。

私の爆弾だって大体はそうだ。導火線に火をつけて放り投げて爆発させる。


「何よりも火薬の扱いは繊細です。兵士達に適当に持たせるなど・・・」


確かに火薬は知識が無ければ危ない道具だ。少なくともお母さんの教えではそう言われている。

だから弟子達にもそう伝えてるし、そもそもパックは最初からそういう認識だった。

火薬の存在を元から知っていたらしいパックは、火薬の扱いにくさと危険性も知っていた。


知識と技術を持った人間の扱う危険な道具。それが火薬という物だと。

それは確かに間違ってない。けど。


「でも、その火薬を使った爆弾は、この街の兵士も使ってるよね?」

「・・・そう、ですね」


その火薬を使った道具を私はこの街に卸しているし、兵士達もいざという時に使っている。

作った『道具』が下手に暴発しない様、安全性を高めて居れば問題は無い。

勿論下手な扱いをすれば危険な事に変わりはないけれど。


「ですがそれは、先生が誰にでも扱える様にしただけだと思うのですが・・・」

「これも同じ事なんじゃないかな。誰にでも使える様に、それこそ武装しているこの人達には使える様になってるんじゃないかな、と思うんだけど」


私の作る爆弾は、突然前触れもなく爆発する様には出来てない。

少なくとも導火線に火つけない限り、近くに火花が散った程度で爆発はしない。

この詰めている『何か』も、そういう風に簡単に爆発しない様にしてるんだと思う。


「それと下に向けるのも、理屈だけなら簡単な話だと思うよ。この筒の中に詰めている物が『弾』と『火薬』両方を詰めた物なんじゃないかな」

「両方、を?」

「そう、両方。筒から飛び出ない大きさの入れ物を作って、前側に固い『弾』を、後ろに『火薬』を詰めて、入れ物は爆発の威力で壊れる程度の物で、前に『弾』が飛んでいく。勿論口で言うほど簡単な構造じゃないと思うけど、理屈としてはただそれだけだと思うよ」


小型化し、誰にでも扱えるようにして、更に威力と精度を求めるのは難しい。

大砲だって土台に大きさと強度を持たせる事で、指向性と威力を持たせられるだけだ。

小さい筒で同じ事が出来るかと言われれば、出来るけど難しいと言うしかない。


勿論精度を求めなければ割と簡単だけど・・・その場合は安全性が犠牲になる。

それにパックが言った様に、この書類に書かれいる様な取り回しは不可能だろうね。

咄嗟に振り回して筒の先を向けてる時もあるみたいだし、大砲と同じ仕組みじゃそれは無理だ。


専用の訓練をせずともある程度使える小型の武器。私にはそう見えた。


「何より火薬は、別に火を付けなくても爆発する物もあるし」


だから多分、そういう火薬を詰めているんだろう。

とはいえこれ、多分作るのかなり大変そうな気がするんだよなぁ。

安全に運べる火薬を選んで、その火薬を発動させられる筒か。


ただ構造理屈だけなら単純だけど、これはそんなに単純な物じゃない。

後者の予想が正解なら・・・この道具を作った人は凄いと思う。


ー------------------------------------------


「何より火薬は、別に火を付けなくても爆発する物もあるし」


先生のその言葉に、僕はただ固まって衝撃を受けるしか無かった。

いや、その言葉だけに固まった訳じゃない。先生の説明で恐ろしい事に気が付いたからだ。

なにせ先生の爆弾一つでも、ただの兵士が突然の力を手に入れた様に強くなる。


それは当然爆弾の威力であって、兵士の力が増した訳じゃない。

けどその爆発力は、下手な魔物であれば吹き飛ばせるだけの威力がある。

ただ問題はその攻撃範囲と取り扱いだ。爆弾は近距離では使えないし、投擲距離の限界もある。


先生の説明するそれは、問題の両方を解決し、更に誰にでも使える武装という事。


勿論武装なのだから、その扱いの訓練は必要だろう。練度の類もあるだろう。

けれどその『道具』その物の扱いには、そこまで重要視する必要が無い。

だというのに兵士一人一人が『大砲』を持っている事と同じなんだ。


「・・・この結果も納得だ」


兵士一人一人が大砲を持ち、それを気軽に放つ事が出来る。

なのに小型で取り回しが軽く、多少振り回しても何の問題も無い。

扱いに一切の気配りのいらない大砲。そんな物を持っていれば少数精鋭で構わない。


いや、小型なのに大砲はおかしいか。けれど兎に角そういう事だ。

勿論弓兵には気を付ける必要は在るが、剣や槍を持つ兵士など何の意味もないだろう。

むしろ隊列を組んでいる兵士達などただのカモだ。やりたい放題になるだけだ。


大砲ですら作るのに手間も金も資材も人材も要るのに、一体どうすればこんな物が作れる。


『錬金術師として認めない』


ふいに、その言葉を思い出した。そういった人間の存在を。

先生の魔法石を錬金術として認めないと、そう発言していた人間の存在を。

今思えば、先生はその頃から警戒を見せていなかったか。


「魔法無しで作ったなら、本当に凄いよ。作った人は、相当の技術を持ってるね」


そしてそれを肯定する様に、先生は書類を見つめながら笑っていた。

そう、笑っていたんだ。まるで何の問題も無いと言う様に。


「試しに、作ってみよう、かな」


そして楽し気に怖い事を口にする。それこそ当然のように。

これだから、これだから先生は恐ろしい。

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