第539話、弟子の問いに応える錬金術師

「ん?」


メイラが疲れ切った所で稽古を終わり、お茶を飲んでいるとキャーっと騒ぐ声が聞こえた。

けれどそれは楽しげな鳴き方なので、おそらく知り合いがやって来ただけだろう。

もう遅い時間なのを考えると、帰って来たパックか、それとも泊まりに来たリュナドさんかな。


両方という可能性もある。それが一番嬉しいかもしれない。

そんな風に思いつカップを置き、庭へと迎えに出た。

すると庭の先に見えたのはパックの姿。リュナドさんは居ないか。


「おかえり」

『『『『『キャー♪』』』』』

「ただいま帰りました、先生」


笑顔で迎えの言葉を送ると、パックも同じ様に笑顔で返してくれた。

山精霊達も楽し気に鳴いて出迎えている。この子達は何時も楽し気な気もするけど。

残念なのは私の隣にいる家精霊の優し気は笑みがパックに見えない事だろうか。


「家精霊も迎えありがとう」


ただ今日の家精霊は服を着ているので、パックにもその存在は解っている。

だからか家精霊に向けてそう告げ、すると更に笑みを深めて頷く家精霊。

何だか私まで嬉しい。ただ抱きしめるのは逃げられた。悲しい。


うーん、抱きしめるのを許してくれる時と駄目な時の違いが判らない。

私に抱きしめられると恥ずかしいらしいけど、でも嫌な訳じゃないと言っていた。

むしろ嫌な訳がないと強い口調で言ってくれたし、きっと本当の事だろう。


でも逃げるんだよね。嫌じゃないのに。うーん、パックの心は複雑だ。

私としては出来れば常に抱きしめさせてくれると嬉しいんだけど、無理やりは出来ない。

ライナにも『嫌われたくなかったら逃げた時は諦めなさい』って言われてるし。


「メイラ様はどうされたんですか?」


そんな事を考えていると、パックが周囲を見回しながら訊ねて来た。

確かに何時もの状況ならメイラも一緒に出迎えているはずだ。


「今日は体術の訓練・・・をしてたから、疲れて寝ちゃってる」


メイラはくたくたになるまで稽古を続け、終了後家精霊に体をほぐされていた。

そうなれば当然導かれるのは心地の良い睡眠で、眠ったメイラはベッドの上に居る。

私も偶にして貰うけど気持ち良いんだよね。疲れた体にされたら寝ちゃうよね。


尚訓練の後ちょっと言い淀んだのは、あれを訓練と言って良いのか悩んだから。


「成程、頑張っていたんですね」


あ、優しい目だ。凄く優しい目で二階を見ている。

この目で見られるのが嫌なんだろうな。私には解りかねるけど。

私の場合は、向けられるなら何時でも優しい目の方が良い。


弟子達の心は二人とも難しいと思う。私では答えを導く事が出来ない。

とりあえずできる事は、弟子達の望みを聞いてあげる事ぐらいだ。


「今はゆっくりお茶してたんだけど、パックも飲む?」

「頂きます」


頷いて応えるパックを確認すると、家精霊がすっと動いて用意に向かう。

私達もそれを確認してから家の中に入り、山精霊達もわらわらついて来る。

そうして居間のテーブルには既に茶が用意されていて、ついでに茶菓子も置かれていた。


『『『『『キャー!』』』』』


嬉しそうにテーブルに群がる山精霊達。ただ菓子の手前でビタッと止まった。

そしてそわそわしながら私と菓子に視線を行き来させ、早く早くという様子を見せる。


「ふふっ、良いよ、食べて」

『『『『『キャー♪』』』』』


そう告げると山精霊達はわーいと喜び、菓子に手を付ける前に踊り出す。

菓子の乗っている皿を囲んで、どこかの部族の儀式の様に。

このまま放置しておくと菓子が別の物に変わってしまいそうな雰囲気だ。


そうして満足したのか菓子を一つ手に取ると、一体がトテトテと私の下へ。


『キャー♪』

「ん、ありがとう」


差し出された菓子を受け取ると、山精霊は満足そうに菓子の皿へ戻って行く。

そしてパックにも同じように別の精霊が渡し、それから自分達の分を取り始めた。

ただ手に取った後もまた踊り出し、その踊りを見ながら菓子を口にする。


「美味しい」


何時も通り家精霊の作る菓子は美味しく、お茶にもとても合う。

そんな私の呟きに満足したのか、家精霊は嬉し気な笑みを向けて来る。


『『『『『キャー・・・』』』』』


山精霊達はようやく菓子を食べ始め、幸せそうにチマチマと齧っている。

そうしてゆったりとしたお茶の時間を過ごし、暫くした所でパックが口を開いた。


「先生、少々訊ねたい事があります」

「ん、なに?」


真剣な表情のパックに対し、どうしたんだろうと首を傾げながら応える。

何か授業で解らない事でもあったかな。その場合また教え方考えないとなぁ。


ー------------------------------------------


今後の方向性を決める話合いを終え、その他への根回しの為に部下へ指示を出す。

ついでに様々な書類仕事も終えた所で、日が落ちかけている事に気が付いた。


「帰らねばな」


久しぶりに一日中王族として働き、少し疲れた気分で息を吐く。

今回の件はまだ国内全体に知らせる訳にはいかない。

確定事項が少ない以上、知らせても面倒が増えるだけの可能性が在る。


だが知らせるべき相手には知らせておいた方が良い。

信用できる部下と、確実に力になる領主達とは情報を共有しておくべきだ。

いざという時に国を上げて動けませんでした、等となれば笑い事にもならない


「くくっ」


その話の際に部下に言われた事を思い出し、思わず笑いがこぼれてしまった。

こうなって来ると、城に居るよりこの街に居て下さった方が安心できますと。


城に帰って来いでも、そろそろ本格的に王に着けでもなく、ここに居ろと来た。

おかしな話だ。普通国で一番安全なのは王都の城のはずなのに。

それだけ先生が、そして精霊公と聖女の存在が大きいのだと思わせる。


アスバ殿も力強い存在なのだが・・・あの方はいかんせん扱いが難しい。

先生の為なら動いてくれるとは思うが、その先生に腹を立てる事も少なくない。

先生にとっては対等の力を持った友人なのだろうが、それだけに接し方に困る。


「んんっ、よし、かえろう」


軽く伸びをして心を切り替え、王族ではなく弟子のパックとして言葉を発する。

そして家に着くと先生が出迎えてくれて、その温かさに自然と笑みが漏れる。

とはいえ抱きしめるのは遠慮させて貰った。


「むぅ・・・」


ただそんな残念そうな顔をされると、まるで僕が悪いように思える。

いや、師匠の願いを叶えないという点で、弟子としては悪いのかもしれないが。

でも先生に抱きしめられるとやけに恥ずかしいんですよ。許して下さい。


自分でも正直ちょっと不思議なぐらい恥ずかしい。

別に女性に慣れて居ない訳ではないはずなんだけど。

相手が先生だから、という事が大きいのだろう、と自分に納得させている。


そうして先生に迎え入れられ、居間でゆっくり疲れをほぐす様に茶を堪能する。

いや、実際疲れが取れていく感覚があるのは、きっと家精霊の力なのだろう。

この家で寝泊まりすると疲れが全くと言って良い程に残らないし。


この効能を考えると、先生がリュナド殿を泊めたがるのは、それもある気がした。

彼は少し根を詰めすぎる傾向があるからな。まあ僕も人の事は言えないが。


「先生、少々訊ねたい事があります」

「ん、なに?」


そうしてゆっくりと茶をの楽しんだ後、先生に会議の件を訪ねようとした。

先生はそれが解っていたのか余裕の表情で、笑顔で首を傾げている。

そんな先生を頼り強く想いながら書類の束を差し出した。


「こちらに記された武装が何か解りますか?」


書類を手渡すと、先生は少し目を見開いて受け取り、けどすぐに平静な顔に戻る。

何に驚いたのだろうか。纏まり切っていない報告書が原因でないと良いな。

そんな風に思いながら、無言で書類を読んで行く先生の反応を待った。


「多分解る、と思う。現物を見てないから想像になるけど」

「やはり、そうですか」


書類に記載されているのは、兵士に配備されいる武装の外観。

そしてその兵士達の扱い方と、その後に起こった状況だ。

大小の筒の様な物を持った兵士達が、各個撃破と言わんばかりの少数部隊での殲滅。


報告書には戦闘後火薬の匂いがしたと言うが、だとしても不可解な部分がある。

彼らは持っている筒を下に向け、かつ何度も続けて放っていた事だ。

最初は大砲の小さい物を作ったのかと思った。


作れるかどうかは別として、その様な物を作ったのかと。

だがその場合下に向けては火薬が落ちるし、何より連射は出来ない。

それに一番不可解な点は、火の類を一切使っていないという記載だ。


せめて直接見れば理解も出来るかもしれないが、流石にそれは難しい。

だが僕には想像がつかない武装も、先生にはアッサリとその仕組みを理解できる。

いや、そもそも先生は最初から知っていた可能性も在るが、それは措いておこう。


「どのような仕組みか教えて頂いても宜しいですか?」

「予想できるのは、二通り、かな」


そうして先生は、きっと最初から用意していたのであろう答えを、僕に教えてくれた。

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