第538話、弟子の稽古をつける錬金術師

「はぁ!」

『『『『『キャー!』』』』』


気合いの入った声・・・だとは思うんだけど、私には可愛らしい声に聞こえる

そしてその声を後押しする様に山精霊の応援する声も響く。

声の主はメイラで、何故か突然体術の稽古をつけて欲しいと頼まれた。


そんな声と共に上段から振られる木剣を、片足を引いて半身になって躱す。

木剣はそのまま振り下ろされ、地面に叩きつけられ可愛らしい音を鳴らした。

明らかに威力と速度の無さが解る音で、かつ振りを止められなかったのが解る音。


「てやっ!」

『『『『『キャー!』』』』』


それでも諦めずに私に木剣を当てようと、下からの切り上げを放って来た。

けど切り上げる前にしっかり足を踏み込んでいて、腕の捻りも解りやすい。

切り上げをする前から軌道が解る動きで、これも少し上体を引くだけで躱す。


それに攻撃の時に力を入れる為なんだけど、声を出すから呼吸が解り易すぎる。

少なくとも山精霊が揃って声を合わせられる程度には解りやすい。


「はあっ、はあっ・・・!」


何よりそこそこ長々と続けている打ち合い・・・打ち合い?

まあ打ち合いによって息が上がっていて、動きがかなり単調になってしまっているし。

それでも懸命に当てようとする彼女の踏み込みに合わせて足を刈る。


「ひゅわっ!?」

『『『『『キャー!?』』』』』


地面を踏み込んだはずの足が空を踏み抜き、その甘体勢を崩して転んでしまった。

一応頭を打たない様に倒れているので、本当にただこけただけで済んでいる。

山精霊達はコケる時の声まで合わせているけど、そういう遊びになってない?


「メイラ、そろそろ休憩しない?」

「うう・・・はい・・・」

『『『『『キャー・・・』』』』』


結構息の上がっているメイラを見て休憩を告げると、脱力して頷き返して来た。

山精霊達はそんなメイラに群がって生き、慰めるように頭を撫でている。

何か私がいじめたみたいに見える。気にし過ぎだろうか。


「メイラ、立てる?」

「は、はい、立てます・・・」


手を差し伸べながら訊ねると、素直に手を取って立ち上がるメイラ。

ヘロヘロになっているけど、倒れ込むほどの疲労ではないみたいだ。

まあ多分魔量切れ状態の方がきついだろうし、慣れが出てきているのかもしれない。


「休憩じゃなくて、もう終わりにする?」

「い、いえ、息が整ったら、もう一回お願いします!」

「そう? まあ良いけど」


疲労具合を見て終わりを提案してみたけど、メイラはまだまだ頑張るつもりの様だ。

私は別に構わないんだけど・・・うん、構わないんだけどね。

とても言い難いんだけど、やっぱりメイラには体術の才能が絶望的に無いと思う。


家に来た頃と違って体力も上がってるはずなのに、戦闘を経験したはずなのに。

なのにメイラはそれらの経験が体捌きに一切現れる様子は無い。

勿論それは前々から解っていた事なんだけど、まあそれでも良いかなって私は思ってる。


だってメイラには黒塊が居るし。接近戦は諦めて魔法石放つのもアリだと思うし。

まあ目線や体の動きで何するかまるわかりだから、狙った攻撃は当てられないだろうけど。

黒塊の力を使った時に当てられるのは、相手の反射も力も全てを凌駕出来てるだけだし。


「でも何で突然体術の稽古なんて言い出したの?」

「うっ、その、それは・・・」

『『『『『キャー?』』』』』


稽古をつけて欲しいと頼まれ、その時はすぐに頷いて稽古を始めた。

ただ休憩した今ふと疑問に思い訊ねると、メイラは少し言い難そうな様子を見せる。

精霊達は揃って首を傾げていて、メイラの発言を待っている様だ。


「今日はパック君が居ないから・・・体術訓練の時、パック君は私に生暖かい目を向けて来るので・・・なんだかそれがちょっと悔しくて・・・すみません」


確かに今日はパックが居なくて、訓練中に優しい目を向ける様子は無い。

なんか王族としての仕事の方が入ったらしい。領主館の方へ行っている。


「んー・・・別に謝る必要は無いけど・・・」


それほど頻繁では無いけど、動ける方が良いと思って体術の訓練はやっている。

メイラは基礎体力をつけ逃げる方を優先していて、パックは純粋に戦闘技量の訓練だ。

ただパックはまだ未熟ながら技術を吸収し、メイラは一切の成長が見えない。


それが悔しくて、だからパックの居ない時に上達したかったのかな。

でもパックの居ない時に少しやった程度じゃ、メイラの技量は上がらないと思うなぁ。


「メイラがパックみたいになるのは、中々難しいと思うよ?」

「・・・はい」


余りにも体術の才能を感じられないメイラに告げると、しょぼんとした顔で俯いてしまった。

あ、落ち込ませてしまった。うう、でも本当の事だし、嘘ついても危ないし・・・。


「でもせめてワタワタ動くのだけは、何とかしたいです・・・私以外の人達は動きが洗練されているのに、私だけ動きが不格好で・・・恥ずかしい時があるので・・・」

「そう、かな?」


アスバちゃんなんて良く精霊に足とられてこけてるし、フルヴァドさんも普段はそうでもない。

パックは普段隙が無い様に見えるけど、割とちょこちょこ隙だらけな時あるし。

リュナドさんは仕事中以外は結構気を抜いてると思うよ。


特に私なんか一番洗練されてないと思う。だって人前だと怯えてるだけだし。

うん、別に何も恥ずかしくはない様な。普段はむしろ私の方がワタワタしている。

けど私のそんな結論に対して、メイラは顔を上げて勢いよく口を開く。


「そうです! だって私が剣を振ったり槍を突いたりしても、セレスさん以外は皆絶対優しい目で見るじゃないですか! 真剣な表情で相手された事ないです!」


え、私の目って優しく無いの? け、稽古中だけの話だよね? そうだよね?


「特にパック君が一番優しい目で見て来るんですよ! 流石にちょっと悔しいです!」

「そ、そっかぁ・・・」


そんなに悔しかったのかぁ・・・うーん。優しさが悔しいって難しいなぁ。

でもメイラを見てると優しい気持ちになるのは仕方ないと思うんだよなぁ。


「だから稽古お願いします!」

「う、うん・・・」


フンス! と鼻息荒く頼むメイラに応え、今日は彼女がくたびれるまで稽古を続けた。

ただ、その、うん・・・やっぱりメイラは体術向いてないと思うよ、私。


パックが帰って来たらちょっと相談してみようかな。いや、ライナが先かな?


ー------------------------------------------


「・・・大分現実味を帯びてきましたね」


静かな部屋の一室にて、リュナド殿の重苦しい声が響く。

決して大きな声では無かったが、この場に居る全員にしっかりとその声は聞こえた。


彼の視線の先にあるのは、他国へ放っている草の持ってきた報告書。

それと情勢が変わり書き換わり続けている簡易地図。

とある国が周辺の国を蹂躙し、飲み込んで行く状況がしっかり書かれている。


先生の警戒と共に動きが強くなった国が、潰れずにそのまま広がり続けているんだ。

それもすさまじい勢いで。他に類を見ない勢いで広がっている。


「先生の警戒は正しかった、という事でしょうね」

「でしょうな。本当にあの錬金術師はどこまで何が見えているのか。しかし何時もの事ながら、見えているのなら伝えてくれたら良かろうに」


僕の・・・私の言葉に対し、領主が苦々しい表情で応えた。

彼は先生を嫌っている訳ではないが、好いている訳でも無い。

言葉通り面倒を伝えてくれない事へ思いが表情に出ているのだろう。


「だがその錬金術師が警戒をしろと、今回は事前に伝えてくれていただろう。故にまだまだ余裕で準備は出来る距離になっている。違うか領主殿」

「・・・その通りだよ、聖女殿。すまない」


だがフルヴァド殿言葉に反論は無く、溜息と共に謝罪をする領主。

この場は大半が先生の味方なので、反論は不利と思ったのだろうが。


「別に準備なんてどうでも良いわ。向こうが問答無用なんだから、こっちも問答無用で打って出れば良いだけじゃないの。叩き潰してやるわよ」


そしてそんな会話などどうでも良いと、ニヤリと笑いながらアスバ殿が告げる。

恐ろしい話だが、彼女なら簡単にできてしまいそうで怖い。

けれどリュナド殿はそんな彼女に呆れた表情を向けた。


「アホかお前は。まだ遠いってフルヴァドさんが言ったろうが。自国攻撃もされてねえのに潰しに行ったら、今度はこっちが周りにどんな目を向けられるか」

「感謝されるんじゃないの? 止めてくれてありがとうって」

「そうなった場合は都合よく使えると思われるだけだ。あの国は黙っても助けてくれるってな」

「・・・それはつまらないわね」


そう。確かに広がっている国は脅威だ。だがまだまだ自国からは遠い位置。

影響はまだ出ておらず、けれどこのままだと確実にこちらに来る。

だからと言って先手を打って出る様な真似は、周辺国に都合のいい印象を植え付けるだろう。


自国の損害を抑えつつ、勝手に戦わせ、更に勝手にやった事だから報酬も無い。

勿論実際にそう思われたとしても、本当にその通りに動く気は無いが・・・面倒ではある。

間違いなく無償の救いを願って来る連中が、少なくない数生まれるだろうからだ。


「ふん、まあ良いわ。それで、この勢いの理由は解ったの?」

「どうやら錬金術師が作った武器を兵士に与えていて、それにより一気に軍の増強が行われたらしい。報告書によると、敵兵の10分の1、酷い時は100分の1の数でも蹂躙したと」

「はっ、セレスを知ってると笑えない話ね」


思わず皆でリュナド殿に目を向ける。先生に一番強化されている彼を。

身体能力を強化する薬に、身体強化の装飾に、身を守る龍の鎧に、泥濘を生む槍。

一兵士が一騎当千の戦いが出来る存在を先生は確かに作り上げてしまった。


その事実を知っているだけに、この報告書を鼻で笑う事が出来ない。


「リュナドが何人もいるという事か。恐ろしいな」

「流石にリュナド殿は例外な部分も有ると思いますけどね」


領主の言葉に、思わずそう答えてしまう。何せ彼は精霊の力も持っている。

流石にそこは例外中の例外だろう。彼の様な存在が全てであれば余りに恐ろしすぎる。


「確かにそうだな・・・ともあれこの武装に関して、錬金術師に意見を聞きたい。彼女が今回の件に関わりない態度をとっているのは知っているが、これぐらいは構わないだろう」

「そうですね。それ私も同意見です。後ほど先生にお伺いしてみます」


先生は今回は・・・今回『も』か。基本的に自分お預かり知らぬ所という態度だ。

だが警戒を促して来た事を考えると、報告書にある武装を知っている可能性は高い。


「雑兵を化け物に変えてしまう様な武装、か」


先生ならば、同じものが作れるのだろうか。いや、出来るのだろうな、先生ならば。

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