第537話、大事な感謝を告げる錬金術師

「じゃあね」

「ではセレス殿、また。殿下とメイラ殿も」


終始アスバちゃんが楽しげだったお茶会の様な何かも終わり、二人が家を出て帰ってゆく。

そんな二人の背中に少し寂しを覚えながら、弟子達と一緒に見送る。

けどアスバちゃんが途中で足を止め、フルヴァドさんがそれに気が付き同じ様に足を止めた。


「・・・?」


ただアスバちゃんはその場から動かず、フルヴァドさんも不思議そうに首を傾げている。

目が合った私も思わす首を傾げ、突然止まったアスバちゃんの行動を待つ。

すると彼女はどこか躊躇う様な仕草を見せ、私へを顔を向けた。


「・・・何かあれば頼りなさいよ、私にも」


少し低めの声で告げる彼女の言葉が耳に届き、一瞬更に首を傾げてしまう。

ただすぐに何の事か解った。多分リュナドさんに縋った話の事だろう。

頼って良いと言われて、だから素直に頼ってしまった。凄く助かったあの時。


もし彼があの場で縋らせてくれなかったら、弟子達が帰って来た時も不機嫌だったかも。

アスバちゃんにもそれをして良いって事なのかな。多分そういう事だよね。


やっぱり優しいな。アスバちゃんはとても優しい。強くて過激で怖い所もあるけど優しい人だ。

むしろ彼女は自分に対して厳しい人で、だからこそ私は怖さよりも尊敬を強く想える。

大好きな友達だ。本当に私は幸せ者だな。こんなに良い友達が居てくれるんだもん。


「ありがとう。その時は、お願いするね」


凄く嬉しくて、心からの感謝を彼女に告げた。この気持ちが伝わると嬉しいと思いながら。

その時があるかどうかは解らないし、リュナドさんとライナを先に頼りなそうな気もする。

でもそれも、嬉しかった。もしその時があれば彼女にも慰めて貰おう。


すると彼女は何故か目を見開き、視線を彷徨わせてからまた背中を向けた。

あれ、ど、どうしたのかな。私何か言い方が変だったかな。


「ふんっ、帰るわよ、フルヴァド!」

「くくっ、素直に返されたからと、そんなに照れなくても良いじゃないか」

「うるさいわね! 誰も照れてなんかいないわよ!!」

「誰がどう見ても照れてるじゃないか。くくくっ」

「~~~~~っ!!」


あ、良かった、照れてるだけ、なのか。ちょこっとびっくりした。

アスバちゃんの事好きだけど、こういう所はやっぱり難しくて困る。

フルヴァドさんが言ってくれなかったら困惑したまま見送ってた気がする。


「ああ、セレス殿、私も出来る限り力になりたいと思っているよ。貴女の力になれるなら喜んで私はこの剣を振るおう。私がこの街に居る理由は、貴女の存在も大きいのだからね」


ずんずんと進んで行くアスバちゃんだけど、フルヴァドさんは少し足を止めてそう告げた。

ただ彼女は私が返事をする前にまた足を動かし、庭の外へと足を踏み出していく。


「ありがとう」


慌てて咄嗟に例を口にすると、ちゃんと耳に届いたらしく彼女は背を向けたまた手を振った。

聞こえて良かった。だってちょっと反応しにくかったんだもん。

力になりたいって言ってくれるのは嬉しいけど、そういう機会あんまり無いと思うし。


彼女に剣を振るって貰う機会より、アスバちゃんに泣きつく方が可能性高そうと思って。

でも気持ちは嬉しいと思うし、やっぱり礼の言葉が届いてよかった。


「・・・やはり、お二方は頼りになりますね、先生」

「ん、そうだね。頼りになる友達だと思う」


そして二人の背中が見えなくなった所で、パックがポソリと呟いた。

私にとっては当然だけど、パックからも頼りになる様に見えるんだね。

それはとても嬉しい。自分の考えを肯定して貰えた気分だ。


「・・・僕達がお二人の様に、先生に頼られる日は、来るのでしょうか」


ただパックがそんな事を言い出し、思わず彼に困惑の目を向けてしまった。

僕達二人って事は、メイラとパックって事だよね。何でそんな疑問を?


「っ、すみません、余計な事を口にしました」


するとパックは慌てた様に謝り、気まずそうな表情で目を背けた。

その態度が余計に良く解らなくて私は更に困惑してしまう。だって。


「私は、良く、二人に頼ってるけど」

「「・・・え?」」


私が当然の事を二人に告げると、二人は同じタイミングで同じ様に呆けた顔を見せた。

揃った行動が何かちょっと可愛く想え、思わず二人の頭を撫でる。


お、今日はパック逃げない。やった。思う存分撫でまくっちゃおう。

弟子二人の頭を撫でてる時間は幸せだ。私は二人が可愛くて仕方ないし。

リュナドさんに抱き着いている時とは違う感じで幸せ。


「あ、あの、先生?」

「セレスさん、えと、わぷっ」


そう思っていたら、胸に何だか込み上げるものを感じ始め、二人をキュッと抱きしめる。

可愛い。愛おしい。大切。そんな気持ちが溢れる可愛い弟子達。

君達が居る事でどれだけ私の支えになっているか。


君達が居るから私は師匠で居られる。君達の存在が私を保護者にしてくれる。

多分誰よりも二人に頼ってるのは私だよ。だってきっと、二人はもう一人で生きて行けるし。

流石にどこに放り出しても安心、とまではいかない。けどそれだけの話だ。


だから出来ればまだ少し、出来るだけ師匠で居させて欲しい。保護者で居させて欲しい。


「二人が居てくれないと、困る。居てくれる事に、何時も感謝してる」


だから、そう、二人に伝えた。私の言葉だから、どこまで伝わってるかは解らない。

けど口にしないと何も伝わらない。それは私が一番良く解っている。

口にしない言葉なんて、私には解らないのだから。


「っ、先生・・・」

「セレスさん・・・」


二人がぎゅっと私を抱きしめ返してくれる。その事実に心から安堵する。

良かった。ちゃんと伝わったみたいだ。駄目だなぁ、本当に私は。

こうやって感謝を伝えておかないから不安にさせるんだ。


うん、お世話になってる人や、大好きな人には、ちゃんと言っておかないといけない。


・・・あ、そういえば、感謝を余り言った覚えのない人を思い出した。

あの人にも随分お世話になったのに、あんまりお礼とか言ってないよね。

うーん、どうしよう。日が暮れる前に言いに行こうかな。でないと忘れそうだし。


でも今暫くは弟子達を抱きしめる時間を堪能してよう。うん。


ー------------------------------------------


「マスター、お代わりぃ」


カウンターに座る金も持たずに飲みに来た常連客が、カップを差し出し次の酒を強請る。

普段ちゃんと払うから多めに見ているが、そろそろ何杯飲んだか忘れそうな気配だ。


「この一杯で最後だぞ。次はツケを払ってからだ」

「んだよけちぃ」

「そうか、この一杯も要らないか」

「あ、すみませんすみません。マスター神様。ありがたやぁ~」


こんな酒場で酔っぱらいの相手をする神様が居て堪るか。


『『『『『キャー!』』』』』


居たな。精霊様がカウンターで愛想を振りまいていた。

信仰というのも若干違う気もするが、この街は精霊信仰に近いし間違っていないだろう。

見えない恩恵も何も無い神様などより、実際に存在して助けになる精霊に縋るのは当然だ。


まあ、その信仰の先は精霊なのか、精霊公なのか、錬金術師なのか悩む処だが。


『『『『『キャー♪』』』』』

「ん、精霊公殿でも来た・・・か・・・」


酔っぱらいに最後の酒を渡した所で、突然精霊達が一斉に声を上げた。

ただその声は楽し気で、恐らくリュナドだろう・・・と思って扉を見た。


相も変わらずわざと立て付けを悪くした扉が鳴り、そして客が一人酒場に入って来る。

だがそこに立っていたのは精霊公殿ではなく、黒いフードに身を包み怪しげな仮面をつけた女。


「っ、久々だな、この空気は」


そして突然現れた女の存在により、酒場の空気が凍り付いたのを感じた。

一応街では錬金術師は殆ど英雄扱いだ。市場ではもっと身近な存在になっている。

何せ弟子達が一緒だからな。子供の面倒を見ている点で警戒が少々緩む。


だがこの酒場に居る連中は、相変らず常連が多い。

つまり、この女がやらかした事をよおく覚えている。

黒いフードの女。錬金術師が今までやらかした事を。


解っていないの客も数名居るが、様子がおかしい事に気が付いてはいる様だ。

出来ればそのまま静かにさせておけと、常連客に目線を送っておいた。

ついでに目の前に居た酔っぱらいは、酔いがさめた表情で端に逃げている。


『『『『『キャー♪』』』』』

「・・・ん」


精霊達はそんな事はお構いなしに、錬金術師へ歓迎の声を上げて纏わりつく。

それに応えながら彼女は歩を進め、懐かしい位置に立って俺を見つめた。


「どうした。珍しいな、ここに来るなんて」

「・・・そうだね。最近は、来る用事も無かった、から」


つまり用事が出来たという事か。どういう意味合いの『用事』か判断に困るが。

冷や汗が流れるのを感じながら、心を落ち着ける為に努めて普段通りカップを磨く。


「・・・礼を、言っておこうと、思って」


だが錬金術師は突然良く解らない事を言い出し、思わず磨く手を止めて片眉を上げる。

礼とは何の話だ。まさか何かの報復か。俺はお前に敵対した覚えは無いぞ。


「何かの間違いじゃないのか」

「・・・間違って、ないよ」


待て待て待て。本当に身に覚えが無い。何をした。俺は何をした。

思いだせ。何でも良い。何かこの女に関わる事をやったか。

いや、関わる事だらけ過ぎる。最近顔を合わせてないだけで関わり過ぎている。


「・・・初めて来た時から、助かってる。今も、色々してくれてるの、知ってる。だから、その礼をしてないと、思って」

「――――――つまり、言葉通りの感謝を告げに来た、という事か?」

「・・・そう」


・・・おい、人からかって楽しいか。楽しいだろうな。俺なら楽しいしな!

滅茶苦茶冷や汗が出たぞ。寿命が縮むかと思った。

ああクソ、酒だ酒。高いのを開けてやる。精霊公殿にやるつもりだったが知るか。


「・・・これからも、宜しく。色々、お願い」

「っ、解った」


ただそこで酒を注ぐ手を止め、錬金術師の言葉に頷き返す。

つまりそういう事か。礼を告げるのはついでの話って訳だな。


「礼は不要だ。仕事をしていただけだからな。利益があるからお前さんに関わっているだけで、今後もそうなるだけだ・・・何かあればまたこちらから訊ねる」

「・・・ん、そっか」


そろそろ本格的にこの街に被害が出る可能性が在る。情報は集めておけ。

何か解ればもってこい。要はそれを言いに来ただけの事だ。

ここ最近何度かあった騒ぎはその前兆って事か。


何もつかめてないのが現状なんだが・・・もう少し本腰入れてみるか。


「・・・じゃあ、帰る、ね」

「ああ、またな」

『『『『『キャー!』』』』』


言う事は言ったと、錬金術師は背を向けて酒場を去って行く。

元気よく見送る精霊の声だけがでかい。あー、くそ、久々に疲れた。

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