第536話、友達の心配を嬉しく思う錬金術師

「ずずっ・・・おいしい」


家精霊の淹れてくれたお茶を飲み、ほっと息を吐く。


嫌いな人いが突撃して来たあの日から数日経ち、特に問題の無い普段の日々を送っている。

当日の夜や翌日こそ、また襲撃に来るのではと警戒していたけど、来る気配は全く無い。

お母さんの手紙は気になる所だけど・・・もしかするとアレも嘘かもしれないし。


私に人の嘘や真実なんて見抜けないから、あの人の言う事は9割嘘と思った方が良い。

なので手紙の事は多少気になるけど気にしない事にして、私は暫く引き籠っている。


「ホント、相変わらずこの家の茶は美味しいわね」

「家精霊の淹れるお茶は、茶葉が同じでも全く味が違う様に感じるね。不思議だ」


そんな私の下に訊ねて来てくれた友達二人。アスバちゃんとフルヴァドさんだ。

あの人の件で私の様子を見に来たらしい。なら当日来てくれたら嬉しかったんだけどな。

でも話を聞くに、リュナドさんが「数日そっとしておいてやれ」って言ってたらしい。


彼の気遣ってくれたんだなという嬉しさと同時に、私の変化も感じ取れる話だ。

だって確かに以前の私なら、彼の言う通り家で一人引き籠ってる方が安心だもん。

もしくはリュナドさんに願った様に、ライナに泣きつくかだと思う。


ただ今の私にとっては、友達がこうやって訊ねてくれる事はとても嬉しい。


「ふん、飼い犬に手を噛まれるとは良く言ったものよね」


少しお茶の味を楽しんでいたアスバちゃんが、楽し気な様子で突然そんな事を言い出した。

いや、機嫌が良いのは来た時からかな。今日はやけに機嫌が良い様に見える。

飼い犬に噛まれるって、慣用句の方かな、それとも本当に噛まれたのかな。


どちらにしても何の事なのか、話が突飛すぎて訳が解らない。


「この場合は飼い犬という訳でも無いのでは?」


フルヴァドさんが飼い犬じゃないって言ってるし、野良犬に噛まれたのかな。

でも野良犬程度にアスバちゃんが噛まれるかな。竜でも噛めそうにないのに。


「フルヴァド殿の言う通りかと。関わりない人ですからね」

「知らない人ですから、飼い犬ではない、ですよね」


ただアスバちゃんの言う事に対し、弟子達も違うと言い始めた事でちょっと理解。

多分本当の犬の話じゃない。慣用句の方だ。でも誰の事かはやっぱり解らないけど。

私以外誰の事か解ってるっぽいのが何か疎外感。


あ、そうだ。そういえば弟子達も最近出かけなくなったんだよね。

あれから依頼を受けたのは一回だけかな。事前に酒場のマスターに受けてたらしい依頼。

これ以上は余り受ける意味が無いって判断らしい。満足する結果が出せたっぽいね。


私としては弟子達が目の届かない所で戦ってるの不安だし、終わったのはとても嬉しい。

家で過ごす時間も戻ったしね。パックは元々他の仕事で忙しい時もあるから余計に嬉しい。


「はっ、成果が出せなかったからって、八つ当たりは良くないわねえぇ王子様?」


え、八つ当たりなの今の。ただの訂正だと思ったんだけど。

というかパックは成果が出てないのか、成果が出たから止めたのだとばかり。

もしかして、今の実力だと求める成果が出せない、って判断だったのかな。


その辺り詳しく聞いて無かった。てっきり満足したんだと思い込んでた。

こういう所が師匠として駄目なんだろうなぁ。後でちょっと確認しておこう。


「アスバ殿、それは自虐か?」

「・・・フルヴァドォ・・・アンタはなーんでそういう余計な事をいちいち言うのかしらね」

「いや、だって、本当の事じゃないか・・・良く八つ当たりするだろう、貴女は」


確かに。アスバちゃん良く八つ当たりしてる印象ある。私もされた事あるし。

でも彼女の事は嫌じゃないんだよなぁ。怖いけど嫌いじゃない。むしろ好きだ。


「うっさい! 街から出たら基本無能なくせに!」

「人が気にしてる事を言うのは良くないと思う」

「・・・その割には平然としてんじゃないの。アンタ最近打たれ強くなったわね」

「事実として受け入れるしかない、と思っているだけだ。弱い自分も自分だ」


フルヴァドさんって無能じゃないと思うけどな。聖女様として仕事してるの何回か見てるし。

この前国外に仕事に行ったのも、フルヴァドさんが居ないと駄目だったんでしょ?

それに彼女は精霊殺しさえ持ってれば、かなり強い部類だと思うんだけどな。


普段は持ち歩いてないから、そこだけちょっと心配だけど。


「ふん、まあ良いわ。これでもう、なんの気がねもなくやれるんだから。くくっ」


アスバちゃんはその話はどうでも良いとばかりに、背もたれに体を預けて楽しげに笑う。

私には徹頭徹尾何の話か解らないけど、とりあえず彼女の機嫌が良い事だけは解る。

いや、話を繋げるに、その飼い犬さんが反抗してきて、それが嬉しいって事なのかな。


知らない人らしいけど、その辺りは尚の事良く解らないから置いておくとして。

とりあえずアスバちゃんはその人に気を遣ってて、も気を遣わなくて良いって事か。

あれ、って事はアスバちゃんだけは知ってる人って事なのかな。うん?


「ねえセレス、アンタ、まさかここに来て私を止めたりしないわよね?」

「へ? いや、別に、アスバちゃんを止める理由は、私には無いけど」

「へぇ・・・なるほど。言質取ったわよ。くくっ、あはははっ!!」


言質って言われても、本当に止める必要無いんだけどな。知らない話だし。

まあアスバちゃんが楽しそうだからいっか。お茶美味しい。


ー------------------------------------------


アスバさんとフルヴァドさんが、先日の件でセレスさんの様子を見に来た。

その話を聞いた時、少し不思議に思った。だって彼女の性格を考えるとおかしい。

大事件が起こった確認なら、絶対当日に来るはずだもん。


「ふんっ、リュナドの奴に暫くそっとしておいてやれ、なんて言われたからよ」

「彼がそう言うなら何かあると思ってね。でも元気そうで何よりだ」


セレスさんが二人に何故今日来たのか聞いた時に、二人はそう答えていた。

そっとしておいてやれと、リュナドさんが言った。それはつまり、そういう事だ。


私達が帰って来た時には、セレスさんは普段通りのセレスさんだったと思う。

けどきっと、当時は違ったんだ。リュナドさんが会いに行くなら日を置けという程に。

山精霊も家精霊も、その辺りの部分は口にしなかった。口止めされてたのかもしれない。


『主の嫌いなやつ来たから殴ったけど、主に叱られたー』

『ダメって言われたー』

『危ないから、もう見つけても知らないふりしろって』

『むぅ、主アイツの事凄く嫌いで怒ってるのに・・・』


山精霊達はそんな風に言っていて、セレスさんの判断に対し珍しく不満そうだった。

いや、不満とは少し違うかな。役に立てないのが悔しい。そんな風に感じる。


『アレは一種の化け物です。お二方とも、出会っても敵対はしない様に。出来れば今後は探すのも控えて頂きたく思います。それが主様の願いでもありますから』


更に言えば、家精霊は帰って来た私達に対し、真剣な様子でそう言った。

セレスさんはそれだけの化け物を相手に、一人で対処しようとしている。

あの時黒塊を感じられなかったのは、もしかしたらその為も在ったのかもしれない。


万が一にも、その化け物が来ているという感覚を、私が感じ取れない様に。

因みに山精霊達にその事を訊ねたら、僕達何も悪くないよ? と目を逸らされた。

全く誤魔化せてない。多分セレスさんの指示だったんじゃないかな。


そんな訳で私もパック君も、暫くセレスさんの意図に下手に逆らわない事を決めた。

いや、どちらにせよ私達のお師匠様は、全て意図通りなのかもしれないけど。

今回の、失敗以外は。


「はん、へこんだツラ拝みに来てやろうかと思ったのに、案外元気そうじゃないの」

「本当に貴女はひねくれ者だな。普通にセレス殿の心配を口にしていたじゃないか。ああ勿論私も気になっていた。元気そうで何よりだ」

「心配してくれてたんだ。ありがとう、アスバちゃん、フルヴァドさん。でももう大丈夫だよ。あれから結構日数経ってるし、のんびり過ごしてるし」


ただ穏やかに会話をしてお茶を飲んでいる様子を見て居ると、本当に失敗なのか疑問に思う。

アスバさんの嫌味というか、揶揄いというか、そういう言葉にも動じた様子が無いし。

飼い犬に噛まれたという表現にも、相変らず惚けた様子のセレスさんだ。


パック君はセレスさんの事になると、偶にちょっとムキになり過ぎだと思う。

まあ私も追従しちゃったから、あんまり人の事言えないんだけど。


「ねえセレス、アンタ、まさかここに来て私を止めたりしないわよね?」

「へ? いや、別に、アスバちゃんを止める理由は、私には無いけど」

「へぇ・・・なるほど。言質取ったわよ。くくっ、あはははっ!!」


ただ、これにはちょっとだけ、本当にちょっとだけ、悔しさを覚えた。

私達にも、家精霊にも、山精霊にも、関わるなというセレスさん。

けどこの人に対してだけは違う。アスバさんに対してだけはセレスさんの態度が違う。


「さぁて、次あった時はどうしてやろうかしらね・・・!」

「楽しそうだな、アスバ殿・・・まあ、セレス殿が止めないならば良いか」


彼女なら何の問題も無い。そう、誰よりも認めた言動をセレスさんが返している。

未熟者の自覚はあるけど、やっぱり悔しいなぁ・・・仕方ないけど悔しい。

弟子として、何か少しでも、出来ないかな。私にできる事が何か。

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