第535話、強さを理解してもらう錬金術師

彼の言葉に一瞬焦ったけど、とりあえずの問題は無い約束が出来た。

きっと彼が気を遣ってくれたんだろう。多分きっとそうだ。

上手く喋れない私を見て、ライナと同じ様に察してくれたんだと思う。


これでとりあえず、あの人とリュナドさんがぶつかるのは避けらるはず。


その事にホッとしていると、彼が去り際に頼みたい事がある時は言えと告げた。

頼りたい事。良いのかな。今すぐ頼っても。頼って良いなら、頼りたい事が、ある。


「―――――」


ただそう思っても声がとっさに出ず、その間に彼が庭を出て行こうとしてしまう。

背を向けている彼に、声を出そうとする私の姿は見えない。だから流石の彼も気が付かない。

でも仕方ないとも思う自分が居る。だって彼は仕事できてくれたんだと思うから。


街に騒動があって、山精霊が暴れてて、だから兵士として様子を見に来てくれた。

そして兵士として部下に指示を出しに行こうとしていて、なら今の彼は仕事中だ。

声を出せなかったのは良かったのかもしれない。そう、思った、けど。


「―――――」


家精霊が彼の手を握って引き留め、彼は不思議そうに手を見た後私へ視線を向ける。

それを確認した家精霊はニコリと笑顔を私に向けていて、多分私の為にしてくれたんだろう。


「どうした?」


そして彼は私に問いかけ、答えが出るまでじっと待ってくれる。

急かさず、帰らず、怒らず、静かに、じっと私の答えを待ってくれる。

それがとても心に染みて来て、さっき決めた我慢なんか吹き飛んでしまった。


「・・・えと、頼んで良いなら、ぎゅって、して、ほしい」


この抑え難い感情を誤魔化す為なんて言う我が儘の為に、彼に傍に居て欲しい。

完全にただの我が儘で、言ってから少し後悔した。だって彼は困った顔を見せたから。

やっぱり邪魔だったかな。そうだよね。仕事中だもんね。我が儘だよね。


何だか怒りが少し落ち着いて来たけど、怒りが収まったというよりも悲しい。

あれ、おかしいな。あんなに腹立たしかったのに、今凄く悲しい。

彼に断られた事が、嫌がられた事が、怒りより辛く感じる。


そのせいで視線が下がり、彼の近づいて来る足元を・・・近づいて来る?


「ええと、鎧のままで良いのか?」


私の前まで来ると、彼は何時もの軽い調子で訪ねて来た。

思わず見上げると相変わらず少し困った表情で、もしかしてと思った。

この表情は格好に悩んでいたのかと。確かに鎧でぎゅっとされると痛い。


「・・・でき、れば、無しの方が、良い」


少し呆けながら告げると、彼は小さな溜め息を吐いてから鎧を外し始めた。


『『『『『キャー』』』』』

「うん、手伝ってくれるのは良いけど、肉を引っ張るな肉を。痛い痛い」


ただそこに山精霊達が群がり、彼が脱ぐのを手伝い出した。

家精霊もそっと手伝っているけれど、それは彼には見えて居ないだろう。

そのおかげかあっさりと鎧は脱げて、普段の彼の姿になった。


「これで良いか?」

「・・・う、ん」


そして確認して来た彼の胸に、ぽすっと入り込んだ。

鎧を着ていたからか少し熱が籠っている。

けどそれが余計に彼に包まれてい様で心地良い。


そのまま彼の背に手を回し、ぎゅっと抱き着く。


「・・・よっぽど嫌な話でもあったのか?」


彼の声が耳の少し上から聞こえ、それに言葉では無く頷きで返す。

声が上手く出せない。怒りでも、悲しみでもなく、不思議な感じだ。

ぎゅっと彼に縋っている今の自分の感情が、余りにぐちゃぐちゃで良く解らない。


でもこうやって抱きついていると、段々と胸の内が軽くなって来るのは解った。


「・・・まあ、内容までは聞かないが、無理するなよ」


優しい彼の声が耳に心地よい。耳元で囁く様に告げる彼の優しさが嬉しい。

私の要望に応えているからか、少し強めに抱きしめてくれるのが尚の事。

そんな彼の言葉にまた頷き返し、抱き着く力を更に籠める。


「俺はお前が強いのか弱いのか、最近解らなくなって来たよ」


そう言いながら彼は片手で頭をポンポンと叩き、優しく撫でてくれた。

私の強さは、どの強さの話だろう。戦闘力だろうか。精神力だろうか。

心の強さの話ではな多分無いかな。だって考えるまでも無く弱いし。


なら戦闘力の方だろう。でも何で突然そんな話をし始めたのかな。


「・・・私、は、強くも、弱くも、ない、よ」


少し落ち着いて来たおかげか咄嗟でも声が出せたので、彼の言葉にそう答える。

私自身の戦闘能力はそこまで高くない。けど低くも無い自信がある。

道具ありきを戦闘能力と言って良いのかは悩む処だけど。


本当に『強い』のは、アスバちゃんみたいな人だと思っている。


すると一瞬頭を撫でる彼の手が止まり、けどすぐにまた優しく撫でられた。

髪を梳くように首元の方まで、優しく、とても優しく。


「そうだな・・・そうなんだろうな。最近のセレスを見てたら、確かにそう思うよ」


どうやら納得してくれたらしい。良かった、見当違いな事言ってなくて。


ー------------------------------------------


「――――――あ、れ?」

「どうしました、メイラ様」

『『『『『キャー?』』』』』


依頼を終えての帰り道、と言っても絨毯での空の道行きの途中、姉弟子が首を傾げた。

何か異変が在ったかと軽く周囲を見るも、自分が認識できる変化は何も無い。

精霊達はそれぞれ首を傾げて不思議そうに鳴いている。


「なんか、黒塊が・・・遠い、ような?」

「黒塊が遠い? 遠いとは、一体どういう意味でしょうか」


黒塊。メイラ様の力の根幹。強い呪いの力。呪いの核となる力は彼女の体の中に在るらしい。

だが黒塊の意思とでも言えば良いだろうか、その存在は家精霊の結界の中。


ただ今日は千切って連れて行く事はしておらず、黒塊は何時も通り塔の上のはず。

これは精霊殺しを黒塊が居なくても気が付いた事を思い出したからだ。

付いて行けない事に不満を漏らしてはいたが、メイラ様が留守番と言ったら大人しくなった。


つまり遠いというのは、恐らく物理的な意味合いではないだろう。大人しく結界に居るならば。


「いや、えっと、何て説明したら良いのかちょっと難しいんですけど・・・」

「メイラ様、一回止まりましょう」

「あ、ご、ごめんなさい」

『『『『『キャー・・・』』』』』


メイラ様の悩みに直結したかのように、絨毯がフラフラ飛び始めた。

流石に少し怖いので止まって貰い、彼女には先ず応えて貰う事を優先する。

ただ精霊達はちょっと楽しかったらしい。少し残念そうだ。


「えっとですね、最近黒塊の力をよく使うようになったからか、黒塊が何時でも私の傍に居る感覚が有るんですよね。すっごく嫌なんですけど、あるんです」

「心中察します」


彼女は黒塊の力を有用と思うと同時に、その存在を忌み嫌っている。

それはおそらく黒塊の性格も原因だろう。アレは彼女以外を気にしなさすぎだ。

もう少し彼女の気持ちを汲んで行動すればここまで嫌われないだろうに。


「ただそれが、なんか、ちょっと、突然遠く感じて・・・うーん?」

「黒塊の力を感じられなくなった、という事でしょうか」

「そんな、感じ、でしょうか・・・でも全くって訳でもないんですよね・・・」


どうやら喋っている本人も良く解っておらず、けれど何か違和感を覚えたと。


「不調などを感じているのですか?」

「不調・・・は無いです。むしろ心なしか気分が軽いです。あれ、爽快ですね?」


不思議そうに告げるメイラ様だが、こちらもその言葉に首を傾げるしかない。

力を感じなくなって爽快とは・・・いや、それはそうか。嫌いなのだから。

だがそうなると、もしや力が使えなくなっている?


「・・・今、黒塊の力を使えそうですか?」

「ええと・・・呼ぼうと思えば呼べそうな、そんな、感じ、かな? すみません、何だかよく解らない事で悩み始めて。多分早く帰って、黒塊に確かめた方が早いですね、これ」

「・・・そう、ですね」


力は問題なく使え、けれど黒塊との繋がりを遠く感じる異変。

この時点で少し嫌な予感がして、そしてそれは帰宅後当たる事を知る。

散々探し回っていた人物が、先生と戦闘をしたという事実と共に。


つまり、僕達は遠ざけられていたという、その事実を知った。

探し回るのを止められなかったのは、その方が安全だったからだと。

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