第534話、対処法を伝えたい錬金術師

怒りでいっぱいで拳を握る力が緩まらない。一歩も動く気にならない。

自分でも不思議なぐらい怒りが強い。何時もならこんな事にならないのに。

ああ、そうか、仮面のせいか。いや、仮面のおかげだ。山精霊のおかげだ。


本来なら私は『あの人』の前に立てない。だって苦手だし怖いし逃げたいから。


けど仮面がその気持ちを出来る限り抑えてくれて、だからこそ『帰って』程度は言えたんだ。

ただ全ての感情が抑えきれてる訳じゃなくて、むしろ他の感情は一切抑えられていない。

その結果怒りが恐怖に勝った事で、思った以上に怒りを感じて抑え切れない。


普段なら怖さが怒りを抑えるから、自分の『怒り』をあまり自覚できなかったんだ。


「・・・!」


まさか自分でも、ここまで嫌いで腹立たしいとは思わなかった。

だから初めて自覚した感情に、上手く付き合えなくて身動きが取れない。


『『『『『キャ~・・・』』』』』


山精霊はそんな私の怒りを察したのか、恐々とした様子で物陰に隠れてしまった。

多分私の怒りが一方向に向いているとかではなく、ただひたすらに『機嫌が悪い』からだろう。

八つ当たりなんてする気は勿論無いけれど、あの子達的には怒られているに近いんだと思う。


家精霊は特にそういう感覚は無いのか、私の隣で気遣う様な表情だ。

むしろ心配されている感じがする。とても申し訳ない。


ただ様子を伺う為にチラチラ見ている山精霊の姿が、少しだけ私の心を落ち着けて来る。

動きの可愛らしさもだけれど、何も悪くない山精霊を怖がらせてどうするのかと。

そう、思考は落ち着いてきている、と思う、んだけど。


「っ」


ギリッと歯を食いしばり、拳を握る力が弱まる気配が無い。

むしろそうする事で怒りの爆発を抑えている。

何処にもぶつけようの無い怒りを抑える為にしている。


八つ当たりはしたくない。したくないからこそ上手く行かない。

私は自分の感情との付き合いが下手にも程がある。本当に情けない。

その気持ちが余計に怒りの燃料になりかけ、それじゃいけないと息を吐く。


そこで上から何か振って来る気配を感じ、少しだけ頭を上げて軽く確認した。

リュナドさんだ。多分山精霊が大きくなったから様子を見に来たんだろう。


『『『『『『『『『『キャ~・・・』』』』』』』』』』


彼は着地すると、すぐに立ち上がらずに周囲の様子を見まわしていた。

その際に山精霊達が声をかけていたけど、私はその時点でまだ反応出来ないでいる。

本当はすぐに反応したかったのだけど、口を開いても声が出なかったんだ。


それが余計に腹立たしくて、一度歯を食いしばって、絞り出す様に声を出す。


「っ、いら、っしゃい、リュナド、さん・・・すぐ、反応、出来なくて・・・ごめんね」


癇癪を起す子供みたいな自分が恥ずかしくて情けなくて、心の底からの謝罪を告げる。

彼は何も悪くないのに、精霊達も何も悪くないのに、この怒りのせいで面倒をかけている。

そのせいで彼の顔が見れない。大好きな人の顔が見られない。


「・・・ああ、そう、だ」


リュナドさんが来てくれたのに。ああ、そうだ、リュナドさんが来てくれたんだ。

でも彼の為にあの人を引き留める事は出来そうにない。申し訳ないけど無理だ。

その事はちゃんと伝えておこう。色々言い忘れる前に。


「言っておく事、あるん、だ」

「はい、何ですか」


彼は何故か立ち上がらないまま、何時もとは違う口調で私に応える。

もしかして気を遣わせてるんだろうか。いや、もしかしなくてもそうだろう。

私なら他人が怒ってたらただ『怖い』って思うだけで終わってしまう。


だから私なら逃げる。話しかけない。それが一番楽だから。それが一番怖くないから。

けど彼はそんな事をしなくて、むしろ私の話を聞こうとしてくれているんだ。


「・・・ふぅ~~~~」


息を、もう一度息を深く吐く。少しでもちゃんと言葉を話せる様に。

それでも燻ぶる怒りは消える様子が無いけど、少しだけ軽くなった気がした。

彼はその間特に口を挟む事無く、静かに待ってくれている。本当に優しい。


「・・・この間、街で暴れた人が、ここに来た」

「この間って・・・アスバとやりあった奴か?」

「・・・ん、その人」


ただあの人の事を口にしたからか、彼は立ち上がって私に近づいて来た。

声音がとても真剣な様子で、興味が有るというのが私でも解りやすい。

けど、今から私はそれに謝らないといけない。あの人は無理だと。


「・・・あの人と、ちょっと話をした。でも、あの人を留めるのは、私には無理」

「セレスにはって・・・仲違いでもしたのか?」

「・・・仲違いは、してない、よ」


仲違い、とは違う気がする。元々私はあの人が好きじゃない。苦手の塊だ。

だから別に仲が壊れた訳じゃなくて、どうしようもなく相容れないだけ。


「・・・あの人は、もう、関わらない方が、良い。山精霊達にも、そう言っておく。次にもしあの人とあっても、相手をしちゃ、駄目」


まずもって普通の会話すらままならない上に、手を出すとこっちが痛い目を見る。

だから山精霊には後でちゃんと言い聞かせておくし、リュナドさんも関わらないで欲しい。

お母さんが一番の対策と言っていたんだし、彼にもそうして貰った方が良い。


「・・・成程。事情は分かった。でもソイツが本気で街で暴れた場合は約束できないぞ。俺は街を守る為に居る様なもんだからな。そこで逃げだしたら俺はただの給金泥棒だ」


でも街の兵士さんで、真面目な彼はそう答えた。それはすごく困る。

だって相手をしないのが一番なのに、応戦してしまったらどうしようもない。

どうしよう。どうするのが一番良いんだろう。


ー------------------------------------------


一体何を言われるのかとびくびくしていたら、セレスは唐突に深く息を吐きだした。


「・・・この間、街で暴れた人が、ここに来た」


そして物凄く長い溜め息のあと、少しだけ柔らかくなった声音でセレスが告げた。

さっきよりマシってだけで、まだ声はかなり低いけど。

とはいえその言葉を聞いてしまった以上、何時までもセレスに怯えて居られない。


確実に重要な情報を喋ろうとしているセレスに近づき、話の先を促した。


「・・・あの人と、ちょっと話をした。でも、あの人を留めるのは、私には無理」


するとそんな事を言い出し、ふとさっきの山精霊の事を思い出す。

アレは明らかに戦闘をした様子だった。つまり『あの人』と戦闘をしたんだろう。

その上で引き留めるのが無理だったという事は・・・何かしらの問題が起きたという事だろう。


仲違いはしていないとセレスは言うが、元々仲など無いという建前の話だろうな。

そこ貫き通す意味が俺にはちょっと解らないが・・・いや、もしかすると意味はあるのか。


仲間だと思っていると、敵になった時に殺意が鈍る。以前まで仲間だったのにと。

元から仲違いの可能性のある人物だったから、俺達に引き合わせなかったという事か。

仲間ではない。アレは敵だ。関係が薄ければその考え方がぶれ難い。


「・・・あの人は、もう、関わらない方が、良い。山精霊達にも、そう言っておく。次にもしあの人とあっても、相手をしちゃ、駄目」


そしてその代わり、始末は自分でつける。俺も関わるな。そんな事を言い出した。

成程。独断で行動していたのは、責任も自分でおっ被る為だったか。

どうやら『あの人』とやらは、セレスでも手を焼くレベルの存在らしい。


まあアスバが『強い』と認めるぐらいだし、一筋縄ではいかないのは想像していたが。

勘弁して欲しい。そんな化け物と絶対関わりたくない。お前の言う通り大人しくしてたい。


「・・・成程。事情は分かった。でもソイツが本気で街で暴れた場合は約束できないぞ。俺は街を守る為に居る様なもんだからな。そこで逃げだしたら俺はただの給金泥棒だ」


でも出来ないんだよな。俺の立場だと無視は出来ない。俺は精霊公だから。

確かに今回セレスの独断だ。俺は何も聞いて無いし何も知らないし何も悪くない。

けど、俺はお前に独断を許してるとも言える。ならそれは、俺も同罪だろうよ。


俺は責任ある貴族になってしまった。ならここで逃げ出すクソ貴族にはなれない。


「ただまあ、こっちから手を出す様な事はしない。それは約束する。それで良いか?」

「・・・うん、お願い、したい、な」


とはいえセレスの言葉を無視する訳にも行かないし、この辺りが妥協点だろう。

恐らくだが、今回に関しては遠ざけられている。何時も無茶ぶりして来るのに。

つまり『俺が傍に居ない方がやり易い』って事なんだろうなと判断した。


「ああ、そうだ。現状はもう問題無い、と思って良いのか?」

「・・・ん、帰ったから、大丈夫、だと思う」


ならとりあえず、兵士にだけは警戒態勢にさせて、住民には問題無しと周知させるか。

いや、普通の兵士に相手させるのは不味い。精霊兵隊に詳しく伝えるのが良いな。


「・・・そういえば警備の連中来ねえな」

『『『『『キャー』』』』』

「なるほど?」


どうやら山精霊が危ないからと止めたらしい。一応異変を感じて来ようとはしていた様だ。

でも俺には行けって言ったよね。いやまあ言われなくても来たけどさ。


「何で俺は止めないの?」

『『『『『キャー?』』』』』


うん、リュナドだから良いかなって、何それ意味が解らない。理由になってない。

首を傾げながら言うな。せめて断言しろ。いや断言されてもどうかと思うけど。


「・・・はぁ。じゃあとりあえず俺は部下に連絡入れて来るよ」

「・・・ん、じゃあ、ね」


セレスは俺に応えるが、さっきから一切俺の顔を見ない。その様子に少し不安になる。

ただ先程のセレスは確かに怒りで満ちていたが、今はそれ程でも無い。

だからだろう。去り際に軽口が叩けたのは。


「ま、言わない事は何時も通り聞かないが、頼める事があれば頼めよ」


セレスが望むならそうしよう。きっとその方が問題が無いだろうしな。

約束した以上俺から手を出す事は無いさ。俺からは、な。


なのでそう言って立ち去ろうとして、庭の真ん中あたりで手を引っ張られる感じがした。

ただ足音を感じなかったから驚いて振り向くと、セレスは動いていない。

てことは、ええと、これはもしかして家精霊か?


見えない家精霊の向こうにセレスが居て、けどさっきと違い顔を上げていた。

眉間に皺が寄って険しい顔ではあるが、目線を合わせた事に少しほっとした自分を覚える。

それに止められたという事は、何か言いたい事、言える事があるって事だろう。


「どうした?」


とりあえずセレスに体を向け、彼女の言葉を待つ。


「・・・えと、頼んで良いなら、ぎゅって、して、ほしい」


・・・何か全然予想と違うのが来た。それ睨みながら言う言葉じゃないと思う。

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