第533話、腹を立てる錬金術師。
おかしいとは思ったけど、まさかこんなにもおかしい事が起きてるのは予想外だった。
山精霊と家精霊は言い合いはしてても、本気で喧嘩すると思ってなかっ―――。
「――――違う、大変、血まみれの人・・・あ・・・」
山精霊の拳と家精霊の結界の間に人が居る事に、予想外過ぎた光景で気が付くのが遅れた。
物凄くボロボロだと思って一瞬焦り、けど誰なのか解ると一気に動く気が消える。
私の苦手な人だ。この前ちゃんと顔見たし、あの角は忘れ難い。
もしかして不法侵入して、それで家精霊と山精霊が対処したんだろうか。
どっちがやったのか解らないけど右腕が潰れてるし、普通に考えたらかなり重症だ。
「ぐふっ・・・!」
呻き声を漏らし、挟まれていたはずの結界をすり抜け、地面に落ちる女性。
けど彼女はそれでもニヤッと笑い、ボロボロの体を起こして山精霊へ目を向ける。
どう見ても普通の人ならもう助からないレベルの負傷だ。けど彼女には関係ないんだろう。
「くくっ、やるじゃないか、貧弱なチビ精霊だと思って侮ったよ! 悪かったねぇ! いやぁ、しかしやられたねぇ! 折角結界外に逃げ出したのに、あんな風に押し戻されるとは!」
やられたと言う割に、彼女はとても楽しそうだ。物凄く楽しそうだ。
・・・誰なのか解ったら、このまま扉を閉じたくなって来た。
でも駄目だよね。アレ放置しておくと絶対もっと大変な事になる気しかしないし。
やだなぁ。相手したくないなぁ。そう思いつつ仮面をつける。
そして玄関には行かず窓に手をかけてぶら下がり、反動をつけて飛んだ。
着地点に家精霊がスッと飛んで来て、私をふわっと抱き止める。
山精霊も同じ様にしたかったのか集まってるけど、君達は地面が近すぎると思う。
そもそも間に合ってなかったし、間に合っても多分踏む事になっちゃうよ。
「ありがと、家精霊」
礼を言って地に足を付け、改めて女性に目を向ける。狂気の笑みを見せる女に。
どう見てもボロボロなのに、むしろこれからが楽しいと言いそうな表情だ。
「やぁ、先日ぶりだねぇセレス! こんな楽しい街に住んでるなんて羨ましいねぇ!」
どこにテンションが上がる要素が在ったのか、私を見て魔力が一層強く迸り始めた。
ああ、もうやだなぁ。何でこの人無駄に叫んで無駄に圧かけて来るんだろう。
この街が良い街なのは認めるけど、この人は出来れば早急にどこかに行って欲しい。
そして私は出来る事ならこのまま回れ右して家に帰って籠りたい。
でもこのまま暴れさせると、多分山精霊が大変な事になる。絶対になる。
それは嫌だ。あの子達が数を減らすのはもう嫌だ。それに家精霊も無事で済むかどうか
少し深呼吸して、山精霊の仮面に頼る気持ちで、絞り出す様に声を出す。
「・・・山精霊、戻って、こっちおいで。家精霊も、抑えて」
極力彼女の事を無視する様にして、山精霊と家精霊にだけ指示を出した。
すると家精霊は一瞬顔を顰めたけれど、すぐ指示通り結界を通常に戻す。
「・・・何だ、これがらが楽しい所だったって言うのに・・・ま、仕方ないか。少しは楽しかったかな。出来るならもっと楽しみたかったけど・・・戦う気が無いのとやってもねぇ」
私の指示で家精霊が戦闘態勢を解いたのを見て、彼女はつまらなさそうに言葉を吐く。
その間に右腕はもう治り始めていた。いや、あれを治ったとは言えないか。
まるで時間を戻している様に元に戻る右腕は、とても治癒の類とは言えないと思う。
治ったというよりも、直ったという方がしっくりくる光景だ。
話には聞いていたけど、こんなのを真面に相手にする方が馬鹿馬鹿しい。
ただこの人の対処法をさっき思い出した。確かお母さんが言っていた事だったと思う。
それは単純に、この人の『相手をしない』という事だ。
私が駄目なんじゃなくて、この人は明確に会話を逸らし、訳の分からない事を言い出す。
お母さんですら会話が成立しないと言うんだから、それは確実にわざとやっている。
となると私が会話してどうにかなる相手じゃないので、極力会話しない方が良いのは確かだ。
あとその方が私に優しい。とても優しい。会話しないの楽。
それに逃げると追いかけて来るから逃げるのも駄目。
私は子供の頃この人が怖くて逃げたら、そのあと散々追い掛け回されたし。
思い出したらもっと気分が重くなって来た。早くおうちの中に帰りたい。
『ヴァー・・・』
そこで山精霊がなんかだか不満そうに鳴き声を上げ、元に戻ろうとしていない事に気が付いた。
彼女もその様子に気が付いたのか、楽しげな顔を山精霊へと向けようとする。
「お、なんだい、消化不良かい? 奇遇だねぇ、なら続き――――」
「山精霊、戻って!」
「―――――っと・・・びっくりした・・・セレスの大声なんて初めて聞いたよ。アンタそんな大声出せたんだねぇ・・・いや、出せるようになったか。子供の成長は早いね」
彼女は目を見開いて私を見て居て、山精霊から興味がそれたのを確認した。
けれど私は彼女に応える事をせず、早く元に戻る様に目線で山精霊に訴える。
すると解ってくれたのか、ポーンとはじける様にして山精霊の雨が降った。
『『『『『『『『『『キャー!』』』』』』』』』』
その様子を確認して、思わずホッと息を吐く。良かった、ちゃんと言う事聞いてくれて。
「残念。でも中々面白い精霊だねぇ。一体一体は笑えるぐらい弱いのに、纏まると数が合わないぐらい強くなるとは。長年生きてるけど今まで見た事ない類の精霊だ。普通は分離時も統合時も総魔力は同じはずなんだけどねぇ・・・世の中まだまだ広いねぇ」
そこに関しては私もとても疑問に思ってるけど、いくら調べても何も解らないのが現状だ。
明らかに合わさった数と魔力量合ってないんだよね。本当に変な精霊だと思う。
今は増えすぎて全員合わさる事が出来ないらしいし、尚の事何なのか訳が解らない。
「・・・用が無いなら、帰って」
そして落ち着いたら、そう口にしていた。完全に無意識だった。
でも仕方ない。これが私の素直な気持ちだもん。この人本当に苦手。
むしろこの私がそんな事を言い出すぐらい苦手だったのだと再自覚した。
本当は引き留めた方が良いのかもしれない。だってリュナドさんが気にしてたし。
けど本人を前にすると、どうしてもいやな気持ちが勝ってしまった。
それに彼に『無理するな』と言われているし・・・言い訳だとは思うけど。
「つれないねぇ。子供の時はあんなに遊んであげたのにさぁ。変な仮面付けてるし、顔ぐらい見せてくれたって良いじゃないか。私は親戚のおばさんみたいなもんだろ?」
何か言ってるけど、私には理解出来ない。だって遊んで貰った覚えなんて無いし。
色々嫌な事された覚えは有るけど、面倒を見て貰った覚えは一切ない。
あとこの人が私の親戚とか絶対に嫌だ。勝手に親戚にしないで欲しい。
「・・・用が無いなら、帰って」
「用が在るなら帰らなくても良いって事だね?」
「・・・帰って」
用が有ろうと無かろうと帰って欲しすぎて、返答を無視し始めてしまった。
けど彼女はそんな事はお構いなしに、立ち上がると懐をまさぐりだす。
「・・・あ、やべ、ボロボロだ」
そして懐から取り出したのは、ボロボロになった紙。
一応原型を留めてはいるけどかなりボロボロだ。
「うん、でも中身はまあ、何とかなるかな。はい、あげる」
「・・・要らない」
スッと差し出されたけど思わず断ってしまった。
でもこの人から物を貰うとか、何か怖いから受け取りたくないから良いか。
そもそも何でそんなボロボロの紙を押し付けられないといけないのか。
「良いのかい? お母さんからの手紙だぜ?」
「っ、うけ、とる」
まさかの事に言葉に詰まりつつ、反射的に手を伸ばした。
すると彼女はスッと手を引き、私の手は空を切る。
「要らないって言われたし、仕方ない! 帰ろう! じゃあね!」
「―――――っ!」
ニマッと笑って、物凄く厭らしそうに笑って、彼女はその場で転移して消えて行った。
私は訳が分からなくて暫くそのまま固まり、キャーと鳴く精霊の声でハッと正気に戻る。
あの手紙が本物かどうかは解らないけど、解っている事が一つだけある。
やっぱりあの人は昔と変わらない。私の嫌がる事を楽しむ人だと。
「~~~~~~~っ!!」
本当に、大っ嫌いだ、あの人!
ー------------------------------------------
『ヴァアアアアアアアアアアアアア!!』
「っ、な、なんだ!?」
事務仕事の最中、突然聞き覚えのある大声が響きわたった。
同時に衝撃音も響き、慌てて窓から顔を出して音の方角を確認する。
『キャー!』
「っ、マジかよ!」
見るとでかい山精霊が地面を殴っていて、位置は多分セレスの家当りだ。
何時も俺と一緒の精霊は何かを察したのか、早く戦いに行くぞと言い出した。
つまり身内でじゃれてる訳じゃなくて、セレスの家に敵が来たって事だろう。
「くそっ、今日はアスバの奴居ねえんだよな!」
アイツは今日弟子と一緒に討伐依頼を受けていて、帰って来るのは間違いなく翌日以降だ。
居れば先行して貰うか、いっそ転移を頼めたんだが。もうアイツが転移使えるの知ってるし。
『『『『『キャー!』』』』』
「解ってるって! 鎧着て行かないと俺は役に立たないだろ!」
早く早くと急かす精霊達に応えながら鎧を着込み、その途中でノックの音が響く。
「入れ!」
多分指示を仰ぎに来た誰かだろうと思い、手を止めずに声だけで促す。
すると入って来たのはフルヴァドさんとイーリエだった。
「どうする。私が先行しようか」
「私も行けます」
まだ鎧を着れていない俺を見た二人は、その場でそう判断して問うてきた。
頼もしい事です。俺と違って何時も鎧着てる人と、鎧無くても強い人は。
でも事務仕事中に鎧って面倒なんだって。許してお願い。
「フルヴァドさんは念のため街の警備を頼む。アンタは街中の方が強いし。イーリエは他の精霊兵隊と一緒に、いざという時に動ける様に待機だ。訓練は一時中断」
「解った。そうしよう」
「解りました!」
二人は即座に部屋から出ていき、それぞれの待機場所へと向かう。
その間に何とか鎧を着こみ終わり、精霊に魔力を通して貰って窓から飛んだ。
「っ、山精霊が居ない。まさかやられたのか・・・!?」
セレスの家の方角に居たはずの山精霊の姿が無く、嫌な想像に冷汗が流れる。
『キャー』
「そ、そうか、よかった・・・」
ただ『僕達は減ってない』という答えに、ホッと息を吐きつつ足は止めない。
緊急時に許されている家屋の屋根伝いの移動をして、一直線にセレスの家へと向かう。
山精霊が減っていなくて姿が見えないって事は、もう無事に終わったのかもしれないけど。
とはいえ確認は必要だろう。そのまま走り抜けて門も飛び越え、山も越えてセレスの家の庭へ。
上空から見る限り異変は見て取れない。庭に居るのはセレスだけっぽい?
「っ、調子に乗って飛び過ぎた・・・!」
庭が小さく見える。めっちゃ怖い。でもちゃんと庭に着地は出来た。
心臓をバクバク言わせながら立ち上がり・・・立ち上がり・・・あれ?
足が震えてるんですが。何か凄く嫌な汗が噴き出てるんですが。
『『『『『『『『『『キャ~・・・』』』』』』』』』』
ふと周りを見ると、山精霊達が寄ってこない。むしろ遠退いている。
何か怖い物でも見る様に、物陰からこちらを・・・セレスを見る様に。
「っ、いら、っしゃい、リュナド、さん・・・すぐ、反応、出来なくて・・・ごめんね」
そして恐る恐る振り向くと、ギリィッと歯を鳴らし、そして唸る様に迎えるセレスが居た。
謝ってるけど謝ってないです。それ謝る態度じゃないと思います。
その力いっぱい握られた拳を先ず開きませんか。殴られそうで怖いんですが。
「・・・ああ、そう、だ。言っておく事、あるん、だ」
「はい、何ですか」
余りに怖すぎて敬語になった。いやだってマジで怖いんだって!
後正直この状況で話される内容も聞きたくねぇ!
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