第532話、異変を感じない異変を覚えた錬金術師
「んあ・・・あれ? 寝てた? 寝てたね・・・」
山精霊達としばらく遊んだ後、弟子達を待てずに眠気に負けてしまったらしい。
椅子に座っていたはずなのに、ベッドに転がっているのはそのせいだろう。
まあでもベッドって事は家精霊が許可してくれたって事だ。
なら折角だし甘えておこう。このままゆっくりと寝かせて貰おう。
弟子達が帰ってくる頃にはきっと起こしてくれると思うし。
「・・・静かだなぁ・・・静かにしてくれてるんだろうなぁ」
ほぼほぼ無音に近いレベルで音が聞こえない。いや本当に聞こえないね。
凄いよね、普通何かしらの雑音が聞こえるはずなのに。
雑音の中で眠るのも、それはそれで嫌いじゃないんだけどね?
流石に騒音は勘弁して欲しいけど、風や木や虫の音の中眠るのは割と気分が良い。
「・・・まあ、でも、折角の気遣いを無駄にするのも、良くない、よね」
締められた窓には手を伸ばさず、そのままパタリと倒れる。
そうしてふかふかのベッドに転がって・・・チリチリする感覚を覚えた。
何か、おかしい。何かがおかしい気がする。ベッドに転がっているのに。
「・・・何か、来てる?」
音聞こえない。何かを感じ取った訳でも無い。けど、何か、感覚が変だ。
「・・・転がったまま、体が戦闘の準備してるね」
殆ど条件反射に近い、異常に対する防衛。それが動いてる。
という事は、この聞こえない状態は誤魔化されている、という事だ。
本当は体が感じ取って、解っていて、けど解っていない様に『思って』いる。
「・・・」
ベッドから起き上がり、着替えもそこそこに外套を纏って鞄を背負う。
「気のせいなら、それで良い」
その時は気遣いを無駄にした事を謝れば良いだけだから。でも違うなら。
のうのうと私だけ寝ている訳にはいかないし、状況の確認ぐらいはしておきたい。
そう思い窓を開けると―――――――――。
『ヴァアアアアアアアアアアアアア!!』
低く叫ぶ巨大化した山精霊の拳が、家精霊の結界に叩きつけられる所だった。
「・・・へ?」
余りに予想外な光景に、思考が暫くの間止まってしまった。
え、ま、まさか、家精霊と本気で喧嘩し始めたとかじゃないよね!?
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『ねー、これそろそろ飽きたー』
『えー、僕まだ楽しいよ?』
『僕はそうかもしれないけど、僕は飽きたもん!』
『僕は楽しいのに・・・』
ちぎった黒塊を投げ合いながら、僕達が次は何の遊びをするか言い合ってる。
黒塊って思いっきり投げても壊れないから遊び道具に丁度良いんだよね。
この間はどこまで伸びるか試してみたら、家の結界の端っこまで伸びて面白かった。
パックが『流石に気の毒だから止めないかい?』って言ったから止めたけど。
今日はどこまで千切れるか試してみたら、どこまでも千切れる事を発見した。
何か千切る度に黒塊の存在が薄くなってるような気もするけど、多分大丈夫!
なので今日も千切って遊んでる。黒塊のボールいっぱいで投げ合ってる。
メイラに不調は多分無いと思う。むしろ黒塊とのつながりが薄れて喜んでるかも。
・・・あ、そういえば最近メイラは外で力使ってるんだった。だ、大丈夫かな。
探し物してるだけだから大丈夫だよね? うん、きっと大丈夫。
それに千切ったの僕じゃないし。
『うん、ちょっと僕街に遊びに行こうかなー』
これは別に、気が付いた僕だけが逃げる訳じゃない。ちょっと思いついただけだから。
何となーく街に行った方が、楽しい事が待ってるんじゃないかなーって。
『へぶっ』
けど庭から外に出ようとしたら、突然結界に顔を打ち付けて転んだ。
何で? 何で結界抜けられないの? もう家が気が付いたの?
やだー! 僕怒られるのやだー! 僕だけでも逃げるんだー!
『・・・ねえ、家の様子おかしくない?』
『何か怒ってる』
『え、何で。僕達今日何もしてないよ』
『もぐもぐ、僕知らない、もぐもぐ、んっく・・・何が有ったんだろうね!』
「『『『『捕えろー!』』』』」
良かった。つまみ食いした僕を追いかけて来ただけみたい。
皆でお菓子を飲み込んだ僕をふんじばって、ロープでグルグル巻きにする。
僕一人が僕達に勝てる訳無いからね! んでそのままポイっと家に投げた。
『邪魔です』
『べぶっ』
あ、酷い。家ってば僕を叩き落した。あれー? じゃあ何で怒ってるの?
やっぱり僕が怒られるのかな。やだなー。僕じゃないと良いなー。
どっかに結界の穴ないかなぁ。もう、何で家の結界はこんなに固いの!!
『あれ?』
『家何してるの?』
『・・・誰かいる?』
『居ないよねー』
『とうとう壊れちゃった?』
『ついに僕達の時代が!』
僕達が騒いでいるから後ろを見ると、家が黒板を見せつける様に掲げてた。
そこには『このまま帰るのであれば見逃します』って書いてる。
でも家の前には誰も居なくて、僕達は皆家の奇行に首をかしげていた。
『・・・ふん、見えているのはアレと我だけか』
「『『『『黒塊が喋った!!』』』』」
最近全然喋らないから久々に声聞いた!
『何か見える?』
『なんにもー』
『虫が飛んでるぐらい?』
『あ、あれ臭い虫だー。この間リュナドの鎧に入れたら凄く怒られた。何で僕の仕業だってばれたんだろう・・・』
『お菓子くれるって言うから喋った。美味しかった』
『絶対に許さな―――――』
―――――流石に、僕達も気が付いた。何か居る。何か、家の結界を揺らがせる程の何かが。
それは警戒する表情の家を前にして、とても余裕そうな様子で正面に立っていた。
僕達なんか消し飛ぶ様な魔力でもって、家の結界を破ろうとしていた。
『っ・・・!』
「へえ、凄いね、壊しきれなかった」
そしてそれは、結界が一瞬歪む程度で済んで、けど歪む処なんて始めて見た。
家の結界が破られかけたなんて、そんなの今まで一度も無かったもん。
「守る為じゃなくて、出さない為、逃がさない為の結界。賊を逃がす気は無いって感じの結界を張っておきながら、見逃すって言葉を信じられると思うのかい、見えない精霊さん」
『嘘を吐いたつもりはありませんでしたが・・・貴女、どの道去るつもりは無かったでしょう』
突然現れた女と、それに気が付いてた家が睨み合ってる。
あの時と一緒だ。あの時、突然街で見た時と、あの時と、一緒。
『『『『『『『『『『あつまれえええええええええ!!!』』』』』』』』』』
だから僕達は全力で叫んだ。アレの強さは何となく解る。僕じゃ絶対勝てない。
少なくとも庭の結界の中に居る僕達だけじゃ、絶対に戦う事すら出来ない。
でも、だとしても、だからどうした。
『主の敵だ!』
『主が嫌いな奴だ!』
『ちゃんと入って来なかった!』
『結界すり抜けて来たんだ!』
『主に何するつもりだー!』
主が嫌いな奴だから、ちゃんとぎゅっとなってから殴るつもりだったけど、もう違う。
主が嫌いな奴が不法侵入して来た。ならそれはもう、僕達全員の敵だ!
『家、外側の結界といて!』
『大人しくしてなさい。アレは私が対処します』
『もー、家は我が儘! 何でも自分でしたがり!』
『貴方の数が減ると、主様が悲しみます』
『むううううううう!!』
それは家だって同じでしょ! 良いから結界といて!!
「・・・何か仲間割れしてるのかね? まあ良いか。でもこの結界は流石に動き辛いねぇ。戦う空間を制限されちゃ、アンタの相手はきつそうだ。姿は見えないけど、代わりに魔力が強すぎて良く見える。いや本当に強いねアンタ。だから・・・卑怯なんて言ってくれるなよ?」
『っ、何を・・・!?』
女はニヤッと笑って後ろに飛び、右腕に魔力を固めて体ごと叩きつける様に殴った。
それでも家の結界を壊す事は出来なくてたわむだけで、けど女はそのまま突っ込む。
すると結界は壊れていないのに、伸びた袋の隙間を無理やり通るみたいに抜けて行った。
『なっ!?』
「ぐっ・・・!」
家が結界を抜けられた事に驚いて、けど女も無理やり抜けたからか無傷じゃない。
フードが吹き飛んだどころか、全身ズタズタの傷だらけの血まみれ。
頭からも血を流しているし、右腕は潰れてぐっちゃぐちゃになってる。
「いったぁ・・・ま、この強さの結界抜けて犠牲が右腕だけなら上等かな。魔力量の感じ方からして、結界内だと勝ち目が見えない感じがしたからねぇ、仕方ない、仕方ない。調子に乗って中に侵入した自分が悪いね。まあ無事抜けられたから良しとしよう!」
『・・・全身血まみれなのはお構い無しですか』
どう考えても人間なら痛みで苦しむはずの大怪我なのに、女は楽しそうに笑っている。
その姿を見て、きっと家も、僕と同じ事を感じたんだと思う。
だって女は、今潰れたその右腕を前につきだし、空を飛びながら魔法を構築し始めたから。
「さあて、今度はこっちから行かせて貰おうかな。アンタ、多分そこから出れないだろ。結界を張りっぱなしなせいで、領域に縛られてる事がバレバレだよ。悪いけど、外から一方的に撃たせて貰おうかね。どこまで耐えられるか―――――――」
『舐めないで頂きましょうか・・・私達を』
――――――これは、主に近づけちゃいけない化け物だって。
『ヴァアアアアアアアアアアアアア!!』
「なっ!?」
だから、女の後ろでぎゅっとなった僕の全力と、家の結界の全力で叩き潰した。
ざまーみろ! 最近すぐぎゅってなれる様に練習してたんだい!
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