第531話、家精霊へ日々の想いを伝える錬金術師

「今日も帰りが遅そうだねぇ・・・」

『『『『『キャー』』』』』


ずずっとお茶を飲みながら、傍に立つ家精霊と跳ねる山精霊に話しかける。

最近弟子達はやたらと外の依頼を受け、当然帰って来るのが遅い日々を送っている。

とはいえ別に毎日居ない訳じゃない。日々の授業や訓練はそれなりにしているし。


「・・・やっぱり二人を待つ時間は、何だか少し寂しいなぁ」


ただそれでも、二人を待つ間の静かな家の中は少し寂しい。


『『『『『『『『『『キャー!』』』』』』』』』』


撤回。全然静かじゃなかった。弟子達が居ない事が寂しい、が正しいね。


山精霊達は寂しがる私を何とかしようと、大きく鳴きながら色々とやり始めた。

楽し気に踊る子も居れば、合わせて歌い出す子や、私にお菓子を差し出す子も居る。

でもそれ食べかけだよね。隣に新しいのあるのに。まあ良いけど。


「ふふっ、ありがと」


菓子を受け取りつつ、山精霊のさっぱり内容が解らない歌を聞き、思わず笑みがこぼれた。

この状況で寂しいと思うなんて、私は我が儘になってしまったんだろうなとは思う。


私はこの街で幸せな生活を送っている、という自覚は凄くある。

大好きな親友とも再会できて、彼女と同じぐらい大好きな人も出来てしまった。

そして可愛い弟子達と一緒にいる時間も幸せで、時々他の友達だって遊びに来る。


一人で何も出来なかった私だったのに。人が怖くて引き籠ってばかりの私だったのに。

気が付けば周りに人が沢山居て、けどそれはきっと皆が優しい人達だからだ。

私が成長した訳じゃない。皆が私を導いてくれているから幸せな生活を送れているだけ。


勿論ちょびっとは成長した、と思うん、だけど・・・その、自信は・・・無いよね。

でも昔と違って、誰にも会わない様に引き籠ってた時よりは、多分成長したのかな。

ただでもやっぱり、私は誰かに助けて貰わないと駄目なんだなって、その自覚もしている。



けど改めて考えると、毎日快適に暮らせているのは家精霊のおかげも大きい、と思うんだよね。



私はこの家で暮らす様になってから、心身共に安らかな毎日を送れている

家精霊が見てくれているから、自分どころか弟子達の健康の心配も余りしないで良い。

友達が疲れているなら泊まる様に誘えるし、私の心の支えの一つになっていると常々思う。


弟子達が居ない時間も色々世話してくれるし、寂しいと思う気持ちを緩和させてくれている。

けど家精霊はその主張はしない。私が役に立ってますよ、なんて態度は一切見せない。


「・・・家精霊、ちょっとこっち来て」


そう思うと唐突に労いたくなり、私の横で微笑んでいた家精霊に手招きをした。

すると家精霊は一瞬首を傾げたものの、素直に私の傍に寄って来る。

そこで家精霊の頭を抱える様に抱きかかえて、優しく、優しくその頭と背中を撫でる。


「いつもありがとう。毎日快適に暮らせてるのは家精霊のおかげだよ」


普段から褒めてない訳じゃないけど、何となく改めてしっかり感謝を伝えたくなった。

家精霊は一瞬驚いた様子を見せ、けどすぐに嬉しそうな笑みを見せながら体を預ける。

喜んでくれている事を確認してから更に撫でると、家精霊は体形を維持できなくなって来た。


感情が高ぶると体が崩れるよね。怒りの時だけは全然崩れないけど。


「そういえば、普段もそうだけど、無理に人型じゃなくて良いんだよ?」


今更な話だけれど、家精霊は多分人型の精霊じゃないと思っている。

本当の姿は拗ねた時に見せる球体なんじゃないかなって。あくまで予想だけど。

でも嬉しい時も形が崩れてる時がある訳で、ならこの姿は『維持』している様に感じる。


ただ私にとってはどんな姿でも感謝すべき家精霊で、だからこそ無理はしないで欲しい。

弟子達だって、姿が変わった程度で見る目を変える事は無いだろうし。

けどそんな私の言葉を聞いた家精霊は、むしろ姿をしっかりと形作り始めた。


そして私から離れたかと思うと、携帯黒板に文字を書き始める。

少しゆっくりと、時間をかけて丁寧に書いたそれを、私へと差し出した。


『言葉の通じない私は、普段は身振りで主様と意思疎通しています。だからこそ表情は大事にしたいんです。私がほほ笑めば主様も笑ってくれる。それが好きなんです。無理をしている訳ではありませんし、むしろ私は主様達と共に笑い合える事が幸せです』


文字通りにニコリとほほ笑みながら、家精霊は私に気持ちを伝えて来た。

無理をしているのではなく、自分が幸せだからそうしているのだと。

それはどこまでも家精霊らしい言葉だと思う。住人の笑顔が自分の幸せだと。


「・・・そっか」


確かに球体になられると、家精霊の感情は見て取れなくなる。

笑っているのも、怒っているのも、悲しんでいるのも解り難い。

なら確かに家精霊が幸せに笑えるなら、私もそれが解る方が嬉しくは有る。


「ん、無理してないなら良かった」


手を伸ばすと自ら寄って来る家精霊の頭を撫で、お互いに笑顔を向けあった。


『『『『『『『『『『キャー!』』』』』』』』』』

「あぶっ」


けれど山精霊がそこで私に突撃してきて、僕も僕もと騒ぎ出した。

顔に突撃してきた子も居たせいで、痛みも重さも無いけど変な声が出た。


うーん、どう考えても普段から山精霊の方が構ってるんだけどなぁ。

家精霊はこっちから言わないと主張しないから、気を付けないとと思ってるだけで。


「とりあえず顔からは退いてね」


一体ずつ手に持ってテーブルに置くと、何故か次は僕の番だと待っている精霊達。

何だかやけにワクワクした顔をしているので、皆同じ様にテーブルに置いて行った。

すると何故か整列し始めて、テーブルに置く端から後ろに並んでいく。


良く解らないけどそのまま全員並べ終わると、キャーっと楽し気に声を上げだした。

全く何も解らない。けど楽しそうだからいっか。


「ああ、そうだ。山精霊達も無理はしないようにね」

『『『『『『『『『『キャー!』』』』』』』』』』


ただ無理をする子達なのは確かなので、改めて念押しはしておいたけど。

家精霊はそんな山精霊達を呆れた様に、けれど微笑ましそうに笑っていた。


ー------------------------------------------


主様は弟子達を待っている間、山達に囲まれて気を紛らわせていた。

そのおかげが寂しげな顔は余りせずに済み、こういう所は羨ましいと思う。

出来る限りお傍についている事は出来ても、会話が出来ない私には限界があるから。


いや、山達の様に振舞えない、という辺りも原因ではあるのだけれども。


『主様は何も考えておられないと思うのですが・・・メイラ様もパック様も、主様の事を少々買いかぶり過ぎですよね。とはいえ余り言い過ぎても良く無いのが困りものですね』


別に弟子であるお二人に、主様を見下げて欲しい訳ではないですし。

主様は錬金術師としての技量は素晴らしく、人間としては戦闘能力も高い。

師としては尊敬に値する方だと思いますが、問題は性格がそれに伴っていない事。


主様はどうにも口下手で、そのせいで勘違いされてしまうし、私はその弁明も出来ない。

唯一メイラ様に対しては出来るものの、彼女も主様を勘違いしているし。

それでも最近は私生活のだらしなさに気が付いて、いい塩梅の距離感な気もしますが。


「すー・・・すー・・・」


そんな風にしている内に、主様は転寝をされてしまった。寝顔はとても可愛らしい。

本当なら起こすべきなのだろうけども、お二人が帰って来るまでは寝かせてあげよう。

そう思い毛布を掛け―――――――。


『っ、お客様の様ですね』


結界をすり抜けられた感覚を覚えた。

壊された訳でも、普通に侵入して来た訳でもない。

結界の構成に変化は無いと誤魔化して中に入って来た。


庭に『目』を向けると、明らかに侵入者が居るのに山が気が付いていない。

山達は変わらず遊んで転がっていて、その間を当たり前の様に歩いて来ている。

体格からおそらく女。深く被るフードの中には角らしき物がある気配。


成程、この方が件の方ですか・・・成程そうですか。


『・・・主様の睡眠を邪魔しない様に、手早くお帰り願いましょうか』


主様の望まぬお客様、それも不法侵入のお客様は・・・排除対象です。

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