第530話、大事な事を共有する錬金術師
リュナドさんの願いを叶えてから数日後、私は大事な事を忘れていたと気が付いた。
多分彼に喜んで貰えた事が嬉しかった事と、その後すぐにイーリエが遊びに来たからだろう。
弟子達も嬉しそうにしていて、そんな二人を見ている時も良い気分だった。
それにその後弟子達とは他にも色々あって、考える事が多くて・・・。
いや、えっと、うん。言い訳だよね。解ってる。忘れてた私が悪い。
でも本当にやるつもりは有ったんだよ。完全に頭から抜け落ちてただけで。
「ハニトラさんにリュナドさんの望み教えなきゃ・・・!」
これは大事な事だ。リュナドさんの事が好きな者同士、彼の望みは教えておかないと。
弟子達を見送った後に慌てて精霊達へ伝言を頼み、ただ忙しくない時で良いと付け加えて。
だってハニトラさん、前に慌てて来た事があったからね。アレは失敗だった。
そうして家でのんびり待っていると、お昼前にハニトラさんはやって来た。
「きたわよー」
『『『『『キャー♪』』』』』
「いらっしゃい、ハニトラさん」
今日も精霊達と一緒にやってきた彼女を迎え入れ、家精霊にお茶を頼んで居間へ向かう。
「弟子達はまだ帰って来てないのね」
「あ、うん、今日は帰って来るの、多分遅いかな」
「ふーん、どっか遠出?」
「最近、弟子達だけで討伐依頼に行ってるんだ・・・」
周囲を確認しながら問う彼女に応え、ただ私は少しもやっとした想いが浮かぶ。
そんな私に気が付いたのか、ハニトラさんは怪訝な顔を向けて来た。
「何だか気に食わなそうね。弟子達と喧嘩でもしたの?」
「ううん、喧嘩とかじゃないよ・・・ただ、その、あの子達が心配なのと、寂しいだけで」
最近の事だけど、偶にやる討伐依頼を自分達だけでやりたい、と弟子達から要望が在った。
というのも私が傍にいると『いざという時は私が居る』という甘えを覚えてしまうからとか。
『何時までも先生に甘えていては成長しません。少し自分達だけで対処する緊張感を持つべきかと思いまして、先生にご許可を頂きたく思います』
『セ、セレスさん、駄目でしょうか・・・・』
そう言われ少し悩み、けど反対はせずに許可を出した。
心配は有るけど、二人が望んだ事ならばと、そう思って。
勿論万が一の安全確保の為に、精霊に緊急連絡用の道具は渡してるけど。
とはいえしっかり者のパックの事だ。私と違って依頼を受ける時はちゃんと話を聞くはず。
なら無理な事はきっとしないだろうし、そこまで心配も無いとは思っている。
何よりいざという時は黒塊を使うと、メイラがそう明言している事も行かせた理由の一つだ。
後は精霊達も付いてるしね。あの子達ならパックをちゃんと守ってくれるだろう。
それでも心配が無い訳じゃないし、今日は二人共帰りが遅いみたいだからとても寂しい。
「アンタ、本当に弟子達の事が好きよね」
「うん、可愛い弟子達だよ。とっても大好き」
「ふーん。でもあのぐらいの年頃の子にあんまり構い過ぎると嫌われない?」
「え・・・!?」
彼女のその言葉に目を見開いて愕然とし、思考も体も完全に固まってしまう。
だって、私、いっつも二人の事構って、むしろ構い足りないし。
え、嘘だよね。私嫌われてないよね。二人共何時も笑顔だし大丈夫だよね・・・!
「そ、そんなに驚かなくても、一般的な意見を言っただけじゃないの・・・その、アンタと弟子達は大丈夫なんじゃないの。アンタに抱きしめられてる時、あの子、メイラちゃんだっけ。嬉しそうにしてるんだし、まだそういう感じじゃないんでしょ」
「そ、そっか。よ、よかった・・・」
び、びっくりした。そっか、でもハニトラさんから見て大丈夫なら、きっと大丈夫だよね。
でも一般的にはそういう意見があるのか。うーん、これからはどうしたら良いんだろう。
二人を抱きしめるのを止めるとか・・・嫌だなぁ。でも嫌われるのも嫌だなぁ・・・。
まだって事は、そのうちなる可能性が在るって事だよね。どうにか避けられないかな。
「そ、それで、私は何で呼ばれたの。何か伝える事があるって聞いたんだけど?」
「あ、うん」
真剣に今後を悩み始めたけど、彼女の言葉でその思考を止める。
この件も考えるべきだけど、今は彼女へリュナドさんの件を伝えるのが先だ。
「この間リュナドさんにして欲しい事を聞きに行ったんだ。そうしたら珍しく彼からちゃんと要望が在ったから、ハニトラさんにも教えておこうと思って」
「・・・アンタ時々凄い事言い出すわよね」
「え、そう、かな?」
そんなに凄い事かな。だって彼の望む事ならしたくならない?
「まあ良いわ。あの人が望む事なら教えてくれると私も有りがたいし」
「あ、うん、そうだよね」
ほらぁ。ハニトラさんだって同じでしょ。彼に喜んでもらいたいよね。
意見が同じな事を知れて、思わず満面の笑みで頷いてしまった。
「それで、私に教えるって事は、私にもできる事なのよね? 何して来たの?」
「口づけが嬉しいみたいだから、色んな所にして来た」
「・・・色んな所?」
「うん、色んな所」
私の答えを聞いたハニトラさんは、問い返した後暫く固まってしまった。
もしかして彼女はそういう事をするのが苦手なのかな。
ただごくりとつばを飲み込んだ後、真剣な表情で口を開いた。
「それは、具体的には、どういう感じ・・・?」
「彼の頬とか、耳とか、肩とか、首とか、肌の出てる所を全部口づけして来た、かな」
ただ私が当時を思い浮かべながら答えると、気の抜けた顔になってしまったけど。
「・・・そんだけ?」
「え、うん、それだけ、だけど」
「・・・・・・はぁ」
あ、あれ、何故かハニトラさん天を仰いでしまった。
彼女の行動の意図が解らず、私はそんな彼女を見つめる事しか出来ない。
ただ彼女は天井に視線を向けたまま、もう一度溜息を吐いてから顔を降ろした。
「まあ、うん、話は分かったわ。彼が望んだんだから、次からそうしろって事よね」
「あ、でもハニトラさんが嫌なら、やらなくても良いけど・・・」
「嫌じゃないわよ別に。むしろその程度かと気が抜けたわよ・・・まったく」
「その程度・・・どの程度、だったら、嫌なの?」
「聞き方がズルいんじゃないかしら、それは」
え、ど、どの辺がズルいの? 私には全然解らないんだけど。
ハニトラさんが嫌な程度ってどんな感じなのかなって思っただけだったんだけどな。
「私は彼が望むなら出来るわよ。余程変な事じゃない限りね」
「そっか・・・うん、そうだよね」
でもやっぱり結論は私と同じなハニトラさんに、嬉しくて今日も抱き着いてしまった。
その後どういう風にしたのかもう少し詳しくと言われ、ちょっとだけ実践したりも。
ハニトラさんの肌はやわらかくて、口をつけたこっちが気持ち良いね。
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「今日も見つかりませんでしたね・・・」
「仕方ありませんよ。国内にいるとも限らない訳ですし、まだ探し始めて数日ですし」
『『『『『キャー』』』』』
しょぼんとしながら絨毯を飛ばす姉弟子に慰めの言葉を送る。
精霊達もポンポンと優しく叩いて鳴いており、同じように慰めている様だ。
それでも彼女は元気を取り戻すどころか、深く大きな溜息を吐いてしまったが。
「折角バレバレの嘘をついてまで探してるのに、一向に見つからないと、何と言うかただ罪悪感だけが増してきますね・・・自分で決めた事なのに、ちょっと後悔してます」
「あー・・・そうですね。バレバレでしょうねぇ」
メイラ様の願い。あの街に現れた人物を探すには、僕達が自由に動ける理由が必要だった。
とはいえ僕は兎も角メイラ様は、基本的に自ら遠出を願う理由など基本的に無い。
そもそも突然遠出をして回りたいと告げれば、先生は不審に思うだろう。
なので討伐依頼を理由に探して回る事にしたが・・・先生は全て御見通しな態度だった。
「あれ絶対セレスさん気が付いた上で何も言わなかっただけですよ。一瞬睨まれた時は、思わず背筋が凍りましたもん。でも何も言わないから余計に引っ込みつかない・・・」
「先生からすれば、やりたいならやってみろ、という事なのでしょうね」
僕達が何をしたいのか、何をしようとしているのか、先生はきっと全て解って見逃している。
それは弟子達の願いだからなのか、それとも僕達に見つけられないと思っているからか。
先生の真意は解らないが、それでも始めた以上は今更やめられない。
むしろ見逃してくれている事を考えれば、半端に止めたら逆に叱られかねないと思っている。
「このまま見つからないままだと、結局私は何も出来ないままになっちゃう・・・」
「情報を得られなかったとしても、メイラ様は十分戦力になる方だと思いますが」
「ダメですよ・・・あの時、そう痛感しましたし。他にも何か出来ないと・・・」
「メイラ様・・・」
おそらく彼女の中に残っているのは、自分がまともに戦えなかった時の事。
人型の化け物、と僕としては思っているが、彼女にとっては違う物。
あの化け物を殺す事が出来なかった彼女は、その結果周囲を危険に晒したと思っている。
下手をすれば皆死んでいたと、助けが無かったら多くを失っていたと、後悔していた。
相手が魔獣や呪いが通じる人間じゃないと、自分は余りに無力だったと。
けれどそう思っているのは彼女だけだ。彼女が居なければもっと酷い状況になったはずだ。
それでも納得できない彼女の気持ちは、何か行動を起こさなければ消える事は無い。
「大丈夫ですよ。今回は先生も一緒です。いざという時は先生に指示を仰ぎましょう」
「・・・ふふっ、それじゃ討伐依頼を受ける理由と真逆の考えじゃないですか」
「だってバレバレの嘘ですからね、僕が考えた理由は」
ちょっと拗ねた声音でそう答えると、彼女はワタワタと慌てる様子を見せる。
「あ、ご、ごめんなさい、そんなつもりじゃなくて」
「ふふっ、冗談ですよ」
「・・・もう、パック君は意地悪です」
ぷうっと頬を膨らませる彼女は、少しは機嫌が直ったように見えた。
僕が悪者になる程度で機嫌が直るなら安いものだ。
彼女は先生の一番弟子として、相応しい力を持っていると確信できる。
どうしたらその自信が持てるだろうか。彼女の不安を取り除けるだろうか。
彼女の願い通り、件の人物に接触できればあるいは。
「さ、今日は帰りましょう。ね」
「そうですね。セレスさんも家精霊さんも待ってるでしょうし、帰りましょうか」
『『『『『キャー♪』』』』』
そうして今日も成果なく帰る事になり・・・家で起きていた事に驚く事にもなった。
先生とハニトラさんが・・・いやうん、言葉にはすまい。
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