第529話、姉弟に迎えの言葉を告げる錬金術師。

リュナドさんの願いを叶えた後、暫くは彼に抱き着いて堪能していた。

ただ途中でハッと大事な事に気が付き、慌てて彼から離れる。


「ごめんね、また邪魔しちゃう、ね」


彼の邪魔をしてしまったから、何か少しでも彼の為に出来ないかと思っていた。

なのに蓋を開けてみれば、結局私が嬉しいだけだった様な気がする。

彼が喜んでくれる事で、それが彼の傍に居られる事で、なら私に大変な事は無いもん。


そのせいか幸せ気分でポワポワして、肝心の理由を忘れかけていた。

仕事の邪魔しちゃダメだよ。本当に私は何をしているの。

折角少しは喜んで貰えたのに、また我が儘な事して迷惑かけたら嫌われちゃう。


「今日は、帰るね、リュナドさん」

「あー・・・まあ、うん、解った。なら見送るよ」

「ううん、良いよ。仕事してて。今日は、その、沢山、邪魔しちゃったから」


彼の願いを叶えたからと言って、それが仕事の処理を早めた訳じゃない。

むしろあの時間でまた仕事の時間が減ったんじゃないかな。

そう考えると彼の願いとはいえ、彼が家に遊びに来た時にすればよかった。


「そう、か・・・じゃあ、またな」

「うん、またね。人魚も」

『ええ、何時でも歓迎するわ、セレス』

『『『『『キャー!』』』』』

「うん、精霊達もまたね」

『『『『『キャー♪』』』』』


リュナドさんと人魚と精霊達に別れを告げ、仮面をつけてから廊下に出る。

この辺りはあまり人が居ない事を知っているから、彼が居なくても左程怖くない。

少し向こうに人の気配はするけど、それを避けて行けば良いだけだし。


「~♪」


それに今はとてもご機嫌な気分なせいか、自然と鼻歌まで歌ってしまう。

だってリュナドさんが私に望んでくれたんだよ。こんなにうれしい事は無いもん。

そうして何時も通り中庭に出て、絨毯を広げると突然膨大な魔力を感じた。


「っ・・・あ、いや、これは・・・」


余りの魔力量に一瞬驚き身構えたけど、魔力の波長は覚えのある物だった。

これは多分、問題無い。だってこれアスバちゃんの魔力だもん。

そう理解した所で空間がうねる様子を見せ、そしてそこに三人の男女が現れた。


一人は当然アスバちゃん。どして残りの二人は、見覚えのある子達だ。

竜の弟子と、アスバちゃんの弟子。魔法使いの姉弟がそこに居た。

多分三人で転移する為に、安全確保も兼ねて余分に魔力を使ったのかな。


魔力量が凄まじすぎてちょっと驚いたけど、それなら何となく納得できる。

それにしても相変らずとんでもないなぁ。彼女は魔力量の底が全く見えない。

あ、山精霊も居た。姉弟とアスバちゃんの服の中に入ってたみたい。


「あらセレス、出迎えご苦労様」

『『『キャー!』』』


出迎えたつもりは無かったけど、結果的に出迎えた事になるのだろうか。

まあ良いか。友達が帰って来た所で偶然出会ったなら似たようなものだし。

なら私の言うべき事は決まっている。


「・・・おかえりアスバちゃん、山精霊・・・二人もおかえり」

「はい、ただいま戻りました、セレスさん!」

「ええと、俺もただいま、で良いんでしょうか・・・」

「良いんじゃないの。アンタもこっちで暮らすんでしょ」

『『キャー♪』』


私が出迎えの言葉を告げると、アスバちゃんよりも二人の方が先に反応を返した。

姉の方はとても嬉しそうに、弟の方は少し戸惑った様子で。

だから私は何か間違えたかと思ったけど、アスバちゃんが口を出してくれて助かった。


「・・・遅かったね、帰って来るの」


てっきり弟子達と一緒に帰って来ると思っていたから、随分経ってから帰って来たと思う。

ただそう告げると二人は少し目を見開き、ただアスバちゃんだけはフンと鼻を鳴らす。

あれ、私今度こそ変な事言っちゃったかな。別におかしくはない、よね?


「なーにを驚いてんのよ。セレスなんだから、当たり前な発言でしょうが」

「そう、ですね。ええ、そうでした。セレスさんですもんね」

「・・・パック殿下の師匠って感じがしますね、ほんと」


え、え、どういう意味。今の全然意味が解らない。私だから言って当たり前ってどういう事。

やっぱり何か見当違いな事言ったのかな。それに弟君の発言が一番解らない。

どうしてさっきの発言が、パックの師匠らしいって事になるんだろう。


「・・・何か、おかしな事言った、かな?」


不安になって訊ねると、アスバちゃんはまたフンと鼻で笑い、姉弟はクスッと笑った。

やっぱり何かおかしな事を言ってしまったみたいだ。けど怒ってはいないらしい。

相変らずな自分がちょっと辛いけど、不快にさせた訳じゃないのは解って良かった。


「いえ、今後は精霊兵隊として復帰いたしますので、宜しくお願いします!」

「ええと、俺は師匠に暫く付いている予定ですけど、宜しくお願いします」

「・・・あ、うん、よろしく」


あ、あれ、何がおかしかったのかは教えて貰えないんだろうか。

でも宜しくって言われたから、とりあえずちゃんと返しておく。

弟子の友達でもあるし・・・ああ、そうだ。


「・・・パックとメイラにも、後で顔を見せてあげてね。喜ぶと、思うから」

「はい、勿論です!」

「お二人に、そして貴女にも改めて挨拶に向かいます」

「・・・うん、ありがとう」


うーん、気のせいかな。なんだかイーリエが最後に見た時より随分元気だ。

前はもうちょっと、なんていうか静かな子だった覚えが有るんだけど。

逆に弟君はとても静かな雰囲気を纏っていて、こっちもちょっと変わった様な。


「じゃ、私達は領主の所に行って来るから、またね」

「・・・あ、うん、またね」

「失礼します、セレスさん」

「失礼致します」


アスバちゃんは手をひらひらと振り、姉弟は深々と頭を下げてから去って行った。

私はそんな三人に手を振って見送り、ポツンと一人中庭に残される。


「・・・あ、結局、何がおかしかったのか、教えて貰えなかった」


アスバちゃんは相変わらずせっかちだなぁ。そこがとてもアスバちゃんらしいけど。


ー------------------------------------------


「ちゃんと捕まってなさいよ。でないと面倒臭いんだから」

「はい、しっかり握ってます」

「解りました師匠」


面倒くさい、なんて言葉で片づけてしまうアスバさんに、もう慣れた様子で頷く私達。

今から長距離転移をするというのに、全く気を張った様子が見られない。

それも彼女の力量なら当然だろうと、私達姉弟は良く解っている。


一族がずっと目指した『本物のアスバ・カルア』の実力を。


「んじゃ行くわよ」


彼女は気楽な言葉通り、気楽な様子で膨大な魔力を放って転移をした。

場所はリュナド隊長の仕事場に近い中庭。そこが一番人が少ないからだと。

そうして転移した先には、一人の女性が立って待っていた。


見覚えのあるフード。そして仮面。どうしたって見間違えようが無い人が。


「・・・おかえりアスバちゃん、山精霊・・・二人もおかえり」

「はい、ただいま戻りました、セレスさん!」


一番に出迎えの言葉を告げたのはアスバさんで、その順番通りの扱いなのだろう。

名前も呼ばれず、ついでの様に言われ、けれどそれでも嬉しかった。

この人にお帰りと、ここが私の帰る場所だと、そう言って貰えたようで。


もう私はカルアではなく、精霊兵隊のイーリエなんだと思えて。


「・・・遅かったね、帰って来るの」


それでも、その発言には少し驚いた。

だってそれは、私達がここに来ると確信していたという事だから。


私は兎も角、弟は王子として表に出た存在だ。なら国に残る可能性の方が高い。

けれど今のはその可能性を一切考えてなかった、と言わんばかりの発言だ。

つまりここに戻ってくる確信が有って、そして弟も歓迎してくれると言ってくれている。


弟が何故この国に来れたのか、国はどうなったのか、それで良いのかなんて一切問わない。

これはセレスさんだ。ああそうだ、久々に会えてとても実感する。

この人が私を救ってくれた大恩人だと、そこまで昔の事でも無いのにとても懐かしい。


「・・・何か、おかしな事言った、かな?」

「いえ、今後は精霊兵隊として復帰いたしますので、宜しくお願いします!」

「ええと、俺は師匠に暫く付いている予定ですけど、宜しくお願いします」


余りに嬉しくて、私は少し興奮気味に返してしまった。

後で考えると少し恥ずかしかったけど、嬉しかったのだから仕方ない。

師匠にも感謝している。竜の師匠が居なければきっと私は私になれなかった。


それでも、私を最初に救ってくれたのは、この人だと思うから。

弟はそんな私を微笑ましく見て居て、それはやっぱりちょっと恥ずかしかったけど。

でも言っておくけど、グインズがアスバさんやフルヴァドさんを見る目も同じだからね?


その後はアスバさんがさっさと移動を始めてしまい、碌に会話できずに別れる事に。

ただ弟子達に顔を見せに来いと、家に来いと誘って貰えて顔がにやける。

自分はこんな人間だっただろうか。色々終わって肩の力が抜けてしまったのかな。


「楽しそうだな、姉さん」

「うん、そうだね。楽しい」


相変らず微笑ましい目を向ける弟に、少し恥ずかしく思いながらも素直に応える。

こんなにも心が軽い。それはきっと全て片が付いて、ここに戻って来れたからだ。

私が私と生きていける場所を、イーリエが生きていける場所が出来たからだ。


「グインズ、私はこの街に骨を埋める・・・ううん、セレスさんの住む街を守る為に生きるよ。だから二度と国に戻る気は無いけど、グインズは気にしなくて良いからね?」

「もう何回も言ったじゃないか。俺に国政なんて出来ないよ。出来るのは魔法使いとして戦う事だけ。だから国が纏まった以上、俺は困った時に駆けつける戦力程度の方が良いって」


弟は国を救った英雄と祀り上げられ、けどその立場を良しとして国王になる事は無かった。

あくまで自分は王子の一人として、乱れた国を纏める為に立ち上がっただけだと。

その後を纏める能力など無いとして、弟の事を認めて共に行動していた王子に国政を任せた。


この件に関してはかなり揉めたけど、結局最後は弟の意見が通される事になる。

更に英雄が国王の座を譲るという事で、そうなると弟は国内に居ない方が都合も良かった。

国内に居ると英雄を利用したい貴族が付きまとうし、民衆も下手な動きをする可能性がある。


勿論いざという時に国に戻る、という約束を取り付けられてはいるけど。

だからその気になれば、弟は何時でも国に戻れる。代わりに王にならないといけないけど。

弟の事を認めていた王子は、本当は弟の臣下になりたかったと言っていたし。


「・・・それに、俺もちょっと嬉しいんだ。遅かったなって、言われたの」

「そっか・・・うん、そうだよね」


与えられた場所なのは、きっとここも同じなのかもしれない。けど、選んだ場所だ。

私達が自分の意思で、自分が居たいと思った場所で、これから生きていける。

それを『帰って来るのが遅い』と、帰るのが当然なのだと言われてしまった。


「感謝しなきゃね。セレスさんに・・・ううん、皆に」

「うん、そうだね、姉さん」


当たり前の様に迎え入れてくれたセレスさん。私を鍛えてくれた竜の師匠。

私に居場所を与えてくれた精霊兵隊と隊長のリュナドさん。

弟を救ってくれたアスバさんとフルヴァドさんに、仲良くしてくれるパック君とメイラちゃん。


皆が私達の恩人だ。だから私は、恩人の為にこれからを生きる。この街で生きていく。


「・・・セレスさんの敵は、私の敵だ」


そしてこの街で何かが起こるというのであれば、私は全力で敵を排除しよう。

その為に急いで、アスバさんに転移までして貰って来たのだから。


「気合いを入れ過ぎだと思うけどねぇ。セレスの事だし、どうせ対策してるわよ」


ただそんな私に対し、前を歩くアスバさんは鼻で笑う。

確かにセレスさんに助力なんて、未熟者の私が思う事じゃないかもしれない。

ただその発言だけは貴女には言われたくないと思っちゃうけど。


「それでも、私は力になりたいです。アスバさんだってそうでしょう?」

「はっ、私はただ自分の名声の為に魔法を使えれば良いだけよ」

「あんな事言ってるけど、どう思うグインズ」

「師匠は素直じゃないから、言葉通りに受け取らない方が良いよ姉さん」

「誰が素直じゃないのよ!」

『『『キャー♪』』』

「ほら精霊達も同意してますよ師匠」

「こいつらは適当に鳴いてるだけでしょうが! アンタ段々生意気になってない!? そもそも今回私はアイツにむかついてんのよ! まーた何時も通り何にも話やらがらないからね!!」


嘘ばっかり。それなら私達を早めにここに連れてくる必要なんて無いのに。

もしもの為に少しでも戦力を増強しておきたい。そう思っていたんでしょう?


「それに私はね、私が良ければそれで良いのよ!!」


この人本当に素直じゃないな。魔法の腕は達人なのに、心は可愛らしい子供ですよね。


『『『『『キャー!』』』』』

「あっ、ちょ、どこから現れ、はぷっ、纏わりつくなぁ! 何でアンタ達は毎回毎回帰って来る度に私が歩く邪魔を、あだっ!」


そして領主館に居たらしい精霊達に歓迎され、偉大な魔法使いは何度も転がっていた。

邪魔って言いながら、好意でくっついてるからって乱暴に扱わない所が可愛いと思う。




さて、精霊兵隊に戻ったら、走り込みからして体を戻さないと。

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