第528話、要望に全力で応える錬金術師

慌てて彼に聞いたせいで自分が何を言ったのかもよく解っていなかった。

そのせいで余計に焦りが増して、どんどんちゃんと話せなくなってしまう。

焦ったらだめだと、焦ったら通じないと、そう思っていても心が焦る。


大好きな人に嫌われたくないと言う想いだけが前の出過ぎて、行動がそれに伴わない。

思わず泣きたくなる程の焦りの中、けれど彼はやっぱりリュナドさんだった。


「大丈夫、大丈夫だから、ゆっくりでいいから落ち着こうなー」


余りに焦り呼吸すらままならない私を優しく抱きしめてくれた。

ポンポンと背中を叩き、むせながらかひゅーかひゅーと呼吸する私を。

自分の言いたい事はきっと彼には伝わってない。だって彼も混乱していたし。


けど彼は驚いただけで、私を叱る事も、馬鹿にする事も無く、攻撃する事も無い。

優しく、どこまでも優しく、私の心を落ち着ける事を優先してくれた。

その行動がとても嬉しくて、胸が暖かくて、だから余計に申し訳なくなる。


迷惑をかけたかわりにと思っていたのに、更に迷惑をかけてしまっている今が。

優しい彼に縋っているこの状況をに幸せに難じてしまう自分が。

本当に私はどこまでも自分勝手だと、自己嫌悪に陥ってしまう。


「なあセレス、そのままで良いからゆっくり聞いてくれ」


ただそんな私に対し、彼は相変わらず優しい声音でゆっくりと語った。

焦る私に言い聞かせるように、自己嫌悪なんて必要ないと言う様に。

私が笑っていてくれたらそれが良いと、彼はそう言ってくれた。


本当にそれで良いんだろうか。それだと彼が迷惑を被ってばかりだ。

でも彼がそう言うのであれば笑おう。彼の前では笑っていよう。

彼が笑顔の私を望むのであれば、私はその願いを叶えなきゃいけない。


「ただ、まあ・・・そうだな。これぐらいは許してくれるか?」


ただ今日の彼は何時もと違い、私の頬に口づけをして来た。

彼から受けた行動に、私は少し驚き固まってしまう。

だって、彼が私に自ら望んで行動する事は、本当にとても少ない。


抱き着くのは私の想いからだ。私が彼に大好きだと想いを伝える為の行動だ。

今までだって彼から私を抱きしめてくれた事は、こうやって私が困ってる時しかない。

それは彼の望みから来るものではなく、単に私が迷惑をかけているだけの話だ。


だから彼から私への行動は今まで無くて、けど今彼は私にして欲しい事を望んだ。

何故だろう。その事実が、今までで一番嬉しい気がした。胸の奥がむずむずする。


「・・・そっか」


彼の唇の当たった頬を触り、自分の感情と彼の欲求を理解した呟きが漏れる。


彼が望む事を知れたのが嬉しい。だってこの行動に私を気遣う部分は無いから。

本当に彼が望む事をしたんだ。彼が私に望んでくれた事だ。

けどだからと言って全然嫌じゃなくて、彼だと思うと私は嬉しい気持ちが強い。


そう、嬉しいんだ。彼の望む事が、私も嬉しい。彼が私に望んでくれる事が嬉しい。

だからその嬉しさを込めて、大好きだと言う想いも込めて、彼の要望に応えた。

彼ならば何も怖くない。嫌な事なんて無い。何でも出来るよと伝える様に。


「えっと、これで、良い、かな。他にも、ある?」

「え、えっと、良い、です」


良かった。これで間違ってなかったらしい。

ただ他に要望は無いのか。こういう所はやっぱりリュナドさんだと思う。

自分からあんまり主張する人じゃないのは、流石の私だって長い付き合いで解ってる。


だからこそお母さんの教えを思い出して、焦って彼に縋ったのだから。

彼のして欲しい事なら何でもする、失いたくないから何でも言って欲しいと。


それでも優しく応えてくれた彼に甘え続け、けどやっと、やっと教えてくれた。


「ん、解った・・・ちゅ」

「セ、セレス?」

「ちゅ・・・ちゅ」

「あ、あの、セレスさん?」


だから嬉しくて、嬉しくて仕方なくて、彼の頬に何度も口づけをする。

片方だけじゃなくて、反対側にも、いっぱい、いっぱい唇を彼の頬につける。

ただ彼の為にしているはずのその行為は、不思議と自分自身も幸せな気分になって来た。


彼の願いを知れたからだろう。彼の願いを叶えられている事が心から嬉しいんだろう。

そこで何となく、本当に何となく彼の首筋に目が行き、そこにもちゅっと口づけをした。


「っ・・・!」


すると彼は驚いたのか、それとも嫌だったのか、ビクっと動く様子を見せた。

その様子に調子に乗ってしまったかと思い、少し慌てて唇を放す。


「ごめん、なさい。首は、いや、だった?」

「い、いや、その、ただ驚いただけで・・・いや待って、セレスさん、急にちょっと、積極的になりすぎじゃ、ないですかね」

「そう、かな・・・でも、リュナドさんが望んだ事だと、思ったし・・・」


私としては普段から彼の為に出来る事が在るならしてあげたいと思っている。

だから別に今日積極的になったつもりは無いけど、彼にはそう見えるらしい。

でも別にどう映ろうと構わない。私はただ彼の願いを叶えるだけだ。


彼の願いを叶える事が、私にとっても幸せなのだから。

あれ、それだと結局私が嬉しいだけの様な? あれ?


「・・・じゃあ、もう、しない方が、良い?」


急激に浮かんできた疑問と困惑に不安になりながら、彼に恐る恐る訊ねる。

すると彼はウッと怯んだかと思うと、眉間にしわを寄せて天を仰いでしまった。

まさか私はまた間違えたのだろうか。折角彼の要望を知れたと思ったのに。


「・・・そんな事は、ないデス」

「そっか、ん、解った」


けれど彼の答えにホッとして、ならばと彼の頬にまた口づけをする。

彼のして欲しい事は間違ってなかった。ならもっといっぱい、いっぱいしようと。

その後首や耳、肩なんかにも唇をつけ、ただその途中でふと気が付いた。


「リュナドさんも、したい、んだ、よね?」


よく考えたら彼は私の頬に口づけをしたんだ。私はそれを彼の要望と判断した。

でもよく考えたら、彼の方から私にしたい、という事なんじゃないかな。

もし私と同じ様にしたいならとも思い、首も少し傾げて肩ごと彼の顔の前に差し出した。


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いや待って、セレスさんちょっと待って欲しい。突然行動が積極的過ぎやしませんか。

確かに許して欲しいとは言ったけど、そこまでして欲しいと思って言った訳じゃないんすよ。

それでもセレスの行動を振り払う気にならない辺り、何と言うか意志薄弱と言わざるを得ない。


さっき自分を止められるかと考えていたのは何だったのか。早速止められてねえじゃねえか。

ただ流石に首にされたのはちょっと驚き、その驚きがセレスにも当然伝わった。


ただ嫌だったかと聞かれれば、別に嫌じゃないと答えるしかない。

けど俺が望んだ事だからって点は否定したい。俺はそこまでやってないと思います。


「・・・じゃあ、もう、しない方が、良い?」


けどその反論を口にする前に「嫌ならもう何もやらないが」と言わんばかりの態度をされた。

まるで俺がここまで望んだとでも言いたげな様子に、けど否定も出来ない自分も居る。

いやまあ確かに最初は俺が望んだ事かもしれないけども、それは狡くない?


おかしいなぁ。何で俺が責められてるんだろう。いや責めれらる事なのか?

これぐらいは許して欲しいって行動した訳で、セレスはそれを受け入れた訳だし。

いやもう何か良く解らなくなって来た。何で俺こんな事になってんだろう。


「・・・そんな事は、ないデス」

「そっか、ん、解った」


俺はそう答えるのが精いっぱいで、後はセレスの行動を好きにさせる事しか出来なかった。

顔がすげー熱い。俺何されてるんだろうね。首とか肩とか耳とかさ。

もしかしてこれ仕返しか。突然行動に出た俺への仕返しなのか。効果的だよ畜生。


抵抗できないって点も、それが嫌じゃないって思う事も、その事実が恥ずかしいのも含めてな!


人魚がにやにやと見てる中って一番恥ずかしい。いや、山精霊の不思議そうな眼も困るけど。

良く考えたらコイツ等、俺の事演劇で勝手に使うんだよな。まさかこれ使わないだろうな。


「リュナドさんも、したい、んだ、よね?」


ただその途中で、セレスは俺に首を差し出してきた。したければして良いぞと言わんばかりに。

睨み上げる顔、ではなく可愛らしい顔で俺を見上げながら、余りにもあざとい態度だ。

その行動を見ても可愛いと思った辺り、もう俺の頭は救い様が無いと思った。


さっきどう考えても様子おかしかったのに、余裕取り戻し過ぎじゃないですかねセレスさん。


「・・・今日は、もう良いよ」

「そう? そっか、解った」


ただにやける人魚と見つめる山精霊の居る前では、これ以上行動する気にはなれない。

首を傾げるセレスに応え、色んな想いを込めた深い溜息を吐きだした。

すると彼女は俺の態度に満足したのか、それ以上の事はせずに何時も通り抱きついて来る。


「リュナドさんが望みを言ってくれて、良かった。嬉しかった・・・にへへ」

「・・・そっすか」


こっちとしては結構、やっちまった、と思った行動だったんすけどね。

幸せそうに笑われるともう何も言えねえ。否定もし切れないから尚の事だ。

けど俺がもう良いって言ったら止める辺り・・・やっぱ俺が望んだからなんだよな。


・・・自分で行動して、その願いを叶えて貰って、勝手に傷ついてりゃ世話ねえよなぁ。


『ああ良い、良いわぁ・・・! こう、心の栄養が取れる感じがする・・・!』


勝手に俺で栄養を取るな。つうか空気を読め空気を。ああもう。

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