第526話、安心してしまった錬金術師

「休みなんだから、一日ゆっくりしてれば良いのに・・・」

『キャー♪』


絨毯で街の上空を飛びながら呟くと、頭の上の精霊がご機嫌に鳴き返してきた。

何の話かと言えば弟子達の事だ。あの子達は今日も採取に出かけてしまった。

昼からはのんびり過ごすって言ってたけど、別に一日のんびりしても良いのにねぇ。


因みに精霊がなんて答えたのかは解らなかった。


「今日は訓練は・・・してないねー。なら中庭に降りようか」


領主館の傍まで来たら一旦訓練場に向かい、リュナドさんが居ない事を確認。

それから領主館の中庭に降りて、彼が迎えに来るまでのんびり待つ。


『『『『『キャー♪』』』』』

「あ、きた」


少し待つと精霊達の楽し気な声が聞こえて来て、視線を向けると彼の姿が見えた。

それだけで胸が暖かくなる自分を自覚し、仮面で見えない口元がにやける。

たぶんとてもだらしない顔で彼にトテトテと近づき、挨拶を済ませて彼の仕事部屋へ。


部屋に着くと良く見る使用人さんがお茶を用意してくれて、お礼を言って受け取った。

ここに来ると大体よく見る人しかいないから、知らない人で怯える事が無くて良い。

流石に仮面を外して会話はまだちょっと無理だと思うけど。


使用人さんが出て行ったのを確認してから仮面を取ってる状態だし。


「ん、おいしい・・・」


ライナと家精霊のお茶の方が好きだけど、ここで飲むお茶もとても美味しい。

というか多分、良いお茶なんだと思う。明らかに味が違うから。

それでも食堂や家で飲むお茶が好きだと思うのは、貧乏舌ってやつなのかなぁ。


何てのんびりお茶を飲んでいると、リュナドさんに何の用かと訊ねられた。

いけない、私は何しに来たと思ってるの。彼が困ってないか確かめに来たんだよ。

彼に会ってのんびりして満足しててどうするの。


ちょっと気が抜けるとこれだ。もうちょっと危機感持たないと嫌われるかもなのに。

あ、想像しただけでちょっと泣きそう。いやいや待って、今そんな場合じゃないから。

落ち着け。とりあえず今日は困って無いかの確認だけだから。そう、確認。


心を落ち着けて、ただ本当に困ってるなら申し訳ないなとも考え、恐る恐る彼に訊ねた。


「待って、ちょっと言い訳させて欲しい」


すると何故か、本当に何故か、彼が言い訳を始めてしまった。

いや、言い訳というのは彼の言葉であって、私からすれば何が言い訳なのか解らない。

ライナが私に訊ねる事の何が駄目なんだろう。彼が止めなかったからって何が悪いんだろう。


何も悪い事なんて無いよね。だって別にただの世間話みたいなものだし。

それを彼が止められないのはむしろ仕方のない事なのでは。

というかライナ相手なら怖くないから、そんな事気にする必要も無いのに。


「えっと、その、すみませんでした」


え、何で私謝られてるの? リュナドさん何で謝ってるの?

私はリュナドさんが困って無いのか確認しに来ただけなんだけど。

どうしよう、私今何がどうなってるのか解らない。あ、あれ、これ、どうしたらいいの。


「その、すまん、無理に聞かないって約束したのは俺だ。なのに迂闊だったと思う。だから許して欲しい・・・ってのは都合が良いか。どうしたら許して貰えるだろうか」


ん、無理に聞かない? あー、ああ、そうか、あの時の会話が在ったからか。

彼に話せることが無いから、それなら仕方ないって帰ってったんだもんね。

でも別にライナにも碌に話せる事なかったし、結局彼に放した事と変わらないんだけど。


でもそっか。彼にとってはそれも、無理に聞かない、って範囲に入る事だったのか。

少しだけ納得出来たけど、それでもやっぱり少し首をかしげてしまう。

だって許すとか許さないとか、そもそも彼が謝る必要はやっぱり無いよね。


だからその事を伝えた上で、本当に何も調べなくて良いのかと訊ねた。

リュナドさんが本当にそれで良いと思うなら、困ってないって事だし。


「ああ。それで良い。だから機嫌を直してくれないか」


そっか、良いのか。良いのかな? でも彼がそう言うなら良いのかも。

ただ機嫌を直してって言われても、別に私機嫌おかしくは・・・ああ、そっか。

彼を困らせてるかなって不安は必要ない、って言われてるって事かな。


・・・本当に、彼はどこまで私に優しいんだろう。何でこんなに優しいんだろう。


「・・・ありがとう。大好き。本当に大好き」

「うおっ・・・あー、うん」


衝動的に彼に抱き着いた。今日は普段着だから抱き着きやすい。

彼の体温が、匂いが、息遣いが、全てが私の心を落ち着ける。

ポンポンと私の背中を叩いてくれる彼の手が、尚の事心地良さを強くする。


ああ、ずっとここに居たいなぁ。このまま寝ちゃうのも幸せそうだなぁ。

今日も早起きだったし、二度寝できなかったし、当然昼寝もまだだし。

うん、良いな。ここ気持ち良い。それに安心したら、なんか、本当に眠い、かも。


・・・お休みに・・・しておいて・・・・・・良かった。


「・・・あれ、セレス・・・ねえセレスさん? あれ、まってまって。寝てない?」

「すぅ・・・すぅ・・・」

「えぇ・・・マジ寝してるぅ・・・俺今日の仕事始めたばかりなんすけど・・・」


ー-----------------------------------------


「突然お休みになっちゃいましたけど、やっぱり昨日の話が原因でしょうか」

「おそらくは。先生もライナさんも中々戻って来ませんでしたし、余程重要な事なのでしょう」


セレスさんに行ってきますと告げて、何時も通りパック君と精霊と一緒に山へ向かう。

その道中で昨日の事を話し、やっぱりお互いに結論は同じだと確認できた。


「私達は、やっぱりまだ話して貰えないんですね」

「そこまで成長していない。もしくは自力で調べろ。そのどちらかでしょうね」

「自力かぁ・・・うーん」


自力で調べるとなると、多分一番力になれないのは私なんだと思う。

勿論精霊達の言葉が全部解る、っていうのはきっと強みになるはずだ。

けどそれが有効なのは、精霊達が直接乗り込める場所に限る。


状況的に今回はまだ遠い他国に関した事で、そうなると精霊達は何も解らない。

こうなると途端に私は役に立たなくなっちゃう。だって何も解らないから。

特に今回はセレスさんが徹底してるからか、余計に全く何も知らないみたいなんだよね。


『主が何してるのかなんて、毎日楽しそうにしてるよ?』

『リュナドと一緒の時は幸せそうだから邪魔しないように我慢! 時々我慢できないけど!』

『でもハニトラさんが一緒の時は僕達も一緒で良いよね?』

『メイラとパックが毎日一緒で楽しそう!』

『でも二度寝できないって悲しそー。ねーメイラ、寝ちゃダメなのー?』

『でもこっそりお昼寝してるんだよねー』

『あ、それ言っちゃダメなやつ!』

『あ、な、何でもないよ! メイラ達に内緒でお昼寝とかしてないよ! ばれたら師匠としてのめんもくが立たないなぁ、って言ってた事なんて僕知らない!』

『『『『『あー!』』』』』


うん、なんか、聞かない方が良い事まで聞いちゃったけど、大体こんな感じ。

そもそもお昼寝の事は、他の機会に精霊達から聞いて知ってたし。

ただ一応パック君には内緒にしてる。別にバレた所で幻滅しないと思うけど。


私はむしろ、少しは休んでる様で良かった、って思っちゃったぐらいだもん。

でも二度寝はなぁ・・・アレを許すと、私もずるずる寝ちゃうからなぁ・・・うん、駄目だ。

それに毎朝家精霊が朝食を作ってくれてるんだし、シャキッと起きて食べなきゃ失礼だもん。


いや違う。そうじゃなくて、精霊達は本当にその程度の事しか知らないんだ。

つまりセレスさんの動きを理解出来てなくて、何の情報もつかめてない。

となるとその情報源らしき存在は・・・やっぱり先日の、精霊達の嫌いな人だろうなぁ。


「メイラ様、差し出がましいとは思いますが、僕としては余り接触はしない方が良いのではと思うのですが。先日の騒動から考えても大分面倒な手合いと感じますよ」

「そう、ですよね・・・」


昨日の事は既にパック君に話してある。山精霊に一緒に探そうと言われた事も含めて。

でも多分、パック君の言う事が正しい。だってセレスさんが隠している事を暴く行動だもん。

何より多分、その人はとても危険な相手だ。アスバさんに正面から挑む様な人だし。


むしろ楽し気に戦っていたらしい話を聞いちゃったから、とても面倒そうな予感がする。


『えー、さがそーよー。それでドーンってしよー?』

『アイツ主が嫌いだから僕もきらーい!』

『それに街で暴れた。だから僕達やっつけないといけないんだよ!』

『僕達街の守護精霊だからね!』


ただふんすふんすと鼻息荒めに、何時もより多めについて来る精霊達はやる気満々だ。

セレスさんが嫌いだと断言している精霊達は、けれどその根拠は一切ない。

何となく解る、という感覚のみでやる気になってるらしい。


この明確な根拠が無い、って言う点も中々動きにくい理由の一つだ。

あと守護精霊って、普段そんなに拘りないでしょ。誰に言われたのそれ。

街の守護って言うなら、時々暴れて家屋を壊すのは止めようね。知ってるんだからね。


「その方と先生の仲が悪いとしても、先生が後れを取るとは思えません。むしろ単純な利害関係で付き合っているだけなのではないでしょうか。だからこその心配も、確かにありますが」

「そうなんですよねぇ・・・」


私達の師匠は強い。だからそう簡単に後れを取ったりはしない。そう信じられる。

けど、あの人も無敵じゃない事を、私は良く知っている。本当によく知っているんだ。


私を助けてくれた時、あの時は意識が無かった私に、精霊や黒塊が教えてくれた。

セレスさんがかなり危なかった事を、下手をすれば死んでいた事を。

竜神の時だってそうだ。一歩間違えればセレスさんはどうなっていたか。


私達の師匠はとても強いけど、何でも出来る人だけど、絶対無敵の人じゃないんだ。


「・・・それでも私は、その人に会ってみたいです。駄目、でしょうか」


何も知らない方がきっと過ごしやすいと思う。師匠の邪魔をしない方がきっと良いと思う。

それでも、何か少しでも助けになる可能性が在るなら、出来る事をしておきたい。

セレスさんが全てを抱えるんじゃなくて、弟子として少しでも支えられる様に。


「メイラ様が望むならお手伝いしますよ」

「・・・ありがとう、パック君」


そんな私に優しく笑みを見せる弟弟子に、私も同じ様な笑みを返していた。

ごめんね我が儘で。何時も助けてくれてありがとう。


『やったー!』

『ぶっとばすぞー!』

『いまからとっくんだー!』

『ぎゅってなる練習もうちょっとして来る!』

『まってろこのやろー!』


待って精霊達、先ずは会話からだからね? 問答無用で殴り掛かっちゃダメだからね?

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