第525話、気になる話を済ませに行く錬金術師
「セレスさん、朝ですよ」
『『『『『キャー♪』』』』』
「うみゅぅ・・・」
ゆさゆさと揺られて思わず呻きを漏らし、ゆっくりと目を開くとメイラと目が合った。
彼女の後ろではパックが既に着替えた姿で立っていて、山精霊達はご機嫌に跳ねている。
ここ数日の良くある朝の光景だ。何で二人共そんなに毎日しっかり早起きなんだろう。
もうちょっとのんびり朝寝坊しても良いと思うんだよ。折角三人で寝てるんだし。
「・・・おはよう」
「はい、おはようございます」
「おはようございます、先生」
目を擦りながら体を起こし、弟子達と起床の挨拶を交わす。
そして私が寝起きでぼーっとしている間にメイラが私の着替えを用意していた。
パックは挨拶が済むと先に下に降りてしまう。そんなに急がなくて良いのに。
「セレスさん、起きてます?」
「おきてる・・・おきてるよ・・・」
「まだ半分寝てますね」
そんな事ないよ。ちゃんと起きてるよ。意識はちゃんとあるし受け答えも出来てるし。
ただちょっと瞼が勝手に落ちちゃうだけだよ。あと一瞬時間感覚が無くなるだけで。
「もー、本当に朝に弱いんですから・・・」
「うみゅ・・・ごめん・・・」
メイラに叱られてしょぼんとしながら、ふらふらしつつも着替えを済ませる。
そうして着替えが終わった頃には流石に目も覚めて来た。瞼も半分は開く。
「ふあああああ・・・」
「また大あくびしてますね・・・寝ちゃダメですよー。ほら、家精霊さんが朝食作ってくれてますから、一階に降りましょうねー。こっちですよー。あ、そこから階段ですからね」
「んー・・・」
『『『『『キャー♪』』』』』
けどメイラはまだ私が寝ると思って手を引き、そのまま手を引かれながら一階に降りる。
ちゃんと起きてるのになぁ。でもなんか楽しいから良いか。
山精霊達は多分朝食に反応して走って行き、既に居間のテーブルに陣取っている。
「どうぞ先生」
「ん、ありがとう・・・」
椅子を引いてくれるパックに礼を言って、彼の頭を撫でてから席に着く。
本当は抱きしめたいけど、そうすると逃げちゃうから仕方ない。
パックの髪の毛最近メイラと一緒に手入れしてるからサラサラだねぇ。
ついでにメイラの事も何となく撫でる。特に意味は無いけど楽しい。
「せ、先生、家精霊が料理を持って来てくれましたよ。食べましょう」
「ん、うん、そうだね」
流石に家精霊の料理を後回しには出来ず、少し名残惜しいけど手を放す。
パックはすぐに席に着き、メイラはクスクスと笑い楽し気に席に着いた。
精霊達は既にテーブルに陣取っているので早く早くとばかりに叫んでいる。
「ありがとう、家精霊」
料理を並べた家精霊に礼を言うと、ニコリと笑顔を返してきた。
それを確認してから料理に手を付け、優しい味の朝食をのんびり食べる。
相変らず美味しい。ライナの料理に似てるけど、ライナとはちょっと違う味。
レシピの基礎はライナの物らしいけど、家精霊のアレンジが入ってる。
だから似てるけど違う物で、その理由はちょっと前にライナが言っていた。
『私の食堂の料理は味重視だから、そこに健康はあんまり考えてない料理も多いのよね。だから家精霊はセレスの健康も考えた材料に変えてるんだと思うわよ?』
との事らしい。実際料理の中には薬草に使う様な物も入ってたりする。
薬膳料理に近いけれど、薬膳料理という程にしっかりした物でもない。
あくまで美味しく食べられる料理で、ちょっと味以外も気にしたぐらいの感じかな。
とはいえ家精霊の力が籠ってるから、材料関係なく効果がある気もするけど。
だって私この家で暮らす様になってから、疲労以外の体調不良の覚えないもん。
「もぐもぐ・・・ああ、そうだ、二人共、今日はお休みで良いかな?」
「休み、ですか? 私は全然構いませんよ」
「僕も構いません」
「ん、ありがとう・・・もぐもぐ」
そんな家精霊の料理を食べている内に頭が完全に覚醒し、二人に今日の予定を告げる。
昨日ちょっと言い忘れてたからね。胸がもやもやしてたせいでうっかりしてた。
今は寝起きなせいか、料理が美味しいせいか、昨日程の感覚は無い。
とはいえ完全に晴れた気分じゃない辺り、やっぱり気になってしまっているんだろう。
昨日ライナが言っていた事。リュナドさんが困ってるかもしれないって話が。
「ん、今日も美味しい・・・」
とりあえず朝食を食べてすぐ・・・は、迷惑、かな。まだ朝早いし。
いやでもリュナドさんなら起きてそうな気もする。彼結構早起きだし。
どうしようかな。うーん・・・そうだ、とりあえず弟子達が出るまではのんびりしてよう。
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『『『『『キャー!』』』』』
「ん、セレスが来たのか?」
事務仕事をこなしていると精霊達が騒ぎ出したので、一旦書類を置いて立ち上がる。
何時も通りセレスが待つ中庭へ迎えに行くと、何時も通り仮面をつけた彼女が立っていた。
さて、今日の機嫌はどうですかね。
「おはようセレス。今日は早いな」
「おはよう、リュナドさん。えっと、迷惑、だった?」
「いや、別に問題無い。事務仕事を片付けようとしてただけだしな」
「そっか、良かった」
ふむ、とりあえず機嫌は良さそうだ。緊急の用事って訳じゃ無いらしい。
とはいえ領主館まで来たって事は、ただの世間話をしに来た訳じゃないだろうが。
そんな事をしに来るのはアスバぐらいだ。後はどこぞの王子様か。
とりあえず突っ立って話もなんだし、何時も通り部屋に戻って茶を用意する。
俺には直の侍従や侍女なんてのは居ないが、最近は大体同じ使用人に頼む事が多い。
というか信用出来そうな人間を選んでいたら結果的にそうなっただけだが。
「どうぞ、錬金術師様」
「ん、ありがとう」
だからなのかセレスも最近は態度が柔らかく、茶を用意した使用人に笑みを見せている。
まあ仮面付けてっから表情は殆ど解らないが、あの声音は多分笑ってるはずだ。
セレスがこういう態度で居てくれると、自分達の人選が間違ってないと安心できる。
まあ、セレスの場合さらっと騙す事も有るから、完全に安心するのも不味いと思うけど。
何せ態度が柔らかくなったとはいえ、仮面を外すのは使用人が出てからだからな。
例外は精霊兵隊ぐらいか。アイツらの場合、山精霊に認められているのが理由だろうが。
精霊達は例外もあるみたいだが、本能的にセレスに敵意持つ奴が解るみたいだからなぁ。
領主は敵意持ってないのに嫌われてるのは良く解らん。俺もあんまり好きじゃないが。
「それで、今日は朝からどうしたんだ?」
「あ、うん、えっとね・・・」
機嫌良さげに茶を飲んでいたセレスは、カップを置くと言葉を止めて俯いた。
その動きを見た俺は、何だかんだと長い付き合いから来る経験ですぐに察知する。
多分顔を上げた瞬間目が鋭くなっているだろう事を。
「・・・ちょっと、リュナドさんに聞きたい事、あって」
「聞きたい事? 俺にか?」
事前察知していたのでセレスの目に驚く事なく、声音が少し低い事にも動揺していない。
内心『嫌な慣れだな』と思わなくも無いが、セレスと付き合う以上はもう仕方ない。
とはいえ今日はそれ程威圧感も無いし、ただ真剣な話をしに来たってだけかね。
「・・・ライナに、少し話を聞かれたんだ。捕り物騒ぎの件――――」
「待って、ちょっと言い訳させて欲しい」
「・・・なに?」
うん、えっと、何で来たのか理解した。そして理解したからちょっと待って欲しい。
あれだ。これ多分あれだ。彼女なら聞き出せるかもしれねえって話したのが原因だ。
やっべえ。機嫌が良いと思ってたら、もしかして怒ってるの隠してるだけか。
いやでも本気で怒ってるなら、さっきの時点でもっと威圧感が有るはずだ。
大丈夫。大丈夫だ落ち着け俺。まだ今なら挽回出来るはず。
「ライナが話を聞く事を止めなかったのは俺の落ち度かもしれないが、俺はセレスが彼女の事を重く見ているのを知っている。なら俺の立場としては彼女の行動を下手に止められないだろ?」
「・・・そう、かな?」
そうだよ。本当に困る事は頼み込むが、基本的には止められねえっての。
つーか現状でも聞いて来た本人じゃなくて、俺に怒ってる時点でそういう事じゃねえか。
あれ、でもセレスが怒ってるって事は・・・。
「もしかしてライナには何か話したのか?」
「・・・話したけど、語れるほどの事は無い、って結論、だったよ」
「あ、そうすか」
ライナにすら語ってないと。つまり語れない事を問い詰めさせるんじゃねえと。
勘弁してくれよ。その時は彼女なら大丈夫なんじゃねえのって気軽な気持ちだったんだよ。
どうしよう。慣れたとか言ってたさっきの自分が嘘みたいに怖いんだが。変な汗出る。
「えっと、その、すみませんでした」
「・・・何で、リュナドさんが、謝るの?」
何でって。その目で何では無いだろう。小首を傾げながら睨まないでくれませんか。
というか素直に謝ったんだから許して下さいお願いします。
いや、まあ、セレスと最後に話した事を考えれば怒っても仕方ないか。
「その、すまん、無理に聞かないって約束したのは俺だ。なのに迂闊だったと思う。だから許して欲しい・・・ってのは都合が良いか。どうしたら許して貰えるだろうか」
するとセレスは眉間に皺を寄せて固まり、じっと俺を見つめて来る。
そのまま無言の時間が暫く流れ、その間俺は背中に嫌な汗をかいていた。
「・・・許す、必要は、無いと思うん、だけど」
待って、どれだけ怒ってるんですか。ライナさんどういう問い詰めしたんですかね。
「・・・リュナドさんは、それで、本当に良いの?」
「へ? あー・・・」
約束したのに破ったって事は、本当は聞きたいって事なんだろうって話か。
けどそれで聞いて教えてくれるのかといえば、多分教えちゃくれないだろう。
それならライナに言っているはずだ。ならこれはきっと、約束の再確認だ。
「ああ。それで良い。だから機嫌を直してくれないか」
「・・・そ、か・・・ん、解った」
それで何とか納得してくれたのか、セレスの表情が緩んだものになった。
あー、怖かった。威圧感が薄いのが逆に怖かった。
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