第524話、複雑な感情を消化できない錬金術師
あの知らない人が来た時の事を、ライナが望む限り全てを話した。
途中私の言葉が足りないと思われたのだろう、彼女から細かく尋ねられたりしながら。
だから多分ちゃんと当時の事は伝わったと思うし、私もこれ以上話す事は思いつかない。
そう思える程詳細に説明をした結果、ライナは眉間に皺を寄せて悩み始めてしまった。
最初はまさか叱られるのかと思ったけど、そういう訳じゃないらしいから一安心だ。
となると何か困ってるのかな。私が助けになれる事なのかな。
でも考え事の邪魔はしちゃいけないだろうし、考えが纏まるまでは黙ってよう。
「・・・語れる程の内容が無いとなると・・・一旦保留が正解かしら。別にその影響で悪い事が起きた訳じゃなく、警戒を促す形になった訳だし・・・不穏な様子も知れたみたいだし」
そう。今ライナが言った通り、語れる程の内容は本当に何にも無かった。
だって彼女はリュナドさんから状況を聞いてたらしいから。
説明の途中でその事を言ってて、けどそれでも私から話を聞きたかったと。
だから結果としてライナはただ同じ話を二度聞いた、って状況だと思う。
彼女の役に立つ事ならどうにかしたいけど、こればっかりはどうしようもない。
だってリュナドさんと同じで、あの人の事を詳しく聞きたかったみたいだし。
・・・ただ悪い事とか、警戒とか、不穏な様子とか、それは少し気になる単語だ。
まさかあの人何か仕出かしたのかな。だからライナは私から話を聞こうとしたの?
いやでも何で態々ライナが・・・いや、もしかして困ってるのはリュナドさんなのでは。
ライナはリュナドさんから聞いて、なのに私に話を聞きたいって言って来たんだし。
だから私が話せてない事が有ると思って、それで事情を聞こうとしたのかも。
でも今回ばっかりは本当に何も無い。リュナドさんに伝えた事が事実だ。
なら今からでもあの人を探すべきだろうか。けど苦手なんだよなぁ。
アスバちゃんも似た様な部分があるけど、彼女と違ってあの人の事は尊敬できない。
当たり前だ。楽しげに笑いながら私の嫌がる事をする人を好きになれるはずが無いもん。
それを考えるとやっぱり会いたくなくて、でもそうすると友達が困るかもしれない。
どうしたら良いんだろう。私は何をするべきなんだろう。
ライナが悩んでいる間、ぐるぐると答えの無い問いが頭を埋めつくす。
「――――レス。ねえ、セレス、どうしたの?」
「はっ!? へ? あ、えっと、ご、ごめんなさい・・・!」
そのせいでライナの声が聞こえてなくて、ワタワタと慌てながら謝る。
もしかして私、大事な話を聞いて無かったり、しない、よね?
「ふふっ、慌てて謝らなくても良いわよ。とりあえずこの件は理解出来たわ。街の食堂店主が態々関わる様な内容でも無いって事も解ったし、戻って食事にしましょうか。すぐ作るわね」
「え、あ、う、うん」
よ、良かった。別に話を聞いて無かった訳じゃないっぽい。
ホッと息を吐きながら頷き返し、立ち上がるライナに続く様に席を立つ。
「・・・ねえ、ライナ」
「ん、どうしたの?」
でも何となく気になって、ライナが部屋を出る前に声をかける。
ニコリと笑う彼女は何時も通り優し気で、私が安心する彼女の顔だ。
「ライナも、リュナドさんも、困ってたりしない、よね?」
「私は現状は何も困ってないわね。リュナドさんは・・・困ってないとは言い切れないかしら」
「じゃ、じゃあ、探した方が良い、かな、あの人・・・」
本当は関りにもなりたくないタイプの人だ。そんな人に自ら近づきたくはない。
けど彼が困っているなら、探すぐらいの事は、その、うん、頑張ろうと思う。
近づいたり話しかけたりはちょっと、したくないなー、とは思うけど。
けど恐る恐る訊ねる私に対し、ライナは優しい笑みで返してきた。
「気にする必要は無いわよ。確かに貴女から話を聞く限り、ちょっと何するか解らない不安は有るけど、別に今回街で何かやらかした訳でも無いみたいだし。大丈夫よ」
「そ、そう、なの?」
「ええ。彼が困ってないと言えないのは、兵士として仕事で頭を悩ませてるだけの話よ。それは彼の仕事でしょう? ならそれは彼にとって当然の事で、セレスが気にする事じゃないわ」
「そ、そっか・・・うん、解った」
ライナがそう言うならきっと大丈夫なんだろう。そう思い彼女に頷き返す。
彼女は何時だって正しい。私の為を考えてくれている。だから間違っていない。
言われる通りに気にしないで大丈夫だろう。だってライナの言う事だから。
・・・でもやっぱりどこかもやっとするのはどうしてだろう。何だかすっきりしない。
何時もなら、何時もなら彼女の言葉で納得して、笑顔で話を終わらせるのに。
リュナドさんが困ってるせいかな。多分、そんな気が、する。
じゃあ、私はどうするべき、なのかな。どうしたい、のかな。
・・・今日、はもう遅いから、明日彼に会いに行ってみよう。
彼とはもっと話さないといけない。言いたい事を言わないといけない。
そうだ。それが彼との約束だから、だから、ちゃんと話さないと。
彼がそう望んだんだから。私は彼の為に出来る事をやらないといけないんだ。
絶対に手放せない人なのだから、お母さんの教えの通りにやらなきゃ。
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「今日は遅いですね、セレスさんとライナさん」
「ですね。それだけ大事な話という事なんでしょうね」
『『『『『ねー?』』』』』
私とパック君、そして精霊達は食堂でお茶を飲みつつセレスさんが戻るのを待っている。
店に付くと同時に硬い表情で連れて行ったから、きっととても大事な話なんだろう。
ただ精霊達は何となく私達に相槌を打っただけな気がする。
「あの事、なんでしょうか」
「どうでしょう。先生は何時も先回りをされる方ですから、他の話の可能性もあるかと」
「確かに、言われてみればそうですね」
私達は今起きている出来事に目が行きがちだけど、セレスさんの場合は話が違う。
何時何処で手に入れたのか解らない情報を持っていて、そして解決に導いてしまう人だ。
その情報源らしき人の事が最近解ったけど、もしかするとライナさんも知ってるのかな。
前回はハニトラさんが居たから喋らなかっただけなのかも。
いや、それも違うのかな。知らない事にしたって話だったし。
何も無かった。何も見てなかった。セレスさんは関わってなかった。
誰に対してもそういう態度で見せるって事なのかもしれない。
「精霊さん達も見つけられない人なんですよね」
「僕が聞いた限りではそうらしいですけど。そうなんだよね?」
『『『『『・・・うん』』』』』
パック君が店内にいる精霊に訊ねると、精霊達はとても不満げに頷いて返した。
どうしたんだろう。見つけられない事が不満なのかな。
『僕アイツきらーい』
『僕も』
『見つけたらぎゅってなってドーンってしてやる!』
『出来るかなー』
『やるの!』
『でも怖くないー?』
『怖いけど見つけてやるの!』
『でも見つからないよー?』
そして割と纏まりのない意見を出し合って、けれど皆一つ共通している感情があるみたい。
私達の知らないその人の事を、精霊達は何故かとても嫌っているという共通点が。
「精霊さん、その人の事、嫌いなの?」
『『『『『だいっきらい!!』』』』』
念の為ちゃんと訊ねてみると、声を揃えての大きな返事が返って来た。
怒りを処理できないのか、じたばたしたりゴロゴロ転がったり・・・落ちた。
あ、落ちた後もバンバン床叩いてる。壊しちゃダメだよ? すっごく怒られるからね?
ただ暫く様子を見て居ると、精霊の一体がハッとした顔を私に向けた。
『そうだ、メイラなら見つけられるかもー』
『ほんとだ! メイラなら出来るかも! テオとフルヴァドさんが出来たんだし!』
『確かに! テオが出来たなら黒塊も出来るんじゃないかな! メイラはテオの姿見えるし!』
『メイラー、一緒にさがそー!』
「え、ちょ、ちょっと、待――――――」
突然話をこっちに振られて、けど訳が解らなくてとりあえず落ち着かせようと思った。
そこでガチャリと扉の開く音が聞こえ、奥の部屋からセレスさんとライナさんが出て来る。
「ごめんなさい、待たせちゃったわね。今すぐ作るから待っててね」
『『『『『わーい!!』』』』』
ライナさんの言葉に飛び上がって喜び、精霊達は完全に今の話を忘れた様に見える。
どう考えても大事な話だったと思うんだけどな。いやでも今話されても困っちゃうかも。
セレスさんは知らないって態度な訳で、それを暴くような話を目の前でするのはなぁ。
なのでパック君と目で合図して、今は黙ってゆったりとした食事を楽しむ事にした。
・・・見つけられるかどうかは兎も角、精霊達の態度は気になる。後で詳しく聞こう。
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