第523話、叱られる恐怖に怯える錬金術師
「セレス、そこに座ってて。メイラちゃんとパック君には先にお茶出して来るから」
「う、うん・・・」
奥の部屋、ライナの私室に入るとそう言われ、混乱しながらも言われた通りに席に着く。
そうして彼女が出て行く背中を見届け、静かになった部屋で一人脂汗を流す。
「わ、わたし、なにしたっけ・・・なにしたっけ・・・!?」
今日のライナはちょっと怖かったから、多分叱られるかお説教をされる気がする。
さっきは焦りの余り弟子達との事を叱られるのかと思ったけど、それは流石に無いはずだ。
だってついさっきの事だもん。まだライナに話してないもん。なら別の事のはず。
いやでもパックを泊まらせてる事は言ったし、ライナなら気が付くのかもしれない。
でもそれならまだ良い。私に自覚が有る事で叱られる訳だから。
叱られるのは怖いけれど、それは仕方ないと身構えられるし、対処もできる事だもん。
けど私が全く自覚していない事だった場合はどうしよう。本当に何をしたんだろう。
また誰かに迷惑かけちゃったのかな。誰か知らないけどごめんなさい。
いや待って。知らない誰かじゃない可能性も有るんだよね。その場合は本当に怖い。
友達に嫌われる様な事をしちゃったのかな。
そういえば最近アスバちゃんが遊びに来ない様な!?
「ど、どうか、パックの事でありますように・・・!」
まるで想像がつかない私は祈りを込めるように呟き、ドキドキしながらライナを待つ。
暫くするとガチャっと扉が開き、ビクッと背筋を伸ばしている間に彼女が席に付いた。
そしてカチャっと音が鳴り、皿に乗せられたカップが私の前に差し出される。
「とりあえずお茶をどうぞ」
「う、うん・・・」
お茶を貰う様な気分ではなかったけど、それでもライナに差し出されたお茶だ。
不安な気持ちになりつつもカップを手に持ちゆっくりと啜る。
美味しい。ライナが淹れてくれたんだから当然だ。けどその味を楽しめない。
何時もならほんわかした気分になる所だけど、今はむしろお腹が痛くなりそうだ。
そんな私の様子にはきっと気が付いている彼女は、自分の分のお茶をゆっくり口に含んだ。
「セレス、ごめんなさいね。少し焦り過ぎたわ」
「へ?」
そしてカップを置いて口を開いた彼女の言葉に、私はぽかんとした顔を向ける。
てっきり叱られるとばかり思っていたから、謝られるなんて予想外だ。
「・・・え、ええと、私、何か叱られるんじゃ、ない、の?」
ライナの雰囲気が最初より柔らかい事に気が付き、首を傾げながら恐る恐る訊ねる。
すると彼女はにっこりと笑顔を見せ、その様子に思わずホッと息を――――。
「場合によってはそうなるかもね」
吐く事が出来ずに固まった。え、わ、わたし、やっぱり、叱られるの?
何したの? 私本当に何したの!? 覚えが無いから本当に怖い!!
「とはいえ、場合によってはよ。今はとりあえずセレスに聞きたい事があるだけ。内容次第では別に叱る必要なんて無いだろうし、会話できる様に一旦落ち着いてほしいのよ」
「・・・え、えと、う、うん、わ、わかった・・・」
よ、よかった。し、叱られないみたい。いやでも、叱られるかもしれない?
でも叱られrないかもしれない訳で・・・え、あ、あれ? 私どうなるの?
「はいはいセレス、とりあえずお茶を飲んで、深呼吸して、落ち着きなさい」
「う、うん・・・」
混乱が収まらない私ににっこり笑いかけ、お茶を勧めて来るライナに従う。
お茶を口に含んで喉を潤わせ、言われるがままに数回深呼吸。
そうしている間に本当に少し落ち着いて、頭が多少回り始めて来た。
少なくとも混乱しすぎて何も考えられない状態ではなくなって来た、かな?
「え、えっと、ごめんね、ライナ・・・慌てちゃって・・・」
「良いわよ。私も少し焦っちゃってたから。ごめんね」
「う、ううん、ライナは何も悪くないよ。私が慌て過ぎただけです」
「ふふっ、じゃあお互いごめんなさい、って事で謝りあうのは終りね」
「う、うん」
ライナは穏やかに笑っているし、言う通り何か聞きたくて焦っていたのかもしれない。
内容次第で叱られる可能性が在ると言う事は、私が関わった何かの話なんだろう。
もしかすると私が何か迷惑をかけたのかもしれない。落ち着いた今はそう考えられる。
なら彼女に叱られるのも仕方ないだろう。怖いけど、嫌だけど、それは仕方ない事だ。
それにもし彼女自身に迷惑をかけていたなら、それは絶対に謝らないといけない事だし。
よし、うん、覚悟を決めた。怖いけど。まだ怖いけど、それでも叱られる覚悟を。
・・・でもやっぱり、叱られないと良いなぁ。
「それで、セレスに聞きたい事なんだけど・・・先日フルヴァドさんがテオ君を連れて行く程の騒動が起きた話をしたのは覚えてる? 街中で騒ぎがあったって」
「う、うん、覚えてるよ」
フルヴァドさんが街中で精霊殺しを使った時の話だろう。
当日にライナが話題に出していた事はちゃんと覚えている。
態々彼女が店にまで謝りに来た、って確か言ってたよね。
「その時その場にセレスも居たって、本当?」
「え、えっと、その話をした日の事なら、私も、少しだけ居た、よ」
とはいえ私はほぼ関わっていないし、ただ居ただけに近いんだけど。
友達が怪我をしそうだと思って割って入ったけど、それ以外の事は良く解らない。
あの人が怪しげだって理由でアスバちゃんが絡んだ事ぐらいかな?
アスバちゃんはそういう所あるからね。私も彼女には突然絡まれたし。
もう懐かしいなぁ。あの頃は彼女の事怖くて仕方なかったんだよねぇ。
今じゃ仲の良い尊敬する友達だけど、あの頃の私は絶対信じられないだろうなぁ。
「そう、じゃあその時にあった事を、覚えてる限り出来るだけ聞かせて欲しいの。良い?」
「う、うん、任せて。ちゃんと覚えてるから」
なんだ、あの時の話を聞きたかっただけなんだね。良かったぁ。
それなら私叱られる事は無いよね。だって殆ど無関係だし。
思わずほっとため息を吐き、そして親友の為に当時の事を説明する。
とはいえ語れる事が少ないから、ライナが満足するかが不安だけど。
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何時もの定期報告会、という名のお茶を啜る場でリュナドさんがとある事を話題に上げた。
先日の捕り物騒ぎの件だ。けれど彼はその内容を私が知るよりもう少し詳しく語った。
「―――――――という事なんだが、アンタは何か聞いてたりしないのか?」
「・・・何それ聞いてない」
緩い様子で問うリュナドさんに、思わず目を見開いて返してしまった。
先日捕り物騒ぎが在った事は、当人であるフルヴァドさんから聞いて知っている。
けど彼女は単純に騒動が在った事と、その騒動にテオ君を呼び出した事だけを語った。
だから私はそれ以外の事は聞いていない。現場にセレスが居たなんて一切聞いてない。
勿論それ自体は仕方ないと思っている。だって私はただの街の食堂の店主だし。
「やっぱそうか」
彼は特に驚いた様子もなく、私が聞いていない事を当然の様に受け入れる。
それはセレスが私に話しそびれた事を解って・・・なんて理由じゃないと思う。
どうせまた認識のすれ違いが起きているはず。間違いなく何かが間違っているわね。
とはいえそれをここで言った所で、事態は何も動かない。
何より私が事情を詳しく理解出来ていないし、なら当然何も言えるはずが無い。
「ちょっとセレスに聞いてみるわ」
「・・・そうだな。アンタが問い詰めたなら話すかもな、アイツは」
「貴方は詳しく聞かなかったの?」
最近の二人の様子を知っている身としては、それぐらいの事はしているはず。
そう思いつつ訊ねた結果、予想通りと言うかなんと言うか。
知らない人、知らない人かぁ・・・それ本当に知らない人の可能性が在るわね。
知らない人だから語れない。語る内容が無い。知りたい彼には悪いけど語れない。
セレスの思考回路だとそんな所じゃないかしら。多分間違ってないと思うわ。
「じゃあ、邪魔したな。お茶ごちそうさん」
「ええ、またね」
出て行くリュナドさんを見送って、少しもやもやした気持ちを抱えながら店を回す。
彼の語る内容に突っ込みたい部分を感じつつも、何も言えなかったのが心に残る。
それにその内容自体も気になる。セレスが止めたのは何故なのかが。
アスバちゃんと知らない人なら、確実にセレスはアスバちゃんの味方に付く。
あの子はそういう子だ。友達が最優先で、他はその後から考える。
でも彼の言葉から聞いた内容では、セレスは相手を知っている様子が在ったという。
でもそれだとさっきの「知らない人」発言が矛盾しちゃうのよねぇ。
詳細を聞いた・・・うーん、詳細を語れるほどの相手じゃない、って所かしら。
知ってる事を少しでも良いから教えて欲しい、って聞けば違った答えが出たんじゃないかな。
ただ、セレスが態々止めた、っていうのがやっぱりどうしても引っかかるのよね。
あの子がその場で止めに入る理由が、知らない人と言う様な相手に割って入る理由が有るはず。
それは何なのか。相手の危険を察知した? もしくは危険だと知っていた?
その場合はとても問題だ。だってセレスが割って入った事で取り逃がしてるんだから。
「・・・うーん、どうしたものかしら」
出来ればセレスを庇ってあげたいけど、場合によっては庇う事が出来ない。
不安を抱えながら夜を待ち、店に来たセレスをすぐ奥の部屋に連れて行った。
それがいけなかったんでしょうね。セレスはまるで話せる様子じゃなかったもの。
とりあえず落ち着かせる事を優先して、けど叱る可能性は伝えておいた。
だって場合によってはそうなるでしょ。叱らない訳にはいかないじゃない。
私以外にセレスを叱る人が居ないんだもの。取り返しがつかなくなるわよ?
「そう、じゃあその時にあった事を、覚えてる限り出来るだけ聞かせて欲しいの。良い?」
「う、うん、任せて。ちゃんと覚えてるから」
大分落ち着いたセレスを確認してから、ゆっくりと彼女の語る内容を詳しく聞いた。
その結果、止めた理由は良く解った。それは、うん、止めるわよね。
あのおばさんですら「危険な奴」と言う人じゃ、止めない方が不味い予感がするわ。
それ自体は問題は無いんだけど・・・問題はその後の事よねぇ
件の人物が何故街に居たのかは解らない。その後の足取りも解らない。
何せ精霊達も感知できないらしいから、国内に居たとしても見つかるかどうか。
だからと言ってそこで止めなければ、やっぱり被害の大きさは想像もつかない。
街の事やアスバちゃん達の事を考えれば、セレスを責めるのも間違いな気がする。
本人に元々は争う気が無かった、って点も踏まえると難しい話よね。
「うーん・・・私じゃ判断に困るわね」
「え、わ、私、やっぱり、何か叱られる、の?」
「ああいえ、そういう事じゃないのよ。ちょっと考えが纏まらないだけよ」
「よ、よかったぁ・・・」
セレスが絶望を見た様な表情を見せ、慌てて違うと告げつつも内心頭を抱える。
だって彼女から聞いた内容を知った今でも、結局リュナドさんに語れる内容が無いんだもの。
確かにセレスは「多少は」その人物の事を知っている。けど本当に多少でしかないわね。
ただおばさんが「危険」と言う相手なら、今の警戒の状態は悪い事じゃないのかもしれない。
解っている事はアスバちゃんより強い可能性で、それは皆も解ってるみたいだし。
だからこそ逃がすべきではなかったかと言えば、やっぱりそこも私には断言できないもの。
彼らに私が説明するにしても、その結果余計に面倒な事になりそうな予感がするわね。
特にアスバちゃん辺りは、セレスが本当にそれ以上知らない、って事を信じるかどうか怪しい。
「・・・語れる程の内容が無いとなると・・・一旦保留が正解かしら。別にその影響で悪い事が起きた訳じゃなく、警戒を促す形になった訳だし・・・不穏な様子も知れたみたいだし。」
セレスが何か動き出したと判断した事で、リュナドさん達は他国への警戒を強めた。
どうやらパック君が主導らしいけど・・・そこで一つ警戒すべき国を見つけたみたいなのよね。
ここからはかなり遠い国に少し嫌な話が流れていて、今はその確認を取っているとか。
周辺の国を征服する動きをみせているらしいと、リュナドさんはそう言っていた。
けどそんな噂、別段珍しくも無い話なのよね。毎年どこかしらから聞こえて来る話だもの。
だから本当に戦火が身近に迫ってこない限り、普通はそこまで強い警戒を見せはしない。
それでも警戒する最大の理由は、その国にも『錬金術師』が関わっているという噂でしょうね。
この国には、この街にはセレスが居て、そしてセレスが成した事を皆が知っているから。
更に今のタイミングでセレスが動き始めた、って事で噂と繋げて考えてるのよねぇ。
まあセレスはきっと何も知らないだろうし、完全に関係の無い話なのは間違いない。
けれどその結果事前の警戒を出来たのであれば、それは悪い事じゃないはずよね。
何か起きてもセレスじゃなく、国や領主達が先に動く状況を作れたんだから。
一番はその国がここまで来ない事だけど、錬金術師か・・・どうなるかしらね。
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