第522話、色々焦る錬金術師
パックが毎日寝泊まりする様になって数日経った。
勿論それは鍛錬の為なので、日が傾く時間には同じ事を日課として続けている。
ただそこで珍しい事に、パックよりも先にメイラが脱力状態に慣れ始めた。
「・・・なんとなく、わかりました・・・これ余り力入れない方が、むしろ楽ですね・・・」
『『『キャー♪』』』
若干怪しげな足取りをしつつも、そう言いながら走る事が出来る様になったメイラ。
身体を使う事に関しては、何時もパックが先に出来る様になっていたので凄く珍しい。
そんなメイラの傍で何時も一緒の精霊達が跳ねて喜んでいる。
逆にパックはまだ脱力状態に慣れる事が出来ず、上手く動けないでいた。
「くっ、なぜ・・・!」
一応歩く事は出来る様になったものの、走るとバランスをとれずに倒れてしまう。
念の為傍で構えているので、危ない倒れ方の時はちゃんと手を貸している。
それに家精霊も近くで見守っているから、私が間に合わなくても絶対助けてくれるだろう。
とはいえ私達が手を出さなくても山精霊達が助けてくれるとは思うけど。
だってパックと何時も一緒の子達が足元でキャーキャー鳴いて応援してるし。
忘れそうになるけどこの子達力持ちだからね。小さいけど人間一人ぐらい投げ飛ばせる。
そして意外な事にコケる子供をふわっと受け止める事が出来るらしい。
なのにリュナドさんとかアスバちゃんがこけても手助けしないのは何故なのか。
特にアスバちゃんとか何度か顔からこけてるの見た事あるよ。結界で怪我は無いけど。
『『キャー!』』
「解ってる・・・!」
応援する精霊に応えながら必死に立ちあがるパックを、メイラは離れた所で見つめている。
その表情は若干ぼーっとしているが、どこか優しい笑顔にも見えた。
何となく私を見つめるライナを思い起こす雰囲気だ。
「あだっ!」
そしてメイラと同じ様に走ろうとして、パックは膝から崩れ落ちて倒れてしまった。
ちゃんと受け身は取っているので大した怪我は無いかな。
走りは出来ないけれど、怪我をしない倒れ方を咄嗟に出来る様になったのは進歩だ。
最初はその動きすらも上手く出来てなかったからね。ちゃんと成長してる。
何て思っていると、ふらふらとした足取りでメイラが傍に寄って行った。
「・・・パック君、私の手を、握って下さい」
「え、は、はい」
そしてまた立ち上がるパックに両手を差し伸ばし、言われた通りに握るパック。
何をするつもりなんだろう。メイラの行動が良く解らない。
それでも何か思いついたんだろうと思い、特に何も言わずに見守った。
「はい、ゆっくり、こっちに・・・そう、上手です、よ」
「・・・これは、すこし・・・恥ずかしいですね」
「ふふっ」
『『『『『キャー♪』』』』』
メイラは赤子の手を引く様に誘導し、パックはそれに従いつつも恥ずかしそうだ。
けれどそんな様子も楽しいのか、メイラは微笑みながらパックの手を引いて歩く。
後ろ歩きだから余計に足取りが怪しいけれど。
因みに精霊達も何故か二人一組になって同じ事を始めた。多分意味は無い。
「・・・ふふっ、そう、上手・・・パック君は、その気になれば、出来るんですよ」
「歩く程度は、元々、出来たじゃないですか・・・」
メイラは楽し気に手を引き、そんな彼女にパックは照れくさそうに答える。
ただ私は、そこで少し驚いた気持ちを抱えながらパックを見た。
あれだけ怪しげだった足取りが、手を引かれているとはいえしっかりしている。
メイラの方が足取りが怪しく、あれじゃ誘導の意味をなしていない。
むしろふらつくメイラの補助をしているパック、という風にも見える様相だ。
「あっ」
「メイラ様っ!」
『『『『『キャー!』』』』』
メイラが体勢を崩してしまい、後ろから倒れてしまう。
このままだと後頭部を打つコースだなと思い咄嗟に走った。
けれど私が動くよりも先に精霊達が、そしてそれよりも先に――――。
「ほら、やっぱり・・・パック君は出来るじゃないですか・・・」
「・・・まさか、わざとこけたんですか?」
「ふふっ、いいえ・・・ちょっと、失敗しました。ごめんなさい」
「・・・いえ、貴女に怪我無ないのであれば、それで構いませんよ」
パックがしっかりとメイラを抱きかかえ、その腕の中でメイラがほほ笑んでいる。
そしてメイラは支えられながら立ち上がり、その間パックの重心はぶれていない。
突然魔力切れが収まったのかと思う程にしっかりと立っている。
「・・・成程、今のは咄嗟だったが、何となく解ったかもしれない・・・」
ぼそりと呟くと、メイラを家精霊に預けて誰も居ない方向に目を向けるパック。
そして突然走り出し、けれどそれは今までの様な走れていない走りでは無かった。
全力疾走。元気な時の全力疾走そのままに走るパックの姿がそこに在る。
「っと、うん、解って、きた・・・きついのは、変わらないけど・・・うん、動ける」
「・・・やっぱり、パック君は、凄いなぁ・・・」
何かを掴んだのか拳を握り締めて頷くパックを、メイラは優しい目で見て居た。
そしてそんなパックを見た私は、若干残念な気持ちが湧かなくも無かったり。
だってパックが出来る様になっちゃうと、あの子が家に泊まる理由が無くなっちゃうし。
いやいけない。そんな事を考えちゃダメだ。弟子の成長を一番に喜ばないと。
パックが泊まって行かなくなるのは残念だけど、それでも明日すぐにって訳じゃない。
あれだけ動けるようになったなら、次は護身の為の体術の練習もできそうだし。
・・・それが終わったら今度こそ毎日泊まらせる必要なくなっちゃうなぁ
いや、成長してくれたのは本当に嬉しいんだよ? でも、その、やっぱり・・・残念。
ここ数日は毎日二人を抱きしめて、幸せ気分で寝れたから余計にそう思う。
「・・・今日はこの辺りにしておこうか。パックもメイラも、コツを掴んだみたいだし」
「はい、セレスさん」
「はい、先生」
その時間を少しでも先延ばしにしようと、今日の鍛錬は早めに切り上げる様に告げる。
ただちょっと、後ろめたい気持ちが有ったせいか声が詰まってしまった。
不審に思われていないだろうかと心配になるも、二人が素直に従う様子にホッと息を吐く。
けど自分の我が儘を優先してしまった罪悪感で、その後少しの間会話が出来なかった。
はぁ、何で私は本当にこうなんだろう。駄目だと思う事をやるからこうなるんだ。
弟子の成長を一番に考えるのが師匠の役目なのに、私は本当に駄目師匠すぎる。
そんな何度反省しても直らない自分のダメさに呆れながら、今日も遅くにライナの店へ。
「セレス、ちょっとこっち来て」
「え? ラ、ライナ?」
「良いからこっち」
すると店に入るなり、ちょっと怖い雰囲気のライナに手を引かれ、店の奥に連れて行かれた。
え、な、何。ホントに何!? 私なにしたの!?
まさかさっきの? さっきの事怒られるの!? 何で!!?!?!?!!!???
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ここ数日間体がとても軽い。おそらく先生の家に毎日泊っているからだろう。
普段も偶に泊まる事が有るから、当然家精霊の力の事は知っていた。
一日泊まるだけでかなり体が軽くなり、溜まっていた疲れなど吹き飛ぶ感覚を。
けど、複数日泊まって解った事は、毎日泊っているとそれ以上に体が動くと言う事だ。
それまでの全快状態がまだ半ばだったんだと、そう思う程に体が軽い。
ただそれは逆を言うと、それだけ自分の体に疲れが溜まっていたのだとも言えた。
「自分の体の事は自分で把握しているつもりだったんだけどな・・・」
先生が暫く泊まる様にと告げたのは、いい加減僕の疲労をみかねても理由かもしれない。
勿論ここ数日組み込まれた訓練の疲労を考えて、というのが一番大きな理由だろう。
いや、むしろ、その大きな理由を建前にして、僕の体を休ませているのかもしれない。
「本当に、頭が上がらない・・」
先生はどこまで見通していたのだろう。そしてどこまで僕を導いてくれるのだろう。
この突然の訓練も、僕の体への気遣いも、きっと全て僕の為。
そしてきっと―――――。
「事が起こった時、僕の働きが待っている」
先生の動きから周辺の国の様子をもう少し調べ、そしてもしかしたらという件に当たった。
どうやら遠くの国が何やら野心を持ったらしく、遠征しての征服なんて真似をし始めている。
そしてその進行ルートには、そのまま行けばこの国まで届くだろう。
勿論途中で潰える可能性も有る。まだ遠い国の話だから今すぐの問題でも無い。
けれど先生はこの国に滞在しながら、誰よりも早くその情報を手に入れていたんだ。
国同士の戦争になる可能性が在ると言う事は、僕は倒れている訳にはいかない。
いざという時に動ける様に、疲労など残さない様に、そして何時でも戦える様にならないと。
そんな焦りが在ったせいだろうか。メイラ様に遅れている事に余計焦ったせいだろうか。
上手く出来ない自分への怒りも在ったのかもしれない。余計に心が焦って上手く動けない。
そんな自分を先生は静かに見守ってくれて、そしてメイラ様に導かれた。
「・・・ふふっ、そう、上手・・・パック君は、その気になれば、出来るんですよ」
「歩く程度は、元々、出来たじゃないですか・・・」
僕ならできる。彼女はそう信じていた。そして先生も口を挟まなかった。
そんな二人の様子に肩の力がぬけ、そして咄嗟だったせいか上手く力が入る。
コツを掴めた感触を確かに感じ、感覚のままに全力で走ってみた。
出来た。走れた。上手く行った。嬉しくて拳を握り、胸に熱い感情が高ぶる。
「・・・今日はこの辺りにしておこうか。パックもメイラも、コツを掴んだみたいだし」
けれどそこで落ち着けと言う様に、先生の鋭い声が耳に届いた。
ハッとなって応えつつ、心落ち着けるために息を吐く。
同時に、走れた程度で喜んだ自分が少し恥ずかしくもなった。
そんな僕の気持ちに気が付いたのか、今日の先生は僕に抱き着かず静かだった。
いや、静か過ぎたと考えるべきだったかもしれない。やはり嬉しくて浮かれていたのだろう。
「セレス、ちょっとこっち来て」
「え? ラ、ライナ?」
「良いからこっち」
ライナさんの店に着くなり、彼女に連れて行かれてしまったのだから。
先生は少し焦る様な様子を見せていたけど、本当に焦っていたのかは怪しいと思う。
彼女と先生が奥で話す時は、僕達には聞かせられない話をする時なのだから。
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