第519話、話したいけど話す内容が無い錬金術師

「じゃあ先ず、あの場で何があったのか、アスバの言う事が合っているのか・・・何より飛んで行った奴は何者なのか。詳しく聞かせて貰えるか?」

「え、うん、えっと・・・うーん・・・」


何があったのかと言われても、私が解ってる事はあまりに少ない。

というか、アスバちゃんが説明した事が全てだと思うんだけどなぁ。

別に彼女が嘘をつく必要も無いと思うし、フルヴァドさんも居た訳だし。


でも解んないって言っても嫌な顔されないかなぁ・・・されないよね?


素直に応えても大丈夫かの不安を誤魔化す様に、彼の手を握って腕を抱く。

そのまますり寄りつつ、それでもまだ暫く悩んでしまった。

けどその間も何も言わずに待ってくれる彼に気が付き、少しほっとしながら口を開く。


「えっと、私が駆けつけた時には、もう二人共戦闘に入ってたから、最初がどうだったのかは解んないんだ。ごめんなさい」

「ああ、セレスは最初から居た訳じゃなかったのか」

「うん、フルヴァドさんの精霊殺しの光が見えて、何事かなと思って急いだんだ」

「成程な。そうなるとフルヴァドさんに後で一応聞いた方が良いか・・・」


何でリュナドさんはアスバちゃんの言う事をこんなに疑うんだろう。

私とフルヴァドさんの言う事は信じるのに、彼女の言う事は周りに確認取るよね。

確かにアスバちゃんは勢いが怖い所あるけど、嘘はつかない人だと思うけどなぁ。


「まあ、そこは良いか。じゃあセレスが止めたって話だったが、何か理由があったのか?」

「あ、うん。あのままじゃお互い本気になりそうだったから、そうなるとアスバちゃんが怪我するかもしれなかったし、止めた方が良いと思って」

「・・・アスバが怪我?」

「うん、アスバちゃんが」


何故かアスバちゃんの部分を確認して来た彼に頷いて返す。

だってあの人本当に魔法使いとしては凄まじいんだよ。

私の知ってる限りアスバちゃんは本物の『魔法使い』だけど、あの人も同じレベルのはず。


あの時の二人は手合わせって感じじゃなく、本気で魔法を撃ちあう気配がした。

ならどちらかは大怪我の可能性があったし、それがアスバちゃんだったかもしれない。

そう思うと止めざるを得なかった。何でああなってたのかは全然解ってなかったけど。


「・・・相手はそれだけの強さ、って事だよな」

「うん、そうだね」


私の考えを理解してくれたのか彼はそう呟き、私は彼の肩に頭を乗せながら頷く。

その後暫く無言の時間が続き、チラッと見ると彼は何か思案している様に見えた。

邪魔をしない様にと大人しく待ち、その間は彼の手を両手で握ってにぎにぎしていた。


この私より大きめで、訓練の跡の見える手が、今の私はとても好きだ。

彼の手だからというのが大きな理由だけど、そんな彼の努力がこの手には見える。

人を守る為に兵士をやっていて、その兵士としての努力を怠らない手。


ちょっと固くなってる所も有るんだよね。コリコリしてる。

豆が出来て、豆がつぶれて、更に豆が出来て・・・それでも訓練を続けた手。

その努力は全部誰かを守る為。そんなとても優しい手が大好きだ。


思わずその彼の手を顔の高さまで持ち上げて、頬に当ててすりつける。

ふふっ、固いな。でも大好きだ。この手の傍に居るととても落ち着く。

好きだなぁ・・・本当に大好きだなぁ。二人でじっとしているとしみじみ思う。


弟子達が一緒に居るのは幸せだ。ライナが傍に居てくれるのも物凄く幸せだ。

けどこうやって彼と二人でただ傍に居るだけの時間も幸せで堪らない。

目を瞑ってそんな幸せに浸り、幸せ過ぎて頬がにやけてしまう。


「・・・あ、あのー、セレスさん?」

「ん、なあに、リュナドさん」


そこで彼が声をかけて来たので、ぽやんとした頭で首を傾げて返す。

彼の顔が近い。リュナドさんが近い。それだけで胸がぽかぽかする。


「いやあの、その逃げた奴の素性とか、知らないかなー、なんて聞きたいんですが」

「あ、うん・・・うん?」


素性を知らないかと言われても、正直何も知らないんだよね、あの人の事。

お母さんの知り合いで、けど知り合いってだけで、それ以上の事は何も知らない。

そもそも私自身は関りが無かった。というか関わりたくなくて逃げていた。


というか思い出せば思い出す程、嫌な記憶が浮かび上がって来る。

大きな声で話しかけられたり、驚かされたり、外に連れ出されそうになったり。

お母さんみたいに「私の為」じゃなくて「自分が面白いから」でやられた。


実際本人がそう言ってたから間違いない。だから私あの人苦手なんだ。

顔も覚えてないぐらい嫌だった。というかまともに顔を見てなかったんだと思う。

なので彼女の素性どころか名前すら知らない。覚えてない。


「・・・知らない、かな」


あ、リュナドさんが怪訝な顔をしてしまった。でも知らないんだもん・・・。


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一体セレスは何をしているのだろう。突然喋らなくなったと思ったら俺の手で遊び出した。

最初は何か突然手のマッサージを始めたと思ったら、今度は豆の後をひっかいている。

いやもう固くなった所だから痛くもなんともないんだけども。何してんすかね。


何か考えを纏めているのかと思い、不可解なセレスの行動を問わずに見つめる。

すると今度は俺の手を持ち上げて頬に当て、犬か猫の様にスリスリと頭の方を動かした。

これ以上ないと言わんばかりの幸せそうな笑みで、思わずその笑顔に見惚れてしまう。


「ふふっ」


心から嬉しそうなそんな笑み。けれどその笑みの声でハッと正気に戻った。

邪魔するのは気が引けるけども、とりあえず本題を先に終わらせて貰えませんかねセレスさん。

つーか何が楽しいんですかねそれ。こっちとしては頬に傷がつかないか気になるんだが。


あと地味に唇も押し付けてるのはわざとなんすかね。いや待て正気に戻り切れてない。

落ち着け俺。セレスが途中で話を止める時は何かを誤魔化す時だ。

今回もその可能性があるし、今の関係を利用して有耶無耶にしようとしてる可能性がある。


効果的だよ畜生。一瞬思考止まってたよ。


「・・・あ、あのー、セレスさん?」

「ん、なあに、リュナドさん」


それでもそんな策を本当に考えてなのか、確信が持てずに恐る恐る訊ねた。

するとセレスは幸せそうな笑みのまま、俺にすり寄ったまま顔を上げる。

顔が近い。あと俺の手が頬に有るから色々体勢的にも良くない。


「いやあの、その逃げた奴の素性とか、知らないかなー、なんて聞きたいんですが」

「あ、うん・・・うん?」


開いている手で自分の太ももをつねりつつ、今やるべき事を優先した。

するとセレスはすぐに頷いたものの、少しの間を開けて首を傾げだす。

その顔は段々と顰められてきて、最終的には『錬金術師』の顔になった。


「・・・知らない、かな」


そうして出された答えは、絶対に嘘だろと突っ込みたくなる答えだった。

いやだって考えたら解るだろ。セレスは『アスバの為に』止めたって言ったんだ。

つまり相手の力量を知っていて、そして自分が止めれば止まると解っていた。


確実に逃げた奴とセレスは知り合いで、アスバ達もそれは解ってるから引いたんだろう。

いや、セレスはその時も『知らない』と答えたのかもしれない。

それは公の場だからなのか、それとも他に理由があるのか、どちらなのかは解らない。


「・・・成程」


その確認も含めてフルヴァドさんは『二人きりで』と俺に言って来たのか。

仲間になら話す事か、俺相手なら話す事か、それとも誰にも話す気が無いのか。

結果としては誰にも話す気が無い、って事になるんだろうなこれは。


「・・・こんな言い方したくないが、俺相手にも、話せない事か?」


それでもきちんと口に出して確認した。今の俺とセレスならそれが許されると思って。

他に誰かが居るなら今は聞くなと言う意味と受け取るが、この状況ならそれも無いんだ。

するとセレスは少し困った様な表情を見せ、顔を俯かせてから口を開いた。


「・・・リュナドさんが、聞きたいなら、話したいけど、話せない、から・・・ごめん」


話したいけど話せない。唸る様な声音ではあったけど、その言葉は真実の様に思えた。

さっきからずっと握っている俺の手を、抱きしめながら強く握るセレスの様子を見て。


逃げた奴と何かしらの約束でもあるんだろうか。反故した時の問題とかだろうか。

どちらにせよ『言えない理由』が有るから言えない。そういう解釈で良いんだろう。

セレスがそこまで言う相手、というのが怖くはあるな。


「解った。じゃあ俺からはこれ以上何も聞かない。けど、話せる様になったら教えてくれ」

「う、うん。ありがとう・・・やっぱりリュナドさんは優しいね」


セレスはホッとした笑みを見せた後、最近の当然の様に抱きついて来た。

若干誤魔化されてる気がしなくはないが、そんな彼女の背中に手を回す。


「にへへ・・・大好きだよ、リュナドさん」

「はいはい・・・」


話さないではなく、話せない状況か・・・問題は解決した、と思わない方が良さそうだな。

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