第516話、怖がりながらもなんとか止める錬金術師

二人の魔力が高まるのを感じ、それだけでも怖いのに二人の雰囲気も怖い。

アスバちゃんは滅茶苦茶鋭い目だし、角の人は歯をむき出しで怖い笑顔だし。

何で二人が喧嘩してるのか解らないけど、あの二人は止めないと本気で不味い。


アスバちゃんの実力は理解しているつもりだけど、あの人はその彼女に匹敵する。

少なくとも私に残る記憶の中では、とんでもない魔法使いだったはず。


『アンタは本当に化け物だねぇ・・・』

『はっはっは! 同じ事が出来てるプリスに言われたくないねぇ!!』

『あたしは魔法石が無きゃ無理だっての・・・』


何て雑談をしながら、魔法石を使うお母さん以上に魔法を放っていた。

苦手だったから顔は覚えてなかったけど、魔法の凄まじさだけはしっかり覚えている。

二人が本気でぶつかり合ったらどれだけの被害が出るか。


本人達も大怪我するかもしれないし、余波で街に被害が出るかもしれない。

そうなるとリュナドさんが困るし・・・ライナの所だって被害が出る。

ここからライナの店まで余り遠くない。なら、止めないと、やっぱり不味い。


「・・・精霊達、おねがい」


そう決心して恐る恐る二人に近づき、結界の手前で精霊達にお願いをした。

我ながら情けないと思うけど、あの二人に声かけるの怖いんだもん。


『『『『『キャー!』』』』』


精霊達は任せてーと鳴き声を上げ、パタパタ走って行って結界をバンバン叩き始める。

その間もキャーキャーと鳴き声を上げ、二人の意識がこちら側に向いた。


「――――っ」


精霊達のおかげか二人共表情が少し和らぎ、けれど三人の視線が突き刺さってちょっと怯む。

フルヴァドさんはホッとした様子だけど・・・良く考えたら彼女も喧嘩してたような。

え、待って、私三人の喧嘩止めないと駄目なの? 何それ無理が過ぎる。


いや、落ち着け。慌てて良く解らなくなってる。今喧嘩してるのは二人だけだ。

フルヴァドさんは後ろに控えていたし、アスバちゃんだけが怒ってるのかもしれない。

なら角の人とアスバちゃんを止めれば良い・・・はず、だよね?


うん、そのはず。というかそれ以上は無理だ。今でもいっぱいいっぱいだし。


「・・・二人共、それ以上は、駄目」


それでも山精霊が意識を惹きつけてくれたのを無駄にしない様、何とか声を絞り出した。

怖い怖い怖い。アスバちゃん滅茶苦茶睨んできてるし、角の人も眉間に皺よってる。

あれ、もしかしてこれって、二人の怒りが私に向いてる?


待って待って待って! せめてアスバちゃんだけでも味方してよ!

私アスバちゃんに怪我して欲しくなくて止めに来たのに!


「――――――っ」


心の中では強く叫ぶものの、それが声になる事は無かった。

恐怖で喉が引きつり、緊張で胃液が逆流しそうだ。

そのせいで二人が睨む視線で私が固まるだけの時間が過ぎる。


うう、そもそもなんで二人共喧嘩してたのぉ。


「・・・セレス、こいつと知り合いなの?」


私が二人の視線に怯えて固まっていると、アスバちゃんがため息を吐いて訊ねて来た。

あ、えっと、怒りは収まった、のかな。表情がさっきより優しく・・・優しく?

うん、多分、優しくなってる、気がする。そう思わないと怖い。


「セレス?」


心を落ち着けているとアスバちゃんが私の名を呼び、怪訝そうな表情を見せた。

ええと、角の人と知り合いかだっけ。うーん、知り合いかと言われれば・・・どうかな?

知ってる人ではあるんだけど、私は殆ど関わりなかった。


なら知り合いとは違う様な・・・そもそも苦手な人だし。


「・・・違う、よ」


うん、あくまでお母さんの知り合いであって、私の知り合いではないよね。

知り合いの定義を知ってる人、とするなら知り合いではあるんだけども。

でも正直あの人の事良く知らないから、やっぱり知り合いじゃなくて良いと思う。


「ふぅん?」


あれ、えっと、アスバちゃん、何だかまた雰囲気怖い気が、するんだけど・・・。

何で!? 私知り合いかどうか答えただけだよ!?


ー------------------------------------------


「あれは・・・セレス、か」


セレスへ視線を動かした女は、怪訝な表情で小さく呟いた。

今明確に『セレス』という名を口にしたわね。

錬金術師でも、セレス様でもなく、セレスと。それはつまり。


「・・・セレス、こいつと知り合いなの?」


疑問を投げかけはしたけれど、実際はほぼ確信して聞いている。

セレスがあの調子で止めに来た理由も、二人が知り合いなら納得がいく。

ただしどの程度の知り合いなのか、って言うのが解んないけど。


少なくともあの圧力で止めに来る以上、仲が良いとは思えないわね。


「・・・違う、よ」


けれどセレスは明らかな嘘をついて私の予想を否定した。

じゃあ何で止めたってのよ。止める理由が無いでしょうが。

いや、在るのだとすれば、それはどういう理由かしらね。


「ふぅん?」


セレスは人知れず情報を得ている事がある。

本当にいつの間にか、どこから仕入れたのか解らないぐらいに。

そうして何時も何時も先回りをするのがセレスだ。


もしかするとこの女が答えって事かしら。それでも納得いかない所があるけど。

それでもこのレベルの人間を使っていたなら、大半の情報を抜く事が出来るでしょうね。

けどそんな人間と知り合いだと明言すれば、色々と不味い事も認める事になる。


精霊が好き勝手に動いている事は今更だけど、それは精霊だから許されてるのよね。

これが人間の仕業となれば・・・少なくともまたリュナドが頭を抱える事にになるかしら。


「・・・色々と問い詰めたい所ではあるけど、そういう事にしておいてあげるわ」


今この場で問うのは余り宜しくない。問い詰めるならまた後でセレスの家が良いわね。

住民を避難させて周囲に人が居ないとは言え、街中で話す様な内容じゃないし。

そこでフルヴァドに視線を向けると、彼女も同じ結論に至ったのか頷き返してきた。


「・・・ありがとう」


一泊措いての発言だったけれど、セレスは礼の言葉を告げて来た。

それは自分の否定が嘘だと言う様なもので、それでも礼を口にして来たんだ。

態度が相変わらずなのは外だからか、それともこの女の前だからか。


尊大な態度のままであればもっと文句を言ってやるのに、そう思いながら大きなため息を吐く。


「はぁ・・・良いわ、見逃してあげる。行きなさい」

「おや、終わりで良いのかい?」

「良くは無いけど見逃すしかないでしょうが。次からは気を付ける事ね」

「ふふっ、じゃあ次はお嬢ちゃんでも見破れない様に背後から忍び寄ってみせようかな!」

「させねーわよ」


その技術が魔法である限り、私は絶対に見破って見せるわよ。

やっぱこいつ気に食わないわね。止めるつもりだったけど一発ぶち込んでやろうかしら。

次は竜の火砲をぶち込んでやろうと思ってたから、流石のこの女の余裕も崩れるでしょ。


「あっはっは! そうだね、お嬢ちゃんなら見破るかもねぇ! ま、何にせよそれなりに楽しませて貰ったよ。また機会があれば遊ぼうか、お嬢ちゃん!」

「ふんっ、その時こそ叩き潰してやるわよ」

「ククッ、それは楽しみだ。今日の所は帰る必要があるから去らせて貰うけど、またその内会おうじゃないか! じゃあね! 次は存分に暴れようじゃないか!!」


女はその言葉を最後に飛び上がり、屋根伝いにピョンピョンと飛んで去って行った。

魔力を開放していたから強化しているのか、それとも素であの身体能力なのか。

どちらにせよ普通の人間じゃなかったわね。特にあのどす黒い魔力は。


「・・・ふん。帰る必要、ね」


これから何かしらの情報集めって事かしら。なら急いで去りたいのも道理よね。

大人しくついてこなかったのも当然、そもそも存在自体明らかにしたくないだろうし。

それでも存在がばれてしまった以上は、その内また接触する事になるんでしょうね。


「すまん遅れた! 屋根伝いに飛んで行った奴が見えたけど、まさか取り逃がしたのか!?」

『『『『『キャー!』』』』』


そうして全てが終わった所で、何も知らない精霊公様が間抜けにも参上された。

リュナドと一緒に来た精霊達もワタワタ慌てていて、心の底から気が抜ける。


「・・・次の機会があれば、その時は叩き潰してあげるわ。ええ、存分にね」


それでもあの女の底知れ無さに、恐怖よりも闘争心が胸の奥に燻ぶっていた。


「・・・あれ、何この解決した空気・・・なあフルヴァドさん、俺単純に遅れただけ?」

「言い難いがそうなる。詳しい話は・・・まあ後でセレス殿に二人きりで聞いてくれ」

『『『『『キャー』』』』』

「オイコラやれやれ感を出すな。お前らだって俺と一緒に来たんだろうが」


・・・ほんっっっっとうに気の抜ける。少しは余韻に浸らせるとか出来ないのかしらね!

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