第515話、怖いので陰から様子を伺う錬金術師

光の下へと全力で絨毯を飛ばし、フルヴァドさんを視認できる距離まで近づく。

そこには彼女だけでなくアスバちゃんも居て―――――。


「あそこはもう少し大人しくしてなさいよ! 格好つけた私が滑稽じゃないの!!」

「そ、そんな事を言われても、私だって必死だったんだぞ!」


なんか遠くても聞こえる声量で喧嘩してる。どうしよう、今すぐ帰りたくなってきた。

アスバちゃんが滅茶苦茶怒鳴ってて怖い。あの状態の彼女に近づくのは本気で怖い。

フルヴァドさんも珍しく声を荒げていて・・・もしかして喧嘩で精霊殺しを?


相手がアスバちゃんだとやり過ぎと思えないのが凄い。だって怖いもんね。

むしろあの状態のフルヴァドさんでも勝てないかもしれないと思うし。


「・・・ん、あれは」


周囲には二人以外居ないかと思ったら、少し離れた位置に外套を纏った女性が立っている。

フードを深く被っているから顔は見えない。けど何故か、何だか少し嫌な感じがした。

少し警戒心を上げていると、怒鳴りあっていたアスバちゃんが唐突に女性へ指を向ける。


「ああもう! それもこれも全部アンタのせいよ! この怒り全部ぶつけてやる!!」

「ア、アスバ殿! 手加減を! ちゃんと手加減を!!」

「うっさい! コイツかなりの使い手だから適当にやっても問題ないわよ!!」

「周囲の建物の被害を考えてくれ!!」


・・・どうしよう、やっぱり帰りたくなってきた。このまま帰っても許されるかな。

あんなに怒ってるアスバちゃんの傍に行くの? 私が? やだぁ。


「・・・危なくなったら近づく、って事でどうかな」

『キャー』


頭の上の子に相談をすると、それで良いんじゃない? と返って来た。

よし、じゃあ暫く様子見しておこう。一応いつでも介入できる様にして。

絨毯の高度を落として物陰に隠れ、こそっと成り行きを見守る事にする。


フルヴァドさん一人だと心配だけど、アスバちゃんが居るなら多分大丈夫だろうし。

とりあえずあの女性と何かあったみたいだけど、それだけしか状況解んないし。


「あ、そうだ、近くに状況見てた精霊は居ないのかな」

『キャー』


私の呟きを聞いた頭の上の子が、任せてと言ってぴょんと飛び降りた。

そして地面にぺしゃっと落ち、鼻をさすってからトテトテと走り出す。

何であの子達、足から着地せずに顔から落ちに行く事が有るんだろう。


「言ってくれれば降りるのに・・・」


走って行った精霊について行く様に高度を更に下げ、というかもう地面に降りた。

絨毯を手早く巻いてから精霊について行くと、路地の影に精霊達が集まっているのが見える。


『キャー?』

『キャー・・・』

『キャー!』

『キャー!?』

『キャー・・・!』


気のせいかな。何か揉めてるような。精霊達も喧嘩してたのかな。

アスバちゃんと違い、精霊達だと少し気の抜ける感じがするのは何でだろう。


「――――――っ!」


そんな気を抜いた一瞬、背筋が冷える程の魔力が走るのを感じた。

視線を原因に向けると二つの強大な魔力が渦巻いている。

片方は当然アスバちゃん。そしてもう片方はフードの女性だ。


『『『『『キャー・・・』』』』』


精霊達はそんな二人を見て困っている様に見えた。一体どうしたんだろう。


『キャー』

「あー・・・無理しないで良いよ。街が壊れるのは確かに困るし」

『キャー・・・』


どうやら手助けに入りたいけど、フードの女性に勝てる気がしなかったらしい。

せめて大きくなれば何とかと思っていたけど、そうすると街を壊してしまう。

街が壊れたらリュナドさんが困るしライナにも叱られる、という事で言い合ってたそうだ。


実際大きくなった山精霊が街中で暴れたら、被害は甚大何てものじゃ済まないだろう。

そう考えると山精霊って便利な様で不便な所があるなぁ。

小さい時に相手が強いと逃げに徹さないといけない訳だし。


「うわぁ」


そうこうしている内に、膨大な魔力による魔法の打ち合いが始まった。

お互いに相手の行動の先読みをしているのか、悉くを相殺しあっている。

アレは確かに山精霊じゃ勝てない。大きくなっても勝てるかどうか。


「・・・これは、下手に手を出せないね」


フルヴァドさんも様子を伺っているけど、二人の魔法戦が激しすぎて混ざれない。

でも仕方ないと思う。アレは下手に割り込んだらアスバちゃんの隙になりかねないし。

アスバちゃんも女性も魔法の展開速度もさる事ながら、魔法の遠隔発動が早すぎる。


相手の背後に突然魔法構築とか、しかもお互いそれを当然の様に防ぐとか。

あの中に魔法を放った場合、アスバちゃんの魔法の邪魔をする可能性があるなぁ。

今のところ危なげ無いから手を出さなくても良さそうだけど。


「え、あの人・・・」


ただ暫く戦闘を眺めていると、魔法の衝撃で女性のフードがめくれ上がった。

頭に在る二つの巻き角。光る様に見える金の目。肉食獣の様な鋭い並びの歯。

彼女は今まで隠していた容姿が露になったのも気にせず、歯をむき出しにして笑う。


「良いね、良いねぇ! 中々やるじゃないか! それについさっき思い出したよ、アスバ・カルアの名を! 500年ぐらい前にそんな名を名乗っていた小娘と会った覚えがあるね!」


彼女の両手に禍々しい魔力が渦巻く。今までとは質の違う魔力が荒れ狂う。

あの人、あの魔力と、あの雰囲気・・・なんか、覚えが、有る様な。


「・・・・・・・・あ」


思い出した。お母さんに時々絡みに来てた人だ。大きい声に圧があって苦手な人だ。

顔は全然覚えてないけど、あの声と魔力は多分そうだと思う。

え、じゃあどうしよう。アレ止めた方が良いのかな。私あの人苦手なのに。 


・・・苦手な人と怒ってる友達の間に入れと? 何その酷い話。やだぁ。


いやでも二人共どんどん魔力が上がってる。これ、止めないと、不味い、よね。

あの人が怪我するのは別に良いけど、あの人相手だとアスバちゃんでも万が一がある。


「うう・・・精霊達、助けて。私一人じゃ声かけるの怖いよう」

『『『『『キャー!』』』』』』


任せてーと元気良く鳴く精霊について来てもらい、恐る恐る結界の傍へと向かった。

うう、怖いよう、さ、最初の声かけは、精霊達に任せて良いかな!?


ー------------------------------------------


「覚悟しなさい!」


半ば八つ当たりを込めて宣言し、魔力を開放して完全に戦闘態勢をとる。


「ははっ!」


するとフードの女は楽しげに笑い、私とほぼ同じ量の魔力を放ち始めた。

空間魔法の時点で予想はしていたけど、こいつも相当の魔力量ね。


「ふん、面白いじゃない。なら技術の方はどうかしらね!」


火球を高速で複数個作り上げ、角度とタイミングをずらして連射する。

すると女は結界で防ぐような真似をせず、火球を火球で相殺して来た。

それ所か、反撃とばかりに氷の矢が楕円を描いて私に向かってきている。


「ふんっ」


死角からも飛んで来る氷の槍を、私も同じ様に相殺して見せた。

この程度で有利をとれていると思われちゃ敵わないわ。

お返しとばかりに女と同じ様に反撃し、そして相殺して反撃が来る。


そこからは暫くその繰り返しだった。勿論同じ攻撃を繰り返している訳じゃない。

魔法の種類も発動タイミング変え、数も威力もどんどん上げていきながら。

それでも女は涼しい様子で付いて来て、純粋な魔法戦のみで激しさを増していく。


お互いに一歩も動かず、ただひたすらに魔法のみで相手を凌駕しようと。

どんどん激しくなって行く魔法の打ち合いは、相殺の衝撃すら肌に響く。

その衝撃がフードを跳ね上げ、隠れていた女の容姿が露になった。


ただその容姿は獣人の血を引いた者の様な、けれど何故か違うと感じたるもの。

明確に何が違うと解った訳じゃないから、あくまで感覚の話だけど。


「良いね、良いねぇ! 中々やるじゃないか! それについさっき思い出したよ、アスバ・カルアの名を! 500年ぐらい前にそんな名を名乗っていた小娘と会った覚えがあるね!」


その言葉と共に女が纏う魔力の『質』が明らかに変わって行くのを感じた。

今までは澄んだ魔力を放っていたのが、突然どす黒い魔力に変換されていく。

禍々しい。そう表現するのが相応しい力。明らかに人間とは違う魔力。


けれど私はそんな事よりも、女の言った言葉の方が気になっていた。


「500年、ね。どこぞで隠匿してる長寿の一族なのかしら。となると尚の事アンタは逃がせないわね。そんな連中がわざわざこの街に来た理由を吐いて貰うわよ」

「あははははっ、残念ながら吐く程の情報は持って無いかなぁ!」


ニマァッと笑う女から渦巻く魔力は、先程とは桁違いの量になっている。

ここからが本番と言わんばかりに放たれる魔法は、明らかに威力が数段上がっていた。

感じる魔力以上に威力がある気がする。あの禍々しい感じが原因か。


一旦仕切り直しとばかりに見合い―――――――。


『『『『『キャー!』』』』』

「「ん?」」


精霊が大きな声で鳴いた事で、お互いに意識がそちらに逸れる。

見ると精霊達が結界をバンバン叩き、中に入れてーと言っている様だ。

何してんのアイツら。こんな時に気が抜けるじゃないの。


勿論私も女も警戒は解いていないけど、ただ精霊の傍に居る人物は無視できなかった。

仮面を着けたローブの女。錬金術師セレスの存在は。


「・・・二人共、それ以上は、駄目」


そして彼女は、何時になく強い威圧感を放ちながらそう告げた。

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