第513話、弟子に新しい訓練を課す錬金術師
リュナドさんが去って行った後も回復に努め、弟子達が帰ってくる頃には元気になった。
とはいえ魔力が全回復したかと言えばそんな事は無くて、まだ半分以下だけど。
こういう時魔力無尽蔵なアスバちゃんがちょっと羨ましくなるなぁ。
まあそうなると魔法石を持つ意味が無くなっちゃうけど。
いや、魔法石の方が戦闘には楽だから意味は有るか。
戦闘中に戦闘以外の事で集中する必要時間は無い方が良い。
その点を考えればアスバちゃんって凄いよね。動きながら魔法使うし。
竜と初めて会った時が一番凄かったと思う。飛び回りながら複数の魔法制御とか。
真似したくても真似出来ない魔法をあっさりやってのけるんだもんなぁ。
あの時と同じ事私がやろうとしたら、どれだけの魔法石が必要やら。
むしろ足りないよね。今家にある魔法石全部使っても無理だ。
アスバちゃんという『魔法使い』がどれだけ規格外なのか良く解る。
「・・・うう・・・だるぃ・・・」
「うぐぅ・・・」
それはきっと、魔法の訓練の疲労で倒れている弟子二人も同じ気持ちだろう。
二人とも大分魔力を使い過ぎて、ここ数日の私と同じ様になっている。
ただ最初の頃の様に意識を失う事は無くなったから、腕は上がっているのは間違い無い。
「・・・セレスさん、この状態でも、作業できるの・・・絶対おかしいですよ」
「同感です・・・普通に立つ事も、ままならないのに・・・」
「慣れたら何とかなるよ?」
「「えぇ・・・」」
ただ二人共立ち上がる事が出来ない。魔力切れの症状に慣れるのはまだ時間がかかるかな。
でも本当に慣れたら割と何とかなるよ。気力を振り絞れば動く事は出来る。
それに魔力切れのタイミングで問題が起きる可能性だって無いとは言えない。
ならその状態でも咄嗟に動ける様にしておいて損は無いはずだ。
最終的には最低限この状態でも魔法石を使える様にはしておきたい。
とはいえ今すぐそうなって欲しい訳じゃないし、そのうち何時か程度の話だけど。
なので今日はわざとギリギリ限界まで魔力を使い、その上で動く訓練をさせている。
一応意識を失わないラインは見極めている。それじゃ意味が無いからね。
ただ最近はこうなる前に鍛錬を止めてたから、余計に二人ともきついのかもしれない。
「二人とも、立てそう?」
寝転がる二人の横にしゃがみ、顔を覗き込みながら問いかける。
先ずはメイラとパックが回復前にどれだけ動けるか確かめたい。
「が、がんばり、ます・・・!」
「おき、ます・・・!」
すると二人は歯を食いしばって体を動かし、仰向けからうつ伏せに状態を変える。
そうして地面に手をついて、震える手で体を支えて起き上がろうとした。
「足に力が入らない・・・!」
「くっ、体は動かしてないから、疲れてないはずなのに・・・!」
普段はある程度回復してから動くから、初めて感じる疲労感に二人共戸惑っている。
そうなんだよね。体は疲れてないはずなのに、何故か疲労感が凄いんだよね。
いっそ意識を失ってる時の方がちゃんと動けるまであると思う。
とはいえその状態じゃ状況判断が出来ないし、とっさの危険に対処も出来ない。
そんな状況が良く有る訳でもないけれど、万が一の為を考えての訓練だ。
私も今まで魔力切れ状態で戦う必要が有った事なんて、数える程度しかなかったし。
「何とか、たち、ましたぁ・・・」
「ぐっ、真っ直ぐ、立てない・・・」
ゆっくりだったけれど二人共立ち上がり、けれど二人共フラフラしている。
今にも倒れそうな雰囲気だけど、それでも何とか立った状態を維持できている。
「ん、その状態で歩けそう?」
「あ、あるく、ですか・・・」
「歩ける、かな・・・」
二人は恐る恐る足を踏み出し、ただふらつきも有って可愛らしい一歩だ。
ほんの少し前に出された足は地面を踏みしめるも、膝に力が入っていない。
結果ぐらりと揺れた二人は、そのまましりもちをつく事になる。
「あいたっ」
「っと」
「ふむ、二人共歩くのが難しいぐらい、か」
立ち上がる事が出来ない程じゃないなら、慣れるのは意外と早いかもしれない。
とりあえずゆっくりで良いから歩けるようになれば、意外と他の事も出来るものだ。
「じゃあ、先ずは歩く訓練、がんばろうね」
「は、はいぃ・・・」
「が、がんばります・・・」
二人は辛そうな顔をしながらも立ち上がり、今日はよちよち歩く訓練に費やした。
魔力が回復して来たらすぐに判るから、その時はまた魔力の訓練に切り替える。
そうして夕方頃まで頑張った二人は、倒れずに歩くぐらいは出来る様になった。
とはいえ本当に歩くだけで、歩幅は可愛いままだったけれど。
しかし平和だぁ。ここ最近色々あり過ぎたから、本当にしみじみ平和だと思う。
この穏やかな日々が幸せだよね。お母さんなら退屈って言いそうだけど。
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「リュナド殿からの呼び出しか・・・一体何だろうか」
「さてね、また誰かがセレスに喧嘩でも売ったんじゃないの?」
「有り得なくは無いのが困る話だな」
「それか、アンタが何か問題を起こした、とか」
「はっはっは、アスバ殿じゃないのだから」
「・・・言うようになったわね、アンタも」
いや睨まれてもこれは事実だろう。私は問題行動を起こした事なんて無いぞ。
街に来てすぐの事を言われれば困ってしまうが、少なくとも今の私は街の守護者だ。
誰に対しても恥ずかしくない・・・いや、友に恥ずかしくない自分であろうと心掛けている。
「まあ良いわよ。私も多少は自覚してるしね」
「・・・」
多少なのか。という言葉を飲み込んだ私を誰かに褒めて欲しい。
何故彼女と二人で歩いているかと言えば、事は簡単だ。
街の巡回をしていると、丁度依頼を終えた帰りのアスバ殿と出会った。
それとほぼ同じタイミングで、精霊公からの連絡指示を受けた兵士とも。
何やら彼が話したい事が有るとの事で、私の巡回コースを探し回っていたらしい。
今日は鎧も普通で剣も普通だから探すのが大変だったそうだ。
・・・アスバ殿が震えながら笑っていた事は忘れていない。
「アスバ殿は領主館まで付いて来るのか?」
「あら、ダメかしら?」
「私は別に構わないが・・・」
リュナド殿が読んだのは私だけで、彼女が居たのは偶然だ。
そして彼女に話せる内容なら良いんだが、そうじゃない可能性も有る。
となると彼女を連れて行った場合、領主館で少々揉める事になるかもしれない。
とはいえ私に彼女を拒めるかと言えば、無理に拒む事は出来ない訳だが。
確実に連れて行けないなら断るが、彼女の立場を考えれば問題は無い訳だし。
彼女は明確な立場こそ持ってはいないが、半ば公的な戦力と認められているのだから。
ならば彼女が領主館を訪ねる事は、むしろ当然の権利とさえ言える。
そもそも領主殿が偶に彼女へ仕事を頼んでいるしな。出入りは当然の事だろう。
「・・・ん、アスバ殿?」
なので返事に少々言い淀んでいると、唐突に彼女が足を止めた。
どうかしたのかと後ろを振り向き訊ねると、彼女は目を細めて私を睨む。
「ちょっと待ちなさいよ、アンタ」
「え、だ、だから、待ったんだけど・・・」
突然どうしたんだろうか。彼女の様子のおかしさに怯みながら答える。
彼女は突然怒り出す事のある子だが、それには当然理由がちゃんとある。
でも今回は彼女があんな目を向けて来る様な会話では無かったはずだ。
けれどそんな私に対し彼女は更に目を細め―――――。
「待ちなさいって言ってるでしょうが、そこのフード女」
後ろに振り向いて、どことも言えない所に声をかけた。
私は元々彼女の後ろが見えていたが、それでも彼女の行動が理解出来ない。
だってそこには『フードの女』なんてどこにも居ないのだから。
「まさか、アタシに気が付ける奴が居るなんて思わなかったよ。凄いね、お嬢ちゃん」
「はっ、舐めんじゃないわよ。その程度の隠匿で誤魔化せると思わないで欲しいわね」
「それはそれは・・・成程、お嬢ちゃんは素晴らしい魔法使いみたいだね」
「お褒めの言葉どうも。それで、アンタは一体何のつもりかしら?」
けれど何も居ないと思っていたそこに、突然フードの女が現れた。
いや、違う、違うんだ。何故見えていないなんて思った。ずっと見えていたのに。
見て居たのに解らなかった。見えていたはずなのに認識できなかった。
その人物が見えた途端、自分の認識がおかしかったのだと言う事が解ったんだ。
だからこそ即座に腰の剣に手を伸ばし、抜きはせずに臨戦態勢をとる。
「何のつもり、ねえ。さて、ただ目立たない様に歩いていただけ、じゃ説明にならないかい?」
「ならフードを深く被って道の端を歩くだけで十分でしょ。もしくはもっと弱い魔法で良いわ。けどアンタのそれは、人の認識を強く誤魔化す魔法よ。その気になれば領主館だって堂々と歩ける魔法を使ってる奴を怪しむなって? 馬鹿言うんじゃないわよ」
「確かに、そう言われると反論し難いかもねぇ」
女はくくっと楽しげに笑い、アスバ殿の放つ魔力と威圧に一つも怯えた様子が無い。
彼女の後ろで構えているだけの私ですら、その圧力に冷や汗が出ると言うのに。
それにその認識を誤魔化す魔法とやらは未だに使い続けているらしい。
私とアスバ殿、そしてフードの女との会話を、誰も気に留める様子が無いのだから。
まるで私達はここに居ない。いや、居るのは解っていても石ころか何かと思われている様に。
多分さっき私が目の前の女を認識出来なかったのと同じ状態なんだろう。
確かにこれは見過ごせない。こんな魔法を展開する人間など怪しすぎる。
ただ目立ちたくないだけで使うにはやり過ぎだ。
「大人しく魔法を解除して私達に付いて来なさい。そうすれば手荒な真似はしないわよ」
「断る、と言ったら?」
「少々手荒に行くだけよ」
「そうかい。なら仕方ない、こっちも同じ様に行かせて貰おうかね」
アスバ殿が周囲に魔法を展開させ、それと同時に私は後ろに飛び下がった。
テオが居ない私が傍に居れば彼女の邪魔になる。そう思って――――――。
「なっ!?」
着地した瞬間、地面に飲み込まれた。
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