第511話、備えている錬金術師
砂漠での仕事が終わって家に帰り、弟子達も友達も帰って来て日常が戻って来た。
ライナだけは何時も変わらず食堂で働いているけど、それでもやっぱり少し寂しかった。
ううん、少しじゃない。とても寂しかった。以前はライナさえ居れば良かったのに。
我が儘になったと思うけど、だとしても今の生活を捨てるなんて出来はしない。
毎日家には弟子が居て、友達が弾に遊びに来て、食堂へ行けばライナが居る。
この日常を無くすなんて考えられもしない。幸せな毎日だ。
「しゃぁわへだなぁ・・・」
作業場の壁に重い頭を預けながら回らない舌で呟く。体がだるすぎて思考が少し纏まらない。
最近一気に使い過ぎた魔法石を補充しようとして頑張り過ぎてしまった。魔力が空っぽだ。
一日二日で取り返せる量じゃないんだから、焦ったって仕方ないんだけどね。
でも土系の魔法石は兎も角、転移の魔法石は出来居る限り早く作っておきたい。
また何時必要になるか解らないし、今の私にはどうしても欠かせないと解ってしまった。
守る物が増えて、守りたかったら傍に居なきゃいけなくて、でも傍に居られない時の為に。
だから地道に作って溜めていたのに、前回は張り切り過ぎて使い過ぎた。
全部使いきったのはやっぱり流石にやり過ぎだったなぁ。
『『『『『キャー?』』』』』
「ひゃいじょぶ・・・ひゃいじょぶ・・・」
精霊達が心配そうに声をかけてくれるのを、手をゆるゆると振って応える。
ただ腕を上げる元気が無かったから、手の甲を向けてる形になっちゃったけど。
そのせいか精霊達は心配気な様子のままで、作業の手を止めて集まって来た。
『キャー?』
『キャー』
『キャー!』
『『『キャー!』』』
そうして何か相談する様に会話をすると、何体が作業場を出て行こうとする。
けれどそれとほぼ同時に扉が開き、家精霊がため息を吐く様子を見せながら入って来た。
困った表情で私を見つめる目には心配も見え、少し申し訳ない気分になる。
「ごめん、ね。すこし、やすめば・・・だいじょぶ、だから」
少しだけしっかり喋ろうと頑張って、微妙に舌足らずになっている様な気がする。
けど家精霊は納得してくれなかったらしく、フルフルと首を横に振った。
そして私にスッと手を差し伸べて抱きかかえ、そのまま二階へと向かい始める。
多分ベッドで休めって事だろうなぁ。微妙に来るのが遅かったのはベッドの用意をしてたのか。
作業を半端に止める事の危険を避けて、その代わりにすぐ休ませようと判断したんだろう。
「ごめんね・・・ありがとう・・・」
ベッドにふわっと降ろされ、家精霊の頬を撫でながら礼を言う。
すると家精霊は笑顔で返してくれて少しだけホッとした。
ちょっと無理した事を怒ってるのかなって思ったし。
思わずホッと息を吐くと、家精霊は私の目を閉じる様に手を動かした。
抵抗せずされるがままに目を瞑り、心地良いベッドに身を任せて力を抜く。
それだけで少し体が軽くなる感じがする辺り、家精霊の癒しの力の凄さを実感する。
おかげで少し思考力が戻って来た気もするけど、やっぱりだるいのは変わらないか。
「じゃあ、お昼寝の許可も貰えたし・・・私はゆっくり寝させて貰うね・・・」
私の言葉に家精霊がどんな反応をしたのかは解らないけど、苦笑したような雰囲気は有った。
後気のせいじゃないと思うけど、山精霊達がいそいそと私の周りで寝ようとしてるね。
まあ良いけど。頭の上の子も既に降りてベッドの上だし。
私の睡眠を邪魔しないなら良いかと判断したのか、家精霊はそのまま離れて行く。
見えはしないけど何となく気配でそう感じ、扉を開いて出て行った。
すり抜けて行かなかったのは服を着ていたからだろうな。
それでも緊急と判断した時は、服はその場に捨ててすり抜けていくけど。
悪戯した山精霊を追いかける時とかも良くやってる。
「・・・あー・・・良い風・・・窓開いてるのかぁ」
心地よい風が室内に入って来て、それが尚の事睡眠へと私を誘う。
普通に考えたら今はまだ寒い風が入ってくる時期なんだけどな。
砂漠に居る間暑かったから忘れてたけど、まだまだこっちは寒いんだよねぇ。
この辺りは大雪になって困る、なんて事が無い辺りは過ごしやすいけど。
それに家の中に居ればこの通り、外の寒さとか全く関係無いし。
「・・・あ、メイラ達、かな」
窓が開いているから庭の音が良く聞こえ、メイラ達が帰って来た事に気が付く。
普段ならそこで起きようと思うのだけど、今日は本気でだるくて起き上がれない。
まるでベッドに縛り付けられたかと思う程に、上半身を起こす事すらやる気が起きない。
「セレスさん、お休みしてるの? そっか・・・また魔法石の作成に熱が入ってたんだ」
『『『『『キャー』』』』』
「最近先生は以前にも増して作業量を増やしていますよね」
「多分この間いっぱい使ったから、その補充を急いでる、のかな?」
「それは、今急がなければいけない理由がある、という事でしょうか。現状そこまで急ぎで作業を進めなければいけない理由が僕には思い至りませんが」
「・・・もしかしたらこの前の話が関係あるのかもしれません」
「この前?」
「はい。パック君は居なかった時の事なんですけど、魔法石の事で―――――」
弟子達の声がやけに良く聞こえ、それを子守唄の様に感じながら意識が落ちていく。
私の記憶に残っているのは、メイラが食堂で話していた事を説明し始めた辺りまでだった。
魔法石は錬金術じゃないかぁ・・・じゃあ何なんだろうね。
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材料の採取から帰ると家精霊が出迎え、セレスさんが寝ている事を告げられた。
どうやら魔法石の作成の疲労で倒れかけたらしい。その前にベッドに運んだみたいだけど。
元々セレスさんは時々そうなる人だったけど、ここ数日毎日同じ状態な気がする。
何故かやけに急いでいる様な、慌てている様にも感じる作業量だ。
まるで何かに備えている様にも見えるし、パック君もそんな風に感じたらしい。
けれどなぜセレスさんが焦っているのかは解らない。
私の知る限りで気になる事が有るとすれば、ライナさんが言っていた事だろう。
『魔法石は錬金術じゃない。こんな物は錬金術と認めない』
そんな事を言ってる人が居たらしい。勿論普通に考えたら気にしなくて良い事ではある。
だって言葉を聞いた限りでは、単に成功したセレスさんを妬んでいる様にしか聞こえない。
そもそも魔法石は作るのが凄く大変な事は、その為に鍛錬を続けている私達が痛感している。
簡単な魔法石すらまだ私達はまともに作れない。作れないんだ。
なのにそれを認めないって言うのは、単に作れない妬みにしか思えない。
ただその言葉を告げたのがライナさんだと言う事が、私の中ではとても大きい要因になる。
あの人はセレスさんの親友で、セレスさんはあの人の事をとても重要視している。
ならライナさんが気になったという事が、本当に何でもない事なんてあるだろうか。
「・・・ライナさんが言っていたんですか・・・先生の反応はどんな様子だったんですか?」
「凄く真剣に聞いていて、目も鋭い『錬金術師』の時の顔をしていました。少なくともどうでも良い様子では無かったと思います。その後は普段のセレスさんに戻ってましたけど」
「成程・・・」
ライナさんが気になる話をしようとした時、セレスさんの目は凄まじく鋭かった。
そして魔法石の話が終わって少し経つまで、その目が和らぐ事は無かった。
まるで何かを察して、その考えが纏まるまで動きを止めていた様に。
「気になりますね、その話・・・僕も少し調べてみます」
「パック君は何も知らない感じですか?」
「一応聞いた覚えはある話ですが・・・正直ただの嫉妬と流していましたので」
「あ、やっぱりそう思っちゃいますよね」
「まあ、普通に考えれば」
お互いの認識が同じだった事に笑いあう。やっぱりそう考えるよね。
だって魔法石って作るの本当に大変なんだもん。まだまだ作れる気がしない。
多分色んな人が魔法石を真似しようとして、結局作れずにいるのは目に見えてる。
もし魔法が上手いだけで作れるとかなら、誰よりもアスバさんが簡単に作れるはずだし。
あの人は『魔法使い』である事に誇りを持ってるから、望んで作ったりはしないと思うけど。
「とりあえず今日はセレスさんが起きるまで、依頼の薬を作っちゃいましょうか。精霊さん達もお手伝いお願いね」
「そうですね。まだ先日の依頼分が終わっていませんし、手早く終わらせましょう」
『まかせてー!』
『やるぞー!』
『先に荷物運んじゃうぞー!』
『あ、こらー! それ乱暴に揺らしちゃダメって言われたでしょー!』
『そうだぞ! 痛んじゃうぞ!』
『『『そうだった!』』』
ビタッと止まった精霊達がみんな変な体勢でちょっと笑ってしまう。
ただ注意したのがパック君についてる子達で、走り出したのは私についている子達だ。
何だか良く一緒に居る相手で言動が少し違ってる気がするのは私だけかな・・・。
『ライナ様と主様の会話・・・私は少々認識が違うと思うのですが・・・とはいえライナ様が気にした以上、何か在る可能性は否めませんか』
私達の会話を静かに聞いていた家精霊は、部屋に入る私達を見ながらそんな事を呟いていた。
ライナさんへの信頼がセレスさんより上な気がするのは、多分気のせいじゃないと思う。
家精霊さん、セレスさんの事は大好きだけど評価は厳しいよね。
私もセレスさんは少しぐうたらな所が有るとは思うけど、やっぱり頼りになる人だと思うよ?
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