第510話、幸せの最後に緊張を強いられる錬金術師
ライナの店に向かうには少し早い時間、けれど遅くまで待つ我慢が出来なかった。
後折角だしハニトラさんも誘って、メイラとハニトラさんと私の三人で早めに向かう事に。
絨毯を全力で飛ばして――――。
「まってまってまって! 速い怖い!!」
と思ったけどハニトラさんが怖がったので少しゆっくり目に飛んだ。
それでも怖いのか、飛んでる間はずっと私にしがみついていたけど。
食堂に着いたら裏口の方に降りて扉を叩くと、少しも待たずにライナが迎えてくれた。
「じゃあ、好きな所に座っていて頂戴」
「ん」
『『『『『キャー♪』』』』』
店に入るといつも通り精霊達が居て、今日は店員のつもりなのか私達を中へ促す。
そんな精霊達の様子をクスクスと笑いながらメイラが誘導に従う。
「ありがと、精霊さん」
『『『『『キャー♪』』』』』
相変らずメイラと精霊は仲が良い。普段一緒の子達以外とも良く話してるみたいだし。
それは暫く街を離れていても変わらないみたいだ。私としてはそれが嬉しいけど。
家族が何時も通りなのはやっぱり嬉しいし落ち着く。うん、やっと落ち着いた気がする。
「どうしたの、セレス。座らないの?」
「あ、うん、すわるよ」
ポケっとしてたからか、ハニトラさんが不思議そうに首を傾げていた。
ちょっと照れ臭くなりながら応え、そそくさと席に座る。
それとほぼ同時にライナがお茶を持って来てくれた。
何時もの様に食事が出来るまでお茶を啜る・・・あ、だめだ、今日きついかも。
腸が、腸が匂いで急激に動き出してる。早く食わせろって体が叫んでる。
「・・・凄い音してるわね」
「ですね・・・セレスさん、もしかして出先であんまり食べてなかったんですか?」
「そう言えば・・・余り、食べて、なかった・・・様な・・・?」
今回の仕事先では美味しい料理は無かったから、余りしっかりと食事をしていない。
いや、一応食べてはいたんだけど、そんなにがっつり食べてない。
そのせいか今になって空腹感を感じ始め、段々気持ち悪くなってきた。
「うー・・・あー・・・」
「あ、セレスさん駄目な状態になってる」
「・・・普段もこんな事あるの?」
「そう、ですね。家精霊さんに叱られるぐらい作業にのめり込んだ後はこんな感じです」
「へぇ・・・錬金術師様もやっぱり人間って事なのかしらね」
余りの空腹感、というよりも最早飢餓感すら覚えてテーブルに突っ伏してしまった。
その間メイラとハニトラさんが仲良く話してた気もするけどよく覚えてない。
気が付いたら料理が目の前に置かれて、一心不乱に食べ続けていた。
お腹が少し膨れたあたりかな。私が周囲に気を向ける事が出来たのは。
「はふぅ・・・おいひい・・・」
それでも少し元気になっただけで、基本的に食事に集中してたけど。
だって美味しいんだもん。そんなに久しぶりじゃないけどそれでも美味しいんだもん。
材料はそこまで珍しい物じゃないのに、何でこんなに美味しいのか。不思議だ。
テーブルに有った食事が全て無くなる頃には流石に流石に落ち着いたけど。
「凄い食いっぷりだったわね・・・」
「セレスさん、ここで食べる時だけはお腹壊れてるんじゃないかって思いますね」
「ホントよね。あの体のどこに納まるんだか」
顔を上げるとハニトラさんは少し驚いた顔で、けどライナとメイラは笑っていた。
そうは言われても美味しいんだもん。何ならまだ入る気がするよ。
『『『『『キャー♪』』』』』
「はいはい、お粗末様です」
精霊達も満足そうだ。特にメイラと一緒の三体は物凄く幸せそうにしている。
食事が終わった後はメイラやハニトラさんに話した事を、砂漠での事を話した。
向かった先で最初から予想外が起きた事、またリュナドさんに助けて貰った事を。
後ちゃんと人魚の事も伝えたら、ライナは何故か苦笑を見せた。
「リュナドさんを好きになった人魚、ね」
「う、うん、何か気になる事、あった?」
「いいえ、特には無いわね」
けど私が聞いても彼女はそう答えたので、多分特に問題は無いと思う。
有るなら教えてくれるはずだ。リュナドさんの事なんだし。
私も別に気になる様な事は無かったと思うし。まあ私の感覚は当てにならないけど。
「それにして、一人で工事ねぇ・・・とんでもない事をするわね、セレスは」
「ん、溜め込んだ魔法石が無いと無理だったけどね」
「魔法石、か・・・」
そこでライナはポソリと呟き、何か思案する様子を見せた。
魔法石の使い方に気になる事でもあっただろうか。
それとも魔法石が必要な事が起きたのかな。
「何か気になる事、あった?」
「・・・最近少し気になる話を聞いたのよね。セレスに無関係じゃないだろうと思って、一応話しておこうとは思ってたのよ」
「気になる、話?」
な、なんだろう。私また何かやらかしちゃったのかな。
魔法石の話をしてからって事は、私に関りが有る事は確実だよね。
う、す、少し緊張して来た。ど、どうか叱られるような事じゃありませんように・・・!
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「以上が今回の顛末です」
今回の件をざっくり纏めた書類を領主へと差し出す。
この中には殿下と相談した事や、他国の王子を巻き込む事も書いている。
とはいえ基本うちに損の無い、あちらにも損の無い形にしてはいるが。
俺一人じゃこうはいかない。パック王子殿下様々だ。
でも俺に殿下ではなくパックで構わないというのは勘弁してくれ。
領主は大半殿下が纏めた書類に目を通すと、深く大きなため息を吐いた。
「成程・・・相変わらず予想の斜め上を行ってくれるな」
「同感です」
「何を他人事の様に言ってる。お前にも言ってるんだよ、お前にも」
「心外です」
俺はセレスに頼まれてついてっただけだし、巻き込まれた様なもんだ。
そもそも工事だってあいつ一人でやっちまったし、俺は何もやってない。
「じゃあその後ろに飛んでる、使用人服を着た何かはどう説明するんだ」
「人魚らしいですよ」
『人魚よ』
あ、領主の目が呆れを通り越した目になってる。そんな目をされても困る。
だって俺が連れて来たかった訳じゃねーし。勝手について来たんだし。
あのまま置いて行けばどうかと思ったりもしたけど。
とりあえず裸じゃなく服をちゃんと着せた俺をほめて欲しい。
「・・・お前、段々あの錬金術師に似て来たんじゃないか」
「俺はあそこまでとんでもなくないです」
「そう思ってるのはお前だけだと思うがな」
「勘弁して下さい。俺は本来普通の・・・どこにでも居る凡人ですよ」
精霊公って立場の為に肩ひじ張ってるけど、俺は本来普通の人間だからな。
なんか色々出来る様になってるけど、これ全部外付け装備だし。
装備全部外した俺の無力っぷりは中々凄まじい物が有る。
その自覚だけは常に忘れていない。そこを驕れば俺はきっと何かを間違える。
俺の力は俺の力のみの範囲だ。後は相棒達が貸してくれてるだけだ。
アレは俺の力じゃない。俺はただの凡人だ。
「・・・お前の様な凡人が溢れていれば世の中平和だろうな」
「含みのある言い方ですね」
「勿論だ。今ここには居ない火傷顔も同じ事を言うだろうな」
「・・・お二人って仲悪い割に気が合いますよね」
「腹立たしい事にな」
口喧嘩してる割には見てる方向が同じだったり、結構意見は合う事多いんだよな。
それが余計に気に食わないのか、意見がズレた時すげー言い合いしてるけど。
「とりあえず報告は受け取った。殿下達がすでに動いている以上、私達がやる事は無いだろう。いや、錬金術師かその弟子は多少やる事は在るかもしれんが、その時は頼むな」
「はっ」
「・・・所でいい加減その態度止める気は無いか?」
「領主を譲らないと確約してくれたら良いですよ」
「この野郎」
「なんですか」
ぜってえやらねえぞ、領主なんて面倒くさい仕事。
「はぁ・・・まあ、今はそれでも構わんよ。お前はまだ若いしな」
老けてもやる気は無いです。頑張ってくださいお願いします。
それかちゃんと後継者作ってください。俺は本気で領主なんて嫌です。
「ああ、そうだ。錬金術師の話で思い出した。少し気になる事があってな」
「セレスの事ですか?」
「いや違う。ああいや、違いはしないのか?」
「・・・どういう事ですか?」
領主のあやふやな返答に首を傾げ、ただ領主も若干首を傾げている。
訳が解らない思いを持ちながら言葉を待つと、また少し悩む様子で口を開いた。
「魔法石を錬金術とは認めない。こんな物は錬金術じゃない。そんな事を言っている者が街に居たそうだ。我らが錬金術師殿は成果を上げ過ぎて他の錬金術師に妬まれているからな。嫉妬からの発言も有りはするかと、本来なら聞き流しても良い話だが・・・妙に気になったんでな」
「魔法石を、錬金術とは認めない、ですか・・・」
セレスに対する愚痴ではなく、明確に作った道具に対する批判。
それは確かにただの妬みの様にも聞こえるが・・・出来ればそれだけであって欲しいな。
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