第509話、一番大事な人に会いに行く錬金術師
「ところで、アレなに?」
『アレとは失礼ねぇ』
アスバちゃんが指さした方向には人魚が居て、人魚は腰に手を当てて応える。
ただ表情は笑っているから、言葉と違ってそんなに気にしてない、のかな?
「また妙なの連れて帰ってきたら気になるでしょ」
『また、ね。チビ共と一緒にされるのは心外なんだけど』
『『『『『キャー!』』』』』
別に精霊は私が連れて帰って来た訳じゃなく、勝手について来ただけなんだけど。
最初は付いて来てたの気が付かなかったし、その後も勝手に街に来ただけだし。
増えた精霊達もかなり自由にしてて、別に私が指示してる訳じゃないしなぁ。
勿論迷惑かけちゃダメだよ、ぐらいの事は言ってるけど。
なんて思っていると、フルヴァドさんが少し困った顔で口を開く。
「・・・その、上に何か羽織りはしないのか。女からしても、その、目の毒だと思うんだが」
『あら、何が毒なのかしら?』
「何がって・・・その容姿と体で衣服を着ていないのは十分毒だろう・・・たとえ下半身が人の物でなくても」
『あらそう?』
人魚は全く気にした風が無いけど、フルヴァドさんはどうしてに気になるらしい。
首を傾げて笑う人魚に対し困った表情のままだ。
「・・・俺そろそろ行くな」
「あ、ごめんねリュナドさん。うん、またね」
ただそこでリュナドさんがおずおずという様子で声をかけて来た。
さっきその話してたけど、アスバちゃんが来たから中途半端になってたっけ。
慌てて謝って、彼に別れの言葉を告げる。寂しいけどお仕事だろうし仕方ない。
「殿下、今から少し宜しいですか。後でも構いませんが」
「問題ありませんよ。行きましょう」
「助かります」
ただどうやらパックも一緒に行くらしい。え、何それ聞いてない。
今日は弟子達といっぱい一緒に居るつもりだったの・・・行っちゃうの?
でもここでパックを止めると、リュナドさんの邪魔をする事になるんだろか。
それは嫌だ。嫌だけどパックが行くのも嫌だ。うう、私はどうすれば。
何て悩んでいる暇もなく、パックはリュナドさんの傍へ向かう。
ああ、パックぅ・・・。
『それじゃあセレス、またね』
「あ、うん・・・」
パックに意識が行っていた事で、人魚への返事が雑になってしまった。
けど人魚は気にせずリュナドさんへ近づき、そこで彼は動きを止めた。
「え、お前付いて来るの?」
『私は貴方に付いて来たんだから当たり前じゃないの』
「・・・セレスの家で大人しくしててくれませんか?」
リュナドさんは人魚について来て欲しくないみたい。
でもそれは無理じゃないかなぁ。だって人魚が来た理由はリュナドさんだもん。
彼の事を好きになって、彼に付いて来るって決めてここに居るんだし。
『い・や♪』
そしてその予想通り、彼女はにっこり笑って彼の要望を拒否した。
やっぱりそうだよね。ついて行くよね。ただそんな人魚にアスバちゃんが驚く。
「え、何アンタ、セレスじゃなくてリュナドについて来た訳?」
『ええ、そうよ』
「ふーん・・・また面白い噂でも立ちそうね、精霊公様?」
「うるせえ。俺は面白くねーよ」
アスバちゃんがニヤッと笑い、リュナドさんはつまらなさそうに返す。
何の噂なんだろ。リュナドさん人気者だからなぁ。色々噂になるんだろうなぁ。
精霊使いとしての加護が消えてない時点で、彼が街の人に好かれてるのは間違いないし。
「はぁ・・・せめて何か上に着てくれ。これ以上変な噂が立つのは御免だ」
『仕方ないわねぇ・・・本当はこの体を隠すの嫌なんだけど』
「普通の女は逆の考えだろ・・・」
『私は自分の美しさに自信が有るもの。この体の全てを堂々と見せられるわよ』
「勘弁してくれ・・・」
胸を張る人魚は本当に自信満々で、私もあれぐらい胸を張れたらいいなぁと少し思う。
とはいえ街中で裸は・・・無理無理無理。恥ずかしい処の話じゃない。
リュナドさんに薄着見られるのすらまだ少し恥ずかしいのに。
最近は慣れて来たけど、それでも彼以外の男性には無理だ。
あ、パックは別だよ。弟子だからね。むしろ抱きしめて寝たい。
「セレス、悪い、ローブ貸してくれるか・・・」
「あ、うん、どうぞ」
一時人魚に貸していた外套を鞄から取り出すと、人魚がそれを受け取る。
『どうせなら可愛い服が良かったんだけど・・・』
可愛い服かぁ・・・足が無いしワンピース系の服が良いかなぁ。
それとも尾ひれはしっかり出てた方が良いのかな。
「そういうのは後でな」
『後で、ね。約束よ?』
柔らかく微笑む人魚はとても嬉しそうで、けどリュナドさんは溜息を吐いて歩を進める。
パックは私に一礼してから彼に続き、彼らの姿は街道へ消えていく。
その様子を少し寂しいと思いながら見つめていると、アスバちゃん達も動き出した。
「じゃあ私達も行くわね」
「うむ、また後でな、セレス殿」
「え、あ、うん・・・またね」
二人も行っちゃうのか。ゆっくりお茶でもと思ったんだけど。
手を振って二人を見送り、庭に残ったのは私とメイラと精霊達。
あ、黒塊もだった。そう言えば帰りの挨拶してないや。
「黒塊、ただいま」
『遅い。我が娘に心労をかけるな』
「セレスさんに失礼な事言わないで」
『・・・』
メイラの一言で黒塊は黙ってしまった。別に失礼な事なんて言われてないのに。
ああ、精霊達、蹴らないであげて。別に私怒って無いよ。
「心労かけちゃった?」
「い、いえ、それはその・・・帰ってきたらセレスさんが居ないのがちょっと寂しくて、それに魔法石の詰まった樽がいっぱい必要な事が起きてるみたいだから、少し心配になっただけです」
「・・・そっか」
心配をかけちゃったか。そっか。確かに樽いっぱいの魔法石使うなんて大事だもんね。
「ごめんね、心配かけて」
「い、いえ! 私が勝手にそう思っただけですから。私が心配するような事って、きっとセレスさんなら最初から解ってるだろうし・・・その、弟子の私が心配なんて、失礼かなって」
「そんな事ないよ。ありがとう、心配してくれて」
「・・・はい。心配、しました」
後ろからメイラを抱きしめると、彼女はきゅっと私の腕を握る。
心配させたのは申し訳ないけど、心配してくれる事は嬉しい。
だってそれはメイラも私を大事に思ってくれてるからだと思うし。
私は何時だって心配だよ。メイラの事が、パックの事が、とても心配。
大事な家族で可愛い弟子だから。心配になる事が沢山ある。
メイラも同じであるなら私はとても嬉しい。
「セ、セレスさん、お茶にしましょう」
「ん、そうだね。いつまでも庭に居ないで家に入ろっか・・・家精霊、お願いして良いかな」
『『『『『キャー♪』』』』』
突然ワタワタと提案したメイラに頷き返し、家精霊にお願いをして家に向かう。
山精霊達はお菓子が食べれると思ったのか我先にと走って行った。
「ふふっ」
人数が一気に少なくなってちょっと寂しいけど、それでも少しだけで済んでいる。
それはきっとメイラや家精霊、それに山精霊が居る何時もの家に帰ってこれたからだろう。
ここは落ち着く。帰ってくる場所なんだって思える。それに街には皆が居るし。
「今日は一緒にライナの店に行こうね、メイラ」
「はい、久しぶりにライナさんの料理食べたいです!」
その後はお茶をしながら、会えていない間に何が有ったのかを語り合った。
因みに夕暮れ頃にもう一度来客が有り、ハニトラさんがやって来た。
聞けばリュナドさんより先に私に会いに来たらしい。そんなの嬉しいにも程がある。
「ハニトラさん・・・!」
「ちょ、何、何で抱きつくのよ!?」
私は幸せ者だ。昔からは考えられないぐらい友達いっぱいだもん。
後ハニトラさんは相変わらず柔らかくて良い匂いがする。抱き心地が良いよね。
また今度リュナドさんと三人でぎゅってしようと約束しておいた。
メイラが複雑そうな顔してたのは何でなのか良く解らなかったけど・・・何でだろうね?
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「お疲れさまでしたー」
「はいお疲れ様」
『『『『『キャー!』』』』』
店を出ていく従業員を精霊と一緒に見送ってから、表の扉の鍵を閉める。
けれど厨房の火はまだ入れたまま、お茶を啜りながらテーブルに腰を預けた。
「ふぅ・・・今日は多分は来るかしらね?」
『キャー?』
お茶を一口飲んでそう呟くと、視線の先に居た精霊が首を傾げる。
特に返事が欲しかった訳じゃないけど、そんな精霊の様子にクスッと笑みが漏れた。
「貴方達の主様よ。帰って来たみたいだし、来るかなーと思って火を落としてないのよ」
『『『『『キャー♪』』』』』
精霊達はセレスに会えることが嬉しいのか踊りだした。
まだ来てないし来るかも解らないから気が早いわよ。
「・・・帰ってきた直後となると、何か問題抱えてる可能性も有るし・・・今なら私以外にも頼る所が沢山あるし、ね」
もう今のセレスは昔とは違う。あの子の周りには頼れる相手が増えた。
その筆頭がリュナドさんで、彼が居れば大体の事は何とかなる。
それに弟子であるパック殿下も・・・パック君もセレスの為なら必ず動く。
私に相談するより、あの二人に相談する方が早いし問題も起こらない。
と、思いたいんだけど、そうはいかない事も多いのよね。
皆未だにセレスの事誤解したままの所あるし。特に弟子達は余計に。
セレスの本質を見抜けているのは家精霊ぐらいかしらね。
メイラちゃんも若干だらしない部分は理解してるみたいだけど。
『『『『『キャー♪』』』』』
「・・・来たみたいね」
それぞれ自由に踊っていた精霊達が、突然裏口の方へと集まって行く。
私がその後に続いてゆっくり向かうと、扉の前に立ったところでノックの音が響いた。
「おかえりセレス。メイラちゃんもいらっしゃい」
「ただいま、ライナ」
「お邪魔します、ライナさん」
扉を開けると予想通りの人物がそこに居て、満面の笑みで返してきた。
今日はもう仮面を外してるみたいね。あら、後ろに居るのは・・・。
「・・・珍しいお客様ね」
「折角だしついて来いって言われたのよ・・・邪魔だったら帰るわ」
「いえ、歓迎するわ。ハニトラさん?」
「貴女まで・・・はぁ、もう良いわよそれで」
最早あだ名の様になっている名を呼ぶと、彼女はため息を吐いて了承した。
ただ最近は彼女もその名を受け入れている様な気がするのは気のせいかしら。
セレスは確実に「ハニトラ」を名前と思ってるから、訂正しないとずっとそのままよ。
本人が訂正するまで放置するわよ私は。その方が多分セレスにとって都合が良いし。
「でも、彼女も居たならリュナドさんを呼んで、家で食事の方が良かったんじゃないの?」
「だって・・・ライナに会いたかったし。帰ってきたら本当は一番に会いたいけど、そうすると迷惑になっちゃうし・・・駄目だった?」
「ふふっ、ダメなんて言ってないでしょ。さ、あがって」
「う、うん・・・!」
真っ先に私に会いたいか。やっぱりセレスの中でその感覚を変えるのは難しいのかしらね。
それでも弟子達やリュナドさんを優先する事もある辺り、大分変わったとも言えるけど。
「まだもうちょっと、手がかかるかしらね」
その事を少し困ると思いながらも、少し嬉しいと思うのは良くない考えだわ。
さて、今度は何が有ったのかしらね。またリュナドさんが頭抱えないと良いけど。
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