第507話、帰還を満喫する錬金術師。
「そろそろ到着するぞ」
『『『『『キャー♪』』』』』
竜の声が風に乗って届き、精霊達が楽し気に鳴き声をあげる。
そこで私も意識を外に向けて荷車の端へと移動した。
竜の背越しに見える景色はまだ雲だらけで、今どこに居るのか良く解らない。
けれど段々と高度を下げ始め、雲を突き抜け地面が見えて来た。
同時に私達の住む街も見えて来て、帰って来たんだなと実感する。
竜は街の上空を旋回して速度を落としてゆっくりと降りていく。
この巨体が着地して風が舞う程度で済むのは何度見ても凄いと思う。
「竜、先に降りるね!」
「解った」
旋回の邪魔にならない様に声をかけてから、竜の飛ぶ軌道に合わせて荷車を飛ばす。
そして山へと降りていく竜を見ながら、私は私で帰りたい場所へと荷車を向ける。
焦らなくたって荷車の速度ならすぐなのに、変に気持ちが逸っているのを感じながら。
『『『『『キャー♪』』』』』
当然すぐに家の上まで辿り着いて、楽し気にお帰りと迎えてくれる精霊達の声が響く。
そして声こそ上げていないけれど、メイラが両手を上げて精霊と同じ様に手を振っていた。
勿論家精霊も庭で出迎えてくれていて、パックも笑顔でこちらを見上げている。
そのせいでこのまま急降下したいのを堪えつつ、危なくない様にゆっくりと下ろす。
庭に荷車を着地させたら即座に飛び降り、弟子達の下へと向かった。
「おかえりなさい、セレスさん!」
「ただいま、メイラ」
パタパタと走って来るメイラを抱きしめ、街を見た時以上に帰って来たと実感する。
ぎゅっと抱きしめて来る彼女に応える様に私も力を籠め、暫くお互いに離れなかった。
ただ精霊達が待ちきれなかったのか、僕達もと言う様によじ登り始めた。
「ああ、うん、ごめんね。君達も迎えてくれてありがとう。ただいま」
『『『『『キャー♪』』』』』
けどそれで満足してくれたのか、嬉しそうな鳴き声を上げて落ちていく。
降りるんじゃなくてボトボト落ちていく様子はちょっと奇妙だ。
そして今度は家精霊に目を向けると、満面の笑みで抱き着いて来た。
「ただいま。留守番ありがとう」
ポンポンと背中を叩いて告げると、家精霊はコクリと頷いて応える。
言葉は解らないけれど、何時だって迎えてくれる心を感じるからとてもありがたい。
この子が居るおかげで私は帰る場所が有る。本当にいつもありがとう。
「おかえりなさい先生」
そこでパックも寄って来て、けど他のみんなと違って抱き着いてこない。
なので家精霊がスッと離れた後、両手を開いてパックを迎える。
ただそれでもパックは近づいて来なくて、むしろ少し困った表情を見せて来た。
今日はダメな日なのかな。パックは抱き着くのが恥ずかしい日が有るらしいから。
でも出迎えの時ぐらい良いと思う・・・って言うのは私の我が儘になっちゃうのかな。
けど諦めずに手を広げていると、おずおずという感じでパックが近づいて来た。
「・・・お帰りなさい、先生」
「ただいま!」
私の胸に顔をうずめるパックをぎゅっと抱きしめ、喜びを伝える様に告げる。
するとパックもキュっと返してくれたので、余計に嬉しくなって強く抱きしめた。
「ふふっ、パック君可愛い。ね?」
パックの後ろではメイラがニコニコしており、家精霊も笑顔でコクリと頷く。
ねー。パック可愛いよね。私の我が儘を聞いてくれるのもとても優しいし。
「メイラと家精霊もおいでー」
「ふふっ、はい」
『『『『『キャー!』』』』』
その後はみんなでギューッと抱き合い、山精霊に群がれらてわちゃわちゃになった。
けどそれがとても楽しくて嬉しくて幸せで、自然と自分が笑っているのを感じる。
ああ、本当に幸せだなぁ。家族にいっぱい囲まれて本当に幸せだ。
後はここにライナも居れば最高だったけど、流石にそれは我が儘が過ぎるだろう。
変わりに今日は皆で食堂に行こう。私が帰って来た事には気が付いているだろうし。
あ、そう言えばアスバちゃんはどうしたのかな。もう帰って来てるのかな。
それにフルヴァドさんにも後で挨拶に行かないとなぁ。
帰って来たばかりなのにやる事がいっぱいだ。そしてそれが嬉しい。
『素敵な家族ね』
ただそこで人魚の声が聞こえて、彼女とリュナドさんを放置してた事に気が付いた。
けど悪い事をしてしまったという感情が、家族を褒めて貰えた喜びを上回ってしまう。
「うん、大好きな家族だよ」
人魚にそう答えてから、もう一度皆をぎゅっと抱きしめた。
ただその後慌てて謝ったけど、でもやっぱり嬉しいな。
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竜の背に乗って空を飛び、そして背から離れて荷車で飛ぶ。
普通こんな事が起きれば騒ぎになりそうなものだけど、眼下を見る限り慌てる様子はない。
いえ、幾らかは騒ぐ様子を見せているけど、兵士や大半の住民は慣れた様子だ。
何よりも驚いたのは、チビ共が大量に街中に居る事。
街の至る所で走り回ってるし、山の方にも居るみたい。
リュナドに付いてるの全部じゃなかったのね・・・面倒くさそう。
そんな思いを込めつつチビ共を眺めていると、荷車は街を外れて飛び始める。
てっきり街に向かうと思っていたから少し驚き、更に凄い力を感じて尚の事驚いた。
あの竜も、私も、それこそ変になったリュナドも倒せそうな、凄まじい力。
セレスは一直線にそこに向かっていて、そして強い結界を何でもない様に抜ける。
むしろ結界が迎え入れる様に、優しく包む様に荷車とセレスを受け入れていた。
おそらくあの庭に居る精霊の力でしょうね。
「おかえりなさい、セレスさん!」
そうしてセレスを出迎えたのは、多分彼女が可愛い弟子だと言っていた子。
一見普通の子にしか見えないけれど、何故かあの子に愛しさを覚えてしまう。
自分の思考や感情外の本能的な部分が、あの娘を愛して守れと叫んでいる。
『そういう才能、なのかしらね?』
庭の端にある変な塔に乗っている黒い塊。アレが大人しい事でそう思った。
あの黒いのはどう見ても呪いの塊。それも常人なら触れただけで蝕まれる呪いね。
けれどその呪いとお弟子ちゃんに繋がりを感じ、かつお弟子ちゃんに影響は見えない。
時々居るらしい神様を身に下ろせる人間、無条件に超常に愛される人間じゃないかしら。
でなきゃ私の胸に生まれたこの愛おしさに理由が付かないもの。
とはいえそれは私に植え付けられた一部の影響で、私の理性はその感情を否定していた。
愛おしいと思うのは、私が愛おしいと思った相手。こんな本能の感情なんて認めない。
『お帰りなさいませ、主様』
けれど蕩けそうな笑みを見せる精霊や。
「・・・お帰りなさい、先生」
恥ずかしそうにしながらも、師の願い通り抱きつく男の子。
「ふふっ、パック君可愛い。ね?」
『はい。主様も幸せそうで何よりです』
師匠と弟子を愛おしそうに見つめる子と、その発言をした子を含めて見つめる精霊。
チビ共は好き勝手に騒いでるからどうでも良いとして、あの子達はとても可愛い。
それはきっと私がセレスに愛情を抱いているせいも有るんだろう。
愛すべき『人間』に幸せをもたらしている者達。
この子達が居るからセレスが幸せなのだと、傍で見て居るだけで分かる光景。
まだ出会ったばかりで愛おしいと思う程ではない。けれどこの光景はとても可愛らしい。
『素敵な家族ね』
思わずそう口にするとセレスが私に視線を向け、正直しまったと思った。
幸せな時間を邪魔してしまった。浸っていた気持ちを正気に戻してしまったと。
そう思ったのだけれど、セレスはそんな考えなど一切見せない笑顔を向けて来た。
「うん、大好きな家族だよ」
その余りに幸せそうな笑みは、思わず私が幸せを感じてしまう程だ。
『ふふっ、そう。じゃあその大好きな家族に私を紹介して貰えるかしら?』
「あ、うん、ごめんね、放置してて」
『良いのよ。大好きな家族との再会でしょ。むしろ私が邪魔して申し訳ないわ』
だって多分リュナドもそう思っていたから、荷車の陰でじっと立ってるんだろうし。
本当にあの子も可愛いわ。余りにいじらしくて意地悪したくなるのよね。
「ええと、彼女は今回の仕事で出会った人魚で、リュナドさんについて来たの」
『よろしくね、お弟子ちゃん達』
「は、はい、宜しくお願いします」
「よろしくお願いします」
メイラと呼ばれた子は紹介された私に少し慌てた様子を見せ、けれど礼儀正しく応える。
パックと呼ばれた子は特に狼狽えた様子は見せず、貴族の気配を見せる礼をした。
リュナドと違って私を見て狼狽えないのに、師匠に抱き着くのは恥ずかしいのね。
「女の子がメイラ。男の子がパック。それとこっちが私の家を守ってくれる家精霊だよ」
『よろしくお願い致します』
『ええ、宜しくね。可愛い精霊さん』
『かわっ・・・可愛い、のでしょうか、私は』
『私からすれば可愛いわ。とてもね』
『・・・そ、そうですか』
可愛いと言われたのが恥ずかしいのか、家精霊は形が少し緩み始めた。
その様子が尚の事可愛くて、この場所は余りに可愛いものが溢れている。
『これでチビ共が居なかったら最高なのに』
『なんだとー!?』
『さかなのくせにー!』
『僕達が一番主の役に立ってるんだぞ!』
『そうだそうだー! さかなが出てけー!』
ああ煩い。ただでさえ煩かったのに、数が増えて尚の事煩くなったわね。
『さかなだよね?』
『さかなだね』
『大きいよね』
『大きいさかな・・・じゅるり』
『おいしいのかな?』
『美味しくなかったよー?』
『でも食べてみないと解らないよね?』
『だよねー』
・・・本当にチビ共が居なかったら最高なのに。
何でコイツ等同じ精霊っぽいのに学習しないのかしらね!
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