第505話、報酬の話はまかせる錬金術師

メハバが落ち着いた所で仮面を着けて、荷車を城の出入り口傍へと降ろした。

全員が荷車から降りた所で精霊に番を任せて、国王へ仕事の終了報告に向かう事になる。

ただ人魚は精霊と一緒に残るらしい。彼女は何だかんだ精霊の傍に良く居る気がする様な。


苦手みたいな事言ってた気がするけど、物凄く苦手って程でもないのかな?


「・・・精霊達と一緒で良いの?」

『別に構わないわ。それにアンタ達だけじゃ頼りないものねぇ』

『『『『『キャー!!』』』』』

『はいはい・・・痛った!? ちょ、また噛んだわね! 何で懲りないのよアンタ達は!!』

『キャー・・・』

『だから勝手に噛んでおいて文句言うなぁ!!』


本当に良いのかな、残していって。あ、噛んだ精霊が捕まって水の紐に吊るされた。

そんな事も出来るんだ。結構繊細な動きと形に出来るんだね。

横に体を振って逃げようともがいているけど、揺れるだけで逃げられそうにない。


『キャー!』

『うるさい。暫くそこで反省痛った!? もうほんとに何なのよアンタ達は!!』

『『『『『キャー♪』』』』』

『逃がす訳ないでしょうが!』

『『『『『キャー!?』』』』』


続々と精霊達が吊るされていく。後どうも縛りがちょっと強めで痛いみたい。

最初に逆さまで吊るされた子が洗濯ばさみで吊るされた時と同じ様に泣いている。

主助けてーって言われても、先に噛んだの精霊達だしなぁ・・・。


「・・・ゴメン精霊達、今回は助けられない」

『『『『『キャー!?』』』』』


精霊達が絶望的な表情で鳴き声をあげるので、少々心が痛くなる。

でも悪いのこの子達のはずなんだけど。多分悪いと思ってないんだろうな。

こういう所が何時までも家精霊に叱られる所なんだと思う。


『はいはい、もう良いからこんなのほっておいて行きなさい。早く帰りたいんでしょ』

「・・・ん、お願いね・・・精霊達も、反省したら放してあげてね」

『反省ねぇ・・・反省するのかしらコイツ等』


する、時も、有るんだけどなぁ・・・でも同じ事で叱られてるから良く解らない。

とりあえず荷車は吊るされてない精霊に任せて、人魚も一緒に邪魔にならない所に移動。

ただその精霊も人魚の尾びれをじーっと見てたから、後でどうなるかは怪しいけれど。


「本当にいつでもどこでも騒がしいなお前らは」

『『『『『キャー♪』』』』』

「褒めてない褒めてない。ったく、行くぞ」

『『『『『キャー!』』』』』


荷車の移動を見届けてから、リュナドさんの号令で皆で城内へと歩を進める。

メハバはさっきの光景で気が緩んだのか、精霊達を見てクスクスと笑っていた。

私は当然リュナドさんの背後に陣取り、視線を遮りながら歩幅を合わせてついて行く。


後は何時もの依頼通り、彼が国王と報酬について話して終わりだね。


帰ったら先ずはメイラを抱きしめよう。パックも一緒に居るかなぁ。

それで二人をいっぱい可愛がったら皆でライナの店に行こう。

今回はしっかり頑張ったし、きっとライナも褒めてくれると思うんだ。


・・・ふと思ったけど、仕事に出るのがあと数日遅かったら、二人も連れて来れたんだよね。


仕方ないと言えば仕方ないんだけど、気が付いてしまうと何だか残念だ。

だって私が早く帰りたいのは弟子達が理由で、一緒に居るならもう少しゆっくりでも良いし。

私にしては物凄く珍しく、あっという間に仲良くなれた友達が出来たのになぁ。


ミリザさんの国と違って直接来れないから、精霊達に手紙を頼むのも難しそうだし。

いや、どうなんだろう。もしかしたら行けるのかな。後でちょっと聞いてみよう。


「精霊公がお父様に面会を所望しています。連絡を」

「はっ」


帰った後の事をぽけーと考えている間に、メハバが兵士に指示を出していた。

兵士がバタバタと走って行くと、その後を追いかける様にテクテクと歩き出す。

私はその間も帰った後の予定を頭に描き、気が付くと足が止まっていた。


「どうぞお入り下さい」


謁見の間じゃない。城の一室に入る様に兵士に言われ、言われるがままに足を踏み入れる。

中は最低限のテーブルと椅子が置いていある部屋で、それ以外は物が無かった。

その部屋の奥の椅子に国王が座っていて、隣には王子が立っている。


「座ってくれ、精霊公。錬金術師殿も」

「失礼する」


国王が座るように勧めると、リュナドさんは軽く応えて正面に座った。

私は慌てて彼の隣に座り、そっと彼の袖を握る。

だって今日はまた王子が厳しい目してて怖いんだもん。


メハバは私達が座っている間に国王の隣へ移動している。

精霊達はどうするか相談した結果、半々に分かれたらしい。

ただこっちに残った子達はテーブルに乗り、メハバの傍に行った子は整列しているけど。


いったいこの子達の中でどういう判断が有ったんだろう。ちょっと気になる。


「それで、何の用か、精霊公」


ただ私のそんな疑問を訪ねる前に、国王がリュナドさんに向けて訊ねた。


ー------------------------------------------


精霊公が私との面会を望んでいると連絡を受け、早急に場を整えた。

とはいえ今この段階になっては、下手に周囲に人が居ると邪魔になる。

何をやりだすのか予測のつかない人物である以上、限られた人間だけで話をしたい。


そう思い椅子とテーブル以外何も無い小さな一室にて、息子と二人だけで彼を待った。

普通の貴族ならば『こんな部屋で待つなど舐めているのか』と言われかねない。

もしくは見栄を張る事すら出来ないのかと、見下げ果てられるかのどちらかだろう。


だがおそらく、精霊公と錬金術師に限っては問題ないと断言出来る。

そんな事を言い出す者達が、娘の要請に応えてこんな所まで来るはずが無い。

むしろ面倒な事を避けるために対処したと、そう思ってくれる事だろう。


「どうぞお入り下さい」


兵士の言葉に従い部屋に入って来た精霊公を見て、その考えが正しかったと判断出来た。

彼は軽く部屋を見回すも嘲りも怒りも無く、私に勧められたままに席に着く。

錬金術師は仮面を着けているせいで判断が付かないが、少なくとも怒りは抱いていないだろう。


少々威圧感を感じはするが、あの時の吐き気がする様な恐怖は感じない。

そんな風に二人を観察していると、精霊達がキャーキャーと騒いで二分した。

精霊公の前に陣取る精霊達と・・・娘の前で整列する精霊達に。


この時点でもう、我が国で誰が最重要人物なのか決まった様な物だ。

おそらくあの精霊達は、精霊公と共に帰る事は無いのだろう。

兵士の様に、近衛兵の様に、王女の事を守る様に立ちはだかっているのだから。


そこまでせずとも理解しているよ精霊公。この国を救ったのは娘にするのだろう。

老人は出来る限りの事をやり切ったら、大人しくこの座を去るつもりだ。

いや、この指示は精霊公というよりも錬金術師の考えだろうか。


どちらでも良いか。この二人に国と民が救われた。ただそれだけが事実だ。


「それで、何の用か、精霊公」

「我々は王女殿下に要請された仕事を終えた。なので報酬について話をしたい」

「報酬か・・・だが恥ずかしながら、国を救った程の偉業に対する報酬を払える余裕が我が国には無い。おそらく貴殿も知っての通り・・・鉱山資源すら枯渇しかけている状況だからな」

「ええ、勿論承知しています」


当然だろう。人を操れる人間がこの程度の事に気が付かない訳が無い。

鉱山資源が潤沢に在るのであれば、買い叩かれたとしても暫くは生きていける。

その暫くすら生きていけないと判断したからこそ最悪の手段をとろうとしていた。


だが今生き残る目が見えたからと言って、それは目が見えている状態でしかない。

まだ砂漠はそこに在るのだ。今から地道に復旧して行かなければならないのだ。

それでも先の結果が多少目に見えるのが、今までと大きな違いではあるだろう。


なのに残り少ない蓄えを吐き出してしまえば、見えたはずの復旧すらままならない。


結局の所、助かったとしても我が国は首輪をつけられたも同然なのだろう。

そもそも出来た水場に関しても永遠ではない。何時か手直しをする必要があるはず。

その時に我々の手だけで直す事が叶うだろうか。願望を言うならば叶うと思いたい。


しかしあの巨大魚を見てしまった以上、気軽に未来を想うなど出来るはずもないだろう。

だからこそ娘の立場は揺るがない。精霊を付けられるまでの友誼を得た王女の立場は。

たとえその結果、精霊達が居なくなる事に怯える未来が待つとしても。


「報酬は後々で構いません。あと資材に関しても当てが有ります。周辺国に頼んで足元を見られるよりもいい国が。幸いこの国は港がありますし、国交を広げてみる気はありませんか」

「・・・それは助かる」


今は、助かる。精霊公の提案は、今の我が国にとっては救いの言葉だ。

だが後々重い負債になるのだろう事が予想できる。彼とその国に逆らえない負債に。

それでも従うしかないのが現状だ。後々を考える余裕など今の我々には無い。


「今後の細かい計画に関しては・・・王女殿下から後で相談が有るでしょう。彼女の持つ書類は我が国の誇る錬金術師が書いた物です。間違いなく役に立つと思われます」


娘が紙の束を持っているので何かあるだろうと思ったが、成程そういう事か。

何処までもお膳立ては出来ている訳だ。私の手が無くとも娘が一人で立てる準備が。

報酬の話もその一つなのだろうな。待ってやるから大人しくしておけという脅しだろう。


私が断れば立ち行かなくなるし、そんな事実が知られたら私は蹴落とされるだけだ。

元々蹴落とされるつもりではあったが、無駄に争った所でどこにも意味など無い。

粛々と彼の提案を受け入れ・・・錬金術師の策略に呑まれるしかないのだろう。


とはいえ今更な話だ。脅しが有ろうが無かろうが結果は変わらない。

むしろ脅しを多少含ませる事で、私が意地を張らず下がり易い様にしてくれたとすら思える。

案ずる所があるとすれば、何時かの未来で孫やひ孫が苦しむ可能性が残る事か。


その時私はきっと生きてはいないだろうし、生きていたとしても役には立たんだろうな。


「解った。こちらは上手くやらせて貰おう」


胸に抱える全ての想いを吐き出す様に、覚悟を決めた返事を精霊公に告げる。

いや、重荷を降ろす事を決めた以上、覚悟というよりも無様な降伏になるのかもしれない。

だがそれでも良い。その先に未来が在るならば、無駄な誇りなど投げ捨ててしまえば良い。


「・・・感謝する。精霊公・・・そして錬金術師殿」


それに・・・彼らが国の中枢に杭を打ち込んだとしても、それでも救われたのは確かだ。

感謝は忘れてはならない。未来に何があろうと、今の我々に手を貸す利など無かったのだから。

緩やかに滅ぶ様に手を回す方が、救うよりもよっぽど楽で意味有る行動だったはずだ。


緑を戻すだけの力がるのであれば尚の事、その気ならば彼らはこの国を手中に収められた。

全てが滅び、見捨てられたこの地を自分達の物にして、その後に復興すれば良いだけの事だ。

態々他国の物のままにする必要は無い。彼らの力を考慮すればそう結論が出るはずだ。


だがそれでも救ってくれた。この国をこの国まま生き永らえさせてくれる。

それは息子や娘がこれからも生きていけると言う事だ。そこに感謝が無いはずが無い。


「父上・・・」

「お父様・・・」


息子と娘の呟きを背に受けながら、精霊公の顔をじっと見つめる。


「私はセレスの望みに付き合っただけです。少なくとも私は王女殿下の依頼を受ける気は無く、この国は見捨てる方が良いと思っていました。礼を受け取る権利はないでしょう」


すると精霊公はあっさりとそんな事を言いのけ、それはまさしく本音なのだろう。

息子が一瞬動きかけたが、それでも彼の言葉こそが当然だと思ったらしい。

何よりも我々がどう思っていたとしても、救われた以上文句を言うのは筋違いだ。


「ならば改めて言おう。錬金術師殿、心から感謝する」


だからこそ精霊公の誘導通りに、錬金術師に対し感謝を述べた。

この件は精霊公の国が成した事では無く、一人の錬金術師の手柄だと。

すると彼女は暫く動かなかったが、ゆっくりと娘へ顔を向けた。


「・・・私は、メハバに依頼された仕事を、しただけだから・・・感謝は、彼女にするのが、正しいと、思う・・・よね?」

「―――――っ」


胸にかけた紙の束を強く抱きしめながら、首を傾げて告げる錬金術師を見つめる娘。

何よりも娘の名を呼んだ錬金術師の様子を見て、私は最早溜息を吐くしかなかった。

この手柄はお前の娘が成した事だと。先ずそれを認めろと言われて。


「・・・そうだな。ああ、確かにそうだ。ありがとう、娘よ。メハバよ。お前のおかげでこの国は救われたんだ。胸を張れ。お前は確かにこの国の王女だ。王族として誇り高い人間だ」

「おとう、さま・・・!」


事ここに至っても、私はまだ娘の事を軽く見ていたのかもしれない。

確かに娘は少々出来が悪い。それはどうしても違えようの無い事実だ。

だから、本当に娘に任せて大丈夫なのかと、そんな態度が滲み出ていたに違いない。


けれどそんな娘こそが救ったのだと、その事実をもっと認めるべきだった。

何よりもこの錬金術師がその後の事を考えていないはずが無い。

なら私が変に案じる様子を見せてしまえば、素直に王座から降る意味が無くなる。


そんな簡単な事を、まさか他国の錬金術師に言われるとは・・・本当に駄目な国王だな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る