第503話、作った物を王女に渡す錬金術師
リュナドさんの剣幕が怖くて恐る恐るになったけど、何とか言いたい事はちゃんと言えた。
すると彼が私の言葉に同意してくれて、だからなのか人魚も素直に謝って来た。
ただ彼女の言う事を聞いていると、行動した理由は私達の為って言っている気がする。
だって人魚が手を出さなくても私達なら問題無くて、余計な事をしたって言ってる訳だし。
なら別に人魚はそこまで悪くは・・・少し混乱しちゃったからそこはやっぱり悪いのかな?
そう思った事を素直に告げて、それで良いかリュナドさんに確認をとる。
一瞬顔を顰めた彼に叱られるかと身構えていると、私の想像とは反対の返事が返って来た。
私がそう言うなら良いって。て事は二人とも、私の為にしてくれていたって事、かな。
その事に気が付くと肩の力が抜け、それ所か少し嬉しくてにやけそうだ。
『ええ、ありがとう、セレス、リュナド』
人魚もリュナドさんが許してくれた事にお礼を言ったし、これでもう問題なしだよね。
私へのお礼は・・・嫌な事はやらなくて良いよって言った事にだよね、多分。
別にお礼を言われる程の事じゃないんだけどな。頼んでもいない訳だし。
嫌な事はやらないのは私も同じ事だし。むしろ私やりたくない事だらけだし。
最近はちょっと頑張ってるつもりだけど、結局誰かに助けられちゃってるし。
『駄目ねぇ、本当に。長い時間関わってこなかったせいで、人付き合いって物を完全に忘れてるわね。以前はもう少し上手くやれたはずなんだけど・・・アイツのせいかしらね』
「アイツ?」
『昔余計なおせっかいが好きな奴が居たのよ。そいつの影響ね、きっと』
余計なおせっかい・・・余計なのかな。私はそうは思わないけど。
だってきれいな水を保てるってかなり良い事だと思うし。
あ、でも疑問を解消しておかないと。本当に安全なのか確認しておきたい。
「えっと、少し教えて欲しい事が有るんだけど、聞いても良いかな」
『ええ、何かしら』
「ここの水を外に流してもここと同じ状態が保たれるの?」
『ならないわ。浄化されているのはこの一帯、セレスが手を加えた場所だけよ。ここから持ちだせば普通の水と変わらなくなるし、汚れる事も普通にあるわ』
「あ、そうなんだ」
なら水の使用方法で頭を悩ます事は無さそうだ。
飲み水としてはちょっと美味しく無さそうではあるけど。
水って色々混ざってるからこその味だからね。
あー、でもそのまま使っちゃって良いのかな。
人魚はやりたくないって言ってた訳で、解除できるなら解除した方が良い様な。
元々浄化の無い前提で計画を考えていたんだし、浄化が消えた所で影響は特にない。
「この水場にかけた何かは解除出来るの?」
『した方が良いかしら?』
「人魚が嫌なら、その方が良いかなって・・・嫌なんでしょ?」
人魚は私の答えを聞くと何故かニコッと笑った。
そしてすっと私に近づいて来ると、キュっと私を抱きしめる。
彼女の行動が良く解らなくて、首を傾げつつされるがままになっていた。
『本当に可愛いわね、貴女は』
「え、っと、ありがとう?」
何で今の会話の流れで容姿を誉められたんだろう。いや、容姿の事じゃないのかな。
どっちにせよ良く解らない。解るのは彼女の機嫌が良い事ぐらいだ。
『そのままにしておくわ。これは私の我が儘。だから気にしないで』
あれ、良いの? 嫌だって言ってたのに、気分が変わったのかな。
精霊達と同じぐらい気分屋なのかも。まあ良いか。そういう事ならそれで。
水を外に出せないなら問題だったけど、現状は特に問題無い訳だし。
「これって突然効果が切れたりとかしないの?」
『私が解除しない限りそのままね。ああ、私が消滅した場合でも同じ事かしら』
成程。なら急いで色々やる必要も無いから助かる事が多いかも。
本来は大きなため池みたいなものだから、飲み水に使うには後々処理が必要になる。
最初の内は問題ないと思うけど、流れもしない水たまりは結構濁って行く事が多いから。
海からの水が延々流れてくれたらその心配はないけど、残念ながらそうはいかない。
自然の水圧で水が流れる様にしているから、内側の圧と釣り合うと水が流れなくなる。
とはいえ延々水が流れるのもそれはそれで災害の種になっちゃうけど。
あと確認する事って何かあるかな・・・もう無いかな?
とりあえず水は問題なく溜まってるし、工事も失敗した感じは無い。
「うん、問題は無い、よね。確認も出来たし、帰ろっか」
後はメハバに計画書渡してこの仕事も終わり・・・渡すのは国王の方が良いのかな?
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付いて来たは良いものの、私は唯々目の前の状況を見守る事しか出来なかった。
最初こそセレス様が異変を感じた事で焦ったけど、その後は別の意味で焦ってしまった。
なにやら人魚と精霊公が言い合いをはじめ、そのせいかセレス様が不機嫌になってしまって。
優しい方で、可愛らしい方なのだと解っていても、あの迫力は恐ろしくて仕方ない。
なので私はすっと後ろに下がって成り行きに任せた。だって怖かったんだもん!
でもとりあえず和解出来た様子で、もう精霊公もセレス様も普段の表情だ。
人魚はとても機嫌が良さそうで、精霊様達もご機嫌に水の上を走っている。
貴方達そんな事出来るんですね。もう驚くのも疲れました。
思わずため息を吐きながら、とても綺麗で澄んでいる水を見つめる。
「水の浄化・・・か」
人魚がこの国の為に動いてくれた、とは流石の私も考えていない。
彼女が私に向ける目はとても冷たく、お二人に向ける目とは余りに温度差がある。
精霊様方に向ける厳しい様で優しい目ともまるで違う目だ。
それに彼女は私だけではなく、この国の民全てに対し似た様な目をしていた。
鯨の解体の時も、先程飛び立つ時も、ともすれば殺されるかと思う程に冷たい時もあった。
あれはきっと、彼女が語った身の上が理由なんだろう。
彼女は言っていた。この国を豊かにしていたのは別の存在だと。
それは間違いなく像まで作って祀られていた魚人だろう。
「・・・こんな事が出来る存在を裏切ってまで、一体何がしたかったのかしらね」
私には想像できない。自らを救ってくれる神にも等しい存在に弓引く理由が。
国を亡ぼす真似をしてまで、一体何のつもりだったのか。
そんな事を一瞬考え、けれど即座にその思考を捨てた。
「考えても意味の無い事だわ。こんな事」
過去に起こった事は覆らない。取り返しがつくような事でもない。
そもそも私どころか父すらも知らない話で、ならとても大昔の話だ。
この事実を語った所で信じる者なんて殆ど居ない。
なら、私が彼女に出来る事は一つ。彼女の存在を口にしない事だけ。
かつて国を救ってくれた神の一柱に、ほんの少しでも返せる恩はそれだけだ。
私達は彼女に何も望まない。彼女がそれを願う通りに。ただ、それだけ。
彼女が力を貸してくれなかった事に恨みなんて無い。
むしろ彼女達のおかげで私達はぎりぎり助かった。
少なくとも私はそう思っている。
「うん、問題は無い、よね。確認も出来たし、帰ろっか」
セレス様と人魚の会話が終わり、結局最後まで私は何をする事も無かった。
そうして荷車が空へと浮かび上がり城への軌道をとる。
「メハバ、これ、貴女と国王どっちに渡せば良いかな?」
「え?」
そこでセレス様は、私に紙の束を差し出してきた。
とりあえず受け取って中を確認すると、今後の計画が事細かに書かれている。
父と兄が今後の方向性を話していた時に口にしていた内容もあった。
この人は、本当に、どこまで――――。
「ああでも、メハバに渡しておけば良いか」
「―――――っ」
何でそんなに期待をしてくれるんですか。何でこんな役立たずに。
違う。今はそんな弱音を吐く所じゃないでしょ大馬鹿。
この人は、セレス様は最初、私と父のどちらが良いかと尋ねた。
それは『辛かったら父へ投げて良い』という優しさだ。
本来ならお前が立たなきゃいけない。けれど無理なら父にやらせると。
ならそんなもの、私の答えは決まり切っている。悩む必要なんか一切ない。
「私が、預かります、セレス様」
「そっか。うん、じゃあ渡しておくね」
「はい・・・!」
この人の期待にだけは、絶対に応えたい。応えなきゃいけないんだ。
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