第502話、真相を知りたい錬金術師

「ふぅ・・・」


ちょっと驚いたけど、とりあえず危険が無い事が解って少し安心した。

もし問題が有るなら最悪今からでも水を抜かないと、と思っていたし。


ただ良く考えたら、もしここが危険なら精霊達が警告してくれるはずだよね。

少なくともリュナドさんは遠ざけるだろうし、もう少し警戒する様子を見せると思う。


とはいえ原因が解ってない以上、安全だと思い込んでしまうのも危険な気はするけど。

相変わらず何故この状況なのかは解らないままな訳だし、完全に鵜呑みにするのも不味いかも。

でも精霊達の様子から察するに、絶対何か知ってると思うんだけどなぁ。


「ねえ精霊達、これって本当に君達が何かしたんじゃないの?」

『『『『『キャー』』』』』


ピョンピョン跳ねて喜ぶ精霊達に訊ねると、皆私の方を向いてフルフルと首を横に振った。

何もしていないらしい。じゃあ要因はやっぱりこの土地という事になるんだろうか。

それならもしかして、この国の他の場所でため池を作っても同じ事になるのかな。


「うーん」


それはちょっと困る。昨日作った計画書には、ここの水を他に流す計画も書いてしまった。

水を畑に撒いたり飲んだりは平気でも、溜めるとこうなるんじゃその計画が狂う。

何よりもこの水を別の場所に流してもこのままとなれば、水に色々と混ぜて使う事も出来ない。


この土地には栄養が足りない訳で、最初は栄養を水に混ぜる方が手っ取り早いのに。

大きな甕にでも汲んで行くのもアリではあるけど、後々を考えると余りにも労力だけが大きい。

最初の内は仕方ないとしても、何時かの未来まで同じ状況はもったいない。


せめて原因と言うか、こうなる要因だけでも解らないだろうか。

精霊達は何故か話したがらないけど、出来れば教えて貰えないかな。


「ねえ精霊達、ここの水がこうなった原因は知ってるん、だよね?」

『『『『『キャー』』』』』


全員頷いて返して来た。やっぱり知ってるんだ。でも言わないのか。

言えない理由があるのか・・・それともただ言いたくないだけなのかな。


「どうしても教えて貰えない?」

『『『『『キャー・・・』』』』』


出来れば教えて欲しいな、という思いを込めてもう一度訊ねてみた。

これで教えてくれないのであれば、もうそれは教えられないという事なんだろう。

精霊達にも精霊達のルールがあるだろうし、何でも話せる訳じゃないと思うから。


ただ暫くキャーキャーと話し合ったあと、頷きあってから私に向けて指をさした。

と思ったのだけど、少し私からずれている。私の、後ろ?


『『『『『キャー!』』』』』

『・・・あんた達の単純さを侮った私が馬鹿だったわ』


精霊達が『さかながやったー!』と言い、そう言われた人魚は頭を抱えていた。

ついでに『僕達の方が役に立ったから内緒にしなくても良いんだよ!』と言う不思議な事も。

何を言ってるのか良く解らない。あと人魚への悪口が半分以上伝わって来たのも困る。


困惑しながら人魚へと目を向け、少し首を傾げながら見上げる。

すると人魚は大きなため息を吐いてから、すっと私に近づいて来た。


『・・・はぁ、まさかそんなに警戒されると思ってなかったわ。昔の人間達は綺麗な水に喜ぶだけだったから。何も考えずに使ってた連中とはやっぱり違うのね、セレスは』

「そう、かな」


誰と比べて違うのかは知らないけど、予想外の事が起きたら普通警戒しない?

特に今回は国で使う為の水な訳で、異常が在るなら原因究明するのが普通な様な。

少なくともお母さんはそうすると思う。だって訳解んなかったもん。


理解出来ない物を理解出来ないまま使うのは結構怖いよ?


「とりあえず、これは貴女の仕業って事で、良いの?」

『良くはないけど、そういう事になるわね』

「良くないの?」

『本当は隠しておくつもりだったんだもの。良くはないでしょ。なのにチビ共への口止めも無意味だったし・・・ほんと、こいつらは話が通じなくて嫌になるわ。はぁ・・・』


人魚は大きな溜め息を吐きながら告げ、そのおかげで精霊達が口ごもった理由が解った。

事前に口止めされていて、だから内緒って事だったんだね。

ただ私が再確認しちゃったから、精霊達は内緒に出来なかったって事なのかな。


それにそうなると、さっきの知らないって言葉は嘘って事になる。

何で嘘なんかついたんだろう。人魚の考えている事が私には良く解らない。

でもリュナドさんの事を好きな人魚が、彼の損になる事をするとは思えないし・・・。


『まさかセレスに褒められただけで前言を覆すなんて・・・本当にコイツ等を侮っていたわ』

『『『『『キャー♪』』』』』

『得意げにしてるけど、私は馬鹿にしてんのよ。皮肉ぐらい理解しなさい』

『『『『『キャー!?』』』』』


精霊達は人魚の言い分にキャーキャーと文句を言うけど、人魚はただ深い溜め息だけを吐く。

喧嘩になりそうな雰囲気に私がワタワタしていると、リュナドさんがスッと前に出た。

ただその表情はどこか険しくて、私は思わずビクッと固まってしまう。


「何で知らないなんて嘘を吐いた。隠す必要は無かっただろ」


りゅ、リュナドさん、怒ってる? 私もそこは気になるけど、怒る事でもない様な。

リュナドさんの剣幕にちょっと怯えながら、何と答えるのかと人魚へ視線を戻した。

すると人魚はふわっと荷車から出ていき、水の上に浮かびながらこちらに振り向く。


『有るわ。私はただの役立たずで居たかったから』

「役立たず?」

『そう。誰にも頼られない。役に立つとも思われない。ただそこに居るだけの役立たず。私はそういう存在で良かった。だから何も言う気は無かったし、チビ共にも口止めをしたのよ』


役に、立たなくて、良かった? ええと、じゃあ何で手を出したんだろう。

何もしなければ誰も気にしなかった訳で、あれ?

私の考えがおかしいのかな。言ってる事が解らな過ぎて混乱して来た。


「・・・その結果が混乱を招いたとしてもかよ」

『そうね、そこは謝るわ。セレスを見くびっていたわ』

「そういう問題じゃないだろ」

『あら、じゃあ何が問題?』

「何も言わなかった事が問題だって言ってんだよ」

『それはさっきも言ったでしょう。何も出来ない存在で居たかったからだって』


あ、あれ、人魚の言ってる事が戻っちゃった。でも何でそんな事考えたんだろう。

先ずやりたくない事を強制するつもりは無いんだけどな・・・うーん?

とりあえずリュナドさんの眉間の皺が深くなっていくのが怖い。


でも、えっと、そもそも気になる事を、言っても大丈夫、かな。

あ、声が、怖くて声が上手く出ない。が、頑張れ私!


ー-----------------------------------------


水神様。人魚様。魚神様。呼び方は別に何でも良い。

ただ水に関する神として崇められ、そして水を大地に巡らせていた。

自らを信仰する民の為に。この土地に住まう人間達の為に。


『はっ、結局良い様に使われてるだけじゃないの、アンタ』

『それでもあの子達が祈ってくれる。感謝をしてくれる。私はそれだけで満足だよ』

『理解出来ないわね』

『ふふっ、良いんだ。理解されなくても。それに私には君が居る。傍に居てくれる者が居る』

『ふんっ』


朗らかに笑うその顔は、きっと普通の人間にとっては異形でしかないだろう。

むしろ表情の変化すら解るのかどうか。そんな化け物の様な魚の見た目の神様。

最初は何がきっかけで生まれたのかは解らない。けれど生まれてからはずっと信仰されていた。


人間達をまるで我が子のように愛し、慈しみ、そして――――最後まで人間を恨まなかった。


『何で、何で! こんなのが最後なんて無いでしょ!』

『それでも、これがあの子達の答えだ。なら、それを受け入れよう』

『ふざっ、ふざけないで! アンタは祈りの形なのよ! その祈りが閉ざされたら!』

『うん。解ってる。私は本来『存在しない物』だ。なら形作る力が無ければ消えるのが道理だ』

『何で、何でそんなに、何でもない風にしてられるのよ・・・!』


私に心を奪われたなんて言う奴が馬鹿げた事を仕出かして、神を封じる道具なんて持ち出した。

それは本当に神を封じて堕とすだけの力を持ち、アイツは守って来た人間達に殺されたんだ。

なのに最後までアイツは恨み言を口にせず、ただただ在るがままを受け入れていた。


それどころか封じられる最後の最後に、出来るだけ土地が保たれる様に祈りを撒いて。


『心残りが有るとすれば君を巻き込んだ事。そして君を残してい消えるのが心苦しい事か』

『そうよ! 私はアンタの傍に居る存在でしょ! アンタがそう望んだんでしょ! だからアンタにだって願望はあったのよ! 心の何処かでは寂しくて辛かったんじゃないの!?』


私はこの神を愛した。この神の寂しい生き方に寄り添いたくなった。

そうして神の伴侶となった私は、半分人間じゃなくなっている事に気が付いていた。

けどそれで良い。そうであれば神と共に居られる。神の笑顔を守れる。


そう思っていたのに。この優しい神の寂しさと辛さを私が埋められるのだと。

神が人間を等しく慈しみ愛するのであれば、私は神だけを愛して傍に居ようと。


『ああ、そうだね。それはきっとそうなんだろう。私は君に救われた。ありがとう』

『っ、礼なんか・・・!』

『だから、これは最初で最後の君だけへの贈り物になる。私と違い君は信仰で維持されただけの存在じゃないから、上手く行けば君だけでも外に出られる。その時は、自由に生きて欲しい』

『何を・・・!?』


そうしてアイツは、水神は消えていった。最後に、私に欠片を残して。

胸にアイツの想いが溢れる。人間達への愛が溢れて来る。

ずっと見守っていた者達へ、自分を裏切った者すら愛する気持ちが。


『・・・無理よ、そんなの。人間なんか、大っ嫌いよ』


そうして私はアイツの想いを胸に抱いて、暗闇の中を過ごし続けた。

深く人間達を愛する感情と、深く人間達を恨む感情を混ぜながら。

ただ何時頃からか、私は私が解らなくなって来た。私は一体誰なのか。


欠片を内に持つとはいえ私は水神じゃない。だからと言ってもう人間でもない。

最早別物の何かになり始めていた私は、思考も今までとは違う物になっていた。

人間への嫌悪は消えていない。けどそれは、アイツを頼った人間達への感情だと。


逞しく生きていく人間への想いは消える事は無い。

そうだ。神に頼らずに自らの力で切り開く人間は素晴らしい。

いつかの過去はそういう『人間』で溢れていて、だからこそ水神は生まれたんだ。


神に頼って祈っていたのではなく、自らで生きてただ感謝だけを捧げる者達の想いで。


『――――――人間は、素晴らしい、わよね。人間は』


相反する感情。纏まらない思考。自らの存在すら不安になる感覚。


人間達の在り方に恋い焦がれ、だからこそ水神として人間達と共に在った。

それが原初の想い。そしてその想いを、私は共に在る以上の存在に昇華させる気は無い。

私はもう私だ。水神でも何でもない。頼られても困る。むしろ嫌悪が増す。


けれど最早そんな事は意味をなさず、暗闇の中で私は段々と摩耗して行った。

きっとこのまますり減っていき、最後はあいつと同じ様に消えてしまうんだろう。

あの人が生きて欲しいと望んだから生き永らえているだけで、最早生に執着は無い。


うん、愛した人と同じ様に消えるのも悪くは無い。そう、おもっていた、のに。


『俺は兵士なんでな。槍振るってどうにかなるなら、前に出るしかねえんだよ』


涙が、溢れた。胸に熱が籠った。愛すべき『人間』に出会えた。

ただの人間でありながら、人間を越えた何かになった人間。

明らかに震えていながらも前に出て、私を守ろうとした素敵な人間に。


『・・・私が、心配していたのは、土地の呪い。呪いのせいで、砂漠が広がってるなら、普通の対処は意味が無い。だから色々確認してただけで、呪いが無いならどうにかなる』


私に何かが出来る事は気が付いていて、けれど頼ってこなかった人間。

むしろお前は特に要らないとまで聞こえるそれは、私の心を震わせるに十分だった。

自らの力で未来を切り開く。そしてその言葉通り事を成した人間。


愛しい人間達。私が愛した人間達。この二人の為ならば私はきっと自分を許せる。


けどそこまで。それ以上の事は私に必要は無い。あの二人を愛していたいから。

二人を愛し続けていく為にも、私は何も出来ない存在である方が都合が良い。

でもこんなにも簡単に知られてしまった。精霊達の前でやったのは失敗だったわね。


こうなってしまえばきっと、私の力を利用する―――――。


「・・・じゃあ、最初からやらなきゃ、良かったんじゃない、かな」


低く唸る様な声と、下から睨み上げる鋭い眼光。

言い合いをする私とリュナド両方を黙らせる様な威圧。

リュナドは一瞬怯んだものの、小さくため息を吐くと気を取り直す。


「そうだな。別に必要は無かった。誰も頼んじゃいないんだからな」


彼女達の私に対する『不必要』と言う態度が、この上なく私の心を満たしていた。

ああ、本当に愛おしい。この二人こそが私の愛しい『人間』達だ。


『・・・そうね、私が手を出さなくても二人なら問題なかったわね。私が勝手に手を出しておきながら勝手な言い草だと思うわ。余計な事をしてごめんなさい』


そう、余計な事だった。きっと不要な事だった。自力で未来を切り開く二人には。

私は最初から、この二人が見たくて手を出してしまったのかもしれない。

王女へのご褒美何て理由をこじつけて、唯々自分が満たされる為に。


二人の言葉と態度が嬉しくて堪らなくて、笑顔で二人に謝った。けど―――。


「・・・それは・・・私達の為にしてくれた、って事だよね。なら謝る必要は・・・突然この状況になって驚いたから、そこは謝って貰うべき、なのかな? ただ出来れば、次何かした時は教えて欲しいし、やりたくなかったらそう言えば良い、と思う・・・よね、リュナドさん」

「・・・はぁ、解ったよ。セレスがそう言うなら俺もこれ以上は咎めない。ただ頼むから面倒が増える様な事はしないでくれ。こっちの心労がかさむ」


――――本当に、人間は、これだから愛おしい。


そんな事が出来るなら最初から言えでも、他に何が出来るか問うでもない。

ただ私の在るがままを受け入れ、そして在るがままであれば良いと彼女は告げた。

もしかすると彼女は最初から全て気が付いていて、知らないふりをしていただけなのかも。


それともただの天然かしら。どちらにせよ私を不要とする言葉が嬉しくて堪らない。

そして彼女の言葉を聞いたリュナドも同じく、私に動くなと告げて来る。

力が在るなら振るえとは言わない。むしろ邪魔だから動くなと。


『ふっ、ふふっ、あははっ・・・』


今の私は、何者として笑っているのだろう。何者として泣いているのだろう。


『ええ、ありがとう、セレス、リュナド』


ねえ、アナタ。私、本当に自由になっちゃったみたい。

いえ、実際はこの子達に解放された時点で自由だったのよね。

私がそれをまだ解っていなかっただけ。ただそれだけの事だったんだわ

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