第497話、王女が可愛く見えて来た錬金術師

王女が突然泣き出して驚いたけど、どうやら嬉しかっただけだったらしい。

泣きながら抱きついてくる様子に、ちょっとだけパックを思い出してしまう。

あの子も時々こうなるからね。もしかして王族って褒められ慣れてないのかな?


「ふふっ」


でもそう思うと少し可愛く思えて、優しく彼女の頭を撫でる。

暫くの間そうやって彼女を宥めていると、ふいに顔を上げて私を見つめて来た。

涙でボロボロな顔だ。どこか不安そうな顔だ。まるで私みたいな表情だ。


なら私身と同じ様に、言葉が上手く出ないのかもしれない。

そう思い静かに待ってあげると、彼女は意外な事を言って来た。

私の名前を呼びたいと、別に許可を求めなくても良い様な事を。


確かに言われてみると、私は王女に名前を呼ばれた覚えはない。

何で呼んじゃ駄目だと思ってたんだろう。良く解らない。

不思議に思いつつ当然だけど許可を出すと、彼女は嬉しそうな顔でまた泣いてしまった。


彼女にとって名前を呼ぶ事には、もしかして大事な意味が在るのかな。

それこそ呼べる事が嬉しいと思えるぐらいの理由が。

なら私も彼女の名前を呼んだ方が良いのかな・・・。


「・・・あ」


そういえば、王女の名前、なんだっけ。聞いた様な、聞いてない様な?

でも覚えてない。名前で呼び返したいけど、記憶を漁っても思い出せない。

あ、そうだ、解った。私彼女から名前聞いてた時は焦ってた気がする。


なんか突然謝りだして、良く解んない事言われたような感じで。

王女って自己紹介だけは理解したんだけど、それ以外はあんまり覚えてない。

その後は落ち着いて話したから覚えてるんだけど・・・一度も名前聞いてないよね。


自己紹介をされたのに覚えてないのは申し訳ないけど・・・。


「王女、えっと、貴女の名前・・・なんだっけ」


少し申し訳ない気持ちを持ちながら、彼女に名前を問いかける。

すると彼女はスンと鼻を吸った後、目を見開いて私を見つめ返してきた。

あ、あれ、どうしたの、かな。もしかして、名前覚えてないの、怒ってる?


彼女の様子に少しだけ怯んでいると、彼女はそのまま視線を下に落とした。

結果的に私の胸に顔をうずめる形になり、何となく彼女の頭をまた撫でる。


「メハバ・リア・ヴャッジャ・・・メハバとお呼び下さい。ぐすっ・・・」


すると彼女はそのまま自分の名を名乗った。

くぐもって少し聞こえ難かったけど、今度はちゃんと聞けた。

メハバ、メハバ、うん、覚えた。もう忘れないよ。


「覚えてなくて、ゴメンね、メハバ」

「・・・許します」


良かった、許された。私がちゃんと謝れたのも理由かな。

何だか王女が可愛くて、焦りはするけど怖くはない。

むしろ今は泣く子を宥めてる気分で、メイラを抱きしめている時に近い。


不思議と穏やかな気分だ。仮面のおかげもあるけど、多分王女だからだろう。

すんすんと泣く彼女の頭を撫でていると、自分がライナと同じになった様な錯覚を覚える。

そうだ、ここに居るのはきっと普段の私だ。泣き虫で情けなくて何も出来ない私。


やっぱり、似てるのかな、私と彼女は。でも彼女は私と違って弱くない。

そこだけはきっと大きな違いで、何よりも私が持てない強い部分だ。

私はそんな彼女を凄いと思う。だって私は辛かったら諦めてしまうから。


「メハバ、私は貴女の事、尊敬してるよ。強い貴女を」

「――――――っ」


だから思っていた事を彼女に告げると、彼女が私を抱きしめる力が強くなった。

少し泣き止み始めていた呼吸は、また荒くなって言葉にならない言葉が聞こえる。

ふふっ、泣き虫だね。そういう所はやっぱり私と同じくらい泣き虫だ。


そんな彼女を慰めているのか、彼女の髪の中から頭を出した精霊も一緒になって撫でている。

でも泣き止むどころがむしろ泣き声大きくなってるような。


「・・・強い、か」


そこでポソリと、リュナドさんが小さな声で呟いたのが聞こえた。

視線を向けると少し困った顔をして、その後大きなため息を吐いた。

どうしたんだろう。え、私何かおかしな事言ったかな。


彼女が強いというよりも、私がダメだって思われたんだろうか。

いやでもそんな事実は今更だし、リュナドさんは良く知ってるよね。

じゃ何の溜息だったんだろう・・・王女が泣き止まないからかな?


リュナドさん、王女の事あんまり好きじゃなさそうだったし。

一回王女にかなり怒ったのもあるし、ああ、だから納得がいかないのかな。

私にとっては王女は凄いけど、もっと凄いリュナドさんからしたら大した事ないのかも。


でもそこは、ほら、頑張ってるし、許してあげて欲しい、な。

私が頑張った時はリュナドさん褒めてくれるし、同じように見てあげて欲しいな。

そんな気持ちをが伝わったのか、彼はもう一度大きな溜息を吐いてから口を開いた。


「王女殿下、私の貴女への評価は余り良くはない事は解っていると思う。セレスの言う様な強さを貴女から感じた事は無いし、むしろ頼りなくて困った事を言い出すお嬢さんだと思った」


あ、あれ、リュナドさん、褒めてあげてくれないの!?

腕の中で王女がビクッとしちゃったんだけど!


「だが貴女はやり抜いた。諦めず、みっともなくとも足掻き続けた。それが結果としてセレスの心を掴むに至った。それが強さと言うのであれば、きっと貴女の強さなんだろう」


あ、よ、良かった、びっくりしたぁ。てっきり厳しい言葉を続けるのかと。

いやでもこれみっともないのは事実って言ってるよね。あれ、これ誉め言葉?


「貴女はセレスを最後まで信じた。そこだけは、私も貴女を認めよう」

「―――――っ」


ただ最後に告げた言葉は、王女だけじゃなくて私も嬉しい言葉だった。

私を信じてくれた事が何より良かったと、彼がそう思ってくれている。

そして彼がそう言うって事は、王女はずっと私を信じてくれてたんだ。


それが嬉しくない訳が無い。ずっと信じて貰えてたなんて、凄く嬉しい。

うん、やっぱり頑張って良かった。この仕事を受けて本当に良かった。


ー------------------------------------------


王女の事を強いとセレスは評し、思わず口から疑問に近い呟きが漏れた。

一体彼女のどこを見てそう評価したのか、俺には良く解らない。

するとセレスは俺の方に目を向け、距離が近いせいで仮面の奥の目が良く見える。


うん、今のは空気読めてなかったと思う。思うからそんなに睨まないで。

しかし本当に気に入ってるんだな、その王女様の事。


セレスが穏やかな口調で応える相手なんて、数える程度の相手しか無い。

王女はセレスにとってその「数える」中に入る人間だって事だ。

そんな人間に対し余計な事を呟けば、そりゃ気に食わないのも仕方ないとは思う。


何かフォローしないと後が怖そう。王女も王女で震えないで欲しい。

いやまあ俺に苦手意識在るのは気が付いてるけど、俺間違った事言ってねえよ!?


「王女殿下、私の貴女への評価は余り良くはない事は解っていると思う」


仕方ない。ここは本音も交えつつ、セレスの言葉通りに評価を考えよう。

そう思い彼女への評価を口にするも、どうしても辛口が含まれる。

だからなのかセレスの圧力が増した。まってまってまって、俺も今必死に考えているから。


「だが貴女はやり抜いた。諦めず、みっともなくとも足掻き続けた」


そこで口に出して、ああそうだなと自分でも思えた部分があった。

彼女は何も出来ない。何の力も無い。あるのはただ王族の娘、王女であるという立場だけ。

普通であればその立場が強い物なのだろうが、今のこの国では何の役にも立たない。


けれど彼女はそれを理解していた。自分が役立たずだと最初から解っていた。

だからこそ自分の事など顧みる事なく、みっともなく誰かに縋って助けを望んだ。

それは見ようによっては本当にみっともない事だろう。余りにも情けない事だろう。


でも出来ないんだ。なら出来ない事をただ素直に受け入れ、縋る事に全力を費やした。

それはかなりの博打であったし、相手がセレスでなければどうなっていたか。


「それが強さと言うのであれば、きっと貴女の強さなんだろう」


セレスを信じる、か。俺がセレスと出会った頃、そんな気持ちを持てただろうか。

いや、持ってなかったな。実績を積み重ねた頃も、正直彼女が何時も怖かった。

何度も仕事をした事で多少の信頼はあったが・・・信じ切れてはいなかったと思う。


勿論今とあの頃では実績の大きさが違うが、それでも信じきる事が出来ただろうか。

セレスの中身を知らなければ、表面上の錬金術師だけなら、きっと俺は信じきれない。


確かにそう言われると、彼女は強かったのかもしれないな。


「貴女はセレスを最後まで信じた。そこだけは、私も貴女を認めよう」


それは俺には無かった強さだ。俺が信じられるのは今のセレスだからだ。

その差を簡単に埋めてしまったのは、成程セレスが態度を緩める訳だ。

すると俺の言葉を正解だとでも言う様に、セレスの目から険しさが消えた。


「ありがとう、リュナドさん」


まるで自分が褒められたかのように礼を言うセレスに、俺は苦笑で返すしかない。

褒めた事は事実だが、それでも彼女が頼りないという事実は変わらない。

それでも、うん、そうだな。少しは態度を緩めてやってもいいか。


セレスが信用するって言うなら、これ以上俺がごねるのも話が違うだろうしな。

王女の頭と背中を優しく撫でる彼女を見つめて、今までの事は水に流すと決める。

するとセレスはふと俺に顔を向けて、視線が合うとコテンと首を傾げた。


「リュナドさん、王女の事抱いてあげる?」


セレスさん突然爆弾発言しないで。まるで俺の手が早みたいだろ。

後ビクッとするな王女。俺お前に興味ないからな。


「・・・遠慮しておく」


とりあえずそう絞り出す事しか俺には出来なかった。つーか王族に手何ぞ出せるか。

待って、まさか最初に俺の為って言ってたの、そういう事じゃないだろうな!?

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