第498話、皆仲良くしてくれたら嬉しい錬金術師

じっと見つめてるから、てっきりリュナドさんも彼女を抱きしめたいのかと思った。

いや、遠慮するって言ってるから、本当は抱きしめたいのかな。

私が訊ねた時に彼女がちょっとビクッとしたから、それを見て答えたのかもしれない。


うーん、やっぱり一回強く叱られた事で彼の事が怖くなっちゃってるのかも。

ちゃんと話せばリュナドさんは優しい人だって解るんだけどな。

でも怖いと思ってる相手を理解しろ、なんて事は中々難しいのは良く解る。


怖い人は怖いもんね。そう考えたら私は彼女に悪い事を言ったのかも。

これは謝らないと。気が付けて良かった。


「ゴメンね、メハバ。貴女の気持ちを考えてなかったね」


ポンポンと彼女の背中を軽く叩き、宥める様に優しく謝る。

彼女が泣いて縋ってきているせいか、今日の私には余り焦りが無い。

師匠としての経験が生きているのかもしれないね。こうやって褒める事が増えたから。


「・・・良かれたと思ったんだけど、ダメだね」


それでもこうやって、相手の気持ちを考えて行動する事が出来ずに失敗する。

折角上手く行って喜んでいた所だったのに、結局やらかしてしまった。

リュナドさんが彼女への気遣いを持ってたから、危うく大失敗にはならなかったけど。


今回は気が付けたけど、普段もこういう小さな気遣いで知らない内に助けられてる気がする。

そんな風に思いながらポンポンと彼女の背を叩いていると、鳴き声が小さくなってきた。

落ち着いて来たのかな。すんすんと鼻をすする感覚も短くなって来たし。


なんて思っていると彼女は恐る恐ると言う感じで顔を上げ、眉尻の下がった顔をしていた。


「あ、あのセレス様、無知と失礼を承知でお聞きしたいのですが・・・」

「ん、なに?」


ああ、何か聞きたい顔だったんだね。聞くだけで不安っていよいよ私みたいだ。

聞くぐらい全然構わないのにと思い、頭を撫でながら首を傾げる。


「そ、その・・・誰にとって良かれと思ってなのか、教えて頂いても宜しいでしょうか・・・」


誰にとって? それは、えと、さっきの呟きの事、だよね。

それはリュナドさんの事を考えてで、でもメハバの事も考えての事だった。

二人が仲良くしてくれて、メハバが落ち着けたら、それが良いかなって。


それに二人が仲良くしてくれる方が、私も嬉しいと思うし。

なら誰の為かと言えば・・・皆にとって良かれと思ったって事になるのかな。

うん、多分そうなるとは、思う。みんな仲良く出来たら良いなって。


「みんなにとって、かな」

「みんな、ですか」

「うん、皆。リュナドさんも、王女も、私も・・・そうだ、侍女さんもかな」


メハバを優しく見つめていた侍女さんも、仲良く出来ればそれが一番だと思う。


「でもメハバは、リュナドさんの事、怖いんだよね?」

「う・・・その、まだ、少し怖くは、あります・・・」

「うん、解るよ。仕方ないと思う」


あんなに強く叱られちゃったからね。簡単にその印象は消えないだろう。

それは仕方ない。口でどれだけ大丈夫って言ったって変えられない。


「だから何時か、彼の優しさがに気が付けた時で良いから、その時にもう一度彼の事を見てあげて欲しいな。リュナドさんは凄く良い人だから」

「・・・セレス様」


今は良い。でもいつか、彼ならいつかその印象は変えられると思う。

だってリュナドさんは本当に優しくて良い人だから。きっと彼女も気が付いてくれる。

ううん、気が付いてくれると良いな、っていうただの願望なんだとは思う。


それでも、自分の友達は、出来れば仲良くしていて欲しいと思うのは、我が儘なのかな。

そんな風に思いながら告げると、彼女の表情は更に曇り始める。

やっぱり余計な事を言ってしまったかな。本当に私はダメだなぁ。


「セレス様は、それで良いのですか?」

「うん? 私?」

「はい、セレス様のお心は、それで本当に宜しいのですか?」


相変わらず私は私だ。なんて事を想って落ち込み始めた所で、不思議な事を聞かれた。

私がそれで良いのかと言われれば、そんな事当然良いに決まっている。

リュナドさんもメハバも仲良く笑顔で居てくれるなら、私はそれが一番良い。


ああ、うん。そうだね。二人が笑顔になってくれるなら、それが一番だ。


「リュナドさんとメハバが笑って過ごせるなら・・・私はそれで良いかな」


だからそう答えると、彼女は目を大きく見開いて驚いてしまった。

そしてまた目に涙が溜まっていき、けど今度は私の胸に顔をうずめなかった。


「ダメです、それじゃ、ダメです・・・!」

「そっか・・だめ、か」

「ダメです・・・!」


うーん、そんなに泣き直しちゃう程リュナドさんの事怖かったかぁ。

これは確かに駄目だったね。本当に私は余計ない事しか言わないなぁ。

そんな風に自己嫌悪していると、彼女は私をぎゅっと抱きしめて来た。


「貴女が貴女の事を考えてないのは、ダメです・・・貴女はもっと、貴女こそがもっと、笑顔で過ごせるべきです! 貴女はもっと自分の事を考えて下さい!」

「え、えと・・・私?」


え、突然何でそんな話に。むしろ私は私の事ばっかり考えてるよ。

いま二人が笑って欲しいって言うのも、私がそうして欲しいって訳だし。

その結果メハバを泣かせている時点でかなり我が儘やってると思うんだけど。


「私は・・・私の事しか考えてない、と思うよ」

「・・・それで貴女は、笑えるんですか?」

「うん。皆が笑顔なら、私も笑えるよ」

「―――――っ」


けれど素直に応えると、王女はまた泣きそうな顔を見せる。

何でだろう。何がいけないんだろう。私の答えは何かおかしいのかな。

いや、きっとおかしいんだろう。でなきゃこんな表情になるはずがない。


けど彼女の願った事は私が笑顔で居る事で、けどそれなら私の答えは間違ってないはず。

それとも私の出した結論だと、何時か私が笑えなくなることが在るのかな。

皆の仲が良い方が、何時でも笑顔で居られると思うんだけど、それじゃダメなのかな。


「・・・解り、ました、セレス様」


自分の考えに不安になり始めていると、メハバがスッと私から離れた。

そしてぐっと涙をふくと、さっきまで泣いてたとは思えない表情で私を見つめる。


ー------------------------------------------


姫様と精霊公。この二人の相性はおそらく最悪と言って良いと思う。

ここに至って錬金術師の言葉により、精霊公もある程度許してはくれたのだろう。

それでも彼の目に映る姫様は、魅力的な要素が皆無に違いない。


けれどそんな姫様と精霊公を繋げようと、錬金術師がそんな事を言い出した。

突然の発言に精霊公だけでなく、私も姫様も驚いてしまった。

精霊公は乗り気ではない様で、渋い顔で断りはしたが。


確かに二人が縁を繋ぐ事になれば、姫様の立場は盤石となるだろう。

精霊公の保護を受けられるという事であるし、ひきいては竜の力を借りられる。


「みんなにとって、かな」

「みんな、ですか」

「うん、皆。リュナドさんも、王女も、私も・・・そうだ、侍女さんもかな」


姫様がまた迂闊な質問をしてしまったが、錬金術師はそれでも穏やかに応えた。

つまり先の発言は、やはり未来を見ての提案と言う事だろう。


確かに我が国は戦争を回避できる状況になった。彼女の力によって今は。

けれど何時か遠くない未来に、あの水を奪い合って戦争が起こらないとは言えない。

錬金術師が国内を調査して出した結論は、いずれ他国も我が国と同じ様になるとの事だ。


ならば海に面した我が国はともかく、内陸の者達はどうすれば良い。

今回と同じ様な工事は不可能。ならば別の手段が必要となる。

となれば追い詰められた我が国と同じ結論を出す可能性は大いにある。


我が国の水を奪いに来る。その時精霊公の保護があれば。

それは間違いなく私達にとって、ありがたくも感謝しかない提案だろう。

しかも二人に関係が在るのだとすれば、それは国に不利益の起きない関係なのだから。


姫様とてあれでも王族だ。国にとって理のある提案であれば蹴るつもりは無い。

いや、理が有る所か大きすぎる程だ。問題は精霊公が乗り気じゃないという事だろう。

それでも錬金術師は諦めずに、姫様に対して精霊公への好意を見せて欲しいと願う。


ただ気になるのは、その発言の度に精霊公が渋い顔になって行く事か。


この辺り精霊公と錬金術師で考えに差が出ている様子が見える。

おそらく錬金術師は王侯貴族と同じ考え方が出来、精霊公はそれが嫌いなのだろう。

元は貴族でもない平民の出としては、こういった考え方が不快なのかもしれない。


「ダメです・・・! 貴女が貴女の事を考えてないのは、ダメです・・・貴女はもっと、貴女こそがもっと、笑顔で過ごせるべきです! 貴女はもっと自分の事を考えて下さい!」


ただ、そんな彼の表情が崩れた。渋い顔が、姫様の発言で目を見開いた。

そして何故か優しい笑みを見せて、泣いて訴える姫様を見つめている。


・・・いや、解っている。精霊公が渋い顔だった理由も、今の笑顔の意味も。


けれど姫様の幸せを考えれば、この縁が上手く行く方が良いと思ってしまった。

下手な貴族や王族と婚姻を結ぶよりも、精霊公の方が確実に生き永らえると。

そんな我が儘な想いは、けれど姫様が一蹴してしまった。


「・・・解り、ました、セレス様」


けれど錬金術師の考えが変わらぬ事を理解し、姫様はスッと離れて涙をふく。

その表情には覚悟が見て取れた。


「ですが、私は―――」

「王女殿下、一つ良いか?」

「―――――精霊公様?」


姫様はきっと、確実な断りを口にしようとしたのだろう。

けれどその言葉は精霊公の口出しで止められ、皆の視線が彼に向く。


「本当に、その決断で良いんだな?」

「悔いはありません。私は、私の恩人に唾吐く事などしたくありません」

「馬鹿だな、あんた」

「はい、大馬鹿だと思います。王族として失格だと思います。それでも、出来ません」


姫様は真剣な表情で、けれど精霊公はどこか優し気で、今までの険しさが消えている。

二人の中にあった距離が消えた様な、そんな気配があった。


「王女殿下、その事は曖昧にしておけ」

「っ、ですが、それでは!」

「俺はセレスの為に動いた。そして最後までセレスの為に動く。それじゃ不服か?」


これ以上ない程の『答え』を口にした精霊公に、姫様も流石に何も言えなくなった。

精霊公にとっては錬金術師こそが全てで、ここに居るのも全て彼女の為。

ならば彼女がそれだけ願う王女に対し、自分も出来る限り応えよう。


その関係がどんな形などと、明確にしない事で、もっと上手く使って行こうと。


「・・・セレス様を大事にして下さい。それが、私の願いです」

「ああ。解ってる。ありがとう」


そうして今後も、姫様と精霊公の繋がりはあり続ける事が決まった。

それがどんな形かなどと、お互いに明確に口する事は永遠に無いだろう。

けれどこれで国の安全は保障されたようなもので、それは同時に姫様の身の安全もだ。


「ふふっ・・・」


ただそんな二人を見つめて笑う錬金術師の声がかすかに聞こえた。

まさか、まさか「ここまで」が彼女の狙いだったのだろうか。

この二人が本当に和解する様に仕向ける為に。


「・・・恐ろしい人ですね」


姫様と精霊公の好意すら、上手く操り目的の結果を手に入れた。

何処までも人の心を操る術に長けている。心から恐ろしい。

けれど、胸の内が恐怖だけで埋められていないのは、そこに優しさがあるからだろうか。


・・・最後まで姫様をお救い下さる判断に、心から感謝しております、錬金術師様。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る