第494話、賊を撃退する錬金術師

突然踏み込んできた男は、手に持ったナイフを私へと突き出す動きを見せる。

軌道から察するに胴狙い。ただ直撃させる気は無さそうだ。

毒を塗っている以上掠らせて動きを奪えればいい、って事なんだろうか。


「シッ!」


吐く息と共に伸びた男の手に手を添えて横に弾き、その流れのまま肘打ちを眉間に入れる。


「あがっ!?」


男が衝撃で仰け反った所で手を蹴ってナイフを手放させ、流れのまま踵を眉間に叩き込む。

そのまま後頭部を床に叩きつける様に振り下ろしつつ、ベッドに手を伸ばしシーツを握った。


「えごっ!」


床に叩き蹴られうめき声をあげると同時に、男に続いて入って来た連中がナイフを投げた。

シーツを引き寄せて振り回し、投げつけられたナイフを全てからめとって落とす。

その際にシーツに刺さったままのナイフを抜き取り、数本投げ返した。


別に直撃しなくても良い。毒が塗ってあるなら掠れば良いだろう。

おそらく解毒剤は持っているだろうけど、一瞬でも動けなくなれば戦力は落ちる。


「ぐあっ!?」

「ぐっ!」

「っ・・・!」


シーツを振り回しつつ投げ返した事で、目くらましになったんだろう。

二人は普通に当たった。一人は掠めただけっぽい。残りは無傷か。

ただ毒が即効性じゃなかったのか、当たった三人に倒れる様子などは無い。


毒だと思ったけど毒じゃなかったのかな。

まあ何でも良いか。とりあえず制圧すれば良いだけだ。

ナイフが刺さった二人は少しぐらい動きは鈍るだろう。


「予定変更だ、こいつや―――――」


近くにあった椅子を喋ってる奴に投げつけて、そのまま前に踏み込む。

躱されたけど体勢は崩れている。打撃を入れれば躱すにしても受けるにしても不十分。

そう私と同じ判断をしたらしい男は躱しも防御もせず、受け入れる様に手を伸ばした。


「やれ、おま――――」


そうして打撃を受けつつも私を捕まえて抑えるつもりだったんだろう。

けど掴まれる直前に腕を引き、その動きのままに反対の手で前傾になった男の顎を打つ。

周囲の連中は男が捕まえる前提で動きだしていたけど、掴まれていない以上特に問題は無い。


「いづっ」

「おごっ・・・!」


一人は顔に手の甲を当て視界を塞ぎ、次に近かった男の首に膝蹴りを入れる。

ゴキリと結構不味そうな音がしたけれど、気にせず捕まらない様に下がった。

包囲をするりと抜け出して一人沈めたからか、男達は私に驚いた目を向けている。


「・・・うん、大体わかった」


そしてここまでで大体男達の動きと呼吸は掴んだ。これならそこまで問題は無さそうだ。

一応ナイフと毒にだけは気を付けておかないとだけど。今は解毒剤の類が少ないし。

また今度同じ様な事が起きた時の為に、普段着の仕込みも少し増やそうかな。


「何だこいつ・・・強すぎるだろ・・・!」

「落ち着け! どれだけ強かろうが一人だ。囲んで手数で押せば問題ない」

「・・・それで既に三人沈んでるんだけどな」


男達は私を囲む様に動き出したけど、それを待ってやる理由なんて無い。

おもむろに男の一人に突っ込んで行くと、男は慌てた様に対応して来た。

手にはやっぱり予備のナイフ。突き出されるそれに手を添えて下に逸らしつつ懐に入る。


「ぐっ・・・あ・・・!」


踏み込むついでに拾っておいた、最初に倒した男のナイフを腹に突き刺し捻る。

痛みで動けない男の手からナイフを奪い取り、後ろから迫っていた男の顔を狙って投げた。


「なっ、後ろに目でも――――」


私の動きから予測が付いたのか、寸前で避ける事が出来たらしい。

ただ躱した方向に合わせる様に蹴りを頭に入れ、喋っていたせいか舌が千切れ飛んだ。

それで意識が飛んだ男の胸ぐらを掴んで、数の多い方へと投げつける。


「ひっ、くる――――」


次に踏み込んだ先では怯えた様子を見せられたけど、手にはしっかりとナイフがある。

そもそも一度私にナイフを投げつけてきている。なら気にする必要は無い。

実際近距離まで近づいたらナイフを振りかぶって来たから、躱しつつ掌底を顎にカチあげた。


跳ね上がる頭を掴んで、そのまま地面へと後頭部を叩きつける。

そのついでにナイフを回収して、構えて残りの連中へを向き直った。


「・・・残り、3」


男二人。女一人。ノックした時に声をかけて来たのはあの女だろうか。


「ちょっと、何してんのよ、早く行きなさいよ!」

「馬鹿か、あの動き見て良くそんな事言えるな!」

「お前が一番最初に死んでくれても俺達は構わないんだけどな?」


仲間割れ、かな。視線を私から外さない辺り演技かも。

演技なら私の油断を誘う為かな。油断も容赦もする気は一切無いけど。

話がまとまるのを待ってやる必要も感じないし、とっとと制圧しようと踏み込む。


一番軽そうな女に突っ込んで、突き出されるナイフを弾いて襟首をつかむ。

そのまま投げ飛ばして男の一人にぶつけ、女の持っていたナイフを奪い立っている方に投げる。


「あ・・・」


頭に突き刺さったのを確認してから、最早拾うのに苦の無い量が散らばるナイフを拾う。


「まった、待った降参! もう何もしない! いのちだけ――――」


投げ飛ばした女は倒れる時どこかで打ったのか、頭から血を流して意識を失っていた。

ただ女をぶつけられた男は両手を前に突き出し命乞いを口にする。

隙だらけの男にナイフを投げつけ、頭に直撃した事で動かなくなった。


問答無用で殺しに来た獣の命乞いは、聞いたら何処かで誰かが殺される。

私の勘違いなら手を止めたけど、今回ばかりは絶対にそれは無い。


「気絶させてる連中も、仕留めておこうかな」


とりあえず数を減らす為に後回しにしたけど、全滅させたなら憂いは断っておきたい。


『『『『『キャー!』』』』』

「ん、精霊達・・・?」


全員に止めを刺そうとナイフを拾った所で、廊下の向こうから精霊達の声が響いた。


「あ・・・りゅ、リュナドさんが戻って来たんだ。あわわ、わ、忘れてた・・・!」


ど、どうしよう。どうしようもないんだけどどうしよう!


ー------------------------------------------


「セレス、無事か!?」

『『『『『キャー!?』』』』』


鎧に魔力を通して貰って全力で走り、開きっぱなしになっている扉に慌てながら飛び込む。

そうして俺の目に飛び込んできた光景は、特に問題なく立っているセレスの姿だった。

いや、問題なくというのは違うか。周囲が死屍累々になってるもんな。


「どうやら無事みたいだな・・・まあ、セレスならそりゃそうか」


心配になって急いで駆けつけて来たものの、セレスは俺よりも格闘戦が上手い。

特に室内などの限られた空間の場合は、その動きの良さに磨きがかかる。

俺が狭まった空間を上手く使いこなせない可能性は横に措いておく。


そもそも精霊はセレスが呼びに走らせた訳で、ならこの事態は想定済みだったんだろう。

むしろ単独だと思わせて襲わせる為に、精霊を離して一人になったまであるな。


「・・・リュナドさん」

「あ、はい、なんですかね」


戦闘後で気が立ってるのか、セレスは俺を睨み上げて声をかけてきた。

ちょっとビビりつつ応えると、何故か彼女はその次を口にしない。

俺に向かって睨み上げていた目線を逸らし、その間に精霊がセレスの頭に登っていた。


お前は怖いもの知らずって言うか、本当に自由だよな。


「どうした?」

「・・・リュナドさん、その、ごめんなさい、余計な手間、かけさせて」


余計な手間。ああ、転がってるこれの事か。まあ余計な手間と言えば手間か。

確かに襲撃なんて無い方が本当は良い。こんな連中自分達で何とかしてもらいたい。

けど不穏分子を潰せる理由を自ら作る事で、王女の今後を少しでも良くしようとしたんだろう。


「気にするなよ。俺は何時も通りの仕事をするだけだ」

「・・・怒ってない?」

「何で怒る必要があるんだよ。俺としてはむしろセレスがその態度のままの方が怖い」


そろそろ気を落ち着けて欲しいと願いながら、睨み上げるセレスに目を合わせて告げる。

大分慣れたつもりなんだけどやっぱ怖いんだって。お願いだから構えといてくれ

つーかその握ってるナイフに滴ってるドス黒いの何。一層怖いんだけど。


なんて思いながら返事を待っていると、セレスは唐突にふにゃっと笑った。


「本当に、優しいね、リュナドさんは」

「甘くてヘタレって言うんだよ、こういうのは」

「ううん、そんな事ない。優しいよ」

「そうかい」


とりあえずは落ち着いた様で何よりだと、つられた様に俺も笑う。


『『『『『キャー!』』』』』


そろそろ賊をゲシゲシ蹴ってる精霊達を止めるか。

何人かはどう見ても死んでるが、生きてる奴が居るなら色々吐かせたい。


「なあセレス、こいつらは全員殺したのか?」

「ううん。まだ生きてるのは居るよ」

「そうか、ならそいつらは縛っておくとするか・・・」

「じゃあロープ・・・あ、えっと、リュナドさん、私の鞄と外套、どこ?」

「ん? あそこに仕舞ってるぞ?」


セレスの荷物は部屋にあるクローゼットの中に仕舞っておいた。

ローブはその辺に置くのもどうかと思い、中のハンガーにかけてある。

セレス本人は割と適当に置いてる事も在るが、中に色々入ってるから俺が怖かった。


「あ、ここにあったんだ・・・」


セレスはちょっと呆けた様子で口にし、何故か眉間に皺を寄せて動かなくなった。

え、なに、俺何か壊してた? そっと脱がしてそっとかけたつもりなんだけど。

ちょっと心配になっていると、廊下の向こうから複数人の走る音が響き始める。


「来たか。案外早かったな」


もうちょっと動きが遅いかと思っていたが、あの後すぐに駆け付けて来たのか。

セレスは俺のその言葉を聞いたからか、少し慌てた様子でローブを纏い仮面を着けた。

彼女がいつも通りの恰好になった所で、国王と王女と兵士達が部屋に辿り着く。


当然兵士が前に出ていたが、安全を確認すると王女が前に出て来た。


「・・・あ、王女、おはよう」

「あ、え、お、おはようございます!?」


いやまあ、確かに寝てたけども。起きた後だけども。

・・・別に大した事じゃない、っていう意思表示かね。

言われた本人は良く解ってないっぽいけどな。


「そういう事か・・・」


ただ国王はこの惨状とセレスの言葉で、彼女が『誘った』のだと理解したらしい。


「国王陛下、余計な手間が省けて良かったですね」

「・・・判断に悩む処だな。今は人手が欲しい」

「罪人として使えば宜しいでしょう。手かせ足枷をつけてでも仕事は出来る。人手という意味では好きに使える人手ですよ。文句も言わせないで使える、ね」

「・・・中々に厳しい言葉だな」


大分優しい方だと思うがね。セレスが怒ってたらこんな物じゃ済まなかったと思うぞ。

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