第493話、外套と仮面が無い事に焦る錬金術師。
「うみゅ・・・ふあああ・・・・」
『キャー♪』
「んー・・・おあよ・・・んー?」
ぼんやりと目が覚めてあくびをしながら体を起こすと、精霊が嬉しそうに飛びついて来た。
ちゃんと開いていない目で確認すると、頭の上に何時も居る子だと解る。
ただこの子以外の精霊が居なくて、傍にリュナドさんも居なかった。
「あれー・・・リュナドさんは・・・?」
『キャー』
あー、工事の件での話し合いかぁ。国王としてるのかなぁ。
それとも王女だろうか。王子も一緒に居たし王子かも。
じゃあ私はどうしよう。えーと・・・どうしよう?
「んむ・・・頭が働かない・・・」
疲れたせいか中々頭が覚めてくれない。魔力は多分そこそこ回復してるはずなのに。
ぐっすり寝れた感じがしないから、疲れもとれていない様に感じる。
何でだろう。昨日も一昨日も特にそんな事なかったのに。
「何が違うのかな・・・ああ、リュナドさんが居ないからか・・・」
多分目が覚めたのもそれが理由だ。彼が傍に居ないから休み切れてない。
リュナドさんと一緒に寝てると、家の外でも安心するんだよね。
んー・・・なら二度寝しても意味は無さそうかなぁ。
「・・・取り合えず、おきよっかな」
『キャー♪』
もそもそベッドから降りると精霊が背中をよじ登って頭の上に登る。
その間に私は外套を手に取って・・・外套何処?
キョロキョロと周囲を見回すも外套が見つからず、そこでちょっと目が覚めてきた。
「え、待って、困る」
一応服の中にも仕込みはあるけど、大半は外套に仕込んである。
そもそも仮面も外套に入れている訳だし・・・あ、そうだ、仮面!
仮面が無い! リュ、リュナドさんも居ないのに仮面が無いのは困る!
ど、どうしよう、というか何で外套も仮面も無いの!? リュナドさんが持ってるの!?
「あ、あわ・・・・え、えと、ど、どうしたら、どうしよう・・・!」
『キャー?』
「あ、そ、そうだ・・・!」
慌てふためていると精霊が心配そうに声をかけてくれて、そこで妙案を思いついた。
精霊にリュナドさんを呼んで来てもらおう。そうすれば外套と仮面の場所が解るはず。
「ねえ、リュナドさん呼んで来てもらえない、かな?」
『キャー・・・』
頭の上の精霊を撫でながらお願いすると、嫌そうな鳴き声が返って来た。
何が嫌だったんだろう。頭の上から動きたくなかったのかな。
でも彼が帰って来てくれないと困ってしまう。誰か来ても対応できない。
「お願い。帰ったらおやつ多めにあげるから」
『キャー!』
精霊はぴょーんと頭の上から飛び降り、トテテーと扉へとかけていく。
本当に食欲に忠実だなぁ。今回は凄く助かるけども。
なんて思っていると、精霊は扉をの手前でぴたりと止まった。
暫く見つめていても動かなくて、ただ唐突に動いたかと思えば私を見上げて来た。
「どうしたの?」
『キャー?』
「え、うん、大丈夫だよ・・・そっか、心配してくれてたんだね。ありがとう」
精霊は私が一人で大丈夫か心配だったらしい。それで嫌がってたのか。
けど寝ている時なら兎も角もう起きてるし、魔法石も全く無い訳じゃない。
自衛手段はちゃんとあるし、それに外に出ない為にお願いするんだし。
『・・・キャー!』
「う、うん、お願いね」
少し不服そうな顔をしていたけど、すぐ戻って来るからね! と精霊は走って行った。
私としては早ければ早い程とても助かる。ただそこでハタと気が付いてしまった。
リュナドさんは話し合いをしている。つまりそれは仕事中という事だ。
なのに私は精霊を使いに出して、それは彼の仕事を中断してしまうのではと。
「あ、ああ、や、やっちゃった・・・ど、どうしよう・・・ああもう、何で私はいつもこう、取り返しがつかない状態になってから気が付くの・・・!」
今から精霊を呼び戻す? 無理だ。あの子達の速度に今からじゃ追いつける気がしない。
開けた場所で絨毯を使うなら別だけど、建物内を追いかけて勝つのは不可能に近い。
あの子達速い上に小回りが利くし、人間の通れない通路も使うから。
それに私はリュナドさんがどこに要るのか解らないから、余計に追いかけられない。
「詰んだ・・・!」
この呼び出しでリュナドさんは嫌な気持ちにならないかな。
いや、多分彼の事だから呼ばれた事は良いとしても、理由を聞けば別だと思う。
私の外套がどこに在るか知らないか、なんて事の為に彼を呼びつけるんだよ?
しかもそれが仕事中に呼びつけたなんて、流石にそれは・・・。
「い、いくら私でもこれは酷いのが解る・・・!」
外套と仮面が無い事に焦っていたとはいえ、もうちょっと考えてから動くべきだった。
寝ぼけていた事と寝起きで焦っていたとはいえ、何回やらかせば私は気が済むの!
「どう、どうし、どうしよう・・・ああどうしようしか言葉が出て来ない・・・!」
焦った所で最早どうしようもない、という無情な結論が頭の中に浮かんでいる。
そのせいで余計に焦りが心を埋め尽くし、段々涙も滲みだして来た。
「は、はあう、うう――――――」
最早まともな言語が出なくなっていると、コンコンとノックの音が響いた。
思わずビクッと背筋が伸びる。え、りゅ、リュナドさん、だよね、そう、だよね?
「お客様、お茶をお持ち致しました」
え、お茶? 何それ。いやまって、てことは確実にリュナドさんじゃない。
いや女の人の声だったから、彼じゃなくて当然なんだけども。
そうじゃない。そもそも私はお茶なんて頼んでない。
あ、そうだよ。私じゃないんだから、多分部屋を間違えたんじゃないかな。
ならこのままじっとしていれば、彼女は別の部屋に向かうはず。
返事をしないのは悪いとは思うけど、今の心じゃまともに声も出せない。
というか部屋の外に沢山の人の気配がするから余計に怖い!
「――――――」
鼻ごと口を押さえて息を止めて気配を消していると、何故か扉が音もなく開かれた。
何で!? 返事してないのに何で入って来るの!? 返事しなかったから!?
混乱していると入って来た人物と目が合い、それは何故か男性だった。
え、なんで、声かけて来たの女性だったよね!?
「っ!」
「っ!?」
私も彼もお互いに目を見開いて驚いていると、彼は私に向かって踏み込んできた。
手にはナイフ。刃部分に何かが塗られた形跡がある。多分毒―――――。
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水が手に入った。それも大量の水が。息子と娘から報告された時は最初は疑った。
だが二人の真に迫る言葉と、娘の侍女の無言の頷きに真実なのだと悟る。
「そうか・・・ならば次は、私がお前の望みをかなえる番だな」
娘は国を救うために最善を・・・とは言えないかもしれないが、結果を残した。
ならば次は私が務めを果たす番だろう。おそらく最後になる国王としての務めを。
「緊急会議を開く。人を集めよ。国の行く末を決める会議だ。不参加者は後々が無いと思え、と伝えておけ」
臣下にそう伝えて人を急いで集めた。
本当の側近も、現実が見えていなかった者も全て含めてだ。
今まで望んでも手に入らなかった大量の水。それが手に入ったという突然の現実。
土地に緑が無いのは当然水が無かったせいで、水の確保が出来れば話は変わる。
一か八かの戦争などする必要はなく、むしろそんな事の為に割く労力は無い。
今から話し合うべきは、その水を持ってどう国を盛り返すか。だというのに。
「国王陛下、水が確保できたのであれば尚更戦を止める必要は無いでしょう!」
「そうです! 余裕が出来たのであれば、その水を持って今豊かな土地を手に入れればいい! 不毛の土地を蘇らせるよりも余程容易い事です!」
「僥倖ではないですか! 既に準備は整い、後は動くだけの時に水が手に入った! これはきっと天が我らを祝福しているのです!」
頭が痛い。今発言している連中は、本気で戦争に勝てる前提で物を喋っている。
予定していた戦争は負け戦前提であり、万が一の可能性で勝てるかもしれない話だったのに。
水を齎してくれた者達への感謝と、これからの為の話し合いがどうしてこうなった。
こいつらを会議に入れたのが間違いだったか? 嫌だがそれはそれで後で問題になる。
我らを蔑ろにして話を勧めたのかと、折角戦争を避けられたのに内乱は困る。
とはいえ彼らがそうなる様に仕向けていたのは私だ。彼らが悪いとも言い切れない。
こうなれば不服だが、まことに遺憾でしかないが、やはり彼に頼るしかないか。
本当は良い事ではないが、強大な力の前に人はひれ伏すしかないのだから。
「では貴方方には水は必要ない、という事で宜しいか」
「なにっ、貴様何を――――」
突然発言をした人物に、戦争だと騒いでいた者の一人が噛みつこうとした。
だが視線を向けた瞬間に口を閉じ、怯んだように少し下がる。
竜を模した鎧を着こみ、キャーキャーと騒がしい精霊を伴う人物に気圧されて。
彼は隠れて会議の場に居て、合図をしたら出て貰う約束をしていた。
「なにか、御不満でも?」
「あ、い、いや・・・いや、ま、待って欲しい。いくら水を確保したのが貴方だとしても、その水は我が国の領地内の物だ。貴方に権限は――――」
「貴方方は先程他国から土地を奪う話をされていただろう。ならば私が貴方方の生命線を奪っても同じ。私がここに居るのは王女殿下に請われての事。彼女の望みは戦争の回避。それに納得が行かないのであれば、水は諦めて頂きましょうか」
「うっ、ぐ・・・!」
精霊公の発言で一気に流れが変わった。彼の威圧感に誰も反論を口にできない。
それは単純に竜という存在意外に、あの小さな精霊達も理由だろう。
あれらが見た目にそぐわない力を持っている事は、既に報告を受けている物が多い。
人力では運ぶだけで大作業な資材を、あの精霊達は軽々と運んで行った。
その事実だけで既に脅威だ。あの小さな体にどれだけの力があるのか。
「そういう事だ。お前達は何の為に戦を望んだ。生き残る為であろう。ならば彼の言う通り戦は諦め、手に入った水でもって国を取り戻す事に力を注ぐべきであろう」
「で、ですが、陛下・・・!」
「くどい。これ以上の答えが何か在ると言うのか。私はあの竜を相手にする気は無いぞ」
そこで殆どの者は意気消沈した様子だったが、何人かそれでも雰囲気の変わらぬ者が居た。
何をたくらんでいるのやら。出来れば私に報いが来る形で行動を起こして欲しいものだ。
『キャー!』
「・・・え? セレスが?」
そこで唐突に精霊が大きく鳴き、精霊公が目を見開いて驚いていた。
同時に態度の変わらなかった者達の口がニヤリと上がったのが視界に入る。
「どうやら状況が変わったようですな、精霊公殿。貴方の大事な姫君は此方の手に落ちた様だ。何手荒な真似は致しません。無事でなければ人質として意味を成しませんからな」
「―――――貴様!」
「おや、国王陛下、何をお怒りですか。良くやった、とお褒め下さい。これで竜が手に入るのですよ!」
馬鹿が! それはどう考えても悪手だ! ここまでの馬鹿をやらかすか!!
錬金術師とてどう考えても化け物の類だと・・・いや、今意識が無いのを狙ってか!
何故知っている。誰だ漏らしたのは!
「精霊公、すまぬ、すぐに―――――」
「精霊達、全員ぶちのめせ」
『『『『『キャー!』』』』』
精霊公に謝罪と即座の対処を約束しようとして、そんな物は意味をなさなかった。
おそらくこの件に関わっていたのであろう者達が、彼の合図で吹き飛ばされていく。
文官も兵士も悉く無意味に。精霊達に成すすべなく蹂躙されていく。
呆然としている内にその蹂躙が終わり、精霊公は息子へと視線を向ける。
「王子殿下、兵に捕縛の命を」
「あ、わ、解った。兵士達、倒れている者達を捕縛せよ!」
「国王陛下、私は錬金術師の下へ向かいます。行くぞ、相棒」
『『『『『キャー!』』』』』
返事など聞かずに殺気立った様子で駆けていき、精霊達も彼に付いて行った。
凄まじい速さで駆けていくその姿は、それだけで兵士達の心を折り砕ける。
やはりあれは化け物の類だ。人の力を逸脱した類の者だな。
「お父様、私も参ります! 謝罪をしなければ! いえ、謝って許してくれるかは解りませんが、せめてどうなったのかの確認をしないと!」
「待て・・・私も行く」
丁度良いと言えば丁度良い。役立たずに最後の使いどころが出来た。
許して貰えるかは解らんが、この首を差し出してどうにか事を収めて貰おう。
彼にとってこんな国の国王の首に価値があるかは解らんが。
錬金術師がまださらわれていない事を祈ろう。それならば一縷の望みはある。
そう思い辿り着いた先で見たものは―――――。
「・・・あ、王女、おはよう」
「あ、え、お、おはようございます!?」
倒れ伏せる人間達の中で、娘に向かって平然と起きた挨拶をする錬金術師の姿だった。
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