第492話、流石に疲れた錬金術師。
「・・・え、と」
泣き出した王女と王子を見て、私はまた何かやってしまったのかと狼狽える。
けど望んでいた物が手に入って泣いているのだから、多分嬉し泣き、だよね?
でも確信は持てなくてオロオロしていると、カクンと膝の力が抜けた。
「おっと・・・大丈夫か?」
「あ・・・ごめん、リュナドさん・・・」
けど反射的に踏み止まるより先に彼が支えてくれて、少しよろけるだけで済んだ。
無事に終わって気が抜けたせいかな。物凄く疲労感がある。ちょっと眠いかも
「謝らなくて良い。自力で立つのがきついなら気にするな」
「そっか・・・ありがとう」
相変わらず優しいなぁ。嬉しくて思わずにやけてしまう。
実際体がだるいのは確かだし少し甘えよう。でなければよろけるはずもないし。
普段の使い方ならここまで疲弊しないんだけど、今回はちょっと無茶な使い方をした。
用意して貰った樽の中に入っていた魔法石は、半分ぐらいは土を『操作』する魔法石だ。
けれど今回の工事をするにあたって、溜めてある魔法石の数では足りないと思っていた。
国全体で使う水の量となると、溜めておける量も場所も必要になるはず。
となれば当然深く広く場所をとる必要があるし、それに素材の設置の問題もある。
何とか水圧だけで水が通る様に調整したけど、あれにもかなりの数の魔法石が要った。
きっと『操作』の魔法石だけでは、ここまでの工事は出来なかっただろう。
だからその為に、本来は戦闘用に用意していた土系の魔法石を混ぜた。
どちらも土へ干渉する術式なのを流用した形だ。
ただし本来とは違う用途の為、余分な操作と負担がこの身にかかる。
おかげで今の私は魔力枯渇に近い。それでも全部自力よりはマシだけども。
いや、自力なら地面を掘る事すら終わらなかっただろうなぁ。
「・・・上手く行って良かった」
設置の際に壁を壊しかけたから本気で焦った。全力で補強したから何とかなったけど。
素材の設置で動かす必要があるから仕上げ補強を後回しにしてたんだけどなぁ。
多少は補強してたけど甘かったか。規模が大きすぎて目測を誤った。
とはいえ今はしっかり補強してあるから、もう何も問題はないだろう。
暫くの間は壁が崩れる事は無い・・・とはいえ後々補強工を事した方が良いかな。
一応数十年単位で壊れない様には出来たはずなので、その間に頑張って欲しい。
それか弟子達が育ったらあの子達に頼んで貰うのもありだろう。
何よりあの子達は既に、自分達の弟子の事も考えている。
錬金術師の学校とかそんな事言ってたはずだ。
ならそんなに遠くない未来に、きっとあの子達の弟子でいっぱいになると思う。
その時は二人の弟子達が仕事を引き受けてくれるだろう。
私はちょっと協力出来ないだろうけど、二人の望みが叶うと嬉しいな。
「・・・あ、そうだ」
それよりも今は、先に確認しないといけない事があったんだ。
疲れてぼーっとしているせいか、肝心な事を忘れかけていた。
「ねえ、リュナドさん」
「ん、どうした?」
「私、貴方が誇れる錬金術師だったかな。ちゃんと、出来たかな」
「―――――」
首をひねって彼を見上げて問いかけると、彼は驚いたように目を見開いた。
それはどういう感情だったんだろう。もしかして期待に応えられてなかったのかな。
一瞬そんな風に不安になったけど、彼はすぐに優しい笑顔に戻った。
「勿論だ。むしろ誰にも文句なんぞ言わせるもんかよ」
「そっか・・・それなら、よかった」
誰かが文句を言うのかな。彼の言葉に一瞬そんな事を考えた。
けれどそれよりも、彼が頷いてくれた事が嬉しかったしホッとした。
彼がこう言ってくれるのであれば、きっと後の事は問題無いだろう。
文句を言わせないと言ってくれているのだから、私はそれに甘えよう。
出来れば王女にもちゃんと言葉で確認をとりたいけど・・・無理そうかな。
まだ泣き止む様子は無いし、侍女さんも宥めるのに必死だし。
そこでふと王子に目を向けると、丁度視線を王女から外した彼と目が合った。
すると彼は一瞬だけまた王女に目を向け、すぐに外してこちらに近づいて来た。
「本来ならば妹が貴女に告げるべきなのだろうが、あの様子では何時になるか解らん。故に兄として代わりに感謝を告げたい。貴女に心からの感謝を。ありがとう」
彼の声はちょっと震えていて、涙声だなーなんてぼーっとした頭で思った。
ただ感謝を告げてくれたという事は、やっぱり喜んでくれていたのだろう。
王女もきっとそうなのかな。代わりのお礼って事はそういう事だよね。
「どういたしまして・・・良かった」
「っ、ああ・・・」
疲れのせいで段々眠気が強くなるのを感じながら、ポワポワした頭で応える。
良かった。全部上手く行った。王女にもリュナドさんにも胸を張れる。
ただ彼の腕に支えられているせいか、余計に体の力が抜けて来てる様な。
いや、これ気のせいじゃない。気を抜くと寝る。
でも私の仕事はもう終わったし、後は私一人じゃどうしようもない。
土地に緑を蘇らせるには、むしろ私よりも人手を募っての作業が要るだろう。
なら寝ちゃっても良いんじゃないかな。このまま安心するの人の腕の中で。
残念なのは彼が鎧姿な事だろうか。固いんだよね、この鎧。
「リュナドさん・・・」
おやすみなさい。その言葉が出るより先に、私の意識は落ちてしまった。
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全くとんでもない。本当にウチの錬金術師様はやってくれる。
こんな工事普通にやったら何年かかるんだよ。いや、何年で足りるか?
確実に足りねえだろうな。単純に穴を掘るだけでもかなりの作業だ。
掘った土は自然に消える訳じゃない。その土の移動にも人手が要る。
更には壁の向こうが海となれば、その壁が崩れない様にもしなきゃならねぇ。
セレスだからこそだろうな、こんな物。あの壁にも何かしてたみたいだし。
「・・・ふらついてるな」
ただ作業を終えたセレスの足元が覚束ない。明らかにふらついている。
普段の綺麗な脚運びは欠片も無いなと、注視していたおかげで即座に反応出来た。
倒れる程消耗してたのか。いや、むしろそれだけで済んでいる事が凄いか。
普通の人間があんな事出来るはずないしな。
『私だって出来るわよ!』
胸を張って叫ぶちびっこが一瞬頭に浮かんだが即座に排除した。
アイツは出来るかもしれないが、その代わり何かを失敗してそうだし。
とりあえずはセレスを休ませてやらないと。そう思っていると彼女に声をかけられた。
「私、貴方が誇れる錬金術師だったかな。ちゃんと、出来たかな」
緩い声音で、笑っているのだと解る目で、俺にそう告げてきた。
一瞬呼吸が止まった。彼女の言葉の意味を即座に理解出来てしまって。
嘘だろお前。まさかその為に消耗する程の作業をしたのか。
王女の為に張り切った訳じゃなく、俺のあの言葉の為に。
いや、王女の為なのも間違いないだろう。何故かセレスは彼女に目をかけている。
俺があまり乗り気じゃない事も解った上で、彼女はこの仕事を引き受けているんだ。
けど、それでも、彼女は俺の評価を確認して来た。俺が誇れる人間かどうかと。
ああくそ、鎧を着てなくて人目が無かったら、反射的に抱きしめてたかもしれない。
「勿論だ。むしろ誰にも文句なんぞ言わせるもんかよ」
心を落ち着けてそう答えると、彼女はまたふにゃっと笑った様に見えた。
仮面を着けているのがもどかしいと思うが、外させる訳にもいかないだろう。
ただ彼女は疲れているせいかのか、王子達が傍に居るのに声音が緩い。
やっぱり早めに休ませてやるべきだと思っていると、王子が礼を告げてきた。
その返答も大分緩い声音で、家でのんびりしている時のセレスそのものだ。
王子はまさかの声音に驚いた顔を見せ、何故か俺に目を向けてきた。
そんな目を向けられても困る。多分疲れてるんだよ。寝ぼけてる時もこんな感じだし。
「リュナドさん・・・」
事実彼女はその言葉を最後に、体の力が抜けて俺に寄りかかった。
「・・・とりあえず彼女を休ませたい。いったん城に戻らせて貰いたい」
「っ、あ、ああ。すまない、戻ろう。妹にも落ち着く時間が要るだろうしな」
そうだろうな。まだ泣いてるもんな・・・今だけは厳しい言葉は無しにしておこう。
「そうだ精霊達、少し残って貰って警備を頼んでい良いか。結構な揺れがあったから、探りに来る奴が居るかもしれない。けど下手な連中にここを触らせたくない。お前達だってそうだろ?」
『『『『『キャー!』』』』』
「じゃあ、頼んだ」
『『『『『キャー♪』』』』』
精霊達は大事な主の作業が無駄になる様な事は絶対に嫌うだろう。
そう思って頼むと、予想通り快く引き受けた。
数体の精霊が周辺の警備の為に荷車から飛び降りていく・・・移動前に。
「いや、陸に降りてから行けよ・・・まあ良いか、これぐらいなら問題無いだろうし」
べしゃっと地面に落ちる精霊を見届けてから、残った精霊に荷車を飛ばして貰った。
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