第491話、神経を集中させる錬金術師

先ずは素材をとりに向かったら、何故か王子が待ち構えていた。

この人怖いからリュナドさんの背に隠れてたんだけど、何時もと雰囲気が違うっぽい。

最初こそ怖いままだったけど、今日はなんだか優しい笑顔を見せてきた。


仕事を見届ける許可を貰って笑うって事は・・・もしかしてずっと混ざりたかったのかも。

リュナドさんが許可を出した時はちょっと驚いたけど、あれなら大丈夫そうかな。

ただでさえじっと見つめられると気になるのに、睨まれるともっと気になっちゃうし。


混ざりたかったなら最初からそう言ってくれたら良かったのに。

そうすれば私何回も睨まれる事が無かったって事だもん。

まあ良いか。睨まれなくなっただけ良しと思っておこう。


とりあえず精霊達に素材を運んでもらい、私は先に予定していた地点へと向かった。

最初に土地の調査で飛び回ったから、工事に丁度良い場所は見繕ってある。

問題は城からちょっと遠い事だとは思うけど・・・その辺りは任せよう。


近さだけを考慮して工事をするには、少し時間が足りないと思うし。

まあ元々は解決案だけ提示して、工事は王女達に頑張って貰うつもりだったけど。

建材の材料も教えておけば、後は人数さえ揃えればどうにかなると思うし。


ただその場合結構な時間がかかるし、王女は出来るだけ早く解決をしたいらしい。

となれば丁度良い土地で私が作業をする方が速く終わる。

建材の材料がない分を土の質に頼って、後は私の力量でカバーするしかない。


「・・・期待を、裏切りたく、無いもんね」


懐に手を差し込み、魔法石に魔力を流す。まだ余り数の無い転移魔法石の発動の為に。

けれど決めた通り出し惜しみは無しだ。全ての魔法石に魔力を通す。

そして倉庫から魔法石を詰め込んだ樽を転移させ、私の周囲に出現させる。


「・・・うん、問題ないね。ありがと、家精霊」


転移石を使って手紙を届ける。アスバちゃんのやった手法と同じ事を私も事前にしておいた。

元々は別種の樽に振り分けていた転移石を、今回必要な物だけに纏めて貰う為に。

家精霊はすぐに私の指示通り、必要な樽だけを準備してくれていた。


「ん? この紙は・・・」


ただ樽の一つに紙が貼りつけられていて、覚えが無いので手に取った。


『セレスさん、無事に帰って来て下さいね。メイラより』

「―――――、ふふっ、帰ってたんだね」


メイラの字だ。あの子の字だって思うだけで可愛らしく思えてしまう。

その下に『おみやげー!』『あーるじー!』『僕だよー!』って書いてるのは精霊だろう。

お土産は兎も角、残りの二つは意図が良く解らない。けど思わず笑ってしまう。


『お帰りをお待ちしています』


この一番綺麗な字は、誰か考えるまでも無い。

そうだね。帰らないと。その為にも、全力で終わらせよう。

紙を綺麗に折って懐に入れ、心を仕事に切り替える。


「――――――いく、よ」


気合いを入れる様に呟き、全神経を集中させて樽の大半に魔力を通す。

失敗は許されない。失敗したらまた素材を取りに行かないといけなくなるかもだし。

それにここが一番丁度いい場所で、ここで下手を打つともっと面倒な事になる。


何よりこの一回で終わらすために全力を出すから、次同じ事をやるのは難しい。


「ふっ」


樽の中にある魔法石が魔力に反応し、合成されて樽を割り巨大結晶になっていく。

そしてずぶりと沈む様に埋まっていく結晶を見届け、暫くして地響きが鳴り出す。

同時に少量の魔法石を懐から幾つか取り出し、補助に為に発動させていく。


「きゃっ!」

「な、なんだ、この揺れは!?」

「うおっと・・・すげー揺れるな。これ城の方まで響いてるんじゃないか?」


後ろで三人が驚いているけれど、今私に応える余裕は無い。

土を魔法で操り地形を変え、水の受け皿を作りつつ固めている。

この揺れは土地を支える様な地盤も弄っているせいで起こっている揺れだ。


「――――――」


神経を使う。崩れない様にしっかりと抑えつつも土を大規模に動かす。

ここまで大仰な作業をやるのは初めてではないけど、数える程度しかした事が無い。

その上数回は失敗している。読み間違えで周辺の土地を崩した事もある。


アスバちゃんも私と似た様な事をしたっけ、なんて事を何故か思い出していた。


「ははっ・・・ホント、とんでもねえな、セレス・・・」

「こんな・・・嘘だろ・・・人間一人でこんな事が出来るっていうのか・・・」


変化していく土地を見ているのだろうリュナドさんと王子は驚いている様だ。

けれど流石に私一人の力量じゃ、こんな大仰な事は出来やしない。

毎日コツコツ溜めていた魔法石があってこそだ。


今回土を無理やり固める為にも余計に魔法石を使用している。

土以外にも水や火や風も使って、土質自体も弄っている。

アスバちゃんや竜以外がこんな事をしたら死んでしまう。


いや、竜の弟子の子も出来るかも。あの子の魔力量はかなりのものだし。


「これが・・・錬金術師の・・・セレス様の、力・・・」


王女の呟きが聞こえる。彼女は今どんな顔をしているのだろう。

喜んでくれているかな。そうだと嬉しいな。

いや、まだ早いか。これは事前準備だ。まだ大事な物が届いてない。


『『『『『キャー!』』』』』


今精霊達が持って来てくれた、アレがあってこそこの作業には意味がある。


ー------------------------------------------


土地が蠢いている。たった一人の人間の魔法で、土地が『作られて』いる。

こんな、こんな事があって良いのか。こんなバカげた事が本当に現実なのか。

何年も、下手をすれば何十年もかかりそうな工事が、たった一人の手で行われていく。


何なんだこの女は。一体何だと言うのだ。訳が解らない。

目の前で起きている事の凄さよりも、それを行っている女が恐ろしい。

化け物だ。正真正銘の化け物だ。妹は一体なんて化け物を連れて来たんだ。


そうだ、妹は、あいつはこの光景に、何を思っている。


「―――――」


ちらりと妹に目を向けると、私とは違い感動に打ち震えていた。

あんな化け物を見て、あんな化け物の力を見て、恐怖のひと欠片も無い。

むしろ笑顔でその光景を見つめ、これ以上ない程に喜んでいる。


「そう、か」


妹はお世辞にも優秀とはいえない。それだけは間違いなく断言できる。

けれど妹は確かに持っていたんだろう。私よりも王になれる素質を。

あれほどの化け物を前にして、その力の先を見る事が出来る心が。


何事も無い時代には要らない力。けれど有事にだけは必要な力が。

この化け物をその気にさせたのはお前なんだな。


「王、か・・・そうだな。お前が王の方が、今は良いか」


父も私も何も出来なかった。勿論最後まで足掻く為の準備はしていた。

けれどお前の様な劇毒を呑む度胸は無かったのだろう。

いや、ともすれば何も考えていなかったんだろうな。お前の事だし。


けれど、だから救われた。後先考えない残念な妹だから救いを手にかけられた。

勿論これは結果論だ。もっと酷い事になっていた可能性だってある。

けれど妹は賭けに勝った。勝ちを引き寄せた。それは私には絶対に出来なかった事だ。


『『『『『キャー!』』』』』

「ん、そこに置いて」


そこで精霊があの大きな石を持って来て、錬金術師がいつもと違う様子で指示を出す。

初めて耳にする声音だ。今まで聞いた声音は何時も低く不機嫌なものだ。

けれど今はただひたすらに真剣さだけを感じる。


「ふぅ・・・!」


そして気合を入れる様に息を吐くと、また樽が一つバキンと割れた。

中から出てきた水晶がまた地面に埋まって行き、別の樽が少し遅れてまた割れる。

そこから出て来た水晶からは水が生まれ、石を包み込んで飛んで行った。


行く先は深く掘られた地面の壁。それも結構深い場所だ。

石が壁に到達すると、水はまるで何事も無かったかのように消え去った。

けれど石はそのまま下に落ちる事なく、壁の中へと埋まって行く。


「・・・これじゃ駄目か、角度を・・・これで・・・まずっ!」


錬金術師が一瞬焦った様な動きと同時に、壁が揺れた様な気がした。

けれどその揺れはすぐに収まり、ただ錬金術師は動きを見せない。

小さく呟いていた先程とは違い黙って壁を見つめている。


少し不安になって精霊公に目を向けるも、彼は静かに錬金術師を見つめていた。

焦りも不安も何もない。ただ信頼だけを向けた目を見せて。


「っ、いけ、る・・・これで・・・!」


そこで錬金術師が動きを見せ、また少し壁が揺れ出した。

けれどその揺れは又すぐに収まり、そして――――――。


「水、だ」


妹が呟いた通り、壁に何時に間にか開いていた穴から水がちょろちょろと流れ出していた。

いや、余りにも遠いせいでそう見えるだけで、実際はもっと結構な量だろう。

だが壁の向こうは海だ。たとえ水が入り込んだとしても、アレはただの海水なのでは無いのか。


そんな疑問が浮かび、けれど胸を締め付けられるような希望も浮かんでしまう。

まさかあれは、我々が望んでいた物なのかと。まさかそうなのかと。


「・・・問題ないと思うけど、一応確認しておこうか」

『『『『『キャー♪』』』』』


錬金術師はどこかふらついた足取りで荷車に向かい、精霊と精霊公もそれについて行く。


「二人共、乗ってくれ」

「あ、す、すみません、精霊公様」

「す、すまない」


ただ呆けていた妹と私は声をかけられて慌てて乗り込み、そして荷車は壁へと近づいて行く。

流れる水はやはり近づくと相当なもので、勢いのある川とあまり変わらない。

深く掘られた地面に落ちる様は大きな滝の用で少々怖い物が有る。


「・・・うん、ちゃんと真水。問題ないね」


私が高さに少し恐怖していると、錬金術師は一切気にした様子無く身を乗り出していた。

仮面を少しずらして口だけだし、水を手ですくってごくごくと飲んでいる。

妹はそれを見て同じように身を乗り出し、侍女に支えられながら水を飲んだ。


「あ・・・ああ・・・ほんとに・・・うあああああ・・・!」


そのまま泣き崩れ、わんわんと大声で泣き続ける妹。


「・・・水だ・・・本当に、水だ・・・」


何がどうなっているのか解らない。全くもって何も理解出来ない。

けれど大量の水が流れている。海水ではない水が大量に。


「は、はは・・・」


気が付けば自分も、妹と同じ様に泣いていた。

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