第490話、本気で仕事に取り組む錬金術師
「ったく、まだ殆ど夜明けじゃねえか・・・こっちはなかなか寝付けなくて寝不足だってのに」
『キャー』
「セレスが先に起きてるなんて良くある事だろ」
『キャー!』
「お前・・・それが一番大きな理由だろうがこの野郎」
『・・・キャー?』
精霊に叩かれたリュナドさんが起き上がり、今日は竜鎧に着替えている。
その間文字通りたたき起こしてきた精霊と文句を言い合っていた。
精霊は一体何を言ったんだろう。目を逸らした辺り、叱られる様な事を言ったのかな?
ちょっと気になる。でもそれよりもっと気になる事がある。
「リュナドさん、寝れなかったの?」
「え、あ・・・あー・・・うん、ちょっとな」
リュナドさんは若干言葉を濁しながらも、寝れなかった事自体は肯定した。
ちょっとがどれぐらいなのかは解らないけど、それでも彼が安眠出来なかったのは困る。
「もうちょっと、寝る?」
「――――――っ」
まだ眠いならと両手を広げて彼をベッドに誘ってみると、彼は何故か固まってしまった。
彼の反応が良く解らずにコテンと首を傾げ、暫くそのまま待ってみる。
するとクスクスと笑う声が聞こえ、二人してそちらに目を向けた。
『くふっ、ふふっ、だめ、おかしっ、何なの貴方達・・・!』
人魚がお腹と口を押さえて笑っている。何がそんなに面白かったんだろう。
ただ彼女が楽しく笑っているのとは正反対に、リュナドさんは不機嫌そうな表情になった。
あ、あれ、私が悪いのかな。私はただ、彼にゆっくり休んで欲しいだけだったんだけどな。
『あら、私はそんな顔を向けられる覚えはないわよ? セレスとは友人、なんでしょう?』
「ぐっ・・・そうだよ・・・!」
『ええ、そうよねぇ、くふっ、うふふっ』
どうやらリュナドさんが不機嫌なのは人魚が笑ったからみたい。
けど人魚は意に介さずまだ笑っていて、その上二人の会話は良く解らない。
リュナドさんと私が友人で、それでなんであんなに笑う事があるんだろう。
「・・・俺お前嫌い」
『あら、私は貴方達の事が大好きよ?』
リュナドさんに嫌いと言われても、人魚の笑みは変わらない。
それ所か自分の好意を告げる事で返していて、物凄く余裕のある笑みだ。
私が彼にあんな事言われたら、数日ベッドから這い出れない自信がある。
好きなのに好かれてないのは辛くないのかな。きっと辛いと思うんだけどな。
あれ、でも今貴方達って言った? リュナドさんと・・・精霊達の事なのかな?
『キャー?』
『キャー』
『キャー♪』
『キャー!』
『アンタ達の事は嫌いよ』
『『『『『キャー!?』』』』』
精霊達が自分の事だと思って照れ臭そうにしてたけど、人魚はバッサリと切り捨ててしまった。
齧られたせいだろうか。多分そんな気がする。今も警戒してるし。
そういえば昨日からずっと人間の足のままだけど、あの状態って疲れないのかな。
ん、あれ、って事は、精霊じゃないなら、私の事なのか。
人魚に好かれるような事した覚えがないけど、私の何が気に入ったんだろう。
でもまあ、嫌われているよりは良いか。好かれているならその方が良い。
何せお互いリュナドさんを好きな者同士だ。お互い仲良く出来る方が私も嬉しい。
「はぁ・・・とりあえず朝食用意してもらう様に言って来る・・・」
「あ、うん、行ってらっしゃい」
『『『『『キャー♪』』』』』
リュナドさんが疲れた様子で部屋を出て行き、ちょっと心配になりながら見送る。
やっぱりもうちょっと寝た方が良かったんじゃないかな。疲れが取れてなさそう。
精霊達はそんな事一切気にした様子無く、嬉しそうに彼について行った。
もしかしてその為に彼を起こしたの? 精霊達ならありそう。
「人魚は元の姿に戻らなくて大丈夫?」
『ん? そこまで問題は無いわよ。多少気を張ってないと駄目な程度かしら。それにこの姿だとリュナドが若干慌てる姿が可愛らしいもの。動揺しないようにしている姿が尚の事ね』
「そう、なの、かな?」
リュナドさん動揺してたのか。でもさっきは普通に二人とも話していた様な?
『ふふっ、まあ私よりも、セレスの行動の方が余程動揺するみたいだけどね』
「そう、かな・・・そうかも」
私に動揺? と一瞬疑問に思ったけど、良く考えると納得出来た。
だって私は彼に何度も迷惑をかけていて、そして何時も助けて貰っている。
私のせいで動揺する事が多いと言われれば、むしろ納得する事しか出来ない。
今回の件だって、彼はやる気は無かったって言ってたし。予定外の仕事だろう。
そう。予定外の仕事にこんなに協力してくれている。なら私は成果を出さないと。
『あら、良い顔♪』
「ん?」
『・・・貴女コロコロ表情変わるわね。見てて飽きないわ』
「?」
そう? ライナには「もっと笑えば良いのに」って良く言われるんだけど。
その後はリュナドさんが戻って来て、その後暫くしてから朝食が運ばれて来た。
とはいえその材料は大体魚と鯨肉だったけど。野菜は殆ど無い。
精霊達は嬉しそうに肉へ齧りついていて、それが目当てだったんだなと解った。
昨日駄目だよって言ってたからね。そうだ、荷車見張ってる子達の分も残しておかないと。
そうして朝食を終えた所で、王女が部屋を訪ねてきた。
「おはようございます皆様。本日はよろしくお願いします」
「・・・ん、任せて」
『『『『『キャー♪』』』』』
慌てて仮面を着けて彼女に応え、気合いを入れて外套を纏う。
精霊達は何故かやたら張り切っているけど、今日は多分君達やる事ないよ?
あ、いや、あるか。一個だけ精霊達に手伝って貰おう。
人魚もそのままだと目立つから今日も外套を纏って貰った。
「つーかお前、恥ずかしくないのかその恰好」
『あら、この体のどこに恥ずかしい所があるのか教えて欲しいわね。むしろ私は自信をもって見せられるわ。だからリュナドが目を下にずらしたって責めはしないから大丈夫よ?』
「・・・うん、お前に話が通じないのは良く解った」
凄い自信だ。見られても恥ずかしくない自分か・・・私には無理な考え方だなぁ。
私は自分に自信なんて無い。最近は少しだけついては来た気もするけど。
でもそれでもだめな所の方が多過ぎて、彼女の様に自信満々に胸は張れない。
ああ、そっか、リュナドさんが言ってた事が、私にも何となく解った。
人魚がアスバちゃんに似ているのはこういう所だ。常に胸を張っているんだ。
自分という物をしっかり持っていて、強く在る事が出来る人。
ただアスバちゃんは時々ちょっと怖いから、やっぱり人魚とは違うけど。
不思議な所で怒るから難しいんだよね。彼女は未だに良く解らない所が多い。
「・・・じゃあ、行こう」
「あいよ」
『『『『『キャー!』』』』』
『はーい』
「はい、行きましょう」
ただ今日は、そんな二人を少し見習おう。無理にでも顔を上げて胸を張ろう。
期待してくれる人に応える為にも、泣いて縋って来た人を救う為にも。
全力でやろう。出し惜しみは無しで行こう。
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錬金術師と精霊公が起きたという連絡を貰い、朝食が終わった頃を見計らって向かった。
すると何故か人魚も部屋に居て、相変わらず一切を纏っていない格好だ。
けれど彼女の裸体は、はしたないというよりも美しいと思ってしまう。
殿方の前だというのに、一切を気にしない立ち振る舞いはいっそ格好が良いとも。
「・・・じゃあ、行こうか」
彼女の言葉で見ほれていた自分に気が付き、ハッと正気に戻って応える。
女性を見つめて見惚れるなんて、こんな短い間にそんな女性に二人も会うなんて。
人生とは中々不思議なものだな、なんてまだ小娘が思うには早すぎるだろうか。
錬金術師は先ず荷車へと向かい、警備している精霊に肉を手渡した。
喜んで受け取る精霊達は可愛らしく、もっちゃもっちゃと大事そうに食べる姿は尚の事。
その姿を少しの間見つめた後、彼女は荷車へと皆を乗り込ませた。
「・・・昨日の素材は、何処かな」
「あ、はい、ご案内します」
昨日の魚からとれた素材は一か所にまとめておいてある。
万が一の盗難や破壊など有ってはいけないと、警備もしっかりとさせている。
流石にあの大きな石は室内に納められず、倉庫の外に置く事になってしまったけれど。
「あちらです。あそこに・・・お兄様?」
荷車から恐る恐る顔を出しながら案内して、あの大きな石の所まで誘導した。
すると石の前に兄が立っているのが見え、思わず困惑のつぶやきが漏れる。
一体何をしに来たのか、と思ってしまうのは失礼だろうか。
けれど昨日のお兄様の態度を考えると、邪魔をしに来たとしてもおかしくない。
警備の者達も王子に手を出せるはずも無く、となれば早く降りた方が良い。
私達の為にも・・・お兄様の為にも。
「お兄様が何かをする前に向かいましょう」
「そうだな。こちらも面倒は少ない方が良い」
私の提案に精霊公が頷き、荷車は即座に石の傍に下ろされる。
兄も当然こちらに気が付き、鋭い目を私達に向けてきた。
怯むな。怖がるな。今の私はもう、叱られて泣く小娘じゃいけないんだ。
「おはようございますお兄様。なぜこのような所に?」
「・・・見届けようと思っただけだ。私もな」
「見届ける?」
「精霊公。邪魔はしない。だから同行を許してはくれまいか」
兄は私ではなく、精霊公に許可を求めた。
まるで誰がこの場で力を持つのか解っていると言わんばかりに。
「・・・解った。だが邪魔をした時は容赦しない。たとえ貴方が王子でも」
「感謝する」
精霊公が許可を出すと、兄はふっと表情を和らげた。
その変化が私には理解できず、けれど状況は止まってはくれない。
「・・・精霊達、ここまで運んでもらって良い?」
『『『『『キャー!!』』』』』
「・・・ありがとう」
錬金術師が地図を片手に指示を出すと、張り切った様子で石に向って行く精霊達。
あんな小さな体でどうやってと思っていると、精霊達は当たり前のように持ち上げた。
そしてキャーキャーとご機嫌に鳴きながら、城の外へと運んでいく。
人に運ばせた時はもっと大変だったのに・・・精霊の凄さを改めて見せられた気分だわ。
「・・・とんでもないな。精霊とは」
兄も同じ気持ちだったらしく、呆れとも驚きとも取れる声で呟いていた。
「移動するぞ、二人とも」
私達兄妹が呆けていると、精霊公が荷車に乗るように指示を出した。
慌てて乗り込むとまた荷車が空に浮かび、下には石を運ぶ精霊達が見える。
いや、精霊達は小さすぎて見えないわね。石しか見えない。
その精霊達を追い抜いて彼女はどこかに向かう。
海沿いを飛んでいるけど、一体どこに向かうんだろう。
私はまだ詳しい事は聞けていない。だから結果を見せてもらう事しか出来ない。
その事にまだ不安が無いかと言えば、やっぱりどうしても不安は残る。
彼女が凄い人だと解っている。精霊公が誠実な人間だと知っている。
けれど、それでも、小心者で何も出来ない私は、不安で胸を抱えてしまう。
「・・・ここが良いかな」
そうして彼女が口にした場所は、意外と城から離れていない海岸沿いだった。
ただ硬い岩盤が壁になっている場所で、人気は殆ど無い所だ。
釣りをするにも港にするにも適していない。そんな辺鄙な場所。
とはいえ空から見た景色だったせいか、地上に降りると結構離れている事に気が付く。
「・・・精霊達が来る前に、準備を済ませよう」
ここで一体何を。そんな疑問を口にする事も許されない雰囲気で、彼女は低く呟く。
それと同時に懐に手を入れ、小さく輝いたかと思ったら――――――。
「た・・・る・・・?」
突然、彼女の周りに樽が現れた。それも幾つも。
けれどそんな物は、この後見た光景に比べれば些細な事だった。
きっとその光景に涙したのは、兄までも泣いてしまったのは、仕方ない事だと思う程に。
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