第489話、寝起きに確認される錬金術師

ベッドに皆で転がって翌朝、目を覚ますと正面にリュナドさんの顔がある。

彼はまだ小さく寝息を立てていて、起こすのは少々忍びない。

山精霊達もすぴーすぴーと心地良さげだし、もう少し転がってて良いよね。


「にへへ・・・」


彼の腕を抱えてすり寄り、体温と匂いを感じながら目を瞑る。

そして意識は保ったまま寝起きの様なぽやっとした感覚に身を任せた。

寝てはいないから何時でも起きられるけど、かと言って起きているとも言い難い状態。


このフワフワした状態がとても気持ち良くて、更にリュナドさんが傍に居る。

ただそれだけの事がとても幸せで、この時間がずっと続けば良いなと思ってしまう。

ああでも、メイラとパックも一緒ならもっと幸せだろうな。


そう考えると、二人が居ないこの時間が続くのは嫌かもしれない。

それにライナにだって会いたいし、アスバちゃんやフルヴァドさんにも会いたい。

ミリザさんとの手紙も出せなくなっちゃうし・・・ずっとこのままはダメか。


「ふふっ・・・」


嘘みたいな話だ。ちょっと前の私からじゃ絶対に想像できなかった。

隣にライナ以外の人が居て安心する事も、こんなにも誰かに会いたいと思うのも。

家で引き籠ってのんびりしている事だけが幸せだったのに。それだけだったのに。


随分と贅沢になったと思う。欲張りになったと思う。我が儘になったと思う。

いや、我が儘なのは前からか。けど、本当に変わったと思う。


「・・・大好き」


全部ライナとこの人のおかげだ。私が少しでも胸を張れるのはこの人達のおかげだ。

勿論かわいい弟子達が居たおかげで成長できたし、精霊達も大事な家族だ。

けど、この人が居たから、居てくれたから、私はこんなにも幸せなんだ。


なんて幸せを噛みしめながら彼を堪能していると、ふと視線が刺さる感覚を覚えた。

布がすれる様な音も聞こえるし、抱きしめている反対側に動きを感じる。

リュナドさんが起きたのだろうか。なら仕方ないけど頭を起こさないと。


そう思い目を開くと、彼はまだ寝息を立てていた。


「・・・ああ、人魚だったんだ。おはよう」

『ええ、おはよう』


ただ彼の向こう、私と反対側に居た人形が体を起こして私達を見ていた。

起きたのは彼じゃなく彼女だったらしい。それで反対側だけ動いたのか。


「よく寝れた?」

『ええ、気持ちよく寝られたわ。それに人の体温は心地良いわね。ずっと一人だったから余計にそう思うのよ。一人じゃない事がとても安らぐ時間だったわ』

「・・・そっか。良かった」


ずっと石の中に閉じ込められていて寂しかったんだろうな。

私は引き籠るのは好きだけど、閉じ込められるのは流石に勘弁してほしいと思う。

今の私が一人になったらきっと耐えられない。きっと体より心が先に壊れる。


そう思うと人魚が喜んでいる様子は、私も少し嬉しい。

何たってお互いにリュナドさんを好きな同士だから。

彼の傍って良いよね。凄く落ちつくよね。


『ねえ、改めて聞きたいんだけど・・・貴女リュナドの事を好きよね?』

「え、うん。好きだよ。大好き」


突然何の確認なんだろう。彼の事なんて好きに決まってる。大好きだよ。

すると人魚は何故か怪訝な顔をしてから口を開く。


『・・・友達だって言ってたわよね?』

「え、うん、友達だよ」

『・・・貴女は友達で満足なの?』

「うん、満足だよ。彼が傍に居てくれるだけで幸せだから」


人魚には最初にあった時に答えているはずなのに、何故かまた確認して来た。

何が気になるんだろう。人魚は何だかクシャッとした顔で腕を組んでいる。

それでも綺麗な顔だなー、なんて思いながら彼女の言葉を待った。


『・・・どう見ても、いえ、私も人の事は言えないけど・・・うーん?』


そんな風に人魚がぶつぶつと呟いていると、精霊達がもぞもぞと起き始めた。

頭の上にくる子も目が覚めたらしく、キャーっと鳴いて私によじ登り始める。


「ん・・・ふあああ・・・朝か・・・」


そんな精霊や私達の動きを感じたからか、リュナドさんも大あくびをして目を覚ました。

寝ぼけた顔で起きた彼の肩には、何時に間にか彼といつも一緒の子が乗っている。

起きろーとばかりにペチペチ頬を叩いて、リュナドさんはウンウンと頷いて応えていた。


「あー・・・ねむ・・・」

『キャー』

「解ってるよ・・・起きるよ・・・起きてる・・・」


これ本当に起きてるのかな? 体は起こしてるけど目が開いてないし揺れてるよ?

でもちょっと可愛い。思わずにやけながら暫く彼の様子を見つめる。


『――――にしか見えないんだけどね・・・』

「ん、何か言った?」


リュナドさんの観察に集中しすぎて、人魚の言葉の最初の方が聞こえなかった。

正確には何か言ったのは解ったけど、意識を向けるまで言語として認識出来なかったか。

確認も込めて人魚に目を向けると、何故かニマッとした顔を向けている。


『いいえー。気にしないで。面白そうな事が良く解っただけだから』

「そう? 解った」


人魚がそう言うならそれで良いかな。と思った所で『ベチィ!』と大きな音が鳴った。


「いってぇ!?」

『キャー!』

「殴る事は無いだろ!?」

『キャー!』


中々起きないリュナドさんに痺れを切らした精霊が、強く頬を叩いてしまった。

あ、あの、別に急いで起きなくて良いんだし、もうちょっと優しく起こしてあげよう?


ー-----------------------------------------


ベッドでゆっくりと眠る。そんな些細な、けれど長年叶わなかった願いが叶った。

もう二度と叶わないと思っていた事だから余計に幸せを感じる。

こんな本当に些細な、それこそ人によってはただの日常が、こんなに幸せなんて。


惜しむらくは自分の身が人じゃないから、その頃の睡眠とは質が違う事かしら。

寝ているけど寝ていない。あの微睡の心地良さはもう経験出来ないのかもしれない。

そう思うものの、近くで寝ているチビ共はいびきをかいてたり寝言も呟いていた。


『もっと食べるぅ・・・』

『僕は飛ぶぞぉ・・・』

『うーん、うーん、洗濯ばさみはやだ・・・洗濯ばさみはやだぁ・・・!』


マジ寝してるわよねこれ。寝言を言う精霊とか意味が解らないんだけど。

こいつら本当に精霊なのかしら。じつは精霊の様な違う何かじゃないの?

後洗濯ばさみって何の話よ。何でそんな物に苦しんでるのよ。


リュナドと一緒で意味が解らないわね。本当に変な精霊だわ。


「ふふっ・・・大好き・・・」


それにこっちもこっちで変な関係と言うか、妙な関係よね。

私の目からはどう見てもお互いに好意を持っている様にしか見えない。

お互いに恋仲では無い友人、と言ってるけどそういう目には見えないのよね。


それこそ今彼にすり寄る彼女の様に。この光景を見てただの友人って言われてもね。

人間の感情って本当に複雑よね。心で感じている事と違う事を口にするんだから。

そしてその結果問題が起こった時、一切解決にならない手段を平気で取りうる。


最悪の結果になると想像する事も出来ず、そして順当に最悪の結果を引き起こす。


『貴女はどうなのかしらね』


体を起こし、誰にも聞こえないであろう声量で呟くと、彼女はパチリと目を覚ました。

いや、最初から起きていた事は気が付いていたから、目を覚ましたとは少し違うか。

彼女は寝ぼけた様子も無く私に挨拶をして、当然の様にスッと体を起こす。


その後の受け答えに、私にあの言葉を聞かれた動揺は見て取れない。

だから何となく真意を探る様に、彼女の感情を確認した。

リュナドが寝ている今であれば、別の本音が漏れる事もあるかもしれない。


本当に、二の舞は御免なのよ。そう思って。

ただ返ってきた言葉は最大限の好意と、その上でも変わらない関係。

けれど彼女の行動と視線は、どう見ても―――――。


『恋する乙女の姿にしか見えないんだけどね・・・』


私の目からはそうとしか見えない。そしてリュナドもおそらく。

けれど何故かこの二人はお互いにお互いを友人だと頑なに告げる。

ただセレスはとても自然体で、リュナドは何かを我慢している事が違いかしら


『ふふっ』


ああ、きっと逆なのね。リュナドの在り方が彼女を傍に居させる訳じゃない。

貴方の下に彼女が居るのではなく、彼女が居るから貴方が在るのね。

追いかけているのは貴方。そして足を進めているのは彼女。


いえ、それも少し違うかしら。彼女が足を一歩進めた時、それに追いつく為の今。


『ならまだまだ・・・貴方はここで止まらない。そうよね』


ああ、きっとまた見せてくれるのだろう。あの背中を。あの光を。

彼の進むその一歩を。そしてそこにはきっと、彼女が立っている。


『素敵ね』


セレス。貴女への胸の高鳴りも、きっとリュナドへの想いと同じものだわ。

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