第488話、人魚の話に興味がある錬金術師
「はふぅ・・・」
部屋に戻って人目が無くなった所で、ようやく体の力が抜けた。
それと同時に気の抜けた息も漏れ、ポスンとベッドに腰掛ける。
やっと気が抜ける。むしろリュナドさんが居るから安心だ。
「つ、疲れたぁ・・・」
色々と濃い一日過ぎて、気を抜いた瞬間ドッと疲れが押し寄せてきた。
最後の最後で物凄く緊張してたから、余計に脱力してしまっている。
朝の訳の分からない石の騒動から始まり、そこから怒涛の様な出来事だったと思う。
良く解らない埋められた祭壇に、石にの中に封印されていた人魚。
その中に吸い込まれてしまった山精霊と、助けに行くために入っていったリュナドさん。
あれ、そう考えると私よりもリュナドさんの方が疲れているのでは。
だって私結局大した事してないし。鯨の解体指示も彼と王女に任せちゃったし。
私が頑張ったのって、ただ国王と王子に謝った事だけの様な・・・?
「随分お疲れだな」
「あっ、ご、ごめんね、リュナドさんの方が、疲れてるよね」
一番頑張った人を差し置いて疲れた、なんて言ってたら嫌だよね。
そう思い慌てて彼に謝ると、何故か彼はふっと笑顔を見せる。
あ、あれ、私何か笑われる様な事言ったかな。
「疲れてないって言ったら嘘になるけど、仕事が違うんだから比べるものでもないだろ。というかセレスだって大概疲れる仕事してたと思うけどな。それに俺としては・・・セレスのそういう姿を見ると安心するけどな。だから気にしないでくれ」
「そ、そう?」
リュナドさんが良いなら良いんだけど・・・安心ってどういう事だろう?
私のそういう姿・・・疲れてる姿? 疲れてる私を見ると安心? 良く解らない。
でもまあリュナドさんが気にするなって言うなら、気にしない事にしておこう。
「そういえば、人魚はあのまま荷車の中で良かったのかな」
「ん、良いんじゃないか? 本人が残るって言ってたんだから。それに俺はアイツと同じ部屋で寝るのはゴメンだ。アスバと同じ部屋で寝るのと同じ気がして気が休まらねぇ」
「でもアスバちゃんは、抱きかかえると暖かくて落ち着くよ?」
「子供体温なんだろうな。ガキども抱えて寝た時は確かにそんな感じだったよ」
子供体温。とはちょっと違う気もするけどなぁ。でも相変わらず小さいのは確かだ。
アスバちゃんもしかしてあのまま伸びないんじゃないかな、って思ってしまう。
本人は私よりスタイルの良い大人の女性になる、って言ってたけど。
『あら、アスバって誰かしら。貴方の女の一人?』
「「っ!?」」
『『『『『キャー!?』』』』』
突然声が聞こえたかと思ったら、リュナドさんの背後に人魚が現れた。
まるで気配を感じず、突然そこに現れたかのような感覚。
見えている今は魔力も感じるのに、ついさっきまで何も感じなかった。
山精霊も驚いているから、この子達も全く気が付いてなかったみたいだ。
「おまっ、何時の間に!?」
「転移・・・じゃない、よね。そんな魔力の流れは無かったし」
『ええ、転移じゃないわ。存在を薄く薄くうすく~~~くしてたの。こうするとよっぽど私達を感じる事に長けていない限り、精霊でも私を見つける事は難しいわよ』
存在を薄く。この場合認識を誤魔化す系統の魔法とは多分違うだろう。
家精霊の場合は姿は見えなかったけど、何かが居る事は感じられた。
でも人魚は姿を現すまで全く感じなかった・・・存在を薄くしているから感じられない?
いや、そもそもその存在を薄く、っていう事が良く解らない。
理解出来れば魔法に出来るかもしれないし、教えて貰えないかな。
「その存在を薄くっていうのが、具体的にどういう状態なのか教えて貰っても良い?」
『具体的に、ねぇ・・・んー・・・世界に溶け込む感じかしら。私やそこのチビみたいな存在っていうのは、本来はそこに在るけど無い存在なのよ』
「在るけど、無い?」
『土地、概念、想い、魔力、色んな要素が絡まって生まれるのが私達の様な存在。そして私達の体は実体が在る様に見えるけど、これは結局そういった『力』で作られた他者や自分が認識出来るための外観。だから見えてはいるけどそこには何も『無い』のよ」
ええと、つまり山精霊や家精霊、目の前の人魚も、その姿は仮初という事かな。
いや、本来は『姿』なんて無くても良いのに、解り易く『形』を作ってるって事か。
確かに言われてみれば、力の塊が形をとっている訳で、言わんとする事は解らなくはない。
『けど私達は『姿や形』を世に見せる事で、自分の存在を自分で認識できる。そして自分を認識して初めて自分の力が使える。特に神性や土地に縛られる精霊は、自分の存在理由や認識が強ければ強い程、その力が強くなる傾向があるわね』
「それは・・・確かに、そうだね」
山精霊は正直相変わらず良く解らない所が多いけど、家精霊は間違いなくそうだ。
あの子は典型的な『精霊』で、家と家族を守る為に強くなる精霊だと思う。
私を主と受け入れた時に、そしてメイラを受け入れた時に、あの子は突然強くなったらしい。
パックは外から通っているせいかもしれないけど、私たち程の影響はなかったみたい。
それでも私の弟子で、メイラの弟弟子って事で、多少は強くなっていたみたいだ。
自分の存在理由を強く認識していき、それと共にあの子はどんどん強くなっていく。
その代わり家から絶対に出れないのが、ちょっとかわいそうだけど。
『だから自分という存在を見せようとしなければ見えないのよ。自分という自我を薄く、認識を薄く、力を薄く、世界に溶け込む様に薄く薄くしていくと、誰も認識出来なくなる』
「自我を・・・でもそれは、危ないんじゃ」
だって今の話を総合すると、姿を作るのは自分の為って事だよね。
山精霊や家精霊の姿も『自分が自分を認識する為』に姿を作ってるって事だ。
なのにその『認識』を薄めるって事は、そのまま消えてしまう可能性も有るのでは。
『まー、危なくないとは言えないわね。でも私はこれが出来るおかげで、あんな石の中に閉じ込められても壊れなかった訳だし、悪い事ばかりでもないわよ?』
「そう、なの?」
『ええ、思考力も鈍るし、時間感覚も鈍るし、そもそも自分が存在しているのかの感覚も鈍るからね。自己の存在を問う様な状態にもならないから、自分を長時間保てるのよ』
「成程・・・」
自己の存在理由に疑問を持てば、精霊はその力が弱まっていくだろう。
自我を薄くする事で力の減少を防いだのか。そんなやり方があるんだ。
とはいえそういう話なら、魔法に転用するのは無理っぽいね。
原理は単純に、無い物を無いと見せている、って事だから。
おかしな事を言っている気もするけど、つまりはそういう事だ。
『キャー?』
『キャ~・・・』
『『『『『『キャー』』』』』
気のせいかな。山精霊達が話を聞いて、薄くしようと頑張っている様な。
でもそれタダ脱力して転がってるだけだよ。皆横に首振ってるよ。
『多分アンタ達は無理よ』
『『『『『キャー!?』』』』』
『別に頑張るのは止めないけど、あんた達って自分の事が好きでしょ。そんな自分っていう存在に絶対の自信を持ってるような精霊に、自分の存在を薄くするなんて出来ないわよ』
『『『『『キャー!』』』』』
『はいはい、好きにしなさい。無駄だと思うけどね』
精霊達は出来ないと言われたのが頭に来たのか、皆で薄くなろうと頑張り始めた。
とはいえそれは、床に精霊のグデッとした姿が散らばるだけの結果になっているけど。
時折『キャー?』と確認を取る様に鳴いているのは『薄くなった?』って聞いてるのかな。
多分その問いをしている時点で、皆から見えてると思うよ。私も見えてるよ。
「話は終わったか? ならそろそろどいてくれ」
そんな精霊達を眺めていると、リュナドさんが人魚を押しのけようとしていた。
けれど人魚はそんな彼に抵抗して、ぐっと体を押し付ける。
『そんなに嫌がらなくても良いじゃない』
「良いから離れろ・・・つーか力つええ・・・!」
『そんなに力を入れてないんだけど・・・貴方本当に人間だったのねぇ』
リュナドさんは必至に力を入れてるみたいだけど、人魚は平然としている。
多分出会った時が全力の彼の姿だったせいなんだろうな。
あの時の彼は神でも斬れるけど、今の彼は普通の人間だし。
リュナドさんは暫く頑張ってたけど、どうにもならないと思ったのか諦めた。
「そもそもお前何しに来たんだよ・・・」
『久々にベッドで寝たかったの』
「・・・それだけ?」
『ええ、それだけよ』
リュナドさんは呆れた顔で見返すも、人魚はちょっと不愉快だという表情を見せる。
『なによ、本当に久々なのよ。良いじゃない、少しぐらい』
「あー・・・まあ、どれぐらいあの石の中に居たのか知らないが・・・そうだな。確かに可愛い話か、それぐらいの事なら。今のは確かに俺が悪かった」
『解ってくれれば良いのよ』
ベッドで寝たい。久々にか。きっと本当に久々だろう。それこそ人間が生まれて死ぬ程の。
そう考えれば我が儘でも何でもなく、可愛らしい欲求だと私も思う。
山精霊なんて許可も得ずに潜って来るからね。別に良いけど。
「じゃあ、一緒に寝る?」
『あら、良いの?』
「うん。皆で一緒に寝よう」
『ふふっ、貴女がそう言うなら良いわよね。お言葉に甘えるわ』
『『『『『キャー!』』』』』
人魚が凄く嬉しそうな笑みで応えると、精霊達も『ぼくもー!』と突撃して来た。
私じゃなくてベッドに突撃しようよ。あと薄くする練習はもう飽きたの?
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「じゃあ、一緒に寝る?」
『あら、良いの?』
「うん。皆で一緒に寝よう」
『ふふっ、貴女がそう言うなら良いわよね。お言葉に甘えるわ』
ちょっと待て、という暇すらなく決定された。俺に決定権が無い。
そして逃げる事も出来ない。いつの間にかセレスに袖を掴まれてる。
でもセレスさん、ちょっと考えて欲しい。この女の姿をよく見て。
コイツ何も着てないんだって。俺は健康な男だって事をもう少し解ってくれ。
いや、こいつを女と思うのは嫌だけど、見た目だけは綺麗な女なんだって。
「リュナドさん、真ん中で良い?」
『私もそれが良いと思うわ』
セレスは群がっている精霊を気にせず提案し、人魚も満面の笑みで応えている。
気のせいかな。お前らやけに仲良くなってないか。まだ一日も経ってないのに。
つーかセレスは普段なら最初からこんなに柔らかく接さないだろうに。
何でだ。こいつが何かしてるのか。セレスに洗脳でもかけたのか?
『なあに、そんなに見つめて。今更になって私の美しさに気が付いたの?』
「うるせえ魚」
『チビ共と同じ事言わないでよ!』
だって人魚だし半分魚じゃん。俺も精霊達も何も間違ってない。
『もー、何でそんなに邪険にするのよ』
「胸に手を当てて考えてくれ」
『胸に? はい』
「俺の手を当てるな!!」
『あははははっ! かーわいい反応!』
ああ、解った。こいつ先輩と同じだ。俺を揶揄ってる時のあの人と同じだ。
アスバと似てる所もあるが、どちらかと言えばそっちの比重の方がでかい。
真面目な話の時は邪魔しないみたいだが、それ以外の時はずっとこれが続くのか。
勘弁してくれ。先輩とアスバだけでお腹いっぱいなんだよ。もう要らないっての。
「もう良い。とっとと寝る。明日もあるんだからな」
こうなったらもう全部無視して寝よう。意識を落としてしまおう。
それが一番心の平穏を保てるし、こいつを楽しませずに済む。
「ん、ねよっか。明日、頑張るね」
「お、おう・・・」
ニコッと優しい笑みで応えるセレスに、ちょっとだけ不安になった。
頑張るって、何をするんだろうと。またとんでもない事やらないよな?
『『『『『キャー!』』』』』
精霊達はそんな俺の心配など知った事ではなく、楽し気にそこらを跳ねている。
お前らは本当に何も考えてないよな。その結果石に吸い込まれた事も忘れてるだろ。
うん、もう考えるの疲れた。寝る。絶対寝てやる。意地でも寝てやる。
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