第487話、明日への気合いを入れる錬金術師

必死になって想いを伝え、その想いは何とか伝わってくれた。

やった。私がちゃんと伝えられたんだ。解って貰えたんだ。

嬉しくてぐっとこみ上げるものを感じ、けど我慢する為に力を籠める。


まだ終わってない。まだ話は終わってないんだ。石の事も説明しなきゃ。

そう思って心を落ち着けていると、国王は何故かその説明を後でと言って来た。


え、後で良いの? いや、後が良いのかな。全部終わってからって言ってるし。


やる事が全部終わって、現物を見ながら聞きたい、って事なのかも。

説明だけ聞かされても解らない、みたいな事を他の人に言われた事もあるし。

人魚の事とか石の事もそのついでに話せば良い、って事なんだと思う。多分。


なら言われた通りにしようと、国王に頷いて返した。

ただ念の為、本当に話しを終わって良いんだよねと、確認してしまったけど。

だって王子が睨んでるんだもん。本当に終わって良いのかちょっと不安なんだもん。


また怒られるのは怖い。怒り方も良く解らないし。何で侮辱なんて話になるの。

私あなたの悪口とか言った覚え無いのに。


「構わん」


けど国王はすぐにそう答えてくれて、ほっと安堵の息を吐いた。

それでも王子はまだ睨んでるけど。何で私を睨むんだろう。

国王の誤解は解けたけど、王子は解けてないのかなぁ。


でも国王が解ったって言ってくれたし・・・ちゃんと説得してくれるよね?


「では我々はこの辺りで失礼します。明日もありますので」

「ああ、期待しているぞ、精霊公」

「我らが誇る錬金術師が陛下のご期待に沿う事でしょう」

「楽しみにしている」


え、あ、えっと、え、私? あ、私か。そうだよね、私がやるんだもんね。

いやその前に、リュナドさんが私の事を誇るって言ってくれた。

リュナドさんが誇ってくれるなら、そんなに嬉しい事は無い。


それに国王も楽しみにしているなら、謝罪の想いも込めて頑張らなきゃ。

うん、気合入る。私の出来る事で、皆が喜んでくれるなら嬉しい。


「・・・ん、楽しみに、してて」


今回の仕事は私が『受けたい』と思って受けた仕事だ。

私なら『出来るから』受けた仕事じゃない。

受けた時点ではちょっと不安で、けれど対処法はちゃんとあった。


その事に誰よりもホッとしているのは多分私だ。ちゃんと役に立てそうで良かったと思う。

もしかしたらどうしようもない可能性も有ったもん。私の手ではどうしようもない可能性が。

けれどリュナドさんは信じてくれていた。私なら何とか出来るんだろうって。


彼の期待だけは絶対に裏切れないし、それに王女の為にも絶対にやり切ろう。

私はこの国の事とか、この国の住民の為とか、そんな事は考えてない。

勿論私の仕事でこの国に水が戻れば、きっと皆助かるんだろうなとは思う。


それは良い事だと思う。凄く良い事だと思う。けどそれは私の意思じゃない。

王女の意思だ。彼女が助けたいって、その願いを叶える為に私が出来る事をやるだけ。


「・・・王女、明日、やるからね」

「っ、はい、解りました」


気合いを入れ直す様に王女に宣言して、それからリュナドさんと一緒に席を立つ。

すると王女もスッと立ち上がって、侍女と一緒に私達について来た。

あれ、王女も一緒に行くの? 王女の部屋ってこっちだっけ?


疑問に思うもリュナドさんは気にしてなくて、スタスタと進んで行く。

彼の腕を握ったままの私も当然・・・そういえば握ったままだった。

放した方が良いかな。いやでも放せって言われてないし良い、よね?


うん、このまま持たせて貰おう。その方が落ち着くし。

そうして暫く歩くと「ハァ・・・!」と息を盛大に吐き出す音が聞こえた。


「人生で一番緊張しました・・・!」


音の主は王女で、さっきまでの凛とした様子が消えている。何時もの王女だ。

でも緊張してたって事は、アレはただ緊張して固まってたって事なのかな。

もしかして彼女も怒ってる王子が怖かったのかも。王女の事もちょっと睨んでたし。


「気持ちは解らなくはないが、まだ何も終わってないぞ」

「そ、それは勿論、はい、解ってます、けど・・・」


リュナドさんが若干呆れた様に言うと、王女は少し小さくなりながら応える。

その様子が叱られている私のようだと思い、何だかホッとしてしまう。


・・・多分この気持ちは本当は失礼なんだろうな、っていうのは解ってる。


だって、私は自分が色々ダメだって解ってて、それと同じって思うのは、うん。

その人もダメだって言ってるようなものだし、本当は良くない考えなんだと思う。

それに王女は『自分』で頑張れる人だ。私みたいに『他人』に依存していない。


私は私一人じゃ何も頑張れない。きっと何も出来ない。私はそういう人間だ。

けれど失礼だと解ってても、この姿の王女で居て欲しいと思ってしまう。

我が儘で酷い話だ。自分勝手な事に落ち込んでたのに、また自分勝手な事考えてる。


王女は泣く程頑張ってたのに。そうだ。褒められて泣く程頑張ってるんだから。


「・・・王女は、頑張ってる、よ」

「っ・・・ありがとう、ございます」


思わずそう口にすると、王女は一瞬息を呑んでから、小さな声で礼を返してきた。

目に涙が溜まったように見えたけど、目を少し閉じて堪えたみたい。

変わりにニマニマしてる。褒められた後で家精霊と話してるメイラみたいで可愛い。


その後は途中で王女と解れ、私はリュナドさんと一緒に部屋に戻った。


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兄は受け入れてくれる様子はなかったけど、父は錬金術師の判断を受け入れるつもりの様だ。

つまり私を立たせるという彼女の判断を、結果を残す事で周囲に納得させると。

そんな話を目の前でされている私は、一体どんな顔をしていただろうか。


一生懸命すまし顔をしていたつもりだけど、本当に出来ていたかは不安しかない。

けど精霊公に叱られなかったという事は、多分出来てたと思って良い、よね。

人目が無くなって気を抜いた発言をしたら、そこで結局叱られてしまったけど。


とはいえ言い方が優しい気がする。少なくとも最初の事よりは。


・・・でも多分、彼はまだ怒っていると思う。きっと。


静かに諭してくれるのも、比較的優しく注意してくれるのも、彼が抑えているから。

彼が自身を精霊公だと戒める事で、私的な感情を後ろに置いておけるからこそ。

きっと彼が私に本気の目を向けたのは、たった一回だけだろう。


勿論私の頑張りを褒めてくれた事を嘘だとは思っていない。

錬金術師も同じ様に言ってくれたし、事実を言ってくれたんだろう。

けど彼の本音は、錬金術師に害が及ぶ事をしかけた私を、いまだ怒っていると思う。


『お前が死ぬのは自由だ。けどな、それにセレスを巻き込むな! てめえが自己満足で死んで、その結果てめえの国の人間はセレスをどう思う! その程度の事も考えられねえのか!!』


あれが彼の本音だ。アレこそが彼の本当の姿だ。

錬金術師を想い、そして想うが故に私を許容しているだけ。

今でも本音を言えば私の事なんて見放したいに違いない。


彼はこの仕事を断りたがっていたし、その結論は未だ変わっていないだろう。

当たり前だ。彼の様な有能な人間が、私を見て力を貸したいなんて思うだろうか。

少なくとも私には思えない。自分の醜態を自覚しすぎて話にもならないと思う。


精霊公がこの場に居てくれるのは、手を貸してくれるのは、全て錬金術師の為。

そして錬金術師が居なければ、きっと私は今も何も出来ずに泣くだけだった。

彼女が何故そこまでしてくれるのか。何故見放さないでくれるのか。


正直解らない。本当に解らないまま、けれど彼女は確実に私を救ってくれている。


「・・・王女は、頑張ってる、よ」


だからどうしても、彼女の言葉は、彼女に褒めて貰えると嬉しくて仕方ない。

けど解ってる。本当の私にそこまで褒められる所なんて無い事を。

だからこそ彼女の言う通り、私は明日も『私』を作らなければいけない。


何もない私が出来る事なんて、彼女の言う通り飾りになる事だけだ。

何でもない様に、彼の様に、彼女の様に、そう見える様に張りぼてを繕って。


「明日も、頑張ります・・・」


しても足りない感謝を胸に、小さく呟いた。聞こえてなくて構わない。

これはただの宣言だ。自分に言い聞かせているだけだ。


「・・・貴女が帰るまでに・・・名前ぐらいは、呼ばせても貰いたい、な」


セレスさんと、せめてそう呼ばせて貰える自分である様になりたいと、思って。

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