第485話、必死に謝ろうとする錬金術師
「じゃあ、見張り頼むな」
『『『キャー♪』』』
『はいはい』
リュナドさんの指示にはーいと元気よく手を上げ、荷車に残る精霊達。
人魚も車に残るらしく、彼女は転がりながら手を振った。
私もお願いねと言ってから車を降り、王女と侍女さんは既に降りている。
そのまま城へと向かい、先ずは帰還の挨拶に向かうという話になった。
さっき説明しに行かなきゃ、って話してたもんね。
いや、それよりも私は謝らないと。先ず謝るのが先だと思う。
それからお礼を言う。うん、ちゃんと言うぞ。
という事をさっきからずっと自分に言い聞かせながら、リュナドさんの後ろを付いて行く。
だってそうしないと今にも逃げ出しそうなんだもん。無意識に走って逃げそうだもん。
謝らなきゃとは思うんだけど、怒られるかもしれないと思うと怖くて仕方ない。
「・・・うう」
小さく呻きながらリュナドさんの背に縋り、彼の背中に居る事で心を落ち着ける。
それじゃ駄目だとは思っているけど、これが一番落ち着くんだから仕方ない。
リュナドさんも何時もの事だと思ってくれているのか、私をチラッと見るだけだった。
ただ心を落ち着けたとしても、やらなきゃいけない事はやっぱり苦しい。
そんなグチャグチャな感情のまま歩き続け、気が付くと皆が足を止めていた。
彼の背中に張り付く事で足を進めていたので、そんな事にすら気が付いてなかった。
「――――ただそれについては、彼女の口から告げる事になります」
ふと顔を軽く上げた所で、リュナドさんがチラッと背後を見ながらそう告げた。
え、えと、今のは私の事かな。私しかいないよね。だって後ろに誰も居ないし。
それは解った。うん、解った。でも大変な問題が有る。
私、何を言えばいいんだろう。会話してる事にたった今気が付いたんだけど。
謝るんだって言い聞かせるのに必死で何にも聞いてなかった。
ど、どうしよう、き、聞き返しても怒られないかな。何で私は何時もこうかな。
混乱しながら何も出来ずに固まっていると、国王が先ずはお茶にしようと言ってくれた。
た、助かった! この間に何を聞かれたのかリュナドさんに教えて貰える!
「・・・リュナドさん、私、何を言えば良い?」
「うん? あー・・・いや、セレスの言いたい事を言えば良い。言いたい事、あるんだろ?」
「・・・私の・・・そう」
私の言いたい事・・・そっか、そういう事か。
多分だけど、私が謝りたいって話をしてたんじゃないかな。
私が国王に気がついてなかったから、謝りたがってるって伝えてくれたんだ。
本当に優しいな。何でこう何時もさらっと助けてくれるんだろう。
彼が代わりに言ってくれなかったら、私は怒られていたかもしれない。
それに最初から自分で言うとなると、多分もっと緊張した気がする。
彼が『謝りたい』って言う事を言ってくれたおかげで、少しだけ言いやすくなった。
だって国王はそれを了承してたから、なら私の謝罪を聞く気がるって事だもんね。
謝らなきゃ、でも怒られるの怖い、っていう苦しみから助けてくれた。
「・・・ありがとう」
「あいよ」
教えてくれた事は当然、色々な気持ちを全部含めて心から感謝を告げる。
とはいえ謝罪の為の気合いを入れているせいで、どうしても声が掠れてしまうけど。
こればかりは許して欲しい。何時もの様に喋るのは無理だ。
謝るって事は、悪い事をした訳で、怒られる可能性はやっぱりあるもん。
どうしても頭の片隅で考えてしまって、怖くてお腹の下に力が入る。
けれど流石にここまでして貰って逃げられないと、ムンと気合を入れた。
そこでとある部屋に通され、国王に席に着くように促される。
なので何時も通りリュナドさんの隣に座り、彼の腕を握った。
王女は私と国王の間辺りに座り、侍女さんは背後に控えている。
精霊達は何時も通りご機嫌で、キャーキャーとテーブルの上で踊っている。
君達のその何も気にしない所を少し分けて欲しいと、こういう時は本気で思う。
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まさかの出迎えに来た国王に、とりあえずセレスからの説明が有ると告げた。
どうもセレスの進めたい方向が存在するらしいからな。なら俺は口を出さない方が良いだろう。
そう思っていたんだが、セレスは俺の意向も訊ねて来た。珍しい・・・という事も無いか?
最近は以前より気安くなったおかげか、俺の意向を聞いて来る事が多い気もする。
とはいえ今回の件に限っては、元々俺は関わらないのが正解な案件って認識だ。
それを言う訳にもいかないし、となればセレスの好きにすれば良いと思う。
「・・・ありがとう」
なので素直に答えると、セレスは低くかすれた声で礼を告げた。
周囲に人が居るからかもしれないが、耳元でそれは結構怖いんすよ。
後何するつもりか知らないけど、大分体に力が入ってませんかね。
最悪荒事になるって事だろうか。可能性は無くは無いな。
王女を擁して後ろ盾になるつもりなら、あの王子は邪魔だろうし。
いざという時は動ける様に、俺もちょっと気合いを入れながら席に着く。
少し待つと茶がテーブルに並び、それを軽く口につけてから国王が口を開いた。
「それで、錬金術師殿。何を聞かせてくれるのかな」
緊張した面持ちで訊ねる国王に、けれどセレスは何故か答えない。
ただ俺の腕を握り、背筋を伸ばしてじっと国王を見つめている。
しんとした空間に張り詰めた緊張感・・・いや、精霊が躍ってるからしんとはしてない。
お前ら良く残状況で踊れるよな。何が楽しいのかさっぱり解らないんだが。
「・・・ごめん、なさい」
精霊達のおかげで少し肩の力が抜けていた所に、セレスは突然謝罪を口にした。
一体何をと思ったのは、どうやら俺だけじゃないらしい。
国王と王子も怪訝そうな顔でセレスを見つめ、王女は事前の忠告通りすましている。
俺も心の中では疑問しかないが、それを表に出さずに黙って見守っている。
するとセレスは俺の腕を握る力を強め、怒りを殺す様なため息を吐いた。
演技なのか本気なのか解り難くい。どちらにせよ威圧感が本物だから普通に怖い。
なんて思っていると、国王が冷や汗をかきながら口を開く。
「それは一体、何に対する謝罪なのだろうか」
当然の疑問ではあるのだろうが、セレスはそれが気に入らなかったらしい。
俺の腕をつかむ力が更に入り、呼吸にも力が籠り始めている。
今までのセレスの行動から考えれば、それぐらい理解しろって意味だろうか。
セレスが謝る理由・・・謝る理由なぁ・・・まあ無くはないか。
とはいえ謝罪をしたら良いって事でもないし、むしろ謝るならやらない事だ。
なんて思いながらセレスが行動するまで待っていると、彼女より先に王子が動いた。
「いい加減にしろよ。確かに貴様は格別の力を持っているのだろう。我々では抗う事など出来んだろうさ。どれだけ気に食わなかろうがそれが現実だと理解している。それでも我々とて王族としての矜持が有り、軽々しく扱われる事を許容など出来ん。これ以上我々を侮辱するな」
その行動に国王が一瞬手を上げかけ、けれどその手を膝の上に下ろした。
王子の言葉がただの答えを待てない癇癪ではない、と思っているからかもしれない。
声が微妙に震えているし、何なら彼の腕も震えが見て取れたしな。
発言する事で殺されるかもしれない。その覚悟を持っての事だろう。
とはいえそれでも国王が止めなかったのは若干不思議だったが。
石の事が解った時は、自分の命を代わりにまですると言っていたというのに。
また何やら画策している所があるのか、それでも今は成り行きを眺めるしか出来ない。
セレスがやると言ったんだ。である以上俺は発言を求められるまで口を開く気は無い。
「・・・じゃあ、どうしたら、良いかな。私には、解らない」
ただそれに対するセレスの返答は、かなり強い威圧を込めた皮肉。
お前達に王族の扱いなど要るのかという、痛烈な言葉にしか聞こえなかった。
つまるところ『役立たずに敬意を払う必要がどこにある』という侮辱だ。
侮辱するなという言葉に対し、侮辱で返すセレスの行動に王子の顔が険しくなる。
当然国王も表情を崩し、ただしこちらはセレスの真意を探ろうという風に見えた。
「ふざけるな・・・!」
「・・・ふざけた、つもりは、無い、よ」
怒りで恐怖が消し飛んだのか、王子は噛みつくように唸る。
けれどセレスは言葉を撤回する気が無いと、更に一段声が低くなった。
完全に真正面から喧嘩を売っている。これまでそんな事はしてなかったのに。
王女は言われた通しすまし顔だが、冷や汗をかいている気がする。
因みに俺も怖い。だって隣で怒りを発してるんですもん。無理無理怖い。
成り行き見守るつもりだったけど、セレスさんは何がしたいんですかね。
何かしらの理由が有るのは解ってるけど、演技と本気が解り難いんだよお前。
彼らの事が本気で気に食わないのか、そう見せて話を誘導させたいのかが解らない。
心臓に悪いから、出来れば早めに話を進めて欲しいんですがね。
でないと精霊達が爆発しそうなのも怖い。いつの間にか踊るのを止めてるし。
気に食わなさそうな目で王子を見ていて、何かのタイミングで殴りかかりそうだ。
・・・いや、どうせ王子が噛みつく所まで予定通りだろうから、こいつらの反応も予定通りか。
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