第484話、ちゃんと自分で言いたい錬金術師

「す、すみませんでした・・・その、感極まってしまって・・・え、えと、私ここまで本当に役に立てなくて、それが解ってて・・・やっと仕事が出来た事が嬉しくて・・・」


泣き止んだ王女はわたわたと慌てながらそう口にして、最後はまた涙声になっていた。

やっぱり嬉しかったんだね。泣かせた事にちょっと焦ったけど、嬉しい事なら良かった。


「・・・そう、良かったね」

「ひゃ、ひゃい!」


ただ私が声をかけると、いつもの王女に戻ってしまう。

驚いたように声を上げるので、声の大きさに私も驚いてしまった。

お互いに固まって見つめ合っていると、はぁと隣からため息が聞こえて来る。


横を見るとリュナドさんが呆れた顔をしていて、ただその視線は王女に向いていた。

私に向けられていない事にほっとしつつ、王女にちょっと心配な目を向ける。

またリュナドさんからすると何かダメだったのかな。


王女は彼に怒られた件があるし、でもあんまり怒らないであげて欲しいと思ってしまう。

なんて思っていると、リュナドさんは少し表情を引き締めた。

あ、どうしよう、真面目な顔で叱るリュナドさんとか、怖くて私何も言えなくなる。


「王女殿下、貴女の事を少々低く見積もり過ぎていた事を謝罪しよう。少なくとも俺は、後ろにセレスが居なければ指示が出せなかった」

「え・・・?」

「貴女はセレスから指示を2、3度聞き、多少の質問をした以外はセレスに作業内容を問うような事は無かった。俺にはとてもではないが出来ない事だ」

「え、ええと、私、あれ? 私、まだ褒められて、ますか?」

「そのつもりだが」


ただそんな私の心配とは違い、彼は王女の事を改めて誉め始めた。

実際王女は作業内容を余り確認に来ていない。

最初にある程度纏めて作業内容を伝え、その後数回確認に来た程度だ。


そういう意味では彼女はパック並みに覚えが良いかもしれない。

あの子も大体の事は、一度言われたら覚えてる事が多いし。


「ふぐっ・・・!」


すると王女はまたずんっと鼻を吸い、瞳に涙をため始めてしまった。

その様子を見たリュナドさんは、そこまでの表情を緩めて呆れた顔になる。


「泣き止んだから言ったのに・・・あんたホント王族に向いてないな」

「ず、ずみまぜん・・・!」

「ああ、姫様、鼻が・・・」

『キャー』


鼻を垂らしながらずびずび泣く王女が落ち着くまで、また少し待つ事になった。

けど流石に最初程長くはなくて、すぐに落ち着いた様子を取り戻す。

精霊が鯨の血の付いた手ぬぐいを差し出したけど、侍女さんにそっと返された。


すーはーと深呼吸する王女の様子を見ていたリュナドさんは、また溜め息を吐いて口を開く。


「王女殿下、一つ忠告だ。アンタは俺達を連れて来て、セレスはアンタを助けるつもりでいるんだ。ならいちいちセレスの言動に慌てるな。内心でどう思っていても表面は抑えろ。少なくとも国王や兄の前ではすましておけ。特に今日はな」

「は、はい、すみません・・・今日は?」

「今回の事は強行軍だ。この後詳しい話を聞かれる事になるだろう?」

「そう・・・ですね」


あれ、そうなの? 肉の部位の良い使い方と、素材の使用方法教えれば良いのかな。

いやでも王女にある程度伝えてるし、私が説明する必要は無いのか。


「それにおそらく・・・あの石の顛末も聞かれるだろう。あれだけ騒ぎにしたんだからな」

「あ、そうでした。色々あり過ぎて忘れてました・・・」

「・・・見直した端から頭を抱える事言うの止めてくれないか」

「す、すみません・・・」


リュナドさんは頭を抱えてしまい、そんな彼に王女は小さくなって謝る。

そして私も完全に石のこと忘れてた。そういえば私大分失礼な事をしたんじゃないかな。

あの場に居た誰も悪くないのに、怒りの余り殺意をまき散らしてしまっていた。


その事に二人の会話で気が付いて、今真っ青になっている。

ど、どうしよう。あ、謝った方が良いよね。何故か逆に謝られたままだよ私。

精霊を助ける事で頭がいっぱいで、完全にそんな事忘れてた。


それにリュナドさんの言う通り、ちゃんと説明しないとダメ、だよね。

色々探索する許可も貰えた訳だし、そのお礼も言いに行かないと。

うう、言えるかな。いや、言わなきゃ。これは自分で言わなきゃいけない。


迷惑をかけた事はちゃんと謝って、助かった事のお礼はちゃんと言う。

よし、頑張るぞ。自分で言うぞ。これはリュナドさん頼っちゃダメだぞ。

自分にそう言い聞かせ、ぶつぶつと練習の言葉を呟く。


「・・・セレス、どうかしたか?」

「・・・ん、国王に、ちゃんと言わないと、と思って」

「セレスが自分でか?」


リュナドさんが意外そうな顔で私を見つめる。これは当然だと思う。

だっていつも私は彼の後ろに隠れてばかりなんだから。

多分今回も、私が何も言わなかったら前に出て助けてくれたんだろう。


でもやっぱり、お礼は兎も角、謝るのだけは、それだけはちゃんと自分でしなきゃ。


「・・・ん、私が、言う」

「そうか・・・解った。王女殿下も良いな」

「はい、勿論です」


彼が真剣な顔で頷き、何故か王女にも確認を取った。あれ、何で王女に確認?


『ふあ~・・・それで、話はまとまった訳?』

『『『『『キャー?』』』』』


私が疑問で少し首を傾げていると、人魚がつまらなさそうな様子で訊ねて来た。

精霊達もちょっと退屈だったのか、並んで首を傾げて鳴いている。


「セレスが何をするつもりは知らないが、流石に夜中にまで何かするつもりは無いよな?」

「・・・ん、続きは、明日で良い、かな」

「ならとりあえず城に戻ろう。精霊達、荷車を持って来てくれ」

『『『『『キャー!』』』』』


暗闇の中でも出来ない事は無いけど、明るく見通しの良い日の方が当然良い。

なので素直に頷いて返すと、彼は精霊達に指示を出した。

精霊達は競う様に荷車に走っていき、我先にと飛び乗り荷車を飛ばす。


因みに竜はやる事が無いと判断したのか丸まって寝ている。

起こす理由も無いし、そのまま寝かせておいてあげよう。


精霊達が荷車を持ってきたら皆乗り込んで、城の中へと飛ばす。

道中で氷漬けにしている肉を精霊達が欲しがったけど、それはダメだよ。

それはライナや弟子達、後はアスバちゃんとフルヴァドさんのだからね。


『『『『『キャー・・・』』』』』


そう告げられた精霊達は、がっかりと鳴きながらも肉を見つめていた。諦めが悪い。


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最初は何が起きたのか全く分からなかった。神の裁きでも起こったのかとも思った。

突然この身を襲った、余りにも理解不能な現象。突然の空からの大きな衝撃。

その前に竜が飛び立った事を知らなければ、本気で混乱していただろう。


おそらくは、あの時の『石』が関係しているのではないだろうか。

そう多少は予測出来ていたからこそ、ある程度受け入れられた。

いや、未だ多少は混乱はしているか。


今一体何が起きて、どうなっているのか解らないままなのだ。

解っている事はと言えば、あの子が、娘が行動を起こした事だろうか。

巨大な魚。アレを魚といって良いのかは悩むが、その解体作業に人手を募った。


しかもそれを『王家からの仕事』として告げ、私の許可を求める始末だ。

拒否など出来る訳が無いだろう。そんな事をすれば暴動が起きかねない。

あの子の考えか、それとも精霊公か・・・錬金術師か。


「父上、何故あの様な勝手を許したのですか!」


息子は娘が勝手をした事が気に食わんらしい。その気持ちは多少は解らなくはない。

だがここでそんな感情を先に出すのは悪手でしかない。


「許さなければどうなるというのだ。民達への施しを王族が行うと告げた。その撤回を我々が行えば、切羽詰まっている民達はあの子を祀り上げようとしかねんぞ」

「そ、そんな一時的な事で・・・!」

「目先の困窮を救う者に安易に手を伸ばす者は少なくない。特に食料関連はな。それに燃料も用意できるという話だ。下手に制限をかけるよりも、城からも人手を出した方が良い」


あの魚を竜が運んだ所は多くの者が見ている。そして彼らの傍に娘が要る事も。

部下の報告では、まるで同一人物とは思えない凛々しい姿だったと、そんな事を言われた。

我が娘が褒められている事は嬉しく思うが、あの子にそんなものは求めていない。


だというのに立つ気なのだな。私達の前に立ちふさがる気なのだな。

最初から解っていた。お前が私達の考えに反対な事は。

だが私達は出来る最善を、とは流石に言えないか。


それでも誰かが生き残れるように・・・少なくともお前が生き残れる様にしたかった。

だがお前はそれを否定するのだな。それならそれで良かろう。

この身が道化と化すとしても、お前が上手くやれるならばそれを見届けようか。


「姫様がお帰りになりました! 精霊公と錬金術師も共に居ります!」

「解った。迎えに行くとしよう」

「父上!?」

「お前もついてこい」

「・・・解りました」


国王自ら迎えに行く。そう告げた事が息子は不愉快だったらしい。

だが状況を正しく認識しているのであれば、今のこの身に虚勢など意味が無い。

どうせ既に無様な姿を見せた後だ。出来る限り精霊公と錬金術師の機嫌を取るとしよう。


それにあの時の恐怖はまだ消えていない。あの化け物を目の前にした様な恐怖は。


「あのような化け物を手なずける男も、おそらく化け物なのだろうな」


思わず言葉に出た呟きに、我ながらふっと笑ってしまった。

我が娘はその化け物側に立つ事に決めたのだと思って。

戻ってきた精霊公と錬金術師の隣に立つ娘は、覚悟の決まった顔をしていた。


普段のどこか頼りのない表情を消し、まさしく王族らしい表情で立っている。

そこに中身が共わなくとも、在る様に見せられる事が必要だと言わんばかりに。

まさしくこの子にはそれが足りなかった。ただの可愛い娘だった。


・・・もう、違うのだな。だがそれは苦しい世界だぞ。

皆が平和に暮らせればいい。そんな甘い考えだけでは生きていけん。

私がそんな事を言わずともそこに居る二人が解っているだろうがな。


「お父様。帰りが遅くなり申し訳ありません」

「構わんよ。それよりも問題は片付いたと思って宜しいのかな、精霊公殿」

「はい。ご迷惑をおかけしました、国王陛下」

「こちらこそお連れの者に問題が起きたというのに、何も出来なかった事を申し訳なく思う」


精霊公がスッと頭を下げて謝罪をしたが、頭を下げずともこちらも謝罪を口にする。

相変わらず息子は少々不満そうだが、下手な事は言えない事は解っているのだろう。

口を挟む事なく、黙って私の隣に控えている。


「だが流石に説明を求めても宜しいか。あの様な事があって出て行ったと思えば突然空から衝撃が走り、かと思えばあの様な魚を持ってきた。凡人には理解しかねる」

「解りました。ただそれについては、彼女の口から告げる事になります」


チラッと背後に目を向けるその先には、彼に隠れる様に立つ錬金術師が居る。

事態の説明だけであれば、精霊公の口からで十分のはずだ。

だがあえて錬金術師に話させる理由がある、という事か?


「承知した。ならば落ち着いて話が出来る様に、茶でも用意させよう」


さて、何を聞かせてくれるか。期待したくもあり、恐ろしくも有るな・・・。

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