第483話、王女の頑張りにふと弟子を思い出す錬金術師

鯨肉の切り分けは結局かなり遅くまでかかり、既に日も暮れ始めている状態だ。

途中で兵士達の追加が無かったら、多分まだ終わってなかったんじゃないだろうか。

ただそんな長時間働いた皆は、とても嬉しそうに肉を運んでいる。


勿論一度に運ぶなんて無理だったから、ありったけの荷車で何度も運び込んで。

既に何度目か解らない運搬の、最後の塊が運ばれていくのを見送る。


「本日は切り分けと運搬のみでしたが、後日加工の為に人手をまた募ります! 勿論参加した者には報酬を与えますで、今日の所は分けられた肉を存分に味わってください!!」

「「「「「「「「「「「おおおおおおお!!」」」」」」」」」」」


作業が終わったと宣言する王女は、まるで人が変わったかの様子でちょっと唖然とする。

私相手にしどろもどろになっていた人はそこに居なくて、むしろ堂々とした振る舞いだ。

沢山の人の前に出ても、今の大きな雄たけびの前でも、一切怯んだ様子が無い。


指示出しをお願いした時から気が付いてはいたけど、彼女はやれば出来る人だったんだよね。

いや、元々私と違って人は怖くない訳だし、そこに関しては問題ないとは思う。

けれどあんなに堂々としているのは、何だかちょっと、寂しいと思ってしまった。


仲間だと思ってたから、うん。


「つっかれた・・・」

「・・・お疲れ様、リュナドさん」

「おう・・・」


兵士や住民達が街に戻っていくのを見つめていると、リュナドさんが大きな溜息を吐いた。

私の代わりにいっぱい指示出しをしてくれていたので、ちょっと喉がガラついている。


「・・・リュナドさん、これあげる」

「ん、なんだこれ。飴?」

「・・・うん、喉痛いでしょ。それ舐めてれば、治ると思うから」

「んじゃ有難く貰っとく・・・普通に美味いな」

「・・・ん、美味しく作った、から」


元々は苦くて渋い飴だったんだけど、メイラとパックの為に作り直した。

素のままの状態だと、メイラが凄く渋い顔したのをよく覚えている。

飴だから甘いと思って舐めたら、物凄い薬の味だったのが原因だったんだよね。


それで子供にも美味しく使えるように、って色々手を加えた結果こうなった。

勿論薬だから、普通のお菓子の感覚で使うと体に良くないけど。逆に体調崩しちゃう。


『『『『『キャー!』』』』』

「いや、お前ら別に喉痛めてないだろ」

『『『『『ギャー!』』』』』

「無理やり濁すな。つーかそんな鳴き声あげられたのかお前ら。初めて聞いたぞ」


どうやら精霊達も飴が欲しかったらしい。でもこれ一応薬なんだけどなぁ。

うーん、でも精霊達も頑張ったし、甘い飴はご褒美になるかな。


「・・・じゃあ、はい。一個づつだからね。それ以上は無いよ」

『『『『『キャー♪』』』』』


わーいと飛び跳ねる精霊達に、一個づつ飴を手渡していく。

人間用の大きさの飴は当然精霊の口には大きくて、皆リスみたいに頬が膨らむ。

口の中でコロコロと転がしている様子は、幸せその物と言った感じだ。


まあ喜んでくれたなら、良かった、かな?


「お疲れさまでした、精霊公様、錬金術師様」

「ああ、王女殿下もお疲れ様」


精霊達がニコニコ笑顔で飴を舐めているのを眺めていると、王女がこっちにやってきた。

ただ彼女はさっきまでの覇気のある様子と違い、普段の彼女に戻ったように見えた。

気のせいかなと思い首を傾げて見つめると、彼女はビクッと背筋を伸ばす。


「あ、あの、私、何か不手際とかありましたか?」


そしてわたわたと慌てだしたのを見て、何だかホッとしてしまった。

私の知ってる王女だ。


「俺からはしっかりやっている様に見えたな」

「・・・え?」


ただリュナドさんがそう答えると、王女はポカンとした顔を見せた。

まさかそんな事言われると思わなかった、みたいな表情だ。

でも私も彼女は凄く仕事してたと思うし、当然の言葉だと思うんだけどな。


リュナドさんは人が頑張ってるの、しっかり見てくれる人だし。


「セレスはどう見えた?」

「・・・凄く、頑張ってたと、思うよ」

「だそうだ」


リュナドさんに聞かれてその考えを口にすると、王女は更に目を見開いた。

え、ど、どうしたんだろう。私もそんな事言うと思われてなかったのかな。

でも私には無理な事をしてた訳だし、どう考えても頑張ってた、よね?


「っ・・・!」


待って、王女なんか震えてないかな。腕に凄い力が入ってる。

あれ? もしかして私何か怒らせた? 何で!? 私褒めたよ!?


「・・・がとう、ございます」


突然の王女の怒りに固まって驚いていると、彼女がぽそりと呟いたのが聞こえた。

それと同時に彼女はポロポロと泣きだし、手で顔を覆ってしまう。

え、え、何で、何で泣いてるの!? 私泣かせるような事言った!?


「ありがとうございます・・・!」


ただ今度はしっかりと聞こえた礼の声と、彼女に優しい目を向ける侍女の様子で私も解った。

多分彼女は嬉しかったんだ。さっきの震えていたのは、泣きそうなのを堪えていたのかな。


やっぱり王女は頑張ってたんだ。人が変わったように見える程に。

だから褒められた事が嬉しくて・・・泣き出してしまうぐらいに嬉しかったんだと思う

必死になって頑張った事で褒められると、そうなる時あるよね。解るよ。


嬉しすぎてうまく感情が制御できないのは、怖かったり不安の時も似てると思う。

どうにかしようとして出来るものじゃない。けど嬉しい涙なら、良いよね。

侍女さんも優しく肩を抱いているし、彼女は暫く泣かせておいてあげよう。


・・・頑張ってる、か。メイラとパックは、そろそろ帰ってるかな。

それともまだ何か頑張ってるのかなぁ・・・会いたいな。


ー------------------------------------------


「ただいまー!」

『お帰りなさいませ、メイラ様』

『『『『『『『『『『おかえりメイラー!』』』』』』』』』』


絨毯で空を飛び、庭が見えた所で既に精霊達が私に気が付いていた。

手を振る精霊達に私も手を振り返しながら、絨毯を下降させて庭に降りる。

絨毯を丸めるのを後回しにボスっと家精霊に抱き着いて、お互いにギューッと抱き合う。


久々の家精霊の腕の中はとても心地良くて、帰って来たとという実感がわいた。


『パック様はご一緒ではないのですか?』

「うん、王子様と打ち合わせ中なんだ。リュナドさんが出かける前に伝言を残していたらしくて、口裏合わせの為なんだけど・・・私要らなそうだし邪魔そうだから先に帰って来たの」


船旅を終えた跡パック君と共に細かい仕事を終え、王子様と一緒に街に帰って来た。

ただ竜の姿が無い時点で、何かあったんだろう事は気が付く。

私もパック君も若干の緊張感をもって、領主館へと向かって事情を聞いた。


結果としてはそんなに大事じゃなかったけど、私とパック君にとっては残念でならない。

だってやっとセレスさんに会えると思っていたのに、帰ってきたら居ないんだもん。

待ってるねって言ってくれてたのになぁ、なんて、ちょっと我が儘な事を思ってしまった。


ただパック君は流石で、そんな気配を見せる事なくきちんと仕事に意識を向けていたけど。

リュナドさんが残した伝言。パック君にというよりも、王子様に残した伝言かな。

セレスさんに会う為に彼もこの街に来ていて、リュナドさんは最初から予想してたんだと思う。


そしてその内容は、竜の移動ルートの誤魔化しだった。


竜の飛行で一直線に目的地に向かうつもりだけど、そうなると複数の国の上空をまたぐ。

それはあんまり宜しくない、という事らしくて、その誤魔化しの為のお願いだった。

要は王子様の国に向かて、航海ルートを通って、回り道して行ったという事にしたいらしい。


「・・・これだと私は一度帰らねばならないね」


と、王子様はボソッと呟いていた。

セレスさんにも会えないし、すぐ帰らなきゃだして、少し可哀そうだと思う。

パック君はそんな王子様を慰めつつ、仕事はして下さいねと笑顔で話を進めていた。


「後でパック君も来ると思うから、ぎゅってしてあげてね、家精霊さん」

『ふふっ、そうですね』


今日はセレスさんが居ないし、パック君もきっと泊って行ってくれるだろう。

セレスさんの代わりというのは失礼だと思うけど、やっぱりこの家に一人は寂しい。

勿論精霊達が居るから騒がしいんだけど、それでも一人でも多く身近な人が居て欲しいな。


ここは私が安心できる家だから。帰って来る家だから、家族に、居て欲しい。


「・・・ただいま、家精霊さん」

『ええ、お帰りなさい、メイラ様』


改めて帰還の言葉を口にして、帰って来たんだと実感する。

そして何よりも自分の帰る場所なんだと思える事が幸せで。


『メイラメイラー、お土産あるー?』

『海から帰って来たし、お魚?』

『干物ー!』

『貝も良いよね!』

『僕海藻好きー』

『えぇー。変なのー』

『変じゃないもん! 僕だって変な草この間食べてたくせに!』

『なんだとー! あれ甘くて美味しいんだぞ!』

『なんだよー!』


ただそんなまったりとした幸せも、唐突に始まった喧嘩で霧散してしまったけど。

でもこれはこれで帰って来たって感じがする。ぽかぽかと叩き合う姿は久々に見た。

不思議と出かけてる時はあんまり喧嘩しないんだよね。全くしない訳じゃないけど。


何時も一緒の子達は『やれやれ』って感じで肩をすくめて首を振ってる。それ誰の真似?


「もー! 喧嘩しないの! お土産は後でパック君が持って来てくれるから!」

『『『『『『『『『『わーい!』』』』』』』』』』


・・・もう怒りが消えたみたい。本当に相変わらずだなぁ。

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