第482話、残りの作業をリュナドと王女に任せる錬金術師

大まかな切り分けを最初に終わらせたら、今度は欲しい部位を切り分ける。

荷車に乗る程度の量を切り分けたら、それらを魔法で氷の中に閉じ込めた。

普通の氷なら一日もたないだろうけど、魔法石の魔法の氷だから数日はもつ。


『『『『『キャー・・・』』』』』


ただそこで何故か精霊達が残念そうな声を上げ、ショボーンと落ち込んでいる。


「どうしたの?」

『『『『『キャー・・・』』』』』

「あ、待っててね、今食べられる所切り分けるから」

『『『『『キャー!』』』』』


どうやら今は食べられないと思っていたらしく、慌てて肉を切り分ける。

持ち帰る分の保存を優先したから、精霊達も我慢しなきゃいけないと思ったみたい。

この子達が早く食べたがっているのは解ってたし、そんな事するつもりは無かったけど。


ナイフでちょうどいい所を切り取り、精霊達が食べやすいように切り分ける。

お母さんだったら部位も選ばず塊でポイッて投げるんだろうな、とか思いながら。


「はいどうぞ。後塩も有るから、かけて食べても良いよ」

『『『『『キャー♪』』』』』


鞄から出来るだけ綺麗な布を取り出し、その上に鯨の刺身を乗せて精霊達に渡す。

するとそれぞれひと踊りしてから刺身に手を伸ばし、口にするとまた満足そうに鳴く。

鯨肉って癖があるけど、精霊達は特に気にならないみたいだ。


まあ魔獣っていう事もあって、肉の味は更に良くなってるんだけど。


『『『『『キャ~・・・』』』』』


幸せそうにモッチャモッチャ食べる精霊達にクスッと笑みが漏れる。

ここ数日我慢してたからね。美味しい物を食べられてよかったね。


「リュナドさん達も食べる?」

「あ、じゃあ一口」

『貰えるなら頂くわ』

「ん、じゃあ切り分けるね。竜は?」

「肉は要らぬ」


二人も食べるらしいので、追加で肉を切り分ける。私もちょっと食べよう。

竜は食べないと思ってたけど、一応聞いておいた。


「っ、美味いな、これは」

『そうね。私初めて食べたわ』

『『『『『キャー!』』』』』


皆鯨肉に満足してくれたみたい。人魚が初めて食べたっていうのは意外だったけど。

黒塊と同じで、封印された時間が長すぎて外での経験が無いタイプなのかな。


「ん、何か、騒がしいような・・・」

「中々の人数を連れて来たみたいだな」

「・・・っ!」


ひと段落した所で背後からざわめきを感じ、リュナドさんが城の方を見ていた。

つられる様に同じ方向を向くと、結構な人数がこちらに向かってきている事に気が付く。

余りの人数に思わずビクリと体が跳ね、すすすとリュナドさんの後ろに隠れる。


「はいはい、あいつらの相手は俺がしますよ」

「・・・ん、おねがい」

「あいよ」


ただそんな私を咎める事なく、彼は気軽な様子で応えてくれる。

あんまり甘えすぎちゃダメだって頭ではわかってる。

解ってるけど、こういう時反射的に逃げちゃう。やっぱり大勢の相手は怖い。


「・・・いや待て。俺肉の切り分け方とか解んねえし、どこをどう扱ったら良いのかも解らないんだけど。油も取れるんだろ、これ」

「・・・後ろから、伝える」

「あ、はい。了解です」


確かに彼は説明できないだろうけど、私が前に出たとしても若干怪しいと思う。

あの人数にちゃんと伝えられるか不安で、それなら彼に間に入って貰う方が良い。

暫くその状態で待ち、そう時間もかからずに大勢の人達が鯨の前に立つ。


「で、でけぇ・・・」

「切り分けられててこれかよ・・・」

「遠目で見るのと、近づいてみるのとじゃ大分違うな・・・」

「こんなでかい生き物初めて見た・・・」

「何だよあの口。船も丸呑みできそうだぞ」


皆切り分けた鯨肉を見上げて、驚いた様子で呟いている。

切り分けたって言っても大雑把にだから、まだまだ大きい肉の塊だ。

塊が下手な獣より大きいままだから、初めて見る人は驚くんだろうな。


「呆けてないで作業に入るぞ! 自分達が動いただけこの肉が手に入るんだ! 喋ってないで手を動かせ! ある程度の指示は此方から出すが、それ以上の事はしないからな!」

「皆、精霊公の言葉を聞きましたね! 彼の言葉に従い作業に入りなさい!」

「「「「「「「「「「おおおおおおお!!」」」」」」」」」」


彼らは暫く呆けていたけれど、リュナドさんと王女が声をかけた事で作業に入る。

ただ嬉しいんだとは思うんだけど、その際に上げられた大声に身がすくんでしまった。

それでも何とか声を出してリュナドさんに作業手順を伝える。


「では王女よ、あちらは貴女に任せる」

「はい、解りました」


ひと所で集まっていても作業が進まないので、広がっての作業になった。

そうするとリュナドさん一人じゃ指示出しも大変なので、王女も指示に回る事に。

私も回れたらいいんだけど、来た人達に荒っぽい人が多くて怖い。ごめんなさい。


「・・・これは、今日は、工事は無理、かな」


本当は水の事もどうにかするつもりだったけど、今日は無理そうだね。

この調子で作業を進めるなら、日が暮れた頃に終わるかどうかって感じだと思う。

これなら全部自分でやった方が早かった。今更もう遅いし、この人数に口を出す勇気もない。


『『『『『『キャー♪』』』』』

『アンタ達本当に食い気しかないわね・・・』


まあ精霊達が幸せそうだから良いか。お代わりを切り分けてあげよう。

人魚もなんだかんだ言いながら食べてるのは気のせいかな?


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精霊公から、というよりも錬金術師からの指示を、私が民へと伝えていく。

テキパキとするべき事を指示し、民達の知らない知識を口にして作業を進める。

まるで私が有能な人間に見せかけるかの様な行為は、まさしくその為なのだろう。


「印象を変える為・・・でしょうね」


可愛がられている姫。政治など碌にできない姫。この危機に何も出来ない姫。

実際ただ王族の血を引いているというだけで、私には何も出来る事が殆ど無かった。

数少ない出来る事と言えば、国の為の婚姻や王侯貴族の娘らしい立ち振る舞いか。


けれど明らかに今の私を見る民の目は、そんな無力な娘を見る目じゃなくなっている。

自分達を導く王族。自分達を助ける王族。ただの愛でられるだけの姫ではないと。


「・・・本当に、私とは視界が違い過ぎる。どうやったらあんなに広い視界を持てるのかしら」


この鯨は本来水不足の解決の為で、けれどその為だけに使わない事は説明されている。

肉も油も、今の民にとっては有難い物だ。けれどそれは結局施しだ。

そして私は施しをしてくれる相手を呼んだ王女。ただそれだけの存在のはずだった。


なにのどうだろう。本来なら全て有能な錬金術師の力を示すはずの言葉を、私が代弁している。

本当に良いのだろうかと不安になったけど、精霊公に早く行けと言われて慌てて行動に移った。


「姫様、こっちはどうすれば良いんですかー!」

「あ、はい、ええと・・・」


そうして作業に入ってしまえば、皆が慣れない作業で指示を欲しがる。

なので私には作業中に悩んでいる暇なんてなくて、必然的に仕事をこなす女が生まれる。

本来ならこの場に立っているのは彼女で、けれど私はこの位置を与えられて。


チラッと遠くに居る彼女に目を向ける。精霊公の背後から殆ど動かない錬金術師を。


「・・・与えられた仕事だけでも、こなして見せます」


私も指示を出されている民達と変わらない。私も彼女の指示で動いているのだから。

結局はどこまでも張りぼてだ。相変わらず何の力も無い王女なのは変わらない。

けれどこの仕事はきっと、お前が張りぼてで無い様に見せかけろと言われているんだ。


なら精いっぱい張りぼての王女を上手く飾って見せよう。その張りぼてを見破られない様に。

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